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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
ゆりかごを覗く時の顔は
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吝嗇のバナリテ11

 萎れた草花は夏風に力なく揺すられる。巨大な入道雲の聳える青い空は、燦々と照り付ける高い日光の降り注ぐ隙間に斑模様の白を混ぜ込んでいる。マーブルの空は雲の巣にも似て、その白が巨大で不気味な繭を支えているようにも見えた。

 静まり返った、侘しい寒村では、照り付ける陽射しに目を細めて呆然と立ち尽くす領民たちの姿がある。案山子のように途方に暮れる人々の間を、白馬の馬車が通り抜けていった。


 集会場に辿り着くころには、白馬を追って領民たちが集合している。異常事態に飛び出してきたかのように、使用人服の女が馬車から転がり落ちると、領民の騒めきは新たな狂騒に色めき始めた。


「おい、ジョアンナ様よ!俺達に奴隷を育てろってのか!?詳しく説明しやがれ!」


 膝をついた領主に向けて鍬を突き立てる男の足元は、破れた靴から露出した指が三本ある。糞や泥土の嫌なにおいが、指と指との隙間から漂ってきた。


「私達の母乳はそんな安かないのよ!お腹の子にも上げなきゃいけないんだから!」


 腹の大きくなった若い女が叫ぶ。日よけの白い頭巾の先端が風になびくたびに、過呼吸な女の汗の礫が顔に降り注ぐ。


「ジョアンナ様、どうかお願いします。こんな……私達に負担を課すようなことをしないでください!陛下にももう一度お願いを!」


 公示人の姿を見て彼らが連想する者は時の権力者だ。それは私であったり、あるいはアンリ王であったりする。私は顔を持ち上げ、地面に着いた膝をゆっくりと持ち上げた。鍬が首元に常に向けられている。兵が動くのを後ろ手で留め、私は、真っ直ぐに領民達を見つめた。


 意思に燃えた丸い瞳には、怒りに歯を剥き出す農夫の姿がある。青筋が浮かび上がった額を睨み付け、私は服に着いた泥を払った。


「公示人の言った通りよ。私は今、貴方達を利用して、一稼ぎしようとしている。あれを見なさい」


 私は丘の上を指さした。三本の刃以外の全てが、指先を追いかけた。そこには、完成を見た木造の市場があった。私は落ち着いた声で続ける。


「貴方達が育てた見知らぬ子達は、あそこから孤児院や、奴隷商の手元や、修道院に送られる。その時に支払われる対価は、貴方達の養育費に充てられるわ。損だけはさせない、約束するわ」


「奴隷……?孤児……?なんのこっちゃ!説明せい!」


 鍬が正確に喉仏の上で寸止めされる。私は顎を持ち上げ、一歩後ずさって喉を自由にした。


「此度の賦役権……。アンリ陛下がどのようにお考えかは知らないけれど、明確なことが二つあるわ。王は『王国に不利益なことはしない』こと、そして、『子供を育む事は労働力の生産に寄与する』こと。私は陛下の言う賦役権のご意思をそのように解釈し、貴方達に課すことにした。例えば……」


 私は鍬の柄を掴み、私の喉元に突き付けさせる。瞳孔を縮めた領民たちは小さな悲鳴を上げた。


「こうして武器を持たされるような事を無くすためにね」


 静寂が場を支配した。鍬を持つ手が互いに震える。向かい合った瞳に揺らぎが生じる。家鴨の鳴き声が静寂を切り裂いた。


「カペル王国では、王の名の下に貸与された邦領を守る義務は、各領主に委ねられる。賦役権は禁制権……バナリテと同様に、貴族が自領を守り、管理し、国王の下に「安全に」地代を納付するために必要な権利として、私達貴族に認められているわ。先代、つまり父上は、貴方達を信頼して、賦役権による防衛の責を貴方達に負わせることは無かった。そのお陰で、何もないのに膨大な軍事費用が我がナルボヌ家の出費となっていたのだけれど」


 私は乱暴に鍬を持つ手を捩じり、農夫の手が離れた瞬間に、そのまま鍬を地面に放り投げた。

 動揺が沈黙する領民の瞳から伝わる。

 貴族とは、支配する者達である。恐怖や、動揺や、良心に訴えかけて、支配される者達を導く力を持たなければならない。


「分かるでしょう?金がないの。貴方達や私にぬくぬくと過ごさせる為に、父上は唯一人で節制を決め込んだの。私は父とは違うわ。真っ赤に染まった家計簿に、一点の染みも無くす為に、貴方達を可能な限り利用する、「搾取」する。貴方達の血潮を枯らす事無く、貴方達が動ける限り搾り尽くすために」


「金、金、金!そんなに金が大事なの!」


 家鴨の鳴き声のする方から声がする。小さな子供を抱えた女の悲痛な叫び声だ。

 女に同意する人々の悲痛な訴えがこだまする。今声を上げても、私の声はその波に飲み込まれるだろう。

 くっくと笑いをこらえる老人の声がする。以前羊の毛刈りを指揮していた、切り株に座する老人の声だ。


「ジョアンナ様よ、金がないのは何もあなただけじゃあないんだ。儂らも彼らも金がねぇ、金がねぇからこの襤褸を着回してんだ。女房は洗濯の間子供を裸で駆け回らせるんだ。信じられるかい?着替えもねぇ。それでも、貴方は搾り取るって言うんだな?」


「えぇ。金が搾り取れないから乳を搾り取る。それだけの事よ」


 こんな辺境の田舎貴族の領土に金など期待してはいけない。せいぜい麦粉か家畜の糞が取れるくらいだ。しかし、既にカペル王国は、旧時代の延長線上にはない。激動する世界がそれを許さない。


「金、金、金。金が要るのよ。金がなければ誰も救えない、守れない。金がなければ結婚も出来ない、金がなければ道も作れない、道がなければ石臼だって買えない、行商人は月一度しか来ない、道があっても金がなければ何も買えない。貴方(わたし)達がぬくぬくと暮らせる時代は終わり。これは……賦役権は、国家から私に認められた正当な権利で、貴方達が負うべき義務なの」


「だったら!このクソ田舎がもっと発展するって約束するんだな!?その時には俺達もお零れを与れるんだな!?」


「約束じゃ甘いわ。それは私と貴方達の『契約』よ。そうでもしなきゃ、守れないでしょう?」


 私は羊皮紙を受け取り、さらさらと署名をする。そこには、フーケが「可能だと判断した」契約条項が記され、ギヨームが「納得する」契約内容を付記している。これは私の作った契約書ではない。私に課せられた「社会契約」なのである。


 ナルボヌ伯爵ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌ。その名と捺印がなされた契約書には、空白が一つ、残っていた。


「さぁ、どうするの?私の申込みを受け入れるか、否か。選びなさい」


 領民同士で顔を見合わせる。文字を書けるものが一人顔を突き出し、内容を読み上げた。一つ言うたびに、周囲にどよめきが起きる。囁きの中には、それがまるで都市の条件であるかのように、語らうものもあった。

 男達は真剣に話し合う。紙面と睨みあう文字を書ける男は、ただ彼らの言葉を待っていた。


 話を済ませた男達が、一斉に私を睨む。父には向けなかった敵意と猜疑心に満ちた視線だった。


「……信じて、いいんだな?」


「契約を反故にした時は、その鍬で喉を抉って貰っても構わないわ」


 私ははっきりと言ってのける。心臓の高鳴りと、体温の上昇を悟られないように、出来る限りの虚勢を張って見せた。

 品定めをする男達が、顔を見合わせて頷く。そして、私の署名の下に、ミミズの張ったような文字で、「領民一同」の一言が添えられた。


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