黄金色の祝祭2
宴会と言うにはささやかな祝いの席も半ばを過ぎると仕事の会話が馴染んでくるものだ。圧倒的な満足感に私自身が驚き、脳がいかに栄養を求めていたのかを痛感させられる。心地よい肉汁の刺激と、少しばかりの蒸留酒で火照った体は、乳母ビジネスを成功させるための戦略作りへとその栄養を消化させ始めた。
「修道院や教会、孤児院には、ギヨームが顔が利くわね。奴隷商にはリオネルやフーケが宣伝してくれればいいわ。私は付き合いの手紙ついでに伝手を辿ってみるから」
「しかし会社を丸ごと乗っ取られるリスクを考慮しても良いのではないかと、僭越ながら考えてしまいましたね、えぇ」
リオネルは相変わらず節操なく指を動かしながら、目を細めて笑う。
リオネルの発想は、いつもよりいくらか消極的であった。元々皮肉屋のきらいがある為、もしかしたら単純に反抗したいだけなのかもしれない。彼は一杯の水を飲み干して続けた。
「乳母と言うものは常に需要が存在する点でよい着眼点だとは思いますが、荒稼ぎをするならば更にもう一歩踏み込まなければならないでしょうね。言われたんでしょう?「市場を作れ」と」
食卓が賑わいを失った。色彩が半分だけ残された卓上に、ギヨームのソーセージのような手が付く。フーケはリオネルに視線を送って、ゆっくりと頷いた。
「えぇ。彼らは金に糸目を付けませんから」
「どうするんですか?ジョアンナ様。確かに奴隷商はあそこに集まる事でしょう。乳児の回収と共に、大市が開催されれば、徴税だけでもそれなりの稼ぎになるかもしれませんが」
私はコップを置く。現状で返済が不可能となれば、答えは常にYESと言わざるを得ない。これは倫理的な問題ではない。奴隷など、何処でも商いに使われてきたものだ。それが当然の世界になっているというだけの事だ。
「人間を売る事がいけなくて、時間を売る事が許されるとは、私は思わないわ」
ギヨームは静かに眉を下ろす。ジュスタンは表情一つ変えないで、私の真後ろに控えている。
「銀行が許されるならば、奴隷も許されるはずよ。それだけの話」
そういう事にしなければ、私達の窮状はそれほど変わらない。慈善事業が出来るのは金持ちだけなのだから。
リオネルは顎を摩り、私を見る。吸い込まれそうな、妖しい瞳の輝きだ。
「いよいよもって我々も悪人らしくなってまいりましたねぇ」
「そう言うものよ、社会と言うのは」
リオネルは乾いた笑い声を上げる。そして、静かに瞼を伏せて、「悲劇とは実存に他ならない、と言うわけですか」と独り言ちる。
フーケは手元の資料全般を私の方に渡し、冷め始めたご馳走を再び頬張ってむせ返る。水でそれを流し込んだ彼は、喉仏が完全に降りるのとほとんど同時に、囁くように言い始めた。
「金の事も、ビジネスの事も私に任せていただいて構いません。ですが、ジョアンナ様には、一つだけ忠告させていただきたい」
彼は、私の顔色を窺う。薄めた酒を一口飲み、視線だけでそれに応じる。
「では、僭越ながら申し上げます。貴方は貴族です。商売人として生きる事は、貴族達との縁を全く別の形で作ることに他なりません。奴隷市場を取り入れる覚悟があるのでしたら、その覚悟を決めていると解釈してよろしいのですね?」
「道を作って貰えるのならば、私は犬にもなる覚悟よ」
見くびらないで頂戴、と眉を吊り上げる。フーケは、眉を下ろし、口角を持ち上げた。気の抜けた肩が少しだけ下がる。彼はその後は何も言わずに、スープに手を付け始めた。
黙っていられなかったのはギヨームの方であった。彼は一度机を強く叩くと、険しい表情で肉を食い千切る。彼らしからぬ、荒々しい咀嚼音と共に、ソースがその服に飛び散った。
元より……彼は忠義を重んじ、道徳を重んじる。信仰や、人間的な良き行いをしてきたヘンリー・ディ・ナルボヌへ対する忠誠心から、私に従ってきたにすぎない。私自身を信用しているとしたら、それは金銭感覚がフーケに徐々に傾いてきているという事情だけに過ぎない。彼にとっては、分別のないビジネスと言うものは、やはり受け入れがたいのだろう。
「ギヨーム、気持ちを抑えて。纏まった金が入るようになったら、また考えればいいのよ」
「ジョアンナ様、どうか、寛大なご決断を」
晩酌の余韻は口周りにピリピリと纏わりつき、差し込む月光も薄い赤色に屈折する。容易には処分できない新鮮な肉の張りは、たるんだ腹の中へと吸い込まれていく。食卓が綺麗に片付くよりも先に、私達の酔いしれるべき時間が醒めていく。一口、又一口と、薄まった酒を口に運ぶたびに、仄暗い中を煌々と照らす灯が、揺らぎ、蕩ける蝋燭が流れては滑り落ちていった。




