【3】
メイルーン・ウンディーネ・ファクトヒルデ。
蒼海の奏者の悪役令嬢であり、主人公を苦しめ全てを得ようとする黒幕でもある。
ゲームの時のメイルーンの姿より数年幼いが、成長すれば綺麗になるであろうパーツは現時点でかなり整っている。日の光を浴びて銀髪は青みがかった光を放っているし、白く透き通った肌とはこういうものなのだなあ、と納得してしまう。
ぺたぺたと顔や髪を触り、感触を確かめる。その延長で頬をつねってもみたが白い肌が赤くなっただけだった。
「痛い」
当たり前だ。他に人がいれば突っ込んでくれただろうが、幸いここには私1人。
「お、お嬢様…?」
「あ」
1人じゃなかった。扉の外からくぐもった声が聞こえ、混乱のまま部屋の外に出して忘れていたメイド服の女性を思い出す。どのくらい思案していたか分からないが、体が少し冷えるくらいには寝巻き(というにはあまりに高級な、着心地の良い服)のままいたらしい。
これではメイドさんも寒いだろう。扉に近付き開ければ困惑した表情のメイドさんが立ち尽くしていた。
「ごめんなさい、閉め出しちゃって……」
「えっ、は!?ええっ」
「えっ!?」
「ひぇえ!?申し訳ありません、申し訳ありません!!」
お分かりだろうか、謝ったらめちゃくちゃびっくりされて、それに驚いたらめちゃくちゃ恐れるこの状況。
というか起き抜けも思ったのだがこのメイドさん恐れすぎなのでは?
……ああ。
メイルーンはメイドや使用人に当たり散らし、気に食わなければ即日解雇する悪役令嬢でしたね。
「そこは寒いでしょ?中に入って」
「は、はい…?かしこまりました…」
祈るような状態から立ち上がってメイド服を払い、恐る恐る部屋の中に入ってくる。めちゃくちゃ恐れてる!なんか自分が凶暴な生物になったみたいで悲しい。
「お、お嬢様、まもなく朝食のお時間になります。お気分が優れないようでしたらお部屋で食事なさいますか…?」
「…ううん、家族で食べる」
「かしこまりました、ご準備させていただきます」
恐れながらも聞いてきたメイドさん。確か名前はナタリー。かなり若いがファクトヒルデ家のメイドでは古株に入り、弱々しい性格を面白がった私は解雇せずに虐める対象として残していた。
……面白がった私?いやいや、私は虐める事に楽しみを見つけてなどいない。面白がったのは私ではなくメイルーンだ。でも今は私がメイルーンなのだから、私か。
……あれっ?
頬をつねれば痛い。思い返せば自分が行ったメイドや使用人への虐めの記憶。
虐めの記憶だけでなく、社交界の事、マナー、ピアノにヴァイオリン、そして家族の記憶。
お父さんと、お父様。お母さんと、お母様。
世間一般でいう普通の部屋で過ごした16歳までの記憶。今眼前に広がる豪華な部屋で過ごした10歳までの記憶。
どちらもあるのだ。
記憶が二重になったかのように、思い出す度に16歳の自分と10歳の自分が重なる。先程まで学校に行こうとしていた16歳の自分は、通学中にーーーー赤い光に包まれて。
体中を痛みが走り、思わず叫び声を上げて。
私の世界はブレーカーが落ちたようにとぎれた。




