宴会1
ガルシア卿が到着したのは、市場で商売人が物々交換や情報共有をしている最中であった。律儀な彼は誰よりも早くこの辛気臭い領土に入場すると、まずはその広大な緑に驚き、そして丘の上に立つ建物が、自分の知る市場であるようだと気づき二度驚いた。城のすぐ前にあるこの市場で妻への土産物を真っ先に購入すると、ご機嫌な様子で自分の馬車に戻り、そして、水上に土を盛り上げたように聳える石積みの城壁沿いに城門へと向かった。
馬車は門の前で停車する。馬車の前にはジョアンナ・ドゥ・ナルボヌとその家臣たちが控え、彼の馬車を認めるとゆっくりと頭を下げた。
ガルシアは下車をすると同時に近づき、この実に知的な女性と握手を交わした。
「お変わりないようで」
しっかりと結ばれた手は、互いの温度の意外なほどの暖かさに安堵するジョアンナはその手に安堵の為に目を細めて、このよき子爵の壮健を心より祝福した。
「ガルシア卿も。私の侍女がお世話になっております」
頭を下げるジョアンナに対して、ガルシアは手と首を振って大仰に反応した
「そんな、とんでもございません。妻も彼女達のお陰で快適に過ごす事が出来ております。我々夫婦がこうして愛を育む事が出来るのも、貴方の乳母のお陰です」
ジョアンナもやや困ったように微笑むと、握手を終え、彼の傍に控えた若い従者に目配せをする。彼は頷くと、ジョアンナの隣まで歩み寄ると、ガルシアに深く礼をした。
「御無沙汰しております、ガルシア卿。どうぞ、中へご案内いたします」
ガルシアはその青年と深く付き合う事は無かったが、その声や、誠実そうな顔つきにもよく覚えがあった。
「おぉ、フーケ君だったか。宜しく頼むよ。今日はこのような場に招いていただいて有難う」
ガルシアはその聡明な女性に改めて会釈をし、フーケの背後に付き従った。
門前でも感じた緊張感のある石の要塞は、その中もまた仄暗く、圧迫感を感じるものであった。ガルシアはフーケが火を起こそうとするのを制すると、自ら進んで魔術で火を灯す。一瞬の指先の熱気にやや顔をゆがめたものの、ガルシアはその灯りを蝋燭に移すと、満足げに頷いてフーケの背中を軽く叩いた。フーケは小さく礼を言い、やや恥ずかしそうに笑う。
「前から思っていたのだが、君は魔法が苦手なのかね?カペルでは珍しいね」
「えぇ。その体質の為に、色々とありました。今の私がいるのも、故ヘンリー様のお陰です。」
フーケはそう言って螺旋階段をのぼり始める。苔生した箇所を慎重に避けながら進むフーケに対して、何も知らないガルシアは多少足元を気にしながらゆっくりと彼に続いた。
「忠臣に愛される領主は模倣すべき主人だ。私もそうありたいものだ」
「ガルシア卿は妻子にも愛されておられると聞きます。皆貴方の事を尊敬しているでしょう」
フーケは何気なく言ったが、その言葉にガルシアは奇妙な間を開けて、自嘲気味に笑みを零した。
「そうであればいいが、そううまくもいかんのだよ」
ガルシアの声はややくぐもって靴音と共に反響する。こだました声が収まる頃合いに合わせて、フーケは振り返った。暗い表情のガルシアはフーケに視線を向け、そのまま静かに首を横に振った。
「そうなのですか?ご相談に乗る事も出来ますが……」
フーケは食堂に向かう廊下に出る。依然として仄暗い城内であったが、階段をのぼる間の先の見えない、体が浮沈するな感覚はない。
「いや、有り難いが、重要な事もあるからね。世の中には裏も表もある」
「そうですか……。では、今日はどうかお楽しみください」
フーケはカンテラを掛け、戸を開く。廊下よりも幾らか明るい、古風ではあるがまとまりのある食堂に、十数個の座席が設けられている。
「私は何処に座るのがよろしいか?」
ガルシアはそう言って白いシーツの敷かれた机の上を見回した。フーケは「お好きなところにお座り下さい。今宵はガルシア卿が主役です」
フーケは上座の椅子を引いた。ガルシアは苦笑し、その二つ右隣の椅子に着いた。
「陛下がおられると怖いからね」
フーケは静かに椅子を戻すと、「お心遣い、痛み入ります……」と、静かに頭を下げた。この次を引き継ぐべく、フーケとジュスタンが入れ替わりで食堂に入った。
ガルシアはこの老紳士に向けて軽い会釈をし、両の手を自らの席に配された取り皿の横に置き、心穏やかなままで大きく息を吸い込んだ。やや田舎臭いにおいを予測していたガルシアであったが、意外にも家畜や汗の臭いはほとんどせず、彼は不快感に顔を歪ませる事なく、その時を待つことが出来た。
普段よりはるかに纏まりのある外観に、満足げに息を吐いたジュスタンは、早速宴の最終準備に入り始めた。




