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輝理と影臣  作者: 在江
第二章
12/30

伯父の課題

 その日、伯父の影治(かげはる)は、朝から主の輝晃(てるあきら)と不在にしていた。


 影臣(かげおみ)は、学校の前後にある修練を自習と定められ、少々浮かれていた。

 留守中の課題も、大した難度ではない。朝稽古(あさげいこ)も一通りこなしたが、伯父の監督下であったら、やり直しを命じられたであろう。


 登校時、藤野家へ立ち寄り、輝理(きり)を呼び出した。


 未だ儀式前であり、輝理が当主でもなければ、影臣も守護人ではない。いずれそうなることも頭にあるが、今は単に隣家で、通りすがりのよしみに過ぎなかった。


 「おはようございます」


 「おはよう和加(わか)、おはよう輝理」


 「おはよう影臣さん」


 見送りに出た奉公人は、藤野家と青柳家の関係を、単に主従と認識しているものとみえた。影臣が己の仕えるお嬢様を呼び捨てにし、お嬢様は咎めるどころか、従者であるはずの者を、さん付けで呼んだことに、困惑顔である。


 そうなったのは、単に、影臣の方が年上だからであった。

 輝理には、次春(つぎはる)という弟もいる。就任の儀式を経るまでは、どちらが当主になると決まったものではない。全ては、現当主の輝晃(てるあきら)が決定する。


 「行くぞ」


 「はい」


 「‥‥和加も行くのか。珍しい」


 「はい。ついでがありまして」


 藤野家では古株の奉公人である。縁談が決まり一旦辞した後、嫁ぎ先から出戻って、それからずっと勤めている。婚家で揉め事になり、実家とも絶縁になった、と聞いたことがある。


 弱った。


 輝理と並び歩きつつ、様子を窺う。和加は、ぴたりと二人についてくる。何故に今日に限って付き添うのか。しかも、輝理の風呂敷包(ふろしきづつみ)を持っている。その余の荷はない。


 こうなることを見越して、伯父は課題を出したのだ。楽勝と()んでかかっていた。


 課題というのは、単純である。自ら弁当を作り、他に知られぬうちに、輝理と交換せよ、というものだ。

 過去にも、輝理に当たらぬよう、通過し終えるまでの間に、頭上の(あんず)の実を全て落とせ、など、遊びとも本気ともつかない課題を出されたことがある。


 自炊は既に、仕込まれていた。これまでにも、己の食べる弁当作りを、課されたことがある。それで、影臣が学校へ持参する弁当を自ら作ると言い出しても、誰も異に思わなかった。


 「輝理、様には、知られても構いませんか」


 一応、伯父の前では様付けで呼ぶ。


 「本人には、知らせたが良かろう」


 とのことで、登校中に交換を持ち掛けて終わる、つもりでいた。


 学校へ着くまでには、終わらせたい。


 輝理は初等科で、中等科へ通う影臣とは別棟となる。勝手知ったる場所で、侵入も交換も容易ではあるが、余人に知られず、となれば、難易度は上がる。


 和加は、奉公人である。伯父の言う『人』に数えられるのだろうか。もしかしたら、口止めすれば済む話かもしれない。


 「影臣さん、伯父上殿は、今朝方、行き先など、言い置きましたか」


 考えを巡らす影臣へ、輝理が無邪気に話しかける。


 「町場へ出かけると言っていたぞ。お土産楽しみだな」


 「何処(どこ)どこへ行かれますか」


 「ええと、どこだったかな」


 と影臣は、課題を考え中のこととて、深く思いもせず、問われるままに、立ち寄り先や経路を話す。話し終えてようやく、後ろに付く和加の呼吸が、乱れていることに気付く。


 「だ」


 「あ、(みお)さんかしら。影臣さん、見て」


 脇道と交わる辻で、数人の子供が立ち止まって、こちらを見ていた。

 中等科に通う清可(きよか)和実(かずみ)、初等科に通う(みお)旺竟(おうきょう)、全て向坂の子である。このうち二人が、影臣の配下となるのだ。


 年齢的に、清可と和実だろうか。男女の組み合わせで、釣り合いも良い。


 澪が、こちらへ駆けてくる。後を旺竟が追おうとして、和実に止められた。

 影臣は(ひらめ)いた。


 「和加、大丈夫か」


 言うなり、風呂敷包をひったくった。和加が声を上げる。


 「輝理。荷物ぐらい、(おのれ)で持てよ。ここまでおいで」


 あはは、と殊更(ことさら)に声を上げ、澪へ向かって駆け出す。満面の笑みで迎える澪の脇を通り抜け、更に駆ける。背後から迫る足音に(かぶ)せて、輝理の声がする。


 「あれ、鼻緒(はなお)が」


 「臣、朝から威勢がいいな」


 和実が話しかけるのを遮り、小声で、口早(くちばや)に頼む。


 「和加の足止めを頼む。(わず)かな間で良い」


 「わかった」


 応じたのは、清可であった。影臣は、彼らを回り込んで、速さを増した。


 「和加、輝理ちゃんを放って、どこへ行くの。しゃがんでいるじゃないか」


 和実の声を背中に受け、物陰を求めて走る。田舎のことで、どこも見通しが良すぎる。なかなか良い場所がない。ついに、庚申塚(こうしんづか)の陰に包みを下ろした。


 振り返って、十分な距離が取れた、と見てとったのだ。影臣の姿は見えても、何をしたか、まではわかるまい。


 包みを解かず、手を突っ込んで弁当を探り当て、素早く入れ替える。


 過去にも、輝理に影臣の弁当を批評してもらう、という課題があって、その時は輝理の弁当と交換して食べた。包みの具合では、当時から量は変わらないようだ。


 仕事を終えた影臣は、塚の陰から出た。輝理は和加に背負われ、こちらへ向かうところである。

 向坂家の子らが取り囲むようにして、しきりに話しかける中で、和加は諦めたように、ゆっくりと歩いていた。


 影臣は、もう時間稼ぎの用はないことを示すために、自ら道を戻った。


 「輝理さんは、足が痛いのですって」


 澪が言いつけた。鼻緒が切れたようには、見えなかった。足首を(ひね)ったのか。

 それにしても、良い間合いであった。助かった。


 「歩けないのでは、仕方がないな。俺が持ってやろう」


 和加は、無言で主家の娘を背負っていた。



 昼時。

 影臣が開いたのは、今朝方すり替えた輝理の弁当である。


 「おおっ」


 「何だ、豪勢(ごうせい)だな」


 隣の席から和実が覗く。同い年である。大概(たいがい)は、見えるところにいる。


 法律上、中等科までは義務教育となっているが、最低限、初等科で三年通えば義務を果たしたことになる。

 そこで通学を止める者も多い。そして中等科も、毎年十六週通えば卒業できる。

 毎日通う児童の方が珍しい。教室も、大抵ガラ空きであった。


 「輝理の分と交換した」


 「じゃあ、今朝の」


 「ああ。助かった」


 手を伸ばしかけた和実が、動きを止めた。


 「影治様の指示か」


 「そうだけど。食べちゃいけない、とは言われてないぞ」


 「いや、止めておく」


 手を引っ込めて、己の弁当を食べ始める。箸を止めて、影臣を見た。


 「何なら、俺のおかずを分けてやるぞ」


 「何で」


 「何で、って。何か()りすぎて、手をつけるのが勿体(もったい)ない感じだから」


 「そうかな」


 綺麗(きれい)にまとまっていた。


 影臣など、握り飯に漬物(つけもの)程度しか詰めていないのが、青のりか何かを混ぜた卵焼きと煮豆まで付いており、飯も炊き込みで俵型(たわらがた)海苔(のり)で巻いてあった。


 おむすびを(かじ)ってみる。濃厚な出汁(だし)と野菜の出汁と。


 影臣は懐紙(かいし)に飯を吐き出した。和実が箸を置く。


 「おい、大丈夫か」


 辺りを(はばか)って、声を落とす。影臣は口を(ぬぐ)って、弁当に(ふた)をした。


 「やっぱり、おかずを分けてくれ」


 和実が握り飯を一つ分けてくれた。影臣の昼飯は、それきりだった。

 急いで飯を飲み下すと、荷物をまとめ出す。


 「輝理を連れて帰る。先生に、早退するって伝えておいてくれ。飯、旨かった」


 「おう。承知した」


 和実は深く問わなかった。影臣は教室を抜け出す。


 昼休みで、既に食べ終えたか、元から食べる気のない生徒が、廊下や校舎の外をぶらついている。

 初等科の目指す教室へは、すぐに着いた。


 「臣兄(おみにい)様」


 澪が飛んできた。輝理は、と見ると、今朝影臣が握った飯を、頬張(ほおば)っているところだった。頬に飯粒が付いている。大きく握り過ぎた。影臣が風呂敷包みを()げるのを見て、弁当を片付け出した。

 (さと)い子だ。


 「どうなさいましたの」


 澪が首を傾げて尋ねる。影臣は、わざと声を張り上げた。


 「輝理が腹痛を起こしたから、早退する。先生に後で伝えてくれないか」


 「えっ。輝理ちゃんが」


 驚いて澪が振り向いた時には、「あ、痛たた」と声を上げつつ風呂敷を縛っていた。


 芝居はいまいちだったが、仕方がない。影臣は教室へ踏み込んだ。こちらの教室も、中等科よりは数があるものの、やはり年に八ヶ月ばかり通えば進級できるため、空席が目立つ。


 難なく輝理の元まで着いて、背に負った。


 「影臣様」


 「澪、伝言を頼む」


 「はい、お任せください」


 戸惑っていた澪は、影臣に頼られ、期待に目を輝かせ、胸へ手を当てた。

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