222 凍てつく門前にて
ちと長いです<(_ _)>
時間を惜しんだガリュウが、翌朝すぐに出発しようと提案した。スカイとサラは賛成し、俺とフォルテは反対した。
理由は情報の少なさだ。ここ数年、誰も上層部を支配する「一王」にすら辿り着いていない。あるいは「一王」に敗れて命を落としている。
どんな魔物が待ち構えているか分からない状況で挑むなら、それなりの準備が必要だと主張した。
だがガリュウとスカイは、「十分な準備」なんて人それぞれで違う、全員が納得するまで待つ時間はないと告げた。
サラはただ早く試練を終えたいだけらしく、フォルテは冒険者としての経験を持つ俺の意見を尊重したと述べた。
五人の意見が割れる中、ライデンさんが真っ黒な液体の入った小瓶を差し出した。
「俺はガリュウの意見に賛成だ。これは十倍以上に濃縮された魔力回復ポーションだ。希釈して使えば深層まで持つはずだ。サラの聖魔法もあるし、食料は現地調達で足りる。準備については問題ない。そのことをガリュウにしか伝えていなかった。俺のミスだ。許せ、アーク」
ライデンさんは軽く頭を下げ、全員を見渡して続けた。
「……探索の前にこれだけは言っておく。今回はガリュウの試練だ。判断はすべてガリュウが下すべきだ。もちろん鵜呑みにする必要はない。今のように反対しても構わん。ただ、最後に責任を負うのはガリュウ、お前だ」
その言葉にガリュウは息を呑む。俺たちの視線を受け、頬に汗が伝った。緊張が走る中、ライデンさんはさらに続ける。
「それに、この試練がなぜ六人なのか考えろ。……意見を分けさせるためだ。おそらく遺跡にも、そうした仕掛けが待っている。だからガリュウが決めろ。間違ってもいい、俺たちが助ける。だが迷うな。覚悟と責任、そして自信を持って決断するんだ」
ガリュウに向けられた言葉。だが、それは全員の胸にも響いた。そこには、上に立つ者が歩んできた経験と想いが込められていた。
じっと見つめるライデンさんに、ガリュウは深く頭を下げる。そのまま時間が流れ、誰も言葉を挟まない。やがてゆっくりと顔を上げて言った。
「ライデン、お前がいてくれたことに感謝する。これは強さを計る試練じゃないんだな。王の器を示す試練だ。やっと本当に挑めそうな気がする。ありがとう。心から感謝する」
その言葉を述べたガリュウは、もう頭を下げなかった。まっすぐにライデンさんを見据える。その姿に、俺たちは確信した。
――新たな王が生まれる瞬間に立ち会ったのだと。
◆
先頭を慎重に進むアークの背中を見つめる。
昨夜、翌朝に出発すると決めてから、ライデンさんとアークはすぐに準備を始めた。
濃縮した魔力回復ポーションの分配、携帯食料の数、緊急時の連絡方法――二人は手際よく決め、第3師団の先輩たちに次々と指示を出していった。
俺も口を出したかったが、二人の方が経験豊富なのは分かっていた。ここは黙って学ぶことに専念した。
――瞬く間に計画は整い、各自の役割に応じた荷物の分配も決まった。最後に想定外の事態への対応方針までまとめ、俺たちに説明してくれた。
本当にアークは優秀すぎる。まだ十七歳なのに、その知識量と常識に囚われない発想は異常だ。ルキフェルの生まれ変わりだとしても、違和感を覚えるほどだ。
そんなことを考えていると、急にアークが止まり手で制した。視線の先には三体のゴブリンがいた。
わざわざ警戒するような敵ではない。俺なら一振りで全滅できると思い、アークの手を払って前に出ようとしたとき、ライデンさんに止められた。
振り返ろうとしたそのとき、アークが薄く平たい星型の鉄板を取り出し、鋭く放った。
それはゴブリンたちの頭上をかすめ、上へと逸れる。狙いを外したのかと思った瞬間――天井に吸い込まれ、低い悲鳴とともに影が落ちてきた。
不可思議な軌道を描く鉄板に目を見開く。アークは視線を逸らさず呟いた。
「……これは手裏剣っていうんだ。子どものころに読んだ本に書いてあったんだ」
卒業式の演劇のときもそうだったが、アークは俺たちの知らない知識を持っている。神界にもない不思議な武器――果たして本当に本に書いてあったのだろうか。
まっすぐ前を見つめるアークの顔を横目に、そう思った。だが今は戦闘中だ。視線を戻す。
地に伏したのは、全身が漆黒に染まったゴブリンの亜種。小柄な体に、不気味なほど大きな目。肌は木炭のように光を一切反射しなかった。
目の前の三体は囮だった。もし斬りかかっていたら、死角から斬りつけられていたに違いない。背筋に冷や汗が伝う。
作戦が失敗したと悟ったゴブリンたちは慌てて逃げようとした。だが次の瞬間――三枚の手裏剣が矢のように飛び、額に突き刺さった。
刹那、ゴブリンたちが倒れる。アークはすぐに近づき、首を裂いて止めを刺した。
額に刺さった手裏剣を回収しつつ、黒いゴブリンの亜種を調べる。武器を手に取り、入念に確認したあと、身ぐるみを剥いで物色する。
亜種とはいえゴブリン。その体臭は強烈だ。珍しいかもしれないが、そこまで調べる意味があるのか理解できない。
首を傾げる俺に、アークは錆びついたナイフを見せた。
「見てくれ、刃先に毒が塗られている。種類は分からなかったけど、ヤツを調べたらこれが出てきた」
そう言って二つの古い小瓶を差し出す。斥候がよく使う痺れ薬と、その解毒薬の名が記されていた。
「どうやら、ここの魔物たちは知能が高い。敵の道具を奪って使っている。加えて解毒薬まで持っているってことは、文字も理解しているかもしれないね」
そう告げて解毒薬だけ鞄にしまい、ナイフを瞬時に粒子へと分解する。
――相変わらず、物理変化魔法の発動速度は驚異的だ。
実力の差を見せつけられ、ため息が出そうになる。それを悟られぬようアークと話をしていると、ガリュウが近づき声をかけた。
「やるな、アーク。どうして天井に敵が潜んでいると分かったんだ?」
苦笑しつつアークは耳を指さした。俺が聴力強化で拾ったのかと確認すると、首を横に振る。
壁から跳ね返る音の違いを聞き分けたらしい。あのときも、天井から返ってきた足音に微妙な違和感を感じたとのことだった。
理屈は分からないし、真似など到底できない。だがアークが優秀な斥候であることだけは理解した。今はそれで十分だ。ガリュウも同じ思いのようだった。
それ以上は深く聞かず、先へ進むことにした。
◆
ゴブリンの悪臭がついたアッくんに浄化魔法を施した。彼は笑顔で礼を言い、すぐに斥候として先頭を歩き出した。
私の神聖騎士様は、やはり普通ではなかった。圧倒的な力を持ちながら、それを誇示することなく、基本に忠実に敵を避け、罠を解除しながら進む。
以前、直属の諜報員――セイと遺跡を探索したことがあるが、聖王国随一の隠密と謳われる彼女よりも、さらに的確かつ迅速に対処していく。
騎士としても魔法士としても超優秀だとは知っていた。だが、斥候としての才までこれほどとは思わなかった。
今も順調に進めているが、それはすべてアッくんのおかげだ。しかも、それを気づかせないところがすごい。
おそらく気づいているのは、世界屈指の隠密を配下にもつ私と、師団に偵察部隊を持つライデンさんくらいだろう。
こんなに長く付き合っていても、なお新しい一面を見せてくれるアッくん。
――素敵です。
必ず春休みの間に、ミザリーによって穢された唇を清めると固く決意し、歩を進める。やがて巨大な門の前に辿り着いた。
それは金属でできているのに、なぜか生命の気配を感じさせる、不思議な雰囲気を漂わせていた。
遺跡の中にもかかわらず、冷たい風が頬を掠める。ふと見ると、門はわずかに開き、そこから魂すら凍らせる冷気が地を這うように滲み出ていた。
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