洗礼(3)
『今ここに、ゼン・カノー=レリックを導く、資質と才を知る術を与える』
俺の洗礼を進めてもらい、ネリーの部分が俺の名前に変わっただけの、簡易な洗礼。
それと同時に、思わず顔をしかめてしまった。
あまりの情報量の多さに、だ。
なんだ?これは。
恐らくはエルと俺以外見えていないであろう、無数の文字列。
先ほどのネリーの時もこうだったのかと疑問を抱いたが、どうやらエルも想定外だったようで、目を広げて驚愕の表情をしている。
文字列というか、単語ごとの意味は分かる。だが、分からないものもある。文字列には違いないのだが、文字の体を成していないように見える。
確認出来る範囲で、長刀神、弓神、銃神、刀帝、槌聖……この辺りはまだ分かる。
刀帝というのが一瞬理解出来なかったが、父さんの「槍聖」の一つ上のランクが「帝」なのだろうと勝手に当たりを付ける。
母さんの「魔法者」みたいなものはなかったが、魔術絡みの職業も似たようなものだ。他にも鍛冶神、薬神、料理神なんかもあったりする。
まあそれらはいいんだ。俺もあるだろうなと予想していたし。
ただ、これらの派生と思わしき固有職業や特殊職業の種類が多いこと多いこと。数える気すらしない。
例を挙げると、勇者。あるだろうなと思ってた職業の一つ。条件はまだよくわからない。
本来なら対極にありそうな、魔王。てかその格上っぽい魔帝とか魔神とかもあったり。
ネタ枠っぽいところで言えば、男優とか、夜帝とか。
これを職業欄に載せるのは抵抗がありすぎる。遊聖とかもう意味わからんぞ。
読めない文字列についてはよく分からない。
ただ、例えば[電子工学]や[機械作成]といった、こちらの世界には馴染みのないスキルが関わっているものではないかと思う。
スキルレベルは高いのに、そういった関係の職業が見当たらない以上、文字化けして俺の目に映っているとか、そんな感じではなかろうか。
で、この中から選べ、ということなのかと思ったら、「選べない」。
何を言ってるのか分からんと思うが、俺にもよく分からん。
そのかわり、全部自分のものだという認識がある。
つまるところ。
「えっと、これ全部ステータスボードに載るわけ?」
「むう……そう、じゃろう、なぁ。わしの感覚でも、そう感じるでな……」
無理でしょ。
ステータスボードってそれなりに大きいけど、こんなん載せられんて。
100や200じゃ済まないレベルにあるんだぜ?ちっちゃく載せても読めんレベルにしか載せられんだろコレ。
てか俺の職業、実際いくつ取れるのよ。エル、分かる?
「恐らく、ゼンには「制限」がないのじゃろうて。ありえんとは思うがの、あってしもうたんじゃろ……」
職業数、無制限。
なんつーかもう、理を無視しすぎな気がしてならん。
けどなぁ、有り得ないかって言われると、そこは否定しにくい。
【理外進化】と【唯我独尊】。
どちらもまだ具体的な効果がよく分かっていないが、多分この辺りが引っかかってしまっているというか、今の現象の原因なんじゃないか、と思う。
少なくとも、どちらも世界のルールを無視するスキルではあるだろうし。つーか後者は説明が説明になってなかったが。
あるいは、俺の次元違いのパラメータも原因か。
総合的にもネリーの10倍近くはあるわけだし、魔力量なんかはもうバグレベルだろうし。
【魔力之祖】辺りも何かしら影響があるだろうけど、なんかもう誤差程度なんじゃないかって思える。
とまあ、ここでネリーの時もひっかかっていた、俺の【完全解析】の職業欄にあった記載を思い出した。
インフィニティ。すなわち無限。
俺の記憶が確かなら、レベル1の状態からずっとそうだった筈。
パラメータとか関係なく、こうなることは必然だったわけか。ずっと「なし」だったから忘れてたわ、ははは。
……これどうしよう。
俺が若干途方に暮れそうになっていると、徐々にであるが、文字列が次々に重なっていくのが目に映ってきた。
これもまた見たことがない光景なのか、エルは信じられないものを見ているような表情を浮かべている。
これは……統合してる、のか?
文字列が文字列に重なり、読めない文字列となり、更に重なる。
なんだ?これは。
何かウィルスに感染したパソコンの暴走を見ているような、そんな光景に、思わず最初の感想に戻ってしまった。
決して不快ではないが、得体の知れない感触がある。
力が沸いてくる。自分でもよく分からない何かが、叫びが聞こえる。
◆◆
取り戻した、と。
何を?
……いや、違う。
これが、俺か。これは、俺か。
そうか、お前が。そして、お前も。俺なわけか。
可能性の一つ。
もし俺が俺じゃなかったら。
俺が俺であったのなら。
だとすれば、どうなっていたのか。
これまでの歩みはどうなっていたのか。
たらればの話はするべきじゃないと分かっていても、俺だからしてしまうこと。
悪いことをしたのかもしれない。
言ってみれば世界神のエゴみたいなものだったかもしれない。
そうだよな。多分、これも、理を無視したものだったんだろうな。
今まで気づいてやれなかったな、すまんな。
けど、安心しろ。
この生を、お前を、決して退屈にはさせない。
この俺がそんな道を歩むわけがない。
な?そう思うだろ?
お前も俺も、俺には違いないからさ。
だよな。
それに――いつか、な。
◆◆
「ゼン、気は確かか?」
一瞬の出来事だったと思うが、エルから見て、俺が異常に映ったようだ。
文字列が重なっていくところを見ているうちに、ようやく俺が俺であることを、今強く認識した。
などと言っても意味が分からないことだろうし、俺も何を言っているのかよく分からんので、問題ないとだけ返しておく。
気が付けば無数にあった文字列が、一つの重なりに収まっている。
これが俺の職業ということになるんだろうが、あいにく俺が認識出来る文字にはなっていないようだ。
「エル、これが俺の職業らしいが、何て書いてあるんだ?」
「今ステータスボードを作っちょるがえ。ぬしゃ、スキルも多いでな、中身を整理せにゃならん。ちと待て」
スキルが多いとステータスボードの作成に時間がかかるとかあんのか?
【人物鑑定】自体は一瞬で終わるだろうし、俺の【完全解析】でもステータスボードにステータスを写すのは一瞬なんだが。
「分からんことが多すぎるでなぁ、不明だらけのステータスボードを作るわけにはいかんじゃろうて」
スキル欄を調整してくれるのか。
ネリーのを見た後だと、特殊能力の数だけ【不明】って出てくるのかと思ったよ。
一安心……と言いたいところだけど、とりあえず出来上がりを見てみないことにはなあ。
ちょっとばかりの間があった後、仕上がったステータスボードを俺に手渡してきた。
中身を確認してみて……これどうしよう、と思わず呟いた。
今日何度目だよこのフレーズ。
名前 ゼン・カノー=レリック
年齢 11歳
種族 亜神種亜神族 <グランド・クォーターハイエルフ>
職業 始原王 <無制限>
格位:神位級
筋力:SSS+
器用さ:SSS+
素早さ:SSS+
魔力:SSS+
精神力:SSS+
スキル:【不明】【不明】【成長促進】【成長指導】【工程短縮】【健康体】【空間魔法】【精霊魔法】【召喚魔法】【擬態】【鼓舞】【激励】【闘気】【契約】【記憶】【回想】【絶倫】【必中】【他】
「これを正式な個人情報として出すのは正直どうかと思う」
「ほんなこつじゃて。じゃども、どげんもでけんが」
出るのはため息くらいなものだ。突っ込みどころが多すぎる。
固有能力は全て開示されている。【擬態】で誤魔化せなかったということだろう。
てかまた知らんスキルが追加されてるんだけど。こんなにあっても使い切れないんだけど。表記したくない文字列も混じってるんだけど。表示し切れず【他】って書いてあるんだけど。
しかも【不明】が2つ。これは物凄く嫌な予感がする。まさか、唯一能力のことが片方だったりしないだろうか。
百歩どころか万歩くらい譲って、これらは仕方のないことだと割り切ったとしても、他にも種族と職業は問題がありすぎるだろう。
さっきのネリーにも種族については突っ込まざるを得なかったが、俺のこれは論外というか、どうしてこうなった的なサムシングですらある。
割と諦め気味だったのだが、せめて人類種の括りには居させて欲しかった。亜神種て。何すか亜神族て。デミゴッドですか、そうですか。
職業についても意味が分からん。始原王て。俺が始原の世界とかいう地球からの転生者だからか?
だいたい職業欄に無制限とか書かれて誰がどう理解できるというのか。
あとあれだ、職業で得られるステータスの向上がしょぼいと言ったが、あれは半分嘘だ。
半分っていうのは、実際一つ一つについては特殊なものでも俺やネリーでは大した影響がないってことは本当。
でも塵も積もればとでも言うべきか、あんだけ無数にあった職業を全て自分のものにしているとすれば、誤差程度では収まらないくらいの影響があるらしい、ということ。
まだ【完全解析】はしていないが、持ってる力が増したことを明らかに感じられる。
これ自体は、洗礼がただのきっかけかもしれんけども。
ついでに言うと、やっぱり「使える」分には限りがありそうだが……やはり、妙な感覚だな。
さっきのアレ、もしかすると――って、今はいいか。
「これさ。エルから見て俺って人類の枠に入ると思う?」
「ネリー殿もそうじゃったが、おんしゃ人類の枠にはまず入らんの。じゃが、エルフとしては、希少種王とある以上、一応「人」の枠ではあろうて。わしも聞いたことがないがのう」
「だよね。これ公式なものになると思う?」
エルは黙って首を振った。だよね。
とはいえ、少なくとも、格位・パラメータ・固有能力は正しい筈なので、この場で父さんと母さんのステータスボードも作って貰うべきかな。
いくらなんでも現実感がなさすぎる。エルの【人物鑑定】の精度が疑われそうだし、偽装したと言いがかりをつけられてもおかしくない。
「……その様子では、相当なものが出てきたようだな。不味いことでもあったのか?」
動かない俺たちを見て不審に思ったのか、ギースが声をかけてきた。
本当にどうしようか。
うん、どうしようもないな!
確かにこの場で洗礼を行ったし、非公式ながら王国と帝国からも立会人がいる場で出た結果だ。
よし、決めた。
決めたっつーか、洗礼を受けた以上、俺は一応成人したわけで、既に大の大人だ。
というわけで、決めた。何をって?
「なあギース、今俺はエルから洗礼を受けて、このステータスボードを受け取った。立会人も居て、そこに改竄する余地はなかった。そうだよな?」
「うむ?まあ、そうなる、な?」
ネリーは俺が何をしようとしているのか何となく察したらしい。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべているが、口元が引きつってて、どこか黒さを感じるのは俺の錯覚ということにする。
父さんや母さんも表情を歪めている。そういえばそうだった的な。
そうなんだよ。結局こうするしかないんだよ。
「だからまあ、これは俺の正式なステータスボードだ。俺は本当に何もしなかった。ただ洗礼を受けただけ。イアン、マリス。二人とも証明してくれるよな?」
「うん?不自然な点はなかったと思うよ。始祖エルフ族の洗礼だし、何かしら不思議なことが起こってもおかしくはないよね」
「征西帝様がこのような場で謀るような方とも思えません。余程おかしな点があるにせよ、有り得ないと断ずることは出来ませんわ」
次世代の王からもお墨付きを貰った。
公式なものじゃないから、あくまで参考だけど、この二人が見てたってのはある意味都合が良かったかもしれん。
「じゃあ、手順通りに終わらせることにする。両親にってことだけど、ネリーも含めていいか?ネリーは俺にとって臣下である前に、家族だからな」
「それは構わんが……」
「それじゃあ三人とも、ちょっとこっち来て」
どこか嬉しそうなネリーと、眉をハの字にして、口をヘの字にした両親が俺の傍にやってくる。
俺は何も言わず、三人にステータスボードを見せる。
やや間があって。
その場で両親が崩れ落ち、ネリーは「流石はゼン様です!」と笑顔を見せた。
さあ、これからだ!
俺が先ほど何を決めたのかと言うと。
「というわけで、これを正式なものと認めるかどうかは両国の判断に任せるけど、俺はこの表記された内容が「ゼン・カノー=レリック」の持つ能力だと認める。種族や職業については知らん!」
開き直りである。
「今までは【擬態】という固有能力でステータスボードを偽っていたが、エルの【人物鑑定】で見破られたわけだ。ただ、今回の洗礼で新たに得た力もあるから、自分でもよく分からんものがありすぎて困る!だから分からんものは分からん!」
開き直りである!
だってそうするしかないじゃないか。
偽装するにしても、頼みの【擬態】が破られたんじゃ、エルの【人物鑑定】は防げない。
せめてエルじゃなければ、とも思うのだが、それはもう今更だし、エルだからこそ、ということもあった。
あまりにも荒唐無稽な結果すぎて、ギースも放心する以前に困惑していたが、この場で両親のステータスボードをエルに作って貰うことで、エルの【人物鑑定】が優れていることを説明。
イアンも巻き込んでステータスボードの比較をすることで、エルが優れた鑑定を行えるという証明完了。
ついでにエルに俺のステータスボードをもう1つ作って貰い、それをマリスに渡しておいた。
ここまで有無を言わさずゴリ押した。困惑から混乱に変わるとめんどい!
「で、ギース!これで終わりでいいのか?」
「う、うむ。これにてゼン・カノー=レリック、並びにその臣、ネリー=チシャの洗礼の儀を終えることを、ギース=フィナールの名に置いて宣言する」
「ならばよし!」
押し切った!勝った!
何に勝ったのか分からんけど、この場を流せばあとはなるようになれ、だ!
この場でリリーナやフランにもステータスボードは見せたけど、イアンとマリスには「俺とネリーのステータスボードを報告するのは、二人の洗礼が終わってからにして欲しい」と伝えておいた。
二人の洗礼は俺やネリーより壮大なものになることは明らかで、その結果もある程度想像がつく。
なればこそ、俺やネリーの情報は後出しの方がいくらかマシだろう。どうせ知られるんだから大した意味はないかもしれないが、少なくともその場では周囲を喜ばせるべきだと思う。
フランは「わかったのだ!」とあっさりしたもので、リリーナも「周りの人のことも考えないとねー」と分別ある返事が返ってきた。てかこの二人は俺やネリーのステータスボードを見てもさしたる驚きはないらしい。
対して、イアンとマリスは複雑な表情であったのだが、それでも王族ともなると、周囲への配慮を考えた結果、俺の希望に沿える形で報告するという。
ギースも一周どころか思考が三周くらいしたところで何かを諦めたらしく、「カルローゼ王国への報告は、折を見て行うとしよう」と言って、その場を締めてくれた。
やけっぱちで開き直ったわけじゃない。
想定外が多数重なったが、大量にある固有能力にしろ、不明という表記の特殊能力にしろ、所持していることを知られることは構わない。
その正確な性能を知られると困る、というだけの話だ。有名なものは知られているだろうが、「正確な」となると、結構怪しい。
まず特殊能力についてはエルの【人物鑑定】では分からない、即ち何をいくつ持っているかは不明ということ。もう一つの【不明】が唯一能力だとしても、そんな存在は誰も知らないのだから言い訳はいくらでも可能、だと思いたい。
固有能力についても、少なくとも【空間魔法】【精霊魔法】【召喚魔法】辺りは俺のオリジナルのはずであり、そもそも全部は「読めない」という可能性もある。
説明を求められれば応じる必要も出て来るかもしれないが、これだけ多数のスキル所持者で、極めて高位な肩書を持ち、両親はSSクラス冒険者。
もう表立ってちょっかいをかけられる可能性は薄いはず。裏でこそこそされるのは仕方ないし、今までと変わりもない。
この時を持って、ようやく枷を一つ外すことになった、というだけの話だ。
学園ではもう一つ二つ、外してもいいかな。
◆◆
色々あったが、ひとまず洗礼の儀は終わりを告げ、立会をした四人はこのまま帰国するという。
流石にそれぞれ付き人がいるらしく、[転移]で送るとは言えなかった。ただ、その前に話しておきたい人が一人。
「マリス、ちょっといいか?」
リリーナでもフランでもなく、マリスに声をかけた理由は、母さんの補佐役の打診。
何故マリスなのかといえば、本人がこの地で学びたいという希望があったから、というのが理由の一つ。
「願ってもない話ですが、流石にこの場ではお答えできませんわ。ですが、何故私なのです?王国領ですから、イアン王子の方が適任なのでは」
「イアン個人は問題ないけど、多分カルローゼ王は渋るだろうし、王城に第一王子が不在となると、カルローゼ王国としては認められないんじゃないか?マリスも似たような立場ではあるけど、アルバリシア帝国ならアリかなって。場所も王都より近いし」
母さんの補佐というと、それなりに政務に通じた人材でなければならない。
少なくともユーリ級の人材が必要なわけだが、近い能力を持ったスミヨン辺りを引き上げると、その穴埋めに困る。
というわけで、外部から人を引っ張ってくることにしたのだが、俺の知人である程度信頼が置ける人物といえば、マリス以外に思いつかなかった。
帝国の継承権第一席を持ってくるのは流石に無理があるかとも思ったのだが、同じ立場のイアンよりは話を通しやすい。
王国と帝国の差は色々あるが、「歴史」というしがらみが薄い帝国の方ならば、ということだ。
「それにヴィー殿と俺は、名目上は「同格」だからね。正式に留学に来たことも有るし、ヴィー殿なら承知してくれないかなぁ、と」
「なるほど……ですが、カルローゼ王国としてはどうなのですか?あまりいい顔はされないと思いますが……」
「元々フィナール領は国内外問わず、人材を集めていたこともあるし。王国法に反しているわけでもないし。常駐してくれってわけでもないからね」
カルローゼ王は俺に独立させたがっている節がある、というかその部下が、ってことなんだろうけど。
母さんの補佐にアルバリシア帝国の王族を付けるとなると、流石に看過出来ない、と言われそうではあるけども、あくまで補佐は補佐という名分で通す。
それに俺が何故、帝国第一席という、普通なら絶対無理な人選をしたのか。該当者が限られる以外にも、ちゃんとした理由がある。
両国がどう考えているかは知らないが、あと10年程度は問題ないだろう。
だが、長期的目線で見た場合。つまりは、二人の王が退いた際に危ういのは、アルバリシア帝国の方だ。
それほど長い付き合いではないが、イアンは信頼が置ける人物であるし、これまでの期待感からして、次代の王が務まるものだと思っている。
対してマリスはどうかと言われると、バルドを失い、フランが俺の元に嫁ぐ、となれば、アルバリシア帝国を継ぐのはマリスかローレになる、はずだ。
となると、マリスは早急に足場を固めなければならないわけだが、知識的能力は高くても実務面ではまだまだ経験不足であり、帝王の座に相応しいとはまだ言えない。
俺がマリスに期待しているのは、母さんの補佐という実務面と、アルバリシア帝王になるための実績作りである。
自国では帝王ヴィーの力が強すぎてそれを示す機会がない。ならば、隣接した他国の領地でやってもらおう、という面もあるわけだ。
「イストランド群は独特だと思うけど、それでも将来のためになると思う。前向きに検討して欲しい」
ある程度の意図を伝えたところ、マリスも納得したようだ。
ただ、どこか思うところがあるらしく、含み笑いしながらこう尋ねてきた。
「恐らく父も反対はしないと思いますわ。けれど、ゼン様にはもっと簡単な方法があることをお気づきですか?」
「簡単な方法というと?」
「私もフランも貴方様に嫁いでしまえば、ゼン様が次代の帝王になりますわ。第一席と第二席の夫ですもの。こうなれば、アルバリシア帝国も安泰ですわ」
……その可能性は考えてなかったわ。
そういやバルドがいなくなった以上、案外スムーズに帝王の座に就けるかもわからんね。
色々弊害は出そうではあるが、それもまた一つの手段、か。
◆◆
イアンとマリスにリリーナとフランの洗礼の時期を確認し、エルとネリーを特使として向かわせることを約束。
俺も付き添いたいところだったが、何かの拍子に普通の[人物鑑定]を使われたら、不明にしてある特殊能力を晒すことになりかねない。
一応【擬態】で【思考対話】と【大魔鬼化】以外は隠してあるが、何が起こるか分からないからな。
エルによからぬことをしようとしたところで、ネリーを付けておけば何も不安はない。一応カルローゼ王国には父さんにも付いて行ってもらうことにするけど。
別に王国の方がどうこうと考えているわけではなくて、征西将の肩書を持つネリーなら、洗礼にも立ち会えるだろうけど、王国は分からない、というだけの話だ。
ちょっと穿ちすぎかなとは思うけど。
俺が来ないことにリリーナもフランも大層残念がったが、代わりに一つ約束をした。
学園に入学する際には、同じ時期に入ること。
卒業までの時間は人によって違うそうだが、「同期」という認識はあるらしい。
一緒に居られる時間が増えるかどうかはさておき、少なくとも同じ時期に同じ学園に通うのだから、それなりに話したりすることは出来るだろう。
二人とも大いに喜んでくれた。何でもリリーナとフランは王同士の話し合いで同期として入学させることになっていたようだ。
それに俺も加わる。ちなみにネリーも加わるわけだが、二人ともネリーには敬意を払っているらしく、それも喜んでくれた。
若干引きつっていた気がするが、気のせいということにしておこう。
帰る時にもフィナールの町は大騒ぎだった。
とはいえ帰る時にもパレードは流石にやってない。ただ、町全体が祭りになっているようで、そこら中で屋台やら大道芸やら、何かしらやっている。
規模的には俺の知ってる祭りより小さいかもしれないが、熱気は十分感じられる。
みんな楽しんでいるのならば、俺たちの洗礼にも意味はあったというものだ。良き哉良き哉。
洗礼の結果は笑えないけど、まあいいか、くらいの気分にはなれた。
それなりに目立ちながら、もう夕方にもなろうかという時間に、イストランド群役場に到着。
自宅じゃなくてこっち?とも思ったが、役場一同から洗礼のお祝いをしたいそうだ。
正直ちょっと照れるというか、そんな大がかりなことやらんでも、と思うのだが、俺やネリーの立場を考えると、仕方のないことかもしれない。
「ゼン代行、ネリー部門長。無事洗礼の儀を終えられましたことを心よりお祝い申し上げます」
「おめでとうございます!」
役場を代表して、スミヨンからの祝辞を受け取ると、全員ではないだろうが結構な人数の官吏からお祝いの言葉をかけられた。
「ありがとうスミヨンさん。花束は分かるけど……こっちは?」
「目録です。代行宛てもあれば、諜報部門長宛てもあります。各所より届いておりますので、後ほどご確認を」
ネリーが花束を受け取り、俺が受け取ったのは封筒。中身は一枚や二枚ではなさそうだ。どうやら目録らしい。
中身は後で見返すとして、実物は役場に保管しているので、後日受け取りに来て欲しいとのこと。
結構な量が届いているというが……どこから何が来たのやら。
「それにしても疲れたわね……」
「ちっとな。シャレット、大丈夫か?」
「ええ。体に問題はないわ。ただの気疲れよ」
嫁を気遣う旦那の鏡。
いや、そうじゃなくてだな。
「ここは息子と娘同然のネリーを気遣うところじゃないですかねぇ……」
「必要あるかしら?」
いや、それは確かにないけど。
自宅に帰るなり、父さんと母さんはほとほとに疲れたようで、居間のソファーにへたり込むように転がっていった。
ネリーは着替えてくるらしく、席を外している。
流石にギースの館に着いた時点で武器の類は収納済みだが、防具類はそのままだ。
俺も着替えてくると言おうとしたところで、母さんが止めた。
「待ちなさい、ゼン。洗礼のお祝いがあるの、受け取ってくれないかしら?」
そう言って道具袋から取り出してきたのは、服?
何やら衣類らしきものが奇麗に畳まれている。
この意匠、どこかで見たような……ああ、これって。
「エル様の知識とフェアリー族にお願いして、仕立ててみたのよ。ゼンの前世の世界にあったものかどうかは分からないのだけど」
「ちょっと変わってるけど……うん、間違いない。確かに意匠は「和服」になってる」
母さんに促されて衣類を解くと、紛れもなく「着物」だった。
若干省略気味な部分はあるが、紛れもなく小袖と袴、それと肩衣。
小袖は白一色、袴は白帯に黒。肩衣に家紋はないが、紫で染められた、見事なまでの和様式。
変わったところといえば、袴が随分簡略した作りになっており、俺の知るそれよりもやや丈が長い、長袴というわけではなさそうだが。
小袖も肩衣も全体的に大きめ。でも小袖は袖がやや短いような気がする。
今の俺のサイズに合わせて、というよりは俺の成長を見越してこのサイズ、なんだろうな。
「他にもデザイン違いで何着か作っているのだけど、良かったら着てみてくれないかしら?ああ、手伝いが必要かもしれないとエル様が言ってたわね」
「多分、この作りなら一人で着られると思う。着替えてくるね」
自室に帰り、早速着てみる。
まずは小袖。サイズが大きすぎるが着れないこともない。
元々袖自体はほとんど付けていないらしく、将来的には袖なしで上衣の肩部分だけになりそうだ。
やはり袴は長すぎたようで、礼装みたいに引きずる感じになってしまっていたが、工夫を凝らしたのか、内部の帯を引っ張ることである程度の裾上げが効くらしい。
この上から肩衣を着る。袴付きではないので、それほど難しくはない。
実際着てみて、姿見の前に立ち、おかしなところがないか確認して――
「懐かしい気もすれば、違和感もあるな……なんで俺は異世界に転生してから戦国時代にタイムスリップしてる気分になるんだろうか」
特別な思いが服から感じられて。
前世の記憶とはまた違う、懐かしさも感じて。
この世界の服装とはかなり毛色が異なるにせよ、外に出てもおかしくはなさそうで。
嬉しさからにじみ出る笑みを隠すように、照れ笑いを浮かべる、そんな自分が恥ずかしくなって。
洗礼でやらかしたことなんて一瞬忘れてしまって。
むず痒い思いをしつつ居間に戻ると、そこにはちょっと困惑気味の小袖姿のネリーが居た。
「お、なかなかいいんじゃねえか?まだ丈が合わねぇみてぇだがよ、今から成長期のゼンなら、すぐ合うようになるぜ」
「ネリーも可愛いわね。似合ってるわ」
俺から見ても、もうネリーは成人女性という認識だったが、鮮やかな赤に華をあしらった小袖姿は、どことなく少女らしさを感じさせるもので、可愛いという表現で間違いない。
ただ、元日本人の感覚としては、似合ってるとはちょっと言い難いが。どことなく色気があってイイとは思うけど、結構なギャップがある。
それがいい、という人もいるだろうけど。
「うん、やっぱりゼンはゼンで、ネリーはネリーよね。あの子たちを見習わないとね」
両親は洗礼時の俺のステータスボードに衝撃を受けたようだが、既に切り替えが済んでいるようだ。
「本当にどうしてこうなったのかは分からんけども、俺のステータスについては整理が付けば話すよ。ネリーも……あれ以外に、変わったところがあったはずだし」
実はネリーにも特殊能力が追加されていた。【不明】になってたからその場では話さなかったし、検証してから、かな。
「おいおい、でいいわよ。で、二人とも気に入ってもらえたかしら?」
母さんの質問に、ネリーがはにかみながら答える。
「可愛らしい装束ではありますが……私にはあまり向いてないかもしれません。礼服として使わさせていただきます」
満更でもないようだが、ネリーの普段のスタイルには全く向いていないだろう。そこは同意せざるをえない。
礼服として使うだけというのもアレなので、町中とか、戦闘に関わることがない場所ならばいいんじゃないかな?
「そういうゼンはどうなの?」
「そうだなあ。うん、単純に嬉しい。前世のことに未練はないし、あまり生まれの国についても懐かしさは感じないけど、この恰好はある意味男の子の憧れ、みたいなものがあるし」
誰にとってもそうなのかと言われると微妙だが、大和男子として産まれたのならば、一度は着てみたい服ではあった。
これを平時の服装にするかどうかは悩ましいが、折角作ってくれたものだし、ファッションというものに拘りはないので、これでフィナールの町を歩いてみて浮かないようなら、普段から着てもいい。
俺の答えに満足してくれたのか、母さんが嬉しそうに頷いた。
「俺からはコイツだ。前にゼンから聞いて、俺が今作れる限りで作ってみたんだが……」
父さんは俺とネリーにそれぞれ一振りずつの、なんと、「刀」をくれた。
とはいっても大太刀ではなく、40センチほどの小太刀。
その場で抜いてみたが、見事な波紋が浮かんだ、業物と言っていい出来だろう。
「ゼンには及ばねえだろうがよ、玉鋼と白銀で作ってみたが、どうだ?」
「素晴らしい剣ですね。しかし、これは何という剣なのでしょうか?シミターとも違うようですが……」
ネリーの疑問に父さんの代わりに答える。
「刀、だよね。これも俺の前世にあった武器の一つで、曲刀の一種。このサイズだと小太刀になると思うけど、切れ味だけなら他の剣より確実に上回る。しかしよくこれだけ再現出来たね……俺の知ってるものと性能に遜色ないよ、コレ」
「前からちっとばかし試してはいたからなぁ。マジで作ったのは今回が初めてだ」
「エル様からね、シツネ様絡みのエピソードを色々聞いたのよ。それで、ゼンの洗礼の日に相応しい服と武器、と思ったのだけれど」
どうだったかしら?と尋ねる母さん。
洗礼の儀という日が、成人の日なのだとすれば、これ以上ない祝い品であると思う。
かつて、「元服」というものがあった。
幼名から偏諱を与えられ、髪を結い、冠を付け、成人と見なす。
生憎この世界には偏諱なんてものはないし、烏帽子も多分無いのだろうけど、この服装で、刀を与えられるというシチュエーション。
戦国時代に夢見たことなんてないけれど。
「ありがとう、父さん、母さん」
まだあまり実感はない。
少なくとも成人とは言えない体だけど。
感謝の言葉は、自然に出た。
ここで終われば、最後だけは洗礼の日に相応しい、イイハナシダナーで終わったのだが。あくまで最後だけならば。
「近いうちに、弟か妹が出来るわ。半年くらいかしら?」
母さんの衝撃的な発言に、思わず口をぽかんと開けてしまった。
やることは、やってたんだな……。
はい、洗礼のお話はここまでです。
この章は特に推敲がされていない部分になっておりますので、グダグダになってる気はしますが、要は洗礼をきっかけにゼン君が色々はっちゃけだしますよ、ということです。
学園編は自重しない方向なのです。
次の更新予定は年末。リリーナとフランの洗礼話を幕間で2話、入れられたらいいなと思います(願望)




