234 描き替えられた夜、白炎が塗り直す
今度は長めです<(_ _)>
金色のケンタウロス――サリオが天井に矢を放つ。高速で飛び、突き刺さると偽りの空が闇夜に塗り替わった。
視覚強化で凝視すると、矢じりには小さな魔石が埋め込まれていた。毛筆のような矢羽根に、鈍く虹色に輝く矢じり。魔力感知がざらつく。
三本脚でありながら奇妙に安定した直立にも違和感を覚える。三点で反動を殺している――やはり油断ならない。
刹那、天を仰ぐガリュウの隙を突き、サリオが矢を撃った。速射にもかかわらず、人馬はよろめくことなく、微動だにしない。
一方で不意の一撃にガリュウは体勢を崩す。強引に体を傾け、横に大きく跳んで回避した。
だが避けきれず、矢は肩をかすった。その瞬間、滲む血が広がり、肩全体を赤く染める。苦痛の色が濃く、単なるかすり傷には見えない。
俺が心配そうに見つめていると、隣に並ぶライデンさんが呟く。
「明らかに特別な力が付与されているな。魔法なのか、異能なのかはわからんがな。アークはどう思う?」
ライデンさんは、ガリュウを信頼していた。たった一度、攻撃を受けた程度で動揺などしていない。慌てていた自分が恥ずかしくなる。
表情に出たのだろう。ライデンは口元を綻ばせ、肩を軽く小突いた。
「お前は、反省しすぎだ。まだ、十七歳だ。仲間を心配するのは当然だし、経験がないのも仕方ない。常に満点を目指すな。で、どう思う?」
ライデンさんに優しく慰められ、苦笑を浮かべながら答える。
「そうですね、異能だと思います。空に放った矢には魔石が埋め込まれていました。だけど、一瞬で絵を描く魔法はないし、魔導具もない。あのケンタウロスの異能を魔石で増幅している――そう思います」
ライデンさんも同じことを考えていたらしい。大きく頷いて、膝をつくガリュウを見る。
赤く染めたのは、血ではない。おそらく絵の具だ。しかも現象を付与できる。だから、空は夜空に変わり帳が降りた。薄暗くなった周囲を見渡して確信する。
ガリュウに視線を戻す。傷は浅く血もわずか。だが、見た目は酷く、激痛で顔を歪ませている。肉体よりも精神を汚染する不気味な力に、冷や汗が背を伝う。
昼を夜に、軽傷を重傷へ――現象を上書きする絵具。直感がそう告げ、警鐘を鳴らした。
加勢すべきと踏み出そうとした――そのとき、ガリュウが雄叫びを上げた。一瞬で白光が部屋を満たし、闇を切り裂いた。
ゆっくりと目を開くと、真っ白な毛並みをなびかせた四本腕の獣神――聖獣神化したガリュウが立っていた。体は純白に輝き、光がすべてを白紙に戻していた。
◆
肩の痛みが鼓動に合わせ、濃く塗り重ねられていく。息をするたび、激痛が走る。手で押さえて拭おうとしたが、意味はなかった。
呪いのような邪悪な力。このままでは勝てない。息を吸い込み、内にいるバロンを呼び起こした。
次の瞬間、意識が広がり、体中に神気が駆け巡った。痛みは消し飛び、深紅の絵の具は白く浄化された。白光は付与層を剥離し、下地の現実だけを残した。
それでも、余裕の笑みを浮かべるサリオ。静かに弓を構えると、同時に三つの矢を放つ。恐るべき技量だ。それぞれ軌道を変えて向かってきた。
狙いは顔と腕と脚――大きく跳べば躱せるが、あえて受ける。猛烈な速度で迫りくる矢を蹴り飛ばし、薙ぎ払い、噛み砕いた。
わずかに絵の具が付着する。だが、それを純白の神気がすぐに消し去った。はじめてサリオが驚きの表情を浮かべ、手を打った。
「素晴らしい。まさか私の現象絵具を真正面から受け切るとは。敬意を表してやる。名を聞こう」
王と王太子だ。尊大な態度には目を瞑る。肩をすくめながら答える。
「俺はガリュウだ。獣王国ベストレアの王太子。貴様と、その先に君臨する者たち――すべてを倒して、王になる者だ」
サリオは目を見開くが、すぐに口角を吊り上げ、さらに強く拍手した。
「……その傲慢で強欲な考え、実に素晴らしい。ならば私も王の器を見せよう。今まで多くの魔物が三王の座を奪いに来た。だが、一度も動くことなく、ここからすべてを射抜き、退けてきた。
――宣言しよう、私は一歩も動かぬ」
その言葉に呆れる。サリオの現象絵具は、俺には通じない。なのに、さらに不利な条件を自らに課すとは。王の器とか、そういった話ではない。
――俺から言わせれば、ただの馬鹿だ。知的に思えたのは、気のせいだったかもしれない。
ただ自分から足かせをつけ、敗北へと進むなら、止める必要はない。まだ、十王まで遠い。俺は何も言わず頷く。
次の瞬間、サリオは天井に矢を打ち込んだ。偽りの夜空はさらに闇を深め、漆黒の世界が広がった。
――十歩先が二十歩先にずれる。足音は一拍遅れ、声は布に吸われる。そんな感覚が襲った。
◆
視界が黒く染まった瞬間、スカイがランタンを掲げ、周囲を照らした。隣を見ると、サラが怯えた様子でアークの腕にしがみついていた。
だが、口元はかすかに綻び、明らかにわざとだと分かる。
舌打ちを堪え、私も怖がるふりをして、もう片方の腕に抱きつく。その様子をライデンとスカイが苦笑して見ていた。
ただ、アークだけはガリュウから視線を逸らすことなく、真っすぐ見つめている。状況は圧倒的有利だと見えるが、何か気になるのだろうか。
「アーク、どうしたのですか? そんな不安そうな顔をして」
問いかけにも顔を向けることなく、彼は前を見据えたまま答えた。
「……俺の勘違いならいいけど、どうも、あの三王が嘘をついている――そんな気がして。フォルテはどう思う?」
正直、私には分からない。だけど、サリオの権能はガリュウに通用しない。にもかかわらず、自らは不動のまま戦うと宣言した。
裏があるような気がするが、人語を理解するとはいえ、所詮は魔物。誇りだけが異常に高い愚か者かもしれない。
答えが見つからず黙っていると、漆黒の世界にいくつもの風切り音が重なった。視覚強化すると、矢雨がガリュウへ降り注ぎ、次々と突き立っていく。
権能を付与していない矢。だが、それで十分だった。
細身の矢柄は貫通特化の細剣のように硬く、鋼鉄並みの強度を誇るガリュウの体毛を突き破り、着弾だけが遅れて響く。
それに光なき世界にした理由も分かった。真っ暗な部屋で、スカイのランタンと白光を放つガリュウだけが、いやでも浮き上がっていた。
――格好の的でしかなかった。私はすぐに魔法で風の壁を展開させ、不意の射撃に備えた。
神気を解除すれば、光は収まり闇に紛れることができる。だが、そうなれば、再びサリオの現象絵具の餌食になる。狡猾な作戦に言葉を失う。
姿が見えないサリオ。おそらくガリュウには見えている。じっと丘の上を見つめている。その距離は二十メートル。いまだ距離を詰め切れていない。
おそらく、サリオは一歩も動いていない。――いや、動く必要がない。
慢心かと思えた態度には、確固たる理由があった。珍しく勘が外れたアークを見上げると、熱風が頬を撫でる。
視線を向けた先には、神気を迸らせ、全身に白炎を纏ったガリュウの姿。彼は雄叫びを上げ、猛然とサリオを目がけて走り出した。
その声は、鼓膜の奥でざわめき、警鐘を鳴らした。息を吸い込むと、乾いた灼熱が肺の奥まで侵入し、不吉な予感が支配した。
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