219 勘違いの恋、そして沈黙の合図
負けを宣言すると、スカイが構えを解き笑顔を浮かべた。少年のように喜ぶその姿を眺めながら、先ほどの戦いを思い返す。
――スカイは、熾天使ウリガルの力を確かに取り戻しつつある。
これまでのスカイは烈火のごとき剛撃だった。強烈ではあるが直線的で、どうしても隙が生じていた。
だが、最後に見せたあの動きは違う。攻守一体、一片の隙もない――まさしくウリガルの槍術だった。あとは長い年月で失われた神気が戻るかどうか。
ルキフェルとひとつになりつつある今、俺にはスカイとウリガルが重なって見えるときがある。さきほどもそうだった。
――あの笑顔は、神界にいたころよく見た彼のものとそっくりだ。
胸に郷愁を覚えながら健闘を讃え合っていると、背後から声が届く。
「久しぶりだな、アーク、スカイ。ミザリーの卒業式以来か。ぷっ、あのときは格好よかったぞ、人界の王様」
振り返ると、ガリュウ殿下が大きな背嚢を背負って立っていた。王太子の割に護衛もなく、大丈夫なのかと心配になる。
けれど、龍覇王虎武闘大会のときも城を抜け出し、お忍びで観に来ていたのを思い出す。この自由さこそ彼の魅力なのだろう。
――周囲は苦労するに違いないが。
わずかに眉を曇らせた俺の隣で、スカイがものすごく嫌そうな顔をしている。さっき「人界の王」と揶揄されたことを、俺は思い出した。
思わず吹き出しそうになり口を押さえたそのとき、殿下が口にした言葉に心臓が跳ねた。
「……それで、相談なんだが。もし知っているなら教えてほしい。お前たちはあの『カグヤ』を演じた女性と知り合いか? 何か知っているなら教えてくれ」
俺とスカイは息を呑む。殿下はまだ、俺が『カグヤ』を演じたことを知らされていないらしい。
ミリーが伝えていると思っていた。少なくとも、姉妹のサリアナとリリノイアには手紙を出したと聞いていたのに。
手遅れになる前にきちんと伝えようと口を開きかけた――その瞬間、スカイが真剣な顔で言った。
「ガリュウ殿下、すみません。俺も詳しくは知りません。いきなり転入してきたと思ったら、すぐに転校していったので。ただ、演劇のとき少しだけ会話を交わしました。彼女はこう言っていました――『龍覇王虎武闘大会を楽しみにしている』と」
その言葉に驚愕する。俺はそんなことは言っていない。思わずスカイの顔を凝視すると、彼は片目を閉じた。
それが沈黙を促す合図だと分かっていても、口を開かずにはいられなかった。
「い、いえ、あの『カグヤ』は、実は俺――」
「本当か、スカイ! なら、龍覇王虎武闘大会を開催すれば、彼女に会えるかもしれないのか!?」
俺の言葉は殿下の熱にかき消された。スカイに詰め寄り、何度も確認するその必死な顔を前に、何も言えなくなってしまう。
――その熱とは裏腹に、ふと周囲を見渡すと、あれほどいた観客はいつの間にか姿を消していた。
中庭には春の光が降り注ぎ、すべてをぼんやりと柔らかな色へ染め上げていた。
◆
部屋からアッくんとスカイ君の鍛錬を眺めていると、ガリュウ殿下が現れた。
しばらく談笑していたはずが、今はなぜか必死な顔でスカイ君に詰め寄っている。その隣ではアッくんが困惑した表情を浮かべていた。
聴力を強化すると、ガリュウ殿下が「カグヤ」に恋をしたと分かった。
ミザリーが教えていないのか、意図的に隠していたのかは不明だが、話が拗れている。アッくんも正体を明かすべきか迷っているらしい。
――明日は十王の遺跡に向かう。なるべく早く殿下の試練を終わらせ、残りの春休みを満喫しないといけないのに。
離れていても迷惑をかけてくるミザリーの顔がよぎり、ため息をつく。階段を下りるのも面倒になった私は、ミゲイルと一体化して窓から飛んだ。
春の麗らかな陽気の中、かすかに冷たい東風が頬をかすめる。アッくんたちのもとへ一気に降り立ち、八枚の翼を広げ、ふわりと着地した。
「ごきげんよう、ガリュウ殿下。一体何があったのですか?」
「ああ、サラか。実は先日の卒業式で見た『カグヤ』役の女性について尋ねていたんだ。どうやら、あの可憐な令嬢は強者に憧れているらしい」
真剣な表情で話すガリュウ殿下。肩を掴まれ少し驚いているスカイ君。その横で、アッくんは困った顔をしている。
女三人寄れば姦しい――東洋連合国のことわざだったか。だが、この三人を見ていると、男も女も関係ないと肩をすくめた。
とにかく場を収めようと口を開く。
「そうですね、女性は強い殿方に憧れるものです。彼女も例外ではなかったのでしょう。少し話しましたが、前回の大会で優勝したフウマ君に憧れているようでしたよ」
その途端、ガリュウ殿下はスカイ君を解放し、アッくんを指さした。
「よく分かった。たしかに前回は遅れをとった。それにフウマ――アークの実力は認めよう。『カグヤ』が憧れるのも当然だ。ただ、次は俺が優勝してアーク、お前と戦い勝利する! そのときこそ、彼女に告白する!」
真剣な眼差しで見つめられ、アッくんは呆然とする。まさかガリュウ殿下がここまで真正面からの愛の宣言をするとは思わなかった。
――しかも、当の本人の前で。
殿下だけが気づいていないのが哀れだ。スカイ君は笑いを堪えているし、アッくんは顔を真っ赤にして羞恥に耐えている。
アッくんには悪いと思う。だが、明日は十王の遺跡に向かわねばならない。後顧の憂いになるものは、少しでも取り除いておきたい。
それにもし殿下が大会で優勝しても、そのあとアッくんが勝てばいい。完膚なきまで叩きのめせば、殿下も諦めるだろう。
覇気を燃やすガリュウ殿下に満足し、スカイ君も最近の張り詰めた雰囲気が抜けた。残るはアッくんだが――
今日も添い寝してあげれば、明日には元気になるはず!
我ながら完璧な采配だ。いまだ赤面するアッくんに微笑みを向けると、春風が舞い、土の温もりと新芽の青い香りがそっと鼻先をかすめた。
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