【4】
ピチャン… ピチャン…
水滴が落ちる音が、耳の奥で響く。
雨音にも聞こえるそれにどこか安心して身を委ねれば、誰かが笑ったような気がした。
『面白いわね、何が起きたのかしら?変わっちゃった』
『変わった?どこが?』
『姿はね、変わってないけど。魂が変わった。真っ黒だったのに』
『確かに水も濁りきってたのに、澄み通ってるね。こんなの見た事ないや』
『歴代でも見た事ないわ、魂が一瞬にして変わっちゃう子なんて。とても面白い』
『でも、水が揺らいで来てるよ?』
『そうね、もう少しで起きるみたい』
水滴が落ちる音から、ポーンという波紋が広がるように音が響く。目を開こうとすると心地よい音が無くなってしまう気がして、強く目を瞑る。
くすくす、と笑う女の人の声。
『ほら、起きて。聴いてくれるのは嬉しいけど…また、今度ね』
女の人の子守唄のような音が聞こえた。
「……!!」
カッと目を覚ます。先程までの音は聞こえず、思わず落胆してしまう。…豪華な部屋の装飾が見え、夢じゃないんだと息を吐く。
「おお…!目を覚ましましたか…!すぐに公爵様に伝達を!」
バタバタと駆けて行く音。ベッドの脇には白衣を着た老齢の男性と、ナタリーやメイド達がいた。
「お嬢様、お嬢様?私が分かりますか?」
「…うん、ナタリー。分かるよ」
ナタリーが心配そうに手を握ってくれて、こちらも弱く握り返す。医師であろう老齢の男性がホッと息を吐く。その後ろの窓にはカーテンが閉められ部屋は魔石から出る光で照らされていた。もう暗い時間らしい。
「朝に倒れられて、もう夜ですぞ。お加減はいかがですか?」
「大丈夫です…」
ゆっくり上半身を起こそうとして、ナタリーが手伝ってくれる。起き上がれば水差しから水をコップに注いで差し出してくれた。弱々しい性格だけど、仕事は優秀なんだよね。
水をゆっくり飲んでいると部屋の外からバタバタと駆ける音が聞こえた。バタンッ!と激しい音を立てて入室したのは息を荒げたお父様で、こちらを見つけてすぐさま破顔した。
「メイルーン!」
「わわ、」
こちらに向かって抱きつこうとするお父様を見てナタリーがコップを回収して離れた。お父様は頭を抱え込むように抱きついてきて、若干…かなり苦しい。
「メイルーン!心配したぞ!!何か痛みはないか?具合はどうだ?」
「お、お父様…大丈夫だから…!」
「公爵様、メイルーン嬢が苦しそうですぞ」
医師の言葉にお父様は体を離し、心配そうに顔を覗き込んでいる。
こちらに魔法をかけたらしく医師がふむ、と言葉を漏らす。
「衰弱した状態からは脱したようですな、今は健康状態に問題ありません」
「確かに顔色は良いが…」
「それだけに、やはり原因が分かりませんなあ…」
医師が困ったように眉尻を下げ、反対にお父様は怒ったかのように眉尻を上げる。
「ナタリー、やはり貴様が何かしたのでは…」
「ひっ!?」
「野放しにしておいて怪しい動きでもすれば即刻拘束してやったのだが」
「待って、お父様。ナタリーは何もしてない。寧ろ立ったまま倒れそうだった私を受け止めて助けてくれたの」
「メ、メイルーン…?」
「お、お嬢様…?」
お父様は驚愕に目を見開いていた。ナタリーは怯えた表情からこちらを奇妙な物を見るような目で見てくる。助けようとしてる筈なんだけどなんでだろう。
「昨日寝る前から少し貧血気味で…報告しようとしたナタリーを止めたのも私なの、だから怒らないであげて」
これは事実であり、止めたのは私だ。まあその止め方は癇癪を起こし罵るように言ったという悲しい裏事実もあるのだが。
「メ、メイルーン、やはり体調が悪いのか?それともこれは夢か?」
「公爵様、動揺し過ぎですぞ…まあ、私にもにわかに信じ難い…あのメイルーン嬢が…」
何となくあの(性格の悪い)メイルーン嬢が、と聞こえた気もしたが。2人は私の性格があまりに変わり過ぎて動揺しているのだろう。ナタリーやメイドさんはザワザワしてるし。
こほん、と咳払いをすればこちらに注目が集まる。
「おはよう、お父様、皆さん。
私、今生まれ変わったみたいにスッキリしてるの」
いや、生まれ変わったみたい、ではなく、生まれ変わった…記憶を持ったまま転生したのだ。
この蒼海の奏者という、ファンタジー世界に生きる悪役令嬢メイルーン・ウンディーネ・ファクトヒルデとして。




