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輝理と影臣  作者: 在江
第二章
13/30

敵か味方か

 「歩けますわよ」


 学校の敷地を出て、輝理が言った。影臣は止まらない。



 「誰に見られるかわからん。背負われておけ」


 「はい。お(にぎ)り、美味しかった」


 「それは、良かった」


 あとはしばらく無言で進む。向坂家へと向かう(つじ)で、足が止まった。


 「どちらへ行きますの」


 背中で輝理が問う。影臣は、迷う。

 輝理の弁当に、毒が仕込んであった。家人に敵が潜む藤野家には、戻れない。

 そして、向坂家は医家である。和実(かずみ)の家でもある。何かと頼りになる。


 しかし、誰が敵かわからない。医術は、薬にも毒にもなる。


 「うちへ、来てもらう」


 「そう。次春(つぎはる)は、どうしているのかしら」


 そこで、叔父の経四郎(けいしろう)を思い出した。何だったか。


 背後から駆ける音が追ってきた。影臣は、咄嗟(とっさ)に向坂の方へ折れて、走る。

 藤野家と青柳家は、同じ一本道上にある。悪いことに、藤野の方が手前に位置する。確実に敵の居る方へ進むのを、本能的に避けた形だ。


 視界の端で、人影を(とら)える。男だ。見覚えがある。

 かと言って、止まれない。知り合いだから味方、とは限らない。


 影臣は、走る。


 男は、田へ足を踏み入れてきた。

 水を抜く時期である。足を泥に取られる心配はないが、稲が倒れると刈りにくいし、収穫も減るため、見つかれば持ち主に怒られる。

 命がかかっている時だ。稲に構う余裕はない。


 追いつかれる。


 背中の輝理を、下ろした。


 「走れ。玄哲(げんてつ)先生を頼れ」


 輝理は、動かなかった。


 「治明(はるあき)さんでも、いけませんか」


 影臣は、輝理の先を見た。

 もう、目の前に迫っていた。


 息を切らしつつ、稲を掻き分けてくる男は、影治(かげはる)の配下の一人、向坂治明だった。


 「おめっ、速過ぎだろっ。子供背負って、包み、二つ持って。治兄(はるにい)から、何も聞いて、ないのか」


 「いや。まったく」


 はああっ、と息を吐き、その場へしゃがみ込む。脱力している。影臣に襲われるとも、二人が逃げるとも思っていない。油断し過ぎである。

 それで影臣は、彼を敵ではない、と判断した。


 「和実と澪と、先生から話は聞いたが、一応お前からも聞きたい。何があった」


 影臣は、輝理を見た。家人に毒殺されかけた、と聞かせて良いものか。


 「お気になさらず。弁当に、毒でも仕込まれたのでしょう。影臣さんが、ご無事でようございました」


 治明が、驚嘆(きょうたん)眼差(まなざ)しで、輝理を見た。


 二人の男から視線を集める女児は、平然として見返した。その(ほほ)には、飯粒がついていた。

 影臣は、飯粒を取ってやった。指先に、ふっくらとした頬の感触が残った。



 輝理が言うには、もう、随分と前から、家の中の様子が、おかしかったのだそうである。


 それがこの十日ばかり、急に収まって、(かえ)って気味悪く思っていたところ、今朝になってばたばたと慌ただしく大人たちが動き出し、何かあるのではないか、と考えたという。

 特に聞き(ただ)しもしなかったが、今朝方足を(くじ)いたと申告したのも、わからぬながら影臣の仕事を助けるつもりだったかもしれない。


 末恐ろしい女子(おなご)である。この()が藤野家当主に就けば安心、というべきか。


 「毒が仕込まれた、と知っていたのか」


 影臣もまた、ことの次第を説明した後、輝理に尋ねた。二つ下の女児は微笑む。


 「それは、影臣さんが、弁当を差し替えてくださったから」


 「影治様の読みが当たったんだな。そうなるように、仕向けたんだろうが」


 治明の後半は(つぶや)きだったが、影臣には聞き取れた。

 向坂家へ向かう途上だった。


 「家を巻き込むのは気が進まねえんだが、こうなったら、しょうがねえ」


 治明によれば、藤野家の(そなえ)である継尚(つぎなお)と、その守護人である三智(みち)が、当主の座を狙って、行動を起こしたらしい。


 「叔父様が」


 輝理の顔色は悪い。まるで毒を飲んだようである。


 「(まと)はご当代様だけかとも思ったんだが。影治様が念の為、こっちにも(あみ)を張ったのが、正解だったって訳だ」


 守護人の影治は、当主の輝晃(てるあきら)に付いている。

 互いに知るところを交換し、思案した後、向坂家に預ける輝理の守りを見極(みきわ)めてから、影臣に警護を任せ、治明が藤野家へ向かう手筈となった。


 輝理は、しきりと五つ下の弟を心配していた。


 「次坊(つぎぼう)には、お館様(やかたさま)明三(あきぞう)が付いている。輝理ちゃん、そんなに心配はいらねえ」


 向坂家へ着いた。


 「あれま、藤野のお嬢ちゃんと青柳の臣坊(おみぼう)じゃないか。学校は、もう終わったかね」


 背中の曲がった老婆が、(しわ)に埋もれるほどの笑顔を向ける。鈴木家のご隠居である。

 あちらにもこちらにも、ご隠居が座っている。ほぼ全員、鈴木家である。分家が多いのだ。


 「お腹が痛くて、早く戻りました」


 輝理も笑顔を返した。笑顔どころではない影臣は、黙って頭を下げつつ、藤野のお嬢ちゃんに感心する。

 治明は、患者に適当に声掛けしながら、奥へ入って行ったが、すぐに戻ると手招(てまね)きした。


 「診察は、順番があるから、後で、な。昼飯食ってないんだろ。茶飲んで寝たら、治るかもしれねえ。場所を貸してやる」


 お年寄りに聞かせるためだろう、随分(ずいぶん)な大声で言う。影臣と輝理は、彼の後について、中庭を通って一室へ案内された。一隅に、(かわや)手水鉢(ちょうずばち)がある。


 「親父に了解を取った。ここに居れば、まず心配いらんだろう。念の為、うちの者からでも、差し入れには手をつけるな。俺は、藤野家へ行ってくる」


 「治明さん。(めい)さんとかは」


 影臣は、緊張しながら、その名を口にした。明と士朗(しろう)は、治明の弟妹にして、三智の配下、すなわち敵方にあたる。


 「心配するな。ここにはいない」


 そう言う治明の声も表情も、ご隠居たちの前とは打って変わって、暗かった。



 それきり、治明は戻らなかった。


 影臣は、己が作った弁当を、輝理と分け合って食べ、教科書を広げて自習をして過ごした。

 輝理が先に始めたものだ。年上の自分が無為(むい)に過ごすことに、引け目を感じたのである。


 迎えに来たのは、青柳経四郎だった。穏やかな笑みを浮かべた顔には、(くま)が浮いている。ちぐはぐな印象が、事の重大さを表しているように思われた。


 「大変だったね。輝理ちゃんも、今日はうちへ泊まるよ」


 「次春は、どうなりましたか」


 「次春くんも、お館様も、うちに居るよ」


 「ありがとうございます。ご迷惑を、おかけします」


 輝理は、小さな頭を下げた。影臣もつられて頭を下げた。まだ当主になるとも定まらない女児であるが、半日を共にするうちに、己の主のように感じてしまっていた。


 「嫌だなあ、隣のよしみじゃないか。(おみ)も、他人行儀は止めてよ」


 経四郎はまだ笑っている。取り繕った笑みである。

 影臣の心に不安が(きざ)した。

 叔父も、敵かもしれない。


 伯母は、敵である。影臣に直接害をなさずとも、藤野家当主たるべき輝理に毒を盛った背後には、伯母がいる。今は、輝理の敵すなわち影臣の敵なのだ。

 何故なら、と考えて、伯母が毒を入手した報せをもたらしたのは、目の前にいる経四郎であることを、思い出した。


 「叔父上。ここに俺たちがいるって、誰から聞いたんだ」


 「お館様から頼まれた。お館様は、わざわざうちへ足を運ばれて、桂兄(けいにい)に頭を下げなさったんだ。今頃、藤野家では、奉公人を治明さんと明三が押さえて、詮議(せんぎ)の真っ最中だ。とても、子供には見せられない」


 「伯父上。治伯父(はるおじ)は、まだ戻らないのか」


 経四郎の面が()がれた。笑顔から、急に泣きそうな顔に変わる。


 「ああ。ご当代様共々、居所が(つか)めない。だから、僕が君たちを守るしかないのだよ」


 輝理に向かって言った。

 これは、もう信用するしかない。影臣は、覚悟を決めた。



 寝息が三つに増えて、影臣は安堵(あんど)した。


 青柳家の座敷の前にいる。寝ずの番である。


 座敷には、藤野のお館様と次春と、輝理が、親子三人布団へ入っていた。


 経四郎は、真実を話していたようだ。

 昼間、藤野家で起きた出来事について、影臣はあれ以上、聞かされていない。帰宅後忙しく、お館様から改めて話を聞く暇がなかった。


 幼い次春はすぐに寝入ってしまったようだが、残る二人は、長い間ぼそぼそと話し合っていた。内容が聞き取れない音の連なりは、眠気を(もよお)す。


 昼間、勉強せずに寝ておけば良かった。影臣は、見通しの甘さを反省する。


 輝理の弁当は、玄哲医師に預けてきた。影臣が毒の種類を教えると、メモをとりながら感心した。


 「耐性だけでなく、味分(みわ)けもできるとは。して、体の方は、大事ないのだな」


 「はい。すぐ吐き出したので」


 「出した分も、持っているなら渡しなさい。こちらで調べるから」


 毒を調べるという玄哲は、心なしか楽しそうに見えた。影臣の視線に気付いて、釈明(しゃくめい)する。


 「楽しみにでもしないと、やっていられないのだよ。特に、こんな殺伐(さつばつ)とした応酬(おうしゅう)がある時は」


 「いつも、ありがたく念じております」


 影臣が頭を下げると、その上に手を置かれた。()でられる。


 「()()()も、頼むぞ」


 「はい」


 やがて、己につけられる配下は、玄哲の子供達である。今、彼の弟妹が相争う事態に、将来を(うれ)えたに違いない。

 上に立つ者は、下に付く者を使うだけでなく、守ることも仕事である。

 影臣は、玄哲の手に、守護人の責任を感じた。

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