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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第四章 青年期 ~学園編~
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洗礼(1)

主にゼンが自分のスキルをどう考えているかというもの。内容うっすいです、はい。

そしてあんまり意味ないというね。

 明日は俺の11歳の誕生日、ということで、いよいよ俺も「洗礼」とやらを受けるらしい。

 ここ数日何やら慌ただしかったが、さて、何をやらされるのやら。

 ちなみに、今日ようやくヴリテクトとの【契約】が切れた。即ち、体は「完治した」ということ。

 あまり実感が沸かないのは、元々完治してもしなくても、身体を十全に扱いきれなかったせいだろうか。

 これにより羊のヴリテクトと離れることが可能になったのだが、ヴリテクトは俺の傍を離れようとしない。まあ常に透明化しているので、傍から見ても分からないだろうが。

 【思考対話】で蛇の方に相談してみるかとも思ったのだが、【契約】が切れたせいか、ヴリテクトとのリンクが一旦切れてしまっているようで、まだ相談出来ていない。

 ガルムやリュタンを通せば、とも思ったが、いずれ機会を見て蛇の方に会いに行くとしよう。どっちみちちょこちょこ行くつもりではいるし。


 さて、「洗礼」について整理してみよう。

 そもそも洗礼とは何なのか。

 簡単に言えば、「成人の儀式」。この世界のルール的に言えば、「職業」を付与し、それに応じたステータスの変化をもたらすもの。

 もう少し詳しく知りたくて【天上書庫】を起動させたものの、「神前において自身の能力、資質を云々~」というクッソ分かりにくい内容が大量に出て来たので、何とか整理してみる。


・10歳から受けられる「職業」の選定を行う儀式。

・洗礼者は、国家が認めた者か、或いは洗礼を行う儀式に必要な能力を持つ者に限る。

・この時のステータスボードは正式な個人情報として登録される。この情報は洗礼を受けた場所のある国家に通達される。

・この時得られた「職業」は随時変化されるが、本人の道の指針となるものである。

・洗礼を受けた者は、その時得られた「職業」により、ステータスが向上する。また、稀に新たな力を得ることがある。

・洗礼を受けた者は、個人の責任を持つものとする。


 とまあ、要点だけ抜き出しても分かりにくい部分はあるだろう。

 だから単純に言うと、「職業」というステータスブーストを得て、一応「成人」という扱いになる、ということで間違っていない、と思われる。

 あまり俺にもピンと来ないことだし、10歳というか、実際9歳で成人扱いはいくらなんでもおかしいだろうとか、色々突っ込みどころはあるのだが。


 ただこれは俺の前世が元々現代日本で産まれたから、という固定概念によるものだと思っている。


 確かに人間族は俺の知る「人間」とさしたる成長の差は感じないが、この世界の人種は本当に様々だ。というか、むしろ人間族の成長が遅い部類に入るのだろう。

 獣人族や竜人族は10年もすれば大人とさほど変わらないらしいし、魔族に至っては3歳くらいで既に大人とか、産まれた頃からもう大人に近かったりするし。俺のせいでネリーは特殊になってるっぽいけど。

 そういえばドワーフ族も子供の頃からあまり変わらないとか。まあ元々小柄な部類だし、おかしなことでもない。

 つまるところ、精神年齢以外は10歳という年齢でも成人と見なすことに異議はない。まあ実際には洗礼を受けてからすぐ独り立ちなんてことにはならんのだろうけども。


 ともあれ、俺の場合どうなるのかと言われると……ぶっちゃけ特段何かが変わるということはなさそうではある。

 不安要素は「稀に新たな力を得る」の部分なんだが、こればっかりはやってみないと分からない。

 とりあえず何かしらの力、この場合スキルだと思うのだが、逆にこういうことがあると分かっていれば、今まで秘匿していた部分が露わになっても言い訳が立ったり……するだろうか?ま、やってみないことにはな。


 強いて言えば、「正式な個人情報」という点が面倒そうな感じはする。

 生後一年で[人物鑑定]によるステータスボードを作った時もちょっとやらかしたが、今回はどうしたものか、そこが悩ましい。


 要は、隠している部分をどう扱うか、ということだ。


 恐らくは【擬態】を使えば、隠したい部分は隠せる。が、隠しておくべきことは、生後よりも少ない。というより、隠しきれない、と考えるべきだろう。

 <厄災級>での戦闘のこともあるし、これまでのイストランド群での実績もある。加えて、リリーナやフランのこともある。

 他にも俺の異常さは相応に伝わっているだろうし、父さんや母さん、ネリーに俺のことについてある程度話した以上、隠すメリット自体がなくなってきている。

 逆にそろそろ隠すデメリットの方が気になってくる。

 能力を隠すことでちょっかいをかけられることを可能な限り避ける、というのはもはや無理だろうし、実際あまり成功したとは思えない。

 ならば手札を晒すことでこちらの力を見せておくのもいいだろう。

 スキルの詳細なんか、実のところ俺にしか分からんようだし、母さんの【半魔眼】や、【念話】の扱いを考えると、結局使ってみてどうなるか、程度くらいにしか分からん……と思われる。

 研究神(アイン)でも完璧な把握はし切れていないのだから、俺の使っているところを見て「こういうスキル」と思わせればいい。それだけの話、だといいんだが。


 全ての能力(スキル)を開示するつもりはない。特に特殊能力(エクストラスキル)より上については、絶対に開示出来ないものがある。

 超越能力(オーバースキル)については言うまでもないが、唯一能力(オリジナルスキル)についてもなるべく開示するべきではない。

 特に【変化之理】だけは絶対に開示しない。【神化之法】・【魔力之祖】辺りも内容的に知られたくない。【完全解析】も駄目だろう。


 まあ唯一能力(オリジナルスキル)についてはあまり心配していないし、超越能力(オーバースキル)も同じ理由でそれほど気に留めてはいない。

 そもそもこの二つのところにあるスキルは、自身のステータスにも表示されないし、一般的に「ある」ということすら知られていないからだ。


 逆に固有能力(ユニークスキル)については、【擬態】と【空間魔法】以外は知られてもいい。

 【精霊魔法】については魔術しか使えない俺にとって、魔法として誤魔化せる手段になりえるし、固有能力(ユニークスキル)だから教えられないで済む。

 【召喚魔法】は今更隠してもしょうがない。ガルムやリュタンの存在は両国には伝わっているだろうし。

 ついでに言えば【契約】も問題ない。ネリーという眷属がいることもあるし、前述の2匹の精霊獣のこともある。


 面倒なのは、魔術を教えてくれと言われること。これは出来れば避けたい。

 元々知っていたフランや、聡明なリリーナ相手だからこそある程度教えられはしたものの、大多数の人に教えられるほど難易度は低くないし、それに付き合ってもいられない。

 というより、教えてもいいが理解出来るまでに相当時間がかかるだろう。実際魔術と魔法にそこまで差はないというか、得られる結果は同じだ。

 利便さは魔術が上だと思うが、厄介さで言えば魔法も相当なものだ。それは間違いない。


 残りの【成長促進】【健康体】【工程短縮】辺りはもう勝手に発動するものだし、【鼓舞】【激励】は固有能力(ユニークスキル)の中ではポピュラーなものであると聞いている。

 【闘気】はネリーやフランも持ってるし、問題ないだろう。

 そもそもいくらなんでも所有スキルが多すぎるというのはあるだろうが、そんなもの俺に言われても困る。別に欲しいと思ったことはない。


 問題は特殊能力(エクストラスキル)の類で、ここの開示内容については悩ましい。

 【無限成長】はもう開示する、【思考対話】についても【念話】が変化したと素直に伝える。

 【完全翻訳】もいいだろう、他の言語を話す人に未だ会ったことがないけども。てか俺には気付けないことなので、他人がいないと理解出来なかったりするんだが。

 【改良模倣】もやたらいっぱいある固有能力(ユニークスキル)の理由付けになりえるので、大きな問題にはならんだろう。


 【大魔鬼化】【飛将軍】辺りもいいか。戦闘に関わるようなもの、もっといえば【万夫不当】も開示しても構わないだろう。唯一能力(オリジナルスキル)を開示する方法があるかどうかはさておき。

 【神威】はかなり微妙だが、元々【威圧】を使ってたしなぁ……知られても対策はされにくいだろうが、一応隠すか。【不撓不屈】もあまり知られたくないな、隠す方向で。

 まずいのは生産に関わる【五穀豊穣】や【鉱石変質】、【万物造成】といった辺りだ。ここらを開示すると流石に周囲への影響が大きすぎる。

 ただし、【五穀豊穣】については、内容の詳細を隠すなり改竄するなりしておくと、学園でスムーズに行く可能性がある。

 穀物の品種改良はこちら側でやっておきたいことの一つだ。その手段としてそれに近いスキルを持っている、ということにしておくのもいいだろう。


 悩ましいのは【精霊体化】と【天上書庫】だ。

 【精霊体化】は俺の切り札になり得る手段だし、【天上書庫】は並行思考という概念が分からなくても、知り得なかったことを知りうる手段と見なせば、色々追求されそうではある。

 ただ【天上書庫】の知識については、実際そんなに便利なものではないし、むしろ使ってるのは魔術行使のための演算であったり、何かをしながら別の作業をしつつ思考する、という並列作業のための並行思考の方が役に立っている。

 となると、それほど便利なものではない、という前置きで、【天上書庫】はアリか。【精霊体化】はナシだな。


「一度整理して、【擬態】をしておくか」


 パラメータの部分はもう【擬態】しない。意味がない。

 ネリーへの【擬態】も解く。【百獣王化】は既に見られているし、固有能力(ユニークスキル)についても問題ない。

 カルローゼ王国へ情報を渡すことになるが、それ自体が抑止力にもなり得るし。アルバリシア帝国にも流していいかな?


 他に何か懸念はあるか、と考えて、ふと気になった。


「そういや洗礼者って誰がやるんだ?前来たオウリュとリシューか?」


「いえ、エル様が」


「うえぇぃっ!?」


 考え事をしながら独り言を呟いていたので、返事が間近から聞こえてきてマジびっくりした。マジびっくりした。

 誰かと思えば、ネリーだった。


「ゼン様でも気付けませんか。やはり有用ですね、この【隠蔽(インビジ)】というスキルは」


「……言い訳させてもらうと、今は考え事をしていたのであって、そこに姿を消されたらそら気づけんわ」


「色々と役に立つので多用してますが、これは知られない方が良いのでは?」


 さっきまでの考え事も口に出していたらしい。

 まあそれも一つの方法ではあるんだが、カルローゼ王国相手なら、持ってることは教えておいた方がいいかもしれんからな。


「元々カルローゼ王国が抱えてる冒険者に【隠蔽】持ちがいたろ?あの場にはもう一人【隠蔽】持ちがいたし、存在自体は広く知られているスキルなんだろうと思う。だから、こちらにもそういった手を使える人材がいるぞ、っていうアピールをしとこうかと」


「なるほど。それではご意向のままに」


「それはいいとして……洗礼者はエルなのか?なんでまた?」


「ゼン様の洗礼と申しますか、ステータスを鑑定可能な人材ということで、エル様に白羽の矢が立ったようです。エル様の固有能力(ユニークスキル)は先日ステータスボード作成で知られておりますから」


 ああ、そういや【人物鑑定】を持ってたっけ。

 確かに適任ではあるだろうけど、それの信憑性ってどうなん?


「始祖エルフ族であり、ハイエルフであることも理由の一つですね。歴史を知る者であれば、ハイエルフの能力を疑う者はおりませんから」


「俺も一応ハイエルフらしいな、そういや」


「そうですね。あまり知られてはおりませんし、ゼン様にとっては大した意味はないのでしょうが」


「全くないわけじゃないけど、だからって別に何かが変わるこたぁないな」


 多分だけど、俺がハイエルフになったのはそれなりに理由がある、と思っている。

 もっとも、その理由については全く予想が付かんし、これ以降知る機会があるのかどうか分からんけども。


「ただ、ゼン様にとっては、というだけであって、ゼン様がハイエルフであることを知らしめることは賛成です。ゼン様が多数のスキルを所持している裏付けにはなりえるかと」


 いやはや本当にネリーはよく考えるようになってくれたものだ。


 あー……。

 そろそろやばいなあ。もうちょっと待たないとだめだよなあ。

 正直ね、ネリーも普通こんなにこっそり入ってこないと思うんだよね。

 まあ、うん。そういうことだよな。ネリーも期待してるのかなあ。

 体は完治したけど、今が一番しんどいわ、マジで。



◆◆



 翌日、洗礼の日を迎えた俺とネリーは、フィナールの町、ギースの屋敷に向かっていた。

 父さんや母さんは前日入りしており、エルも同行しているとのこと。

 屋敷から転移でフィナールの町の近くまで行こうとしたら、それはネリーに止められた。


「ゼン様。今日だけは民にご勇姿を見せて頂けますか?」


「は?勇姿ってどういうこと」


 一応節目の時というのは分かるので礼服を着ていこうとしたら、それも止められて、「戦いに挑まれる際の装備でお願いします」と言われてしまった。

 それも出来ればあの<厄災級>討伐戦の際の格好で、と。

 なんで洗礼を受けに行くのに武装せにゃならんのだと思ったが、何故かネリーも戦装束だった。

 しかもいつもの軽装服ではなく、一応鎧を着てた。

 鎧と言っても局部的なもので、肩・胸・肘・膝などの箇所に金属板をあしらえたような恰好だ。

 短剣を帯剣までして、手甲を装着した、完全武装モードである。俺の作ったものではないから、多分父さんだろうな、コレ。

 いや、凛々しくて恰好いいと思うし、奇麗だよ?普段の武道着よりもよほど戦地に相応しい威容であると断言しよう。


 だから今からどこに行くつもりなのかともう一度尋ねてみたい。何をしに行くのかと。


「フィナールの町へ、洗礼を受けに、ですが?」


「だよね?そこ間違ってないよね?」


「ですからゼン様も武装をお願いします。重装とまでは申しませんので」


 何が「ですから」なのかさっぱり分からん。

 だが、何かしら理由があるのだろう。ってーかあれだよね、そういうことだよね。


「はあ……何か下準備をしているかと思ってたら、コレか」


「……ネリーも恥ずかしいのにゃ」


 さっきまでのキリっとした表情から思わず素が出てるぞネリー、ちょっと顔赤いし。

 ……仕方ない、ネリーも我慢してるっぽいし、だったら主人である俺も無駄に頑張らねばなるまい。


 先の戦装束に一工夫すべく、冒険者スタイルに、日本古来の佩楯を使ってみる。

 黒のハーフプレートをそのままに、黒と白であしらえた佩楯を装備。

 ぶっちゃけ金属部分が少なくてさほど防御力はないのだが、脚を守るのに可動部分への阻害が少ないのが利点だ。

 その下にレギンスを履き、両腕に赤塗りの小手を装備してみる。

 一応どれもそれなりに俺が細工を施した装備品で、性能も悪くはないのだが、実際これで戦うことは多分ない。

 元々真正面から戦うことはあんまり得意じゃないし、物理的な攻撃を受ける機会よりも、魔法的な攻撃を受ける可能性の方を重視している。

 だから普段の服に相応の術式を組んでいるわけだ。


「どうだ?」


 あまり自信がないのでネリーに尋ねてみると、嬉しそうに首を縦に振ってくれた。


「それでは背中に弓を抱えて、長刀をお持ちください」


「そこまでやんのか……抜き身で?」


 勿論です、と答えられてしまった。危なくね?


「良いのです。矢筒のご用意も」


「……佩刀は必要か?」


「その方が良いですね」


 いよいよもって完全武装だ。これで腰にブロックガンを仕込めば、いつどこでも誰とでも戦える。

 どこで誰と戦うんだって話なんだが。

 ネリーの言う通り、愛用の長刀を片手に、刃を上に向けて肩にかける。

 背中には大型の長弓。肩に矢筒を巻き、もう片側に佩刀用の短剣を帯剣。

 コアブレイクとブロックガンはあんまり衆人に見せるものではないだろう、産まれる前から愛用の武器ではあるが。

 どう考えても洗礼を受ける格好ではなく、邪魔だと思うのだが……行くまでは仕方ないか。



 屋敷を出ると、案の定というか、なんというか。

 御者が5人、馬5頭。そしてその後ろに金銀で彩られた華やかな台。

 てか御者の一人、レイスなんだけど。


「……戦車か?コレ」


「御輿ですね」


 現代の戦車ではなくて、古代ヨーロッパとかで出てくる戦車を思い出した。

 一応これで御輿らしい。担がないのに御輿とはこれいかに。

 しかもあれでしょ。この上に立っていけってことでしょ。

 結構でかい。二人で立つ分には十分すぎる。

 なんだったらこの上で軽く長刀を振り回すくらいは出来そうだ。


「これどのくらいの速さで動かすの?」


「ずっとお立ち頂く必要はございません。観客が多いところを通る時は少し速度を落としますので、その際に」


 やっぱりパレードなわけね。うん、知ってた。

 なんか役場の職員も浮ついてたし、知ってました。そのために色々準備してることも。

 しかしせめてフィナールの町だけでやって欲しかった。ここからフィナールの町まで結構距離があるんだよ。


「なんでおいらにこんな役目が……」


 涙目なレイスには南無、としか言ってやれない。

 多分警護上の問題とか、そういう理由だと思うよ。残りの御者も見たことあるし、うちの私兵団の人員でしょ。

 しかしまあ……やれやれ、祭りごとは嫌いじゃないんだが、祭られる側となるとなぁ。

 せめてこんなカッコじゃなきゃ良かったんだが、これがこっちの常識なんだろう。

 しゃーないな。まあ、これもまた経験か。


「どうせやるなら、徹底的に、だな」



◆◆◆



 今か今かと待ちわびるフィナールの民衆を、屋敷の一番高いところからギースが見つめる。

 とはいえ、町の全貌を見渡せるほど高い建造物ではない。あくまでその雰囲気を味わっているだけのことだ。

 遠くから歓声が聞こえてくる。

 ゼンとネリーがフィナールの町に近づいてきているのだろう。じきにフィナールの町に入る頃合いか。


「ここからならよく見えるわね」


「ゼンの晴れ舞台だからなァ。まあアイツがそういうのを喜ぶガラでもねぇんだろうが」


 両親が息子の晴れ舞台を見る喜びというのは、どんな世界でもそう変わりがない。

 強いて言えば心配したり、熱狂的になったりと、その反応の仕方が違うくらいなものだろう。


 カーン、カーン、と音が鳴る。

 フィナールの町の中央に位置する、鐘の音。

 いつもは魔物の襲撃などの緊急時にしかならない鐘が、今日この場で鳴らされたのは、ゼンとネリーの来訪を伝えるもの。

 フィナール領の勇者達の洗礼を祝う、祝福の音。


「ゼン大公が来たぞー!」


「ネリーさーん!」


「レーリック!レーリック!レーリック!」


 ここからでは遠目にしか見えないが、今正門を通過したところなのだろう。民衆からの歓声がはっきりと聞こえる。


「ギース殿、近くに行ってみない?」


「……いや、御二方で行かれるがよかろう。俺はここでゼンを迎える役割があるからな」


 貴族として、領主として。立場が上なのか下なのか悩ましいが、ギースは下にいるつもりでいる。

 それはそれとして、今ギースがやるべきことは、フィナール伯として二人の勇者を迎え入れる準備をするだけの話だ。


「リリーナ王女、ゼンの元へ行くのだ!」


「うん!そうしよ!お義父様、お義母様、わたしたちも一緒に連れて行って!」


「ふふふ、そうね。一緒に行きましょ」


 シャレットがリリーナの手を連れ、ゾークがリリーナを肩に担いで、ゼンの元へと向かうために外へ出る。

 王城に戻ったリリーナは以前の優等生っぷりを表面上取り戻していたのだが、今回はお忍びであり、仲のいいフラン相手となると、いつかのように砕けた感情をストレートに出していた。

 イアンやマリスはどうか。となると、こちらも似たようなものである。


「リリーナはもうレリック公の元に嫁いでるも同然の気分だね。フラン殿下もそれは同じことか」


 政治的駆け引きという意味合いを含めたつもりはなかったイアンが呟く。


「そうですわね。父はもう結婚の日取を決めようかとしているようですが」


「流石に気が早くないかな?」


 11歳と10歳。人間族の感覚で言えば、まだ子供が出来るとかそういう話にすらならない年齢だ。

 だが、吸精族として産まれた妹は違うと、姉マリスは語る。


「吸精族というのは発育が個体によって異なります。そもそも魔族の多くは子供が産めるようになるまでが早いのですよ。代わりになかなか子を成せない種族もおりますが。特にフランは母親に似て、非常に発育が良いものですから、征西帝様といえど、我慢出来なくなるかもしれませんよ?」


「怖いことを言うね。もっとも、それを言うとリリーナも少々発育が良すぎるわけだけど。多分、レリック公が何かしらの影響を与えたんだろうけど、そこははっきりしないからね。とはいえ――」


 イアンは視力がいい。

 ここからでも十分すぎるほど、ゼンとネリーの姿をはっきりと見ることができる。

 二人の姿を目のあたりにして、一言。


「ネリー殿は、手強いだろうね」


「それは同感ですわ」


 リリーナ、フラン、どちらがゼンの正妻となるのか、実は決まっている。

 だが、本当の意味での第一婦人が誰になるか、それはまだ分からない。

 妹達には凄まじく高い壁が、今ゼンの隣で舞っている。


 実のところ、この時イアンは全く別の理由で冷や汗をかいているのだが。



 ただのパレードであれば、こうはならないだろう。町中に潜むウェッジはそう思う。

 自分以外にも、いざという時のために、特務隊はあちらこちらに潜んでいる。

 副長であるレイスはフィナールの町では有名すぎるため、御者の一人として警備に当たっているが、正直な話戦闘能力はレイスには期待されていない。

 ただし、危険察知能力という点では、特務隊でも随一の持ち主であるし、何よりも人望が厚い。

 それが決して頼れるとか、そういった理由ではなくて、支え甲斐があるとか、人当たりがいいとか、そういった類の人望であることは、本人には内緒の話だ。

 元より特務隊とはアクが強い人材の集まりだ。それをネリーの規律の元、ゾークの指揮下にあるからこそ纏まっている。

 副官に当たるレイスの役割は、決して軽くないし、蔑ろにされるものではない。レイスはレイスにしか出来ないことをやっているからこその人望である。


 それはさておき、ウェッジは事前に有事を防ぐための任務についていた。

 すなわち、先んじた不審者の確保。及び警戒、なのだが。


「……あー、オウカイ、俺帰っていいか?てか離脱させてくれ、頼む、マジで」


「同じことをカトリアにも言われたが、却下だ。我も潜む必要性は全く感じないが」


「だよな。これを襲うとか無理だし、その辺の民衆が黙ってねぇだろコレ。むしろ民衆がヤベェ」


「我とて少々危うい。あれは直視してはならん、なるべく遠くにいなければ」


 警護役を放棄するような言葉を紡ぐオウカイにウェッジは激しく同意したくなる。

 というより、オウカイとウェッジ以外は既に退避という名の逃亡をしてたり、あるいは任務を放棄せざるをえなくなっている。

 誰のせいか、と言えば。


「若様っつーの?ゼン・カノー=レリックの本気(マジ)モード、ヤベェな」


「殿……いや、シャレット様がそうでなければ、大殿とお呼びすべきであろうか?若と呼ぶにはあれは少々……」


「いや今はそれどうでもいいだろ。問題はあの若様だ。総長(ネリー)以上の人がいるわけねーって思ってたけどよ、ありゃ確実に総長以上だろ。てか総長もガチでヤベェ。総長が化けモンなら若様は形容しがたい何かとしか言いようがねぇ」


「神か悪魔か、そういった類であろうな。逆に考えれば、大殿の元にいる限り、あの方が敵に回ることはなかろうな」


「それな。マジで。いやあれ絶対ムリだって。アレムリだって。ヤバすぎるだろ。待遇もいいし、ぜってー残ってやる」


「精々お払い箱にならぬようにせねばならんな」


 【神威】を微小発動させているゼンのせいである。


 ちなみに御者であるレイスは後ろを絶対振り向かないようにしている。全力で。後ろが怖すぎるのだ。残り4人の御者は既に意識がだいぶ怪しい。むしろ健全でいられるというか、本能で従っているだけの馬が天晴である。

 当然周囲の観客もその【神威】に引き込まれている。いつパニックになってもおかしくない雰囲気である。

 だが、ゼンはただ【神威】を発動されて、立っているだけではない。


「……むう、雅である。が、直視に耐えぬとはこれ如何に……」


「いやマジスゲーけどさ、アレやって何か意味あるか?どうなってんだアレ?引き込まれたら多分釘付けになんぞ」


 特務隊が任務放棄せざるをえなくなった理由。

 それは、ゼンがネリーと即興で始めた演武。

 互いに【神威】と【闘気】を纏わせて、ゆったりとした動作で行われるそれは、とてつもなく神聖で、武の頂を感じさせる凄まじい圧力を生み出していた。

 ゆったりとした動作で長刀を振るい、手甲でいなす。逆手で裏拳を放ち、かわす。

 背中から弓を取り出し、町の外まで矢を放ち。背中を合わせるように、型を取る。

 武を知らぬ者でも分かる、その洗練された動き。矢が落ちた先すら分からぬ、尋常ではないその膂力。胆力なきものは、正面を見ただけで失神しかねぬその構え。


 だからこその、拍手喝采の歓声。

 だからこその、恐れ戦きの合掌。

 その美に身を震わせ、その力に面を伏せ。

 二人が過ぎ去った後にも拝み称える者。力なく座り込む者。ただ涙する者。

 パレードというよりは、宗教的な何かすら感じさせるその光景を、遠目に見つめる者がいた。


「我が子ながら……凄まじいわね。あれが【神威】かしら?」


「ネリーも【闘気】を使ってるなありゃ。演武もたまにやってるやつだなァ。アレ意外と難しいぜ?」


 息子の晴れ舞台を見に来たはずが、周囲の異様さと主役の二人の醸し出す雰囲気によって、近くに寄れず、「観察」するハメになった父親と母親。

 だがしかし、この空気の中で連れ添った二人の義娘は変わった様子がない。


「だいぶ控え目だねー。ゼン様もうちょっと、ぐぁー、ってやっちゃってもいいのに」


「ゼンが本気ならば皆気を失ってしまうのだ。それより見ろ!ネリー姉様のアレは、妾の【闘気】と同じではないのか?」


「そうかもー。ネリー姉さまもすごいよねー」


 何故この二人は通常運転なのだろうか。

 いや、そもそもリリーナの控え目とは何なのか。

 フランもいつの間に【闘気】を取得したのか。

 両親の疑念は尽きないが、ゾークがとりあえず聞いてみる。


「なあ嬢ちゃん、ゼンのアレ、何とも思わねぇのか?あれで抑えてんのか?」


「多分ね。王城の時はもっと凄かったし、本気ならもっと凄いんじゃないかなー?」


 アレを王城で使ったらしい。初耳である。

 とはいえゾークには何も文句が付けられない。自分も王城でやらかしたが故に。


「フランも【闘気】を使えるのかしら?」


「使えるのだ!他にも【武士】というスキルをあの生活で覚えたのだ!」


 さらりと次世代カルローゼ王の切り札である固有能力(ユニークスキル)の取得を口にするフラン。

 ネリーという前例もあることで、シャレットとしては何も言えない。


 なんとも微妙な気持ちの両親と、ゼンの勇姿に目を輝かせる少女二人。

 異常な熱狂と崇拝の思いを口にしては、拝み、ひれ伏す観客。



 そんな中。


(ネリー、今更止めるわけにもいかんのだけど)


(ええ、そうですね……ですが)


 表情に出すわけにもいかず、淡々と、優雅にこなすその二人。

 だが。


 やりすぎた、と。


 やってる本人達だけが後悔していたりする。


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