223 信じるという優しさ
ちと長いです<(_ _)>
俺が門の前に立つと、サラが隣に並び、じっと見つめて呟いた。
「不思議ね、なんだか生きてるみたい。それにあれを見て。古代文字で『一王』と書かれているわ。ふふ、さすが王様ね。堂々として好感が持てるわ」
余裕の笑みを浮かべるサラを見て、思わず眉を下げた。彼女が強いことは知っている。だがレオン陛下ですら中層までしか進めなかった遺跡だ。
その一角を支配する十王の一体を前にして、油断し過ぎではないか。
注意しようと声を発しかけたとき、門は静かに開かれた。
――――――――――――
導かれるように中へ入ると、そこに一体の騎士が立っていた。
紺碧の鎧を纏い、薄汚れ黒ずんだマントを羽織っている。そして、片手には兜を抱え――首がなかった。デュラハンだ。
しかも信じられないことに隻腕。片腕は自らの頭を抱えるために使っており、剣を握ることはできないはず。
にもかかわらず、その存在感は圧倒的だった。ヤツが背負う巨大な剣がかすかに震えている。
さすが、この遺跡を支配する王の末席にいるだけはある。
不気味に佇む隻腕のデュラハンを見据える。そのとき、サラが一歩前に出る。止める間もなく進み出した。
慌てて駆け寄ろうとする俺の肩を、フォルテが押さえた。振り返り、理由を問うと、彼女は真剣な顔で言った。
「ここは、サラに任せてあげてください。アークの前でいいところを見せたい――彼女の気持ちを察してもらえませんか?」
強い眼差しに息を呑む。だが、そんなことのために危険な目に遭わせる必要はない。俺はサラのいいところを、もう十分に知っている。
彼女を睨み返し、肩に置かれた手を振りほどこうとしたとき、ガリュウが俺の手を掴んだ。
「アーク、悪いが、ここはサラ一人で戦ってもらう。俺の判断だ。あそこまでの覚悟を邪魔することはできない。もし止めれば、サラとの間に亀裂が生じかねない」
納得できず、今度はガリュウを睨む。だが彼は揺るがぬ瞳で言葉を重ねた。
「俺たちは仲間だ。サラが一人でも大丈夫だと判断したんだ。守るだけが優しさじゃない。信じること――それも優しさだ」
その言葉に胸を突かれた。俺は彼女を守るべき対象だと思い込み、対等に見ていなかったのかもしれない。
――ふと、前世を思い出す。
あの頃の俺は、妻を「妻」としか見ていなかった。彼女が優秀なくノ一であったこと、仕事に未練を抱えていたこと――すべてから目を逸らしていた。
きっと、彼女は一人の女性として見てほしかったのだろう。名前すら忘れていた妻のことを、今さら思い出し後悔した。
胸が締め付けられ、思わず押さえる。その瞬間、フォルテが優しく抱き寄せた。温もりに触れるだけで、心の靄が晴れていく。
――そうだ。今の俺には支えてくれる人がいる。
そう思った瞬間、戦いの最中だというのに、涙が零れそうになった。
俺は覚悟を決めた。今度こそ、大切な人を信じ、その想いを共に受け止める。後悔もしないし、三人の婚約者にも絶対にさせない。
静かにフォルテから離れると、隻腕のデュラハンと対峙するサラに叫んだ。
「サラ、頼んだ! 絶対に負けるな! ……好きな人が傷つくところは見たくないんだ!」
その声を聞いたサラの瞳が見開かれ、金色に輝いた。八枚の翼が大きくはためき、光の粒子が部屋を満たす。凍りつく空気は一瞬で温かなものへと変わった。
そして、その手には剣へと姿を変えた白竜の杖が握られていた。
◆
フォルテがアッくんに抱きついた瞬間、頭が真っ白になった。まさか、ここで抜け駆けするとは――。
しかし、そうではなかった。アッくんはフォルテから離れると、大声で叫んだ。
――好きだ、と。
別の意味で思考が止まる。正確には「好きだ」という言葉で、頭の中が埋め尽くされた。いまだかつてないほどの力が漲ってくる。
心の内にいるミゲイルからも祝福が送られ、大量の神気が流れ込んだ。聖女の力と天使の力が束ねられ、一つに紡がれる。
気がつけば、白竜の杖は剣へと姿を変え、背中には八枚の翼があった。軽く剣を振ると、切っ先が煌めき、光の弧を描く。
人を癒すための杖だったはず。それが人を傷つける剣へと変わった――それが何を意味するのか。
私は小さく首を横に振る。今は戦いに集中するときだ。
隻腕のデュラハンを見据える。脇に抱えた兜から、青く光る目がこちらを捉えている。静かに歩を進める。
剣士でもない私には間合いなど分からない。だが、ミゲイルの技と経験は共有されている。それを信じ、さらに一歩踏み出した、その瞬間。
デュラハンが自らの頭を放り投げた。
誰もが息を呑む。頭上高く舞った頭部に視線が集まる。だが、かすかな殺気に気づき、視線を戻すと――背中の剣を抜き放つデュラハンの姿があった。
すぐに剣を構えた直後、強烈な一撃が放たれ、間一髪で防ぐ。だが、それだけでは終わらない。巨大な両手剣を枝木のように振り回し、猛攻を仕掛けてくる。
鋭い斬撃が次々と襲いかかる。片腕とは思えぬ変幻自在の剣技に驚愕し、同時に称賛した。
もし両腕なら――そう考えた自分に気づき、相手に失礼だと悟って防御に集中する。
激しい打ち合いが続き、やがてデュラハンはさっと後ろへ跳んだ。そして剣を戻し、落ちてきた自らの頭をそっと受け止める。
その瞬間、一陣の風が吹き抜け、舞い上がった砂塵を攫った。
デュラハンを見つめる。その姿は堂々としていた。加えて圧倒的な実力。まさに遺跡に君臨する王。
ミゲイルの技がなければ、一合で斬り伏せられていただろう。
悠然と佇む隻腕のデュラハンを見つめ、口元が綻ぶ。まさか私が戦いに喜びを見出すなんて――。
向こうが王なら、私は聖女。力を示す番だ。杖から変化した白竜の剣を構え、大きく踏み込み上段から振り下ろした。
大振りの攻撃は容易に躱された。だが、それでいい。目的は斬ることではない――癒すことだ。
避けられた切っ先が光の弧を描き、その粒子がデュラハンに吸い寄せられる。白い光が腕の形を模していく。
失われていたはずの腕が復元され、白く艶やかな肌が現れた。
驚いたことに、このデュラハンは女性だった。
鎧に隠されて気づかなかったが、思ったより華奢な体をしている。それであの剛剣を振るうとは、信じられない技量だ。
彼女は新たな腕を見つめ、掌を動かし確かめている。そんな彼女に声をかけた。
「安心して。本物のあなたの腕よ。この剣は魂を癒し、運命すら変える力を持つディスティニードラゴンの力が宿っているの。魔物でも、死者でも治せるの」
全員が目を見開く。
本来、聖なる力には悪霊や死霊を癒す効力はない。それを覆して癒すなど常識外。むしろ敵を有利にしただけだ。
その意味が分からず、誰もが口を閉じる中、彼女はじっと私を見つめ――そして頭を下げた。
笑顔で頷き返す私に、彼女は復元した腕で剣を抜き、切っ先を向けた。
私も白竜の剣を構えた――その瞬間、デュラハンが斬りかかってきた。
隻腕から解放された攻撃はさらに鋭く、重い。ミゲイルの技量を持ってしても、防ぐのがやっとだった。次第に剣が届き、切り傷が増えていく。
追い詰められていく私は、つい視線を逸らしてしまった。そこには悲痛な表情を浮かべるアッくんがいた。
――聖女として、何よりも愛に生きる女として、想い人を悲しませる自分に怒りが込み上げてきた。
刹那――私は胸を貫かれた。
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