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輝理と影臣  作者: 在江
第三章
23/30

絶景の旅

 学生が夏期休業に入っても、勤め人の教師は休めない。一応の休業は、他業種と同じ盆の間である。この辺りは旧暦で迎えるので、会社等の休みも旧暦の盆に合わせる。


 輝理は、この地に勤める限り、帰郷を諦めていた。あれこれ検討してみたが、何分に距離があり過ぎて、休みの長さと往復の時間が合わなかった。


 「影臣は帰省して構わないのだぞ」


 「いえ。私も盆休みは同様ですので」


 休日に、二人で食事を終えた後、公園へ来ていた。桜の名所として有名で、互いに勤め先で誘われて花見の宴をしたことがある。

 他にも、旧藩主が外国より持ち帰った梅の木など、季節に応じた見所があり、茶屋の休み所もあって、いつ行っても人で賑わっていた。


 「巳喜(みき)さんが」


 輝理が婚約者の名を口にすると、守護人の顔がほんの僅かに陰る。仕える(あるじ)に忠誠以上の想いを抱くと確信しているが、当然ながら、口に出されたことはない。


 相談相手には不適切と承知の上である。他に頼れる者がいないのだ。


 「便りを寄越さない。以前、写真を送ってもらったのが最後だ。あちらも寮生活だが、巳喜さんは、恨まれるような性格とも思えない。女遊びにでも、のめり込んだか」


 向坂澪(こうさかみお)の名は、口に出来なかった。影臣に懸想(けそう)して、輝理への手紙を隠した同期である。


 「まさか」


 即座に否定された。もう、忠義の(かたまり)に戻っている。


 「私が傷つく心配は要らないぞ。事実が欲しい」


 「事実は、巳喜君に直接当たらねば、分かりません。推測でよろしければ、遠慮せず申し上げます」


 「頼む」


 「男子の師範学校寮は、軍隊式と聞いたことがあります」


 影臣によれば、起床から就寝まで寮監(りょうかん)に厳しく律せられるだけでなく、上下関係も厳格で、しごきという名の暴力行為も日常茶飯事、そのせいかは知らぬが近年、学生の学力低下も(いちじる)しく、中央で問題になっているとか。近々寮の管理方式を変更する話も出ている。


 もしかしたら、寮内の問題漏洩(ろうえい)を恐れて、文通を制限されている可能性もある、と。


 言われてみれば、勤め先である師範学校でも、女子より男子の規律が厳しいように感じられた。

 寮はもちろん、教室棟なども完全に分けられており、時おり通りすがりに見聞きする程度である。その程度でも厳しく思われるのであれば、内情は相当と考えることもできた。


 「(くわ)しいな」


 「たまたま耳にする機会がありまして」


 褒められたと思ったか、空咳をして目を逸らす影臣。視線の先に、高等学校の制帽を被った集団が、闊歩(かっぽ)する。何やら楽しげに見えた。


 「今からでも、高等学校へ行かせた方が良いだろうか。影臣の寮生活は、そのようではなかったのだろう」


 「どうでしょう。比べるほどの経験を持ち合わせておりませんので。しかしながら、私の方は学生自治を掲げておりましたから、少しばかり雰囲気は異なるとは思います」


 巳喜八郎が転学を希望しても、入れるとは限らないのだが。

 高等学校へ行けば、大学進学はほぼ確定である。少し前までは、帝大に無試験で入学できた。実は影臣もその口である。


 「当人に確認するとして、文のやり取りは出来ず、直接行くことも叶わないとなると、夏期休業で帰省すると当てにして、梨畑へ(ことづ)けるか」


 「そうですね。寮へ転送されないよう、輝理様のご実家へ、事情を書き添えて託けた方が、確実かと思います」


 「なるほど。良い案を、ありがとう」


 輝理は、次に実家へ手紙を送る際、影臣の言に従って、巳喜八郎宛の封書を中へ入れた。父の輝晃(てるあきら)からは、承知した旨、すぐに返事が来た。


 父との往信は続いており、巳喜八郎と顔を合わせた際、直接尋ねてみる、とあった。

 見通しがついたことで、輝理はひとまず安堵した。



 「海を見たい」


 (あるじ)が言うので、影臣は調べてみたのだが、はかばかしくない。

 二人の郷里には、海がない。帝都は海に面していたが、見に行く暇がなかった。


 向坂家の別荘へ行く往復で、汽車から見えたのが唯一の思い出である。それだけでも圧倒された。主が再び見たがる気持ちは理解できる。


 しかも、日本三景の一とされる絶景が近くにある。

 帰省の代わりに、そこへ旅行するのも良い。


 問題は、お盆に船が出ないことである。


 お盆には、ご先祖様が帰ってくる。この間海へ漕ぎ出すと、魂を連れて行かれてしまう。従って、船は出せない。

 (おか)で育った影臣には、初耳の話であった。


 海の間に小さな島々の浮かぶ絶景は、船で巡るのが定石(じょうせき)である。港は少し離れた場所にあり、船に乗らねば、絶景は味わえない。


 その旨を報告すると、では普段の休みに行こう、と言われた。


 影臣も輝理も、土曜が半日勤務である。


 列車の本数は多く、駅から駅まで一時間かからずに行ける距離ではあるが、前後の移動や船で回ることを考えると、丸一日を見込むべきであった。


 すると、日曜に行くしかない。翌日から仕事である。それは構わないのだが、職場で聞いてみると、船の予約は宿を通した方が良い、と言われた。ついでに宿まで紹介されては、是非とも日帰りで、とも言い出しかねた。


 恐る恐る主に伺いを立てると、あっさり承諾された。勿論、影臣に下心はない。

 しかし、全く男として意識されずにいるのも、複雑な心持であった。

 

 そうして汽車に乗っている。


 時間がないので、昼食に駅弁を買って車内で食べた。下宿へ戻らず、そのまま出掛けたため、支度がちぐはぐであった。出勤にしては、荷物が多く、旅装にしては、堅すぎる。


 「駆け落ちでもするのか、と言われた」


 輝理が言う。影臣は、上手い例えだと思ったが、口には出さなかった。冗談に聞こえるように、言える自信がない。


 北へ向かう汽車は、ひたすら山の間を走っている。車窓から見る景色に、海を期待していた影臣には意外である。

 かと言って、故郷へ向かうのとも違う。初めて見る風景であった。

 終着駅で降りると、港が近くにあるのがわかった。船が見える。


 「海だ」


 輝理が、吸い寄せられるようにそちらへ向かおうとするのを、止めた。


 「先に、旅館へ荷物を置きましょう」


 元勲(げんくん)も泊まった宿の女将は、影臣たちを見て、色々尋ねてきた。二人の年恰好が、紹介者から聞いた印象と違っていたのだろう。


 「まあ、今日はご城下がお祭りでしたのに」


 星祭りの日であった。短冊に願掛けして、笹へ結びつける。下宿にも、駅にも、紙細工を下げた笹が飾られていた。翌朝、川へ流すまでが祭りである。出かけてしまっては片手落ちだ。


 影臣も(まかな)いの(かつ)に求められて、和歌を書き散らした。無難なお題である。


 「予定が他に立たなくて」


 輝理が答える。


 「二部屋お取りしておりますが、お食事も別々にお運びしますか」


 主がこちらを見た。宿には、親戚同士と断ってある。影臣は、自分の部屋で一緒に食べるが、布団は各部屋に敷くよう念を押した。

 女将は、心中を警戒したのかもしれない。布団の敷き方で、疑念が解けたようであった。

 その後、明朝の島巡りの船の予約も確認し、ようやく部屋へ案内された。(ふすま)一枚隔てただけの、座敷である。廊下側の引き戸は木製で、内側に(かんぬき)があった。


 混雑する時期は、相部屋か、泊まれないこともあるとか。祭りの日に来て、(かえ)って良かったのだ。

 島巡り観光の拠点は、春は花見、夏は祭りや帰省、秋は紅葉、正月は初詣と、年中人気の地であった。

 往路の汽車も、席が半ば埋まっていた。


 「お食事は、お参りの後でよろしいですか」


 「あ、はい」


 何気なく返すと、女中が去った後で、輝理に尋ねられた。


 「お参りとは何だ」


 「この地に鎮座(ちんざ)まします陸奥国一宮は、海上安全のご利益がございます。お参りなさるのがよろしいかと」


 ちなみに、安産にもご利益があるとされる。


 「あ、そうか」


 輝理は駅名との関連に、ようやく思い至ったようである。海にすっかり気を奪われていたと見える。

 まだ夕食には早い。参拝の時間はあると見て、早速出かけることにした。

 目指す神社は、内陸の方にあった。


 人力車に揺られて、街中を走る。つい数年前に沿岸一帯を大津波が襲ったのだが、被害の痕跡は(うかが)えない。


 江戸の世には、遊郭のあった土地である。本日の宿も、元は妓楼(ぎろう)だったという。あちこちにそれとわかる建物があり、影臣は過去を思い出してひやりとした。

 帝都にいた頃、一時期娼妓に入れ揚げた。名が木の‥‥今は忘れよう。


 陸奥国一宮は、遊郭街の参道の奥に、見上げるような石段を配して建っていた。(もり)に囲まれている。


 「この格好で良かった。一気に行く」


 輝理は、(はかま)にブラウスである。宣言通り、順調に登っていく。主ばかりではない。前も後ろも参拝者が続く。

 石段は長く、数百段あると見えた。足を載せる幅も余裕がなく、急角度である。立ち止まると危ない。途中で段が途切れて平らな場所も狭く、一箇所だけであった。


 皆、修行のように黙々と足を動かす。老若男女、ほぼ全員が和服に草履(ぞうり)であるが、速さは輝理と変わらない。影臣も、主を気遣いながら、黙って登った。


 登りきった先には、また別の木々に囲まれた、立派な門があり、階段を上ると、さらに門が続き、ようやく社殿が現れた。それも、左右の宮と別に宮があり、それぞれ立派な建物に神を(まつ)っている。配された石灯籠(いしどうろう)狛犬(こまいぬ)もまた、見上げるほど大きい。


 「すごいな」


 人の流れに(うなが)され、三柱の神に参拝した輝理が、口を開いた。一気に石段を登り切った後、やや息切れしており、先に少しばかりの石段が見えた時に衝撃を受けていた。


 境内はそこで終わらず、まだ脇の方へ続いている。影臣が知る範囲では、神社の管理をする別当(べっとう)寺の敷地へ続くようであった。


 あの急階段をすぐ降りる気になれないのは主も同様だったようで、またも人の流れに乗って、(ゆる)やかな下り坂へ向かう。影臣は、主に付き従った。


 広い敷地の中には、工事中の箇所やら寺院やらが木々の間に見え、手入れのされた庭園の脇に茶屋まであった。

 そこで一休みして、甘酒を飲んだ。


 「奥州(おうしゅう)総鎮守(そうちんじゅ)()()じゃないな」


 一息ついた輝理が、真面目に感心するのを聞いて、影臣は笑ってしまった。

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