宴会準備
いつになく活気に湧く領内には、今日に合わせて態々行路を変えた行商人が集っていた。樽に積み込まれた鮮魚、丁寧に並べられた宝飾品、呉服商と共に初めてナルボヌ領に降り立った両替商。いずれもこの実に田舎臭い町で人稼ぎが出来る事を期待して、屋根のある乳母業者の事務所に集まって荷解きを始めていた。
「首尾よく事が進んでいますね」
今日ばかりは贅沢品を積載した行商人の荷馬車から徴収した現物はどれもニンマリするほど高価で、幾らでどこに売り飛ばそうか、と言う期待に今でさえ胸を躍らせる。
秋の第三週一日、高い空には鱗雲が流れ、水城であるナルボヌ城の塀へと続く川沿いには、葡萄畑が実り始めていた。麦畑の騒々しさが川沿いに移ってからと言うもの、騒々しさの舞台は川沿いに移り、泥遊びも身を冷やすようになって、子供達は野原を掻き分けたり、「引っ張り合いごっこ」という野蛮極まりない遊びに興じたりし始めた。川沿いにある葡萄畑が忙しくなるのと同様に、ナルボヌ城も例外なく宴の準備に忙しなくなる。そのうえ、非常に特殊な事情によって、祝祭の準備はこれまでになく困難なものとなった。
無駄を削ぎ落とした結果殺風景極まりなくなった我が城に人を招くにあたって、行商人らに頼み込んで大量の商品を貸借する必要があった為だ。
フーケが金を動かす様を見る領民たちの目は冷めていたが、私達は説明を怠る事だけはしなかった。勿論、外部に漏れてはならない問題を漏らすような事もしなかった。
「領民はこの町に金が落ちるわけではないと不満げな様子です」
フーケは狭い窓から閑散とした休耕地を見下ろしながら呟く。丁度出迎えの為に身支度を整えていた私は、髪を巻き上げながら、生き残った姿見と顔を突き合わせる。
「経済効果と言うものは見えにくいものよ。私だって良く分からないのに、一領民が理解できるはずもないじゃない」
フーケは白檀の木片を筒状に削ったものを鼻に近づけていた。贅沢品はなおも城には無かったが、徐々に借金に対して、少なくとも利子分の返済の目途が立ち始めると、家臣たちは自らに課された贅沢品の購入制限を緩和し始めていた。その中でフーケは消耗品を嫌い、長く芳香を楽しめる白檀を一つ買って楽しむようになったし、リオネルは自分の堕胎薬が意外な稼ぎになった事に喜び、その一部から例の奇妙な土産物達を洗浄する道具を一式揃えた。ギヨームは取り立てて変わったという所は無いが、強いて言えば少し痩せたように思う。ジュスタンも相変わらずで、休みなく今回の宴の殆ど全てを取り仕切っていた。
「そうでしょうが、理解してもらわなければ困ります。我々にとっても重要な事ですから」
フーケは不安げに眉尻を下ろす。乳母のお陰で増えた消費分が税収にも多少の良い影響を与えているし、彼の吹き抜けの事務所は徐々に市場に近い役割も持ち始めている。これからは荷馬車に行列を作る事よりも、多少窮屈な屋根付きの建物の中で、風雨を気にせずに商いが出来る。行商同士の物々交換も始まり、未だ殺風景な片田舎ではあるが、かつてよりは遥かに活気づき始めているようだった。
そして、恐らく、領民は肌感覚でその些細な変化に気付き始めている。楽観的に見れば、これは私達の功績だと評価されるだろう。
「それでも黙って仕事を続けているところを見るあたり、彼らは多少は信頼してくれたのかしらね」
「どうなのでしょう。乳母の時のように反対が無ければよいのですが。特に今回は……領地レベルでの繁栄に直結しない」
フーケの肩を叩き、そっと窓から退くよう促す。彼はゆっくりと身を退けて、私にその場所を譲ってくれる。
肥料の臭いを思いきり吸い込む。太陽は恥ずかし気に細分化された雲と雲の切れ間から顔を覗かせる。
「フーケ、今回も稼ぐわよ。何としても、良い仕事をするように。そして、その金で、産婆と町医者一人ずつでも招きましょう」
これからの事を思えば、拡大する人口と消費を作る為に金を出す事を躊躇う事は許されない。この閉鎖空間を、何としても開かれた道に変える。経済圏を拡大する事が、借金完済への近道なのだ。
「ジョアンナ様。しかし、今回はどの様に稼ぐべきでしょうか?商いだけでは限界があります」
「そこを何とかするのが、貴方の仕事でしょう?頼むわよ!」
彼を退けたその手で彼の背中を押す。フーケは乱暴な私の激励にやや反抗的な目を向けたが、私が最後の身だしなみチェックを終えると、私をエスコートして扉を開けた。私は首を傾げ、「ありがとう」と短く放つ。普段であれば表情の見えづらいフーケは、やや興奮気味に口角を持ち上げているように思えた。




