吝嗇のバナリテ10
程なくして、フーケはナルボヌ城の近郊に奴隷市場となる小さな屋根付きの広場を建設した。最低限の体裁を保つ、太い建材と茅葺屋根とは、骨組みだけで支えられた奇妙なほど開放的な休憩室のようになり、最後には教会のそれとは比べようもない小さな鐘が備えられた。
建設開始当初、もっとも面食らったのは依頼を受けた大工だったに違いない。貴族からの依頼と意気揚々と訪れてみれば、銀細工師は勿論、、モルタル職人も、石工職人もいなければ施工管理技士もいない。ただっ広い城壁の出口に数本の柱を積み上げただけの、農民が建てるような小さな集会場の建設をしろと、突然指示されたのだ。
材木屋の姿すらない中を、集団は急かされるままに市場を完成させた。その期間は何と二週間、麦の新嘗祭も間近に迫り、バナリテの収入が極大化したその頃の事である。畑は一気に寒々しい雰囲気を醸し始め、葡萄畑にも実りの希望が徐々に表れ始める頃であった。
市場には特別に何かあるということは無い。あるのは立ったままで記帳の出来る作業台、競り用の一段高い舞台スペース、そして、時折風にさらされて小さな音を奏でる申し訳程度の鐘である。
建築にかかった費用は全部で17200ペアリス・リーブルであり、格安もいい所である。結局建築家たちは去り際に悪態を吐いて解散し、夏風の清々しさと共に大量のゴミを放置して立ち去った。絵にかいたような「後ろ足で砂をかける」彼らの陰湿さはいっそ清々しい。
仕事だけはしっかりとこなした彼らに敬意を表しつつ、市場の視察もかねて黒土を露出させた畑を眺め涼んでいると、市場の鐘の音が高い声を上げて鳴き始めた。
思わず振り返ると、夏場特有の薄手の上衣と、気の抜けただらしないズボンを身に着けた、非常に珍しい服装のフーケが、備え付けのハンマーを手にはにかみがちにこちらを見ていた。
「切り詰められるだけ切り詰めれば、ここまで簡略化できるものなのですね」
殊の外声を弾ませた彼は、休憩用に設けた椅子代わりの樽に腰かける。
藁束を干す人々の群れが、収穫祭用の手網籠を作る夫人達の井戸端会議が、一望できる。開襟シャツの隙間に微かに汗を滲ませて、彼は田舎の光景を一望できる中で公示人が練り歩くのを追う。文字を知らぬ農夫たちが顔を持ち上げ、腰を叩き、稼働する水車小屋を見るのと同じ顰め面で公示人の言葉に耳を傾ける。
「田舎の市場なんて、これでも立派なものよ。奴隷市場がないときは、行商人にでも使ってもらいましょう」
他ならぬ賦役権の発布につき、公示人に寄せられる囂々たる非難の数々は、元より火種である私の元までは飛び火してこない。当の本人は涼しい顔で新しい杉のにおいを嗅ぎながら様子を見守っていた。
「締め付けが強くなってきました。領民たちの不満が反乱などに発展しないように、注意を向けなくてはなりません」
領民たちは奔放を謳歌していた時代が過去のものになりつつある事を自覚し始めている。石臼は手元から奪われ、今度は孤児を押し付けられると。一銭の利益にもならない数多の政策に、彼らの鍬が振り下ろされないように、私の仕事は常に内側に向けられる。丘の下は今も、途方もない暗い表情を見せている。
「そうね。そうと決まれば……。彼らの不満を解消してやるのが道理でしょう」
私は立ち上がった。フーケは市場に設けられた作業台に向かう。株式会社の正式な事務所でもあるこの市場は、彼の持ち分であるが、立ったままで作業の出来る作業台の敷設はまさに彼の要望であった。彼はそのまま静かに筆を執り、株式会社設立へ向けて、各種資料の作成を始めた。城内では彼同様、ギヨームが設立の請願書を作成している。
ここからは、残念ながら私の入り込む隙はない。こうした諸々の取り組みは彼に任せ、私は、内政の安定化に力を注ぐべく、馬車へと向かった。公示人が通り過ぎた後の丘の下の光景は、不安に塗れて籠編みの手を止める婦人たちには、一層暗く悍ましいもののように思われたであろう。
こうした不安感、不信感とは、容易にヒステリーに発展する。カペル王国から世界へと広がった巨大な流行病の波が、全世界に迫害と猟奇の歴史を築いたように、閉鎖された村社会に満ちた不安が決壊した時、向けられる矛先は他者と異なる者達……つまり、誰よりも富を得ているか、或いは富を失わずにいられる者である。
運転手は手綱を握り、私の指示を待つ。薄汚れた使用人服が泥土に塗れた事による一体感、同族への親しみは、十二分に得られたであろう。積み上げた実績を反故にするようであれば、このナルボヌ家に未来はない。
「公示人のいた所に向かって頂戴」
バナリテは未だ完成に至ってはいない。今から、その最終段階を始めようというわけだ。




