【幕間】リリーナの洗礼
更新場所を間違えました……。
王都カルローゼには「治療院本部」という、カルローゼ王国でも指折りの治癒士が集まる施設がある。
世界有数の治療所であり、魔法に頼らない治療、すなわち「医術」まで含めた、最先端の技術を集めた場所。
国からの支援もあり、腕利きも揃っている。だが悲しいかな、実際にそこに勤める人数は数少ない。
熟練した治癒魔法の使い手ならば、カルローゼ王国という大国に所属しなくとも、個人でいくらでも稼ぐ方法はある。
決して待遇は悪くはないのだが、平時から多数の治癒士を抱えるには、国として払える額も限られる。
国営治療所であり、他より安価に治療を受けられる場所であれば、多数の人は訪れる。
だが、結果として彼らがこの場所で治療を受けることは少ない。あまりにも治癒士の絶対数が足りなすぎるのだ。
とはいえ、ここ半年程は、幾分治療を受けられる人々も増えて来た。
それに釣られるようにして、まだ未熟な治癒士が集まってきたことは、単純な副産物と言えるのだろうか。
答えは否。
優れた治癒魔法の使い手であり、独自の薬学や医術を持つ人物がここを訪れるようになったため、その教えを乞う希望者が増えたのだ。
本来ならばただの治癒士が面と向かって話せるような身分の人物ではないのだが、心優しく、誰にでも分け隔てなく教える彼女だからこそ、逆にその身分に相応しいとさえ言われている。
「今日は魔法を使わずに、傷口を処置する方法について。今回は患者さんのご好意に甘えさせて頂いておりますが、皆さまはまず動物などで練習して下さいね」
念入りに[浄化]を行い、簡易結界を張って、多くの治癒士の前で話すのは、カルローゼ王国第三王女、リリーナ・シュア=カルローゼ。
じきに10歳という話だが、どう見ても14~5歳の人間族の美少女。それでもまだ幼いと見なされないのは、人間族の成人は15歳が目安であるため。
先祖返りの若き秀才ならば納得も行く、というのが概ねの周囲の評価であり、彼女の実績でもある。
「しかし、治癒士ならば治癒魔法でよろしいのでは?」
周囲の一人が質問すると、彼女はあっさりと答える。
「確かにそうでしょう。しかし、魔力が尽きては治癒魔法は使えません。それでは治療出来る人数が限られてしまいます。この治療院では多くの「順番待ち」の患者さんがいらっしゃいますし、治癒士として活動するためには、魔法を使わずとも治療する技術が必要です」
「回復薬では駄目なのでしょうか?」
続けての質問にも彼女は首を振る。
「薬学についてもお教え出来ることはお伝えします。ですが、魔力もなければ回復薬もない、という場面を想定してこその治癒士です。今から行うことを身に付けることはすぐ出来ることではありませんが、治癒士……いえ、「医術士」とでも言うべきでしょうか。これもまた医療行為である、という認識を皆さまに持っていただきたいのです」
そう言って彼女は患部の様子を周囲に確認するように伝えると、患者の状態は後で説明すると言って、作業に取り掛かる。
いますぐに命が危うい、という程でもないが、右足に大きな切り傷が出来ており、軽症というには軽い。
本来ならばすぐに応急措置を行い、後で治癒魔法で癒す。或いは回復薬を振りかけるというのがこの世界での正しい治療法である。
「この方法は見方によっては迂遠な方法に見えるでしょう。事実完治するまでには時間がかかる方法です。ですが、こういった方法もある、ということを知って頂きたいのです」
彼女は「痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」と言って、患者の傷跡を自前で作った消毒液を振りかける。
実際染みるらしく、患者はうめき声を挙げるが、治療費無料どころか、逆に謝礼金まで貰えるというのであれば、我慢出来る範囲だ。
「ここから、傷口周囲をある程度切り取ります。理由は今後の治療経過を早めるためと、変な治り方にならないようにするためです」
麻酔を使わないのは、単純にゼンが教えていないからだ。
作ろうと思えば作れるのだが、広く伝わっているものではない。
今リリーナが行っているのは、「処置の方法」であり、完治までに魔法の力を使わずとも済む、簡易手術のようなものだ。
メスのようなもので慎重に、それでいて手早く傷口周りを切り取り、そこに包帯を巻いていく。
他にもいくつか手順を踏んだのだが、周囲には理解出来なかっただろう。
「細かいところの説明を省きましたが、これで処置は完了です。しばらく痛むこともあるでしょうが、その包帯を2日ごとに巻き直せば、傷口は一週間程度で塞がるでしょう」
患者に小さな声で「お仕事が出来ない時間については、別口で給金代わりにお渡しします」と伝えたところで、一旦その場を締めくくった。
観客の治癒士から歓声は挙がらない。
この後の質疑応答、実技訓練こそ、彼らの本来の目的なのだから。
◆◆
リリーナが城に戻る途中、兄である第二王子テリー=カルローゼとすれ違った。
あれからテリーはことさらにリリーナを貶めるような真似はしていない。
それだけゼンの【神威】に押されたというのもあれば、自分を持ち上げる貴族の取り巻きが激減したというのもある。
「テリー兄さま、お勤めご苦労様です」
無駄かと思いながらリリーナが声をかけるが、当の本人は視線を一瞬合わせるだけで、無視して通り過ぎようとする。
リリーナが迷いの森に戻ってきてから、テリーとアレーネの態度は概ねこんなものだ。それはゼンが名誉大公になろうがなるまいが変わらない。
テリーはあれ以来無視するだけに留まり、未だ会うたびに毒を吐くアレーネよりはマシともいえる。
それでもリリーナには、兄と姉の態度に苛立ちや戸惑いはない。むしろ若干の哀れみすら感じている。
一応目下の立場ではあるので、挨拶だけはするが、それが返ってこなくとも気にはしていない。
だから今日も同じようにすれ違うだけ、だと思ったのだが。
「明後日の式典、俺も出るようにと言われている」
それは明らかにリリーナへの言葉。
すれ違いざまに耳元でそれだけ告げると、歩きながら独り言のように続ける。
「一応俺も、「まだ」、王族だからな。立会くらい、やらせろ」
そのまま従者を連れてリリーナから距離を取るのを見て、ため息を一つ。
(頭固いっていうか、テリー兄さまも強情だよねー。でも私にも分かってることだし、テリー兄さまやアレーネ姉さまだったら、なおさらだよね)
カルローゼ王国で正式な「王族」とは誰のことを指すか。
その答えは、「国王本人と、現国王の正式に認められた妻の子供」であり、「王位継承権」を所持する者のことを指す。
この「国王」は現役国王であるソル=カルローゼのことであるが、これは死ぬまで有効であり、先代国王も王族という範囲に入る。現時点で先代国王は既にこの世になく、さほど意味があるわけではないが。
では実際に「今の」王族とは誰か。
国王であるソル=カルローゼを筆頭とし、第一王子イアン、第二王子テリー。第一王女ミコト、第二王女アレーネ、第三王女リリーナ。
以上、この六名が「今の」王族である。
ただし、第一王女であるミコトは既に他国に嫁いでいるため、「準王族」という扱いであり、本人に継承権は持っていても、その家族をカルローゼ王国の王族とは見なさない。
つまり、実質五名。王族を名乗れる者は、本当にほんの一握りしか存在しない。
そしてこの制度は、カルローゼ王国が代々継いできたものであり、今後も引き継いでいくであろうものである。
この制度を知ったゼンは、驚きよりも呆れ顔で感想をこう漏らした。
王政を敷いている国が、そんな少人数で大丈夫なのかと。
継承権で揉めるのはよくある話だし、国力を疲弊させる要因にもなるが、この制度では王が何かしらのアクシデントで早逝してしまった場合、国が混乱するのではないかと。
この制度を敷かれた理由として、勇者シツネ・ミナモが残した言葉による部分が大きい。
王政を敷く以上、跡目争いは付きもので、王位を継いでからも兄弟間での争いが起こることは多々ある。
それを解決する手段として、こういう制度が出来たのだと、リリーナも学んでいる。
そして今まで「奇跡的に」上手くいっていたこともあり、これがカルローゼ王国の常識であり、他国からも「あの国の在り方」とされているのだが。
(ゼン様は致命的な欠陥って言ってたけど、確かにそうかも。ほとんど可能性がなかったアレーネ姉さまはともかくとして、テリー兄さまは可能性があったんだよね。それに、テリー兄さまのプライドもあるだろうし)
分かる範囲での王国歴史上、過去に女王が誕生したことがないことから、アレーネは勿論のこと、リリーナもほぼ王位を継承することはないであろう。
しかしテリーには可能性があった。ついでに言えば、今でも可能性は残されているからこそ、貫かなければならないものがある。
王族として。
カルローゼ王国の王族制度には、潜在的に非常に大きな問題点が存在する。
王族とは、国王そのものと、その直子にしか与えられない身分である。
つまり、ソルからイアンへの王位継承が行われた時点で、他四人、つまりはテリー、ミコト、アレーネ、リリーナは王族ではなくなり、王族は前国王ソルとイアンのみ、ということになる。
確かに後継者争いという観点で見れば、その後継者の数を絞ることには意味がある。
だがこれはかなり危うい制度だとゼンは言った。
「他の元王族は分家を立てたり、養子に出したり、嫁に出したりするんだろうけどさ。これじゃ王族の力はひたすら減っていくことになるんじゃないか?つーか普通は予備……つったら言い方悪いけど、王族として盛り立てる一族、みたいな存在が必要だろう。一応前国王は王族だから、現国王に何かあった場合はそっちに戻す、ってロジックだと思うけど、国王の弟とか妹とか、その辺りまでは普通に王族だろ。そうじゃないと簡単に廃れるぞ、前国王と現国王の両方に何かあったら、その時点で正式な後継者がいなくなるじゃないか」
この言葉にリリーナは、元々次代の国王は子供が生まれてからじゃないと王になれない仕組みになっている、と答えたものの。
「仮にそうだとして、その子供に何が起きるかもわかったもんじゃない。その子供が成人する前に何かあった場合、その後見人みたいな存在が絶対必要になるはず。そういう時のためにも、王族ってのは一定数必要だと思うんだが」
これにはたまたま隣で聞いていたフランも首を捻っていた。
アルバリシア帝国ではあまり王族という括りがなく、一応の継承権として席次は付けられてはいるものの、それだけだ。
だから後見人と言われてもあまりピンと来なかったし、王とは最も力が強きものが付くもの、という認識に過ぎない。フランにはあまり帝王の座に関心がなかったが。
(だからかなー。王族って随分と偏った思考と知識を植え付けられちゃうんだよね。私もそう教わってきたし、テリー兄さまも王族の在り方に沿った態度を取ってるつもりなんだろうけど……だいぶ弱っちゃってるのかなあ)
リリーナは一人の妹として、腹違いとはいえ兄のテリーを気遣う心は持っているものの、手助け出来るようなことはない。
長兄であるイアンが王位に就けば、テリーはどうなるだろうか。
優秀であれば分家として独立することも出来るだろう。そうでなくても王家の血筋を欲しがり、他国の婿や、王国の有力貴族の養子として出されることは間違いない。
だが、それらはあくまで、王族としてどうであったか、という評価があってこそのもの。
元々あまり評判は良くなかったが、イアンが引きこもっている間の行動のせいで、かなり難儀なことになっているらしい、と聞く。
ならば、せめて一貫した態度で、というのがテリーの指針らしいが……。
(確かにその方が王族っぽいけどね。掌を返すような真似はするな、っていう教えだったし。はぁ、私のしてること、意味あるのかなあ)
実際にはやりたくてやってることだけどね、という続きはあるものの、王城に戻ってから、というよりゼンとの婚約が内定してからのリリーナの行動は、王族としてあまり褒められたものではない。
王族という高位の身分の者が、その分野では最先端とはいうものの、あくまで治療所である治療院に通いつめ、あまつさえ医療行為に従事している。
本来ならば王族としてはあまりに軽い行動である。というより、国王であり、父であるソルを筆頭に、周囲から大いに止められたのだが。
「本来救われるべきである民の多くが、その権利を受けられていないと聞いております。元々治癒魔法は得意としておりますし、あの生活で多少なりとも心得を得ました。ですから、民のためにも、お許しください」
とまあ、それらしき言葉を並べて納得させると、リリーナは朝から毎日のように治療院へ行っては、夕方頃に戻ってくる、という生活を送っている。
そのおかげで、本人が狙ったわけではないのだが、国民はリリーナを聖女のように称え、イアンに近いほどの名声を得ることになった。
それも仕方のないことで、治療院所属とはいえ、一般的な治癒士よりは多少多い程度の魔力量しか持たない治癒士と、リリーナの魔力量とでは、一日に治療出来る人数が違う。
朝から夕方まで人々を癒し、特に疲れた様子もなく、微笑を浮かべて帰るリリーナの人望が上がらないワケがない。
逆に王城勤めの人物や、価値観が異なる貴族からは、「王族らしからぬ」という評価であり、一部を除き、姫君としていかがなものか、という程度に評価を下げている。
それを狙っていた。
リリーナは王城に戻ってから、ではなく、ゼンとの別れの日から決めていたことがある。
フランは天才で、異常なステータスを持ち帰ろうとも、アルバリシア帝国では、むしろ周囲は歓迎してくれるはずだ。
だが自分はどうか、幼きながらも考える。
第三王女として。王族の末妹として。
ゼンは無理に隠そうとしなくてもいいと言ってくれたし、身を潜めてはいるがリュタンの存在もある。
だから命に関わるようなことはない。そもそもあの森に一年も住んでいれば、単純な暗殺などは怖くもないし、致死性でなければ解毒も可能。
面倒なのは、周囲の事。
フランはゼンに嫁ぐと決めているし、自分だってそうだ。父や周囲がどう言おうとも、それだけは叶えたい、切実なる願い。
それを叶えるために、ただ漫然と待っているだけでいいものか。戻ってきたあの時の冷たい視線を受けて、ゼンの【神威】の時を見て、余計にそう思った。
そこで出した結論は、「なるべく王城で過ごさないこと」だった。
元々リリーナは王城暮らしが窮屈に感じていたこともある。
テリーやアレーネの様子を見て、イアンに次ぐ存在と見られるのも困る。
だからこそ、王族らしからぬことをして、時を過ごすことにしたのだ。
王城に身を置く時間が短ければ、接触してくる人物の回避も易く、向こうから勝手に評価を下げてくれる。
そこまで計算高い思考だったわけではないのだが、結果としてはリリーナの思惑通りと言っていいだろう。
相対的にテリーの評価が幾分マシになることも願っていたが、そこは本人次第であろう。
それに、もう一つ理由があった。
森の主との戦いで、美しくも無残な姿のゼンを見た、あの時。
何も出来なかった自身の力のなさを嘆いたのは、フランだけではなかった。
だからこそ、自らが得意とする癒しの力を磨くことにしたのだ。
(ゼン様は一人で何でも出来ちゃう。けど、だからといってそれに甘えてばかりはいられないよね)
妻として、と小声で続けようとしたところで、一人悶える。
ある意味フランより精神的に大人びた彼女であるが、妻として、というワードにリアルな妄想をしてしまい、過剰反応に陥ることが多々あるのだ。
そんな赤面して一人で悶える少女の姿は可愛らしいものの、同じことを繰り返しているため、「奇行癖はより重症になっている」という、評判を下げる一つの理由になっていることは、彼女は知らなかった。
◆◆
王都カルローゼの王城にて、謁見の間では厳格な空気が漂っていた。
王族の洗礼ともなれば、国を挙げたイベントではあるのだが、洗礼自体の立会を許される人物となると、相当限られる。
それでもゼンやネリーが行った時よりは人数が多い、国王ソルは当然のこととして、イアン、テリーという身内も参加。アレーネはとことん妹が気に入らないらしく、不参加である。
それに加え、公爵家の当主、シロー=ガローゼ、ニュール・デュ=ミナーレ、ミナセ=クラーの三人。アジェリー家当主、ノス=アジェリーも参加予定ではあったが、全ての公爵家当主が一同に集まるのは好ましくないため、という理由で領地に留まった。
文武の両トップ、アール・ラルとワイズ・リム。ソルの近衛ブロウ。
また、鑑定官としてリシュー、オウリュも参加している。この二人の役割は、洗礼者の選定が正しいものであるという証明を行うためである。
やや遠い位置に位置するのは、王国の楽師隊。こちらは洗礼を行う際の儀式要員。
そしてリリーナ本人、これまでがカルローゼ王国としての面々である。
ここにフィナール領から特使として、レリック大公家の名代としてネリーが、洗礼者としてエルが、その護衛という名分でゾークが派遣されている。
明らかに面倒そうなエルと特に何を言うまでもなく佇むネリーとゾークに対し、王国側は挨拶する程度しか出来ていないが、やることは決まっている。
「これよりカルローゼ王国第三王女、リリーナ・シュア=カルローゼの洗礼の儀を執り行う。洗礼者は始祖エルフ族の長であり、ハイエルフでもあるエルリナーゼ=シュレイン=アーヴィアス・アルティメット殿である」
ソルの宣言と共に洗礼の儀が開催される。
それに伴い、リシューとオウリュがエルにそれぞれの[鑑定]をかける。
「カルローゼ王国鑑定官、リシューの名に置いて、エルリナーゼ=シュレイン=アーヴィアス・アルティメット殿がハイエルフであることを証明いたします」
「同じく、オウリュの名に置いて、エルリナーゼ=シュレイン=アーヴィアス・アルティメット殿が洗礼者として適切であることを証明いたします」
長年鑑定官として勤めていた二人だが、本来王族の洗礼の儀に携わるほど高い能力を持っているわけでもない。
たまたまゼンの縁で選ばれただけであり、唯一の役割が終わったことに安堵する。
緊張のあまり、本来エルのステータスに驚くべきところを、用意しておいた台詞を口にするだけに留まったことは、二人にとっては幸福だったといえる。醜態を晒すことなく唯一の仕事を終えたのだから。
「ほんじゃあ、始めるかのぅ……」
その言葉を引き継ぐように、リリーナがエルの前に立つ。
明らかに乗り気ではないその様子を無視するように、楽師隊が演奏を始め、エルが舞う。
ゼンの時と同じ巫女服を着たその姿は、艶やかで神秘的なものであったが、その舞はどうか、と問われると。
はっきり言って、下手だった。
思い出しながらとりあえずそれっぽく動いてるだけだった。
ゼンが居たら「新手のロボットダンスか何か?」とでも言いそうなほど、ポーズだけ決めるだけだった。
だというのに、王国側はそれを誰も気にしない。
何故ならこれが、勇者シツネ・ミナモの伝承通りの儀式だからだ。
始祖エルフ族のハイエルフから洗礼を受ける王族、というだけで父であるソルまでリリーナを羨んだ程である。
それだけ名誉なもの、という認識が王国側にはあるのだが、やらされている側はたまったものではない。
そこそこに付き合いのあるイアンからすると、エルの無理やりやらされている感を察して、一人笑いを堪えているのだが、ネリーの視線が怖いのでポーカーフェイスである。
(エルさんも気の毒だにゃ)
そこはかとなく、エルに同情するネリーであるが、笑われるわけにはいかない。
前日に「この舞を披露して頂きたい」と言われたエルはご愁傷様としか言いようがないが、今はゼンの名代としてこの場にいる。
そちらの都合を立ててやったのだから、多少の拙さで笑われる筋合いはないのだと。
(笑っちゃいけねぇんだろうけどよぉ……こりゃ耐えるのが大変だぜ。ゼンのときにやらさなくてよかったんじゃねーか?)
かたや、ゾークは必死で笑いを堪えていた。
美的センスはゼン以下と評して差し支えない彼からしても、エルの舞は滑稽に見えて仕方ない。
一応人間族のハーフでもあるので、憧れは全く理解出来ないこともないが、そのハイエルフが身近な存在になってしまっては、こんなもんであろう。
もっとも、王国側はイアンとリリーナを除き、感動しているだけなので、笑う者などいない。
リリーナはリリーナで、エル様も大変だよね、などと他人事のように思うだけだった。
10分、経っただろうか。
ようやく一通りの神楽を終えたエルは、精神的な疲労から軽く肩を上下させていた。
この神楽の最中に本来は洗礼のための[人物鑑定]を唱えたりするのだが、そんな余裕はなかったし、そもそもエルには鑑定魔法を使う必要がない。
「はぁ、はぁ……『今ここに彼の者の資質を記せ』」
どうやらやる気が続かなかったらしく、名前すら言わずに簡略した言霊を口にすると、リリーナの前に彼女以外は不可視の文面が現れる。
リリーナはそれを見て、かつてのネリーと同じように首を傾げる。
(選べるってことは、私も「ダブル」以上ってことだよね。ゼン様は「トリプル以上は確実」って言ってたけど。うーん、実際に選ぶとなると、結構迷っちゃうもんだね)
彼女の目に映る職業は、およそ30種類。
そのほとんどが理解出来るものばかりだったが、異色を放つ職業が二つ。
どちらか、あるいは両方を選ぶべきか、悩んだ末にリリーナは片方を取得することにした。
その選ばれなかった職業の名は「魔女」。恐らくは固有職業であろうが、聞こえが悪いような気がして却下した。
それから優先順位の高そうなものを3つ選んだ時点で、リリーナの視界から職業が消え去った。
「ふむぅ。元気っ娘の方が上じゃろうが、お前さんも大概じゃてな。ほれ、確認せぇ」
エルが作り出した銀板のステータスボードを見て、リリーナは思わず「あ、やっちゃったかな?」と小さく呟いた。
名前 リリーナ・シュア=カルローゼ
年齢 10歳
種族 人類種人間族 <ハイヒューマン>
職業 聖女/賢者 <銃者・農者>
格位:熟練級
筋力:SS+
器用さ:SSS
素早さ:SS+
魔力:SSS
精神力:SSS+
スキル:【念話】【早期栽培】【加護】
リリーナが微妙な表情でステータスボードを手に取る様子を見て、思わずソルが声をかける。
「どうした?余にも見せてくれぬか?」
「ええと……その、ちょっと、お父様以外には見せにくいかな、と……」
リリーナの歯切れの悪い返事を聞き、まずは自分だけで確認すると、他者を少し離させる。
そして困り顔で手渡されたステータスボードを見て、ソルは絶句した。
「……陛下?」
「待て……いや、その、エル殿を疑うわけではないのだが……その、どういうことだ?」
何に対してどういうことなのか、ソルもよく分かっていない。
エルもその反応は予想通りなのだろう、首を振って答える。
「わしの固有能力は常人の計り切れぬ力を知ることが出来るのじゃが、こん娘っ子も凄まじいでな。常人が持つ最大値が「S」とすれば、そん娘っ子はその倍以上の能力がある、ちうことじゃ。一つはもはやわしでも測定出来ぬほど高い、ちうことじゃな」
「いや、その、言っていることは分かる。のだが、この種族と職業は……」
「それはわしにも分からんでな。種族はまぁ、人間族としては、シツネ様並、ちうことじゃろ。シツネ様もそうじゃったと聞いとるでな。職業はこん娘っ子が選んだものじゃてな、それ以上は知らんのう」
リリーナとソルにだけ聞こえるようにして、ある程度の回答をしたものの、ソルは何が何だか、といった様子でステータスボードとリリーナを交互に見るだけ。
流石に周囲もその空気を察して、洗礼に不備があったのかと思い始める。
そこに、ネリーが静かに告げる。
「エル殿の【人物鑑定】は紛れもなく本物。それはゼン様が保証されます。私自身もエル殿の洗礼を受けて、「セクスタプル」になったのです。リリーナ姫なら恐らくは、「トリプル」。或いは「クアドラプル」になったのでしょう」
「そんな馬鹿な!」
思わず、といった拍子で声を上げたのは、武官筆頭のワイズ。
普段から戦いの場に身を置いているがゆえに、戻ってきたリリーナを見て、今までの姫君とは一味違う、とは感じていた。
それにしても、そこまでとは思ってもいなかったし、元々ダブルでも何でもないリリーナが、いきなりトリプルと言われれば、馬鹿なと言いたくもなる。
だが、場が悪かった。
「自国の姫君の成長が信じられませんか?ハイエルフのエル殿を疑いますか?」
ネリーの射殺すような視線を受けて、一瞬死んだかと思う程に恐怖を感じたワイズがその場にへたり込む。
武官筆頭だというのに情けない、と言うことなかれ。
彼は実際にネリーの武力を目の前で見た一人であり、互いの力量差も十分すぎる程理解出来るがゆえに、である。
そんな不幸な出来事はあったものの、知りたいことは皆知りたい。
「父上、我らには見せて頂けぬのですか?」
テリーの疑問はこの場に居る立会人全ての共通の思いである。
慣例通りならば、この場にいる王族、公爵家、王家筆頭臣下には、洗礼のステータスボードが開示される。
それを周囲に表立って話すことはないが、王家に仕える者として、王族のステータスを知っておくべき存在、とされている。
結局はどこからか漏れて、ある程度周知されることになるのだが、これが公然の秘密、というものである。
未だ信じられない思いをしているソルからすれば、空気を読めと言いたくもなるが、テリーの言っていることはおかしなことではない。
おかしいのは、このステータスボードなのか、リリーナなのか、エルなのか。
あるいは見ている自分がおかしいのか、それほどまでに衝撃を受けていた。
「む、むぅ……すまぬが、リリーナのステータスボードは公開出来ぬ。いずれ折を見て、ということにする」
「もしや、洗礼の儀で新たな固有能力が?」
とりあえずこの場を流そうとしたソルだが、アールにある意味正解を告げられ、返答に詰まる。
それで察したガローゼ公が、「公には出来ないスキルか……」と呟くと、公爵家が勝手に納得しかける。
そこでクラー公が代表するように発言する。
「何やらご事情があるご様子。いずれの機会に、ということでも構いませぬが……良きことか、悪きことか、それだけははっきりお答え頂きたく存じます」
公爵家は王族を支える重大なポジションである。
だからこそ、身内以上に王族の能力を把握しておく必要があるため、この場で確認しておかねばならないことがある。
王国にとって、良い結果と言えるのか、悪い結果と言えるのか。
ソルも瞬時には答えられなかった。
代わりに答えたのは、リリーナだった。
「私としては、良き結果だったと言えるでしょう。ですが、私自身にしても、少々驚いているところです。この場でお話するには少々都合が悪いので、詳細は後日お伝えしますが……そうですね、一つだけ。私が得られた職業の数は4つ。ネリー殿の仰る通り、クアドラプル、というのが正しいのでしょう。少なくとも、悪いことではないでしょう?」
◆◆
「僕としても結構衝撃的だったのは確かだけど……ゼンさんやネリーさんもオール「SSS+」だったからね。しかも二人とも種族が凄いことになってたし」
「お前には思うところはないのか?」
「リリーナに追い越されたこと?あんまり気にしないかな。僕だってちょっとはステータスが上がったし、S+くらいなら僕のステータスにもあるからね」
リリーナの衝撃発言を受けて、収拾が付かなくなりそうになった場を落ち着かせたのは、なんとゾークであった。
彼はソルに自身のステータスボードを手渡して、こう言った。
「俺のステータスボードがコレだ。でも嬢ちゃんより俺が弱いとは思わねぇ。王子サマもそう思うんじゃねえか?」
ゾークのステータスボードは、S+からSSが並んでいたが、それが高いのか低いのかは分からない。
だがリリーナよりは確実に下であることは確実。それでも負けるとは思わない、という。
ここに至り、ソルはリリーナのステータスが異常であると同時に、「使いこなせていない」のだと気付く。
どんな方法でこれほどステータスを上げたのかはとてつもなく気になるところだが、まず間違いなくゼンの絡みであるということ。
そしてゼンはリリーナの婚約者であり、カルローゼ王国に尽くす、とまでは言わずとも、敵対の意思はないという。
思考を落ち着かせることに成功したソルは、
「これにてリリーナの洗礼の儀を終える。詳細については改めて場を設けるが故、この場はこれにて解散とする。大儀であった」
と、強引にその場を打ち切った。
一部の公爵家やテリーは胡乱な目をしていたが、王の決定は原則、絶対である。
なんだかんだで君主制のトップの決定に不満を訴えることは、不敬であるということだ。
それから秘密裏にイアンを呼び、今回のリリーナのステータスボードについて話をしている、というのが今の状況である。
「多分だけど、S以上のステータスを計れるようになったと言っても、エル様の「SSS+」というのは、僕たちでいう「S」の2倍くらいだったりするんじゃないかな?」
「その根拠は?」
「僕がA止まりだったステータスがS+まで上がっていること、かな。ゼンさんは【成長指導】というスキルを持っていたし、あの人から直接教えを受けたら、ステータスの伸びが凄まじいことになるってことを実感したよ」
イアンが推測を元に自論を語るが、一部は合っているものの、影響をかなり小さく見積もってしまっている。
ゼンとの訓練期間は滞在期間からすれば相当短い。しかも軽めに手合わせする程度だった。
それでもこれだけ伸びているのだから、一年以上一緒に居たリリーナならば、今のステータスは納得出来るものだ。
まあ、合ってはいる。が、その程度の認識では済まないレベルで向上しているのだが、数値化されることのない世界では止むを得ないところでもあるだろう。
「ふむ……こう言ってはなんだが、リリーナが「娘」であって良かった、とすべきか?」
「むしろ他国に漏れたら、求婚が今まで以上に殺到するだろうね。ステータスだけで言えば、SSクラス冒険者を遥かに凌ぐわけだから」
「レリック公との婚約を決めていて正解だったか。名誉とはいえ大公。そこらの小国・中堅国の第一王子といえど、格としてはどちらが上か、という話であろうよ。それに、娘を王に就かせることはまずない故にな」
結果論ではあるものの、リリーナの評判が王城内で下がっていることもプラスに働く可能性がある。
「……テリーは、どうする?」
急に声を潜めてイアンに問うソル。
「今まで通り、とするほかないよね。せめて評判さえ良くなれば、と思うんだけど……どうにか、分家を立ち上げるだけの臣下を残して欲しいかな」
「そこは何とかしよう。余の部下を付けても良い。イアンが結婚し、子を授かるまでは、王族としての責務を果たして貰わねばならぬ」
「ちなみに僕の相手は決まっているのかな?」
「あの<厄災級>発生までは、な。しかし、あの戦いでご破算となってしまった。今は公爵家から正室、他国から側室2人と言ったところだろうか」
イアンの結婚相手の筆頭、その相手は、実はアルバシリア帝国のマリスだった。
だが、あの戦いでバルドを失ったことにより、帝位継承権一位となったマリスを正室に迎える、というのは不可能ではないにせよ、難しいだろう。
その子を両国の世継ぎに据えれば、安泰とは言わずとも、両国の繋がりが深まる、良縁だったのだが。
「近いうちに事を決める。余にもそれほど時間が残されているわけではないのでな」
その言葉に、イアンは頷きだけを返す。
それからは内密にするべき事項、公爵家一同に対する情報開示の範囲など、ある程度の叩き台を夜更けまで話し合う。
こうしてリリーナの洗礼の日は終わりを告げた。
カルローゼ王国がなんでこんな制度してるかって?
源義経が始祖の国ですから。




