レリック家会議
フィナール領南部、通称、ニアジュールの町。
ギース=フィナールの弟であるナイル=フィナールが収める地であり、ナジュール侯爵領近くにあるその町の屋敷において、半年に一度、定例の会議を行うようになったのは、ここ最近の話である。
出席者は都度増えることもあるが、基本的には、ゼン・カノー=レリック名誉公爵、セス=ナジュール侯爵、ギース=フィナール伯爵の3名は常に顔を合わせるようにしている。
この地の領主であるナイル=フィナール名誉男爵、カルローゼ王国で最も有名な代官兼SSクラス冒険者シャレット、セスの娘であるシィル=ナジュールもほぼ同席する。
今日この場に加えて出席しているのは、イストランド群筆頭政務官ユーキリス=ランド、始祖エルフ族代表エルリナーゼ=シュレイン=アーヴィアス・アルティメット。
それに護衛役として訪れているのが、レリック家の将ネリー=チシャ、ナジュール領筆頭武官ケイン=ブラッドリー、フリーのSSクラス冒険者ゾーク。
ほぼ全員が高位の肩書を持つ、そうそうたる面々での会合と言って良いだろう。
「それでは第二回レリック大公家会議を始めるとするかのう」
「いやちょっと待った、ここレリック家関係ある?てか第一回ってあったっけ?」
年功序列ということで進行役を買って出たセスの言葉にゼンが突っ込む。
これは意外、という顔で返すセス。
「第一回はしたじゃろ、ほれ、お前さんが大公になる前に」
「そん時俺まだ名誉公爵じゃなかったんだけど。それで今回が二回目ってそれおかしくね?」
いつからレリック家にギースとセスが混じったのかと問い詰めたいゼンに援護はなく。
「細いのう。大公ともなれば些事に拘るでない」
「そうじゃのう。ナジュール候の言う通りじゃろうて」
「うむ。まあ実際間違ってはおらんだろう」
「主催はゼン君じゃないですかー。合ってますよねー?」
セスの理不尽な反論に、エル、ギース、ユーリの援護が入る。
「皆様がそういう認識であれば結構ですが、ゼン様の第一の将は私ですよ?」
「私たちの立場は結構微妙らしいのよね。あまり気にしたことはないのだけど」
「そうだな、俺らのこたぁ考えたこたぁねぇな。まあ、ゼンの味方だってのは違ぇねぇけどよ」
唯一の正式な臣下であるネリー、家族であるシャレットやゾークは気にも留めない。
置いてけぼりなのは、残り3人。
「あ、あの……その、お父様、わたしとケインさんは初対面なのですが」
「儂も初耳ですぞ。ナジュール候がレリック公の御味方をされるとは聞き及んでおりますが」
「えっと、兄さんから話は聞いてますけど、せめて紹介を」
シィルは人間族の少女で、ナジュール候の長女。ケインはナジュール侯爵家の懐刀とされる壮年の人間族。
セスに子供は二人いるが、長男となるオルレーンがまだ幼いため、長女であるシィルの方を連れてくることにしていた。
まだ若いギースはこの場に後継者がいなくとも問題はないが、セスはそれなりの年齢でもあるため、若年18歳ながらシィルを同席させることにしていたのだ。
もっとも、若年といっても、最年少はゼンの10歳なので、年齢はさほど問題にはならない。
ナイルについて言うと、ギースが将来を見越して、話は聞いておいた方が良いと判断したためだ。
順調に行けば、ギースはフィナール伯をカルローゼ王国に返還することになる。その際ナイルがどうするかは本人に任せることになっているが、その判断材料は持たせておくべきだ、というもの。
「置いてけぼりな人がいる件について。セスさん、紹介よろしく」
「あー。こっちがシィル、そっちのジジイがケイン。そちらはナイル殿だ」
「おざなりな紹介ありがとう。名前だけとかすごいですね」
「それほどでもない」
何故セスがドヤ顔でそんな返しをやってのけるのか、理由が分からない。
それにギースが追従する。
「今回は顔合わせのようなものだ。名前だけで十分だろう」
「いや顔合わせだったら互いに自己紹介くらいすべきだろ常識的に考えて。立場的にも大事な人だよね?そこ俺の認識がおかしいかな?」
「初対面で分かることなど知れとるでなぁ。今日はこげなもんでよかろうて」
「しれっとエルも合わせるなや。え、俺の認識マジでおかしいかな?ここエルも紹介しとくべき存在だよな?」
「はーい、じゃあはじめましょー。セス様、議題おねがいしまーす」
この中で常識に一番疎いゼンが常識を説くこともなく、ユーリの促しに頷くセス。ゼンの言葉はスルーである。
「では最初の議題に入ろう。フィナール産、厳密にはイストランド群産の輸出品についてだが、どうやら国外の売値が看過できない程値上がりしているそうだ。農作物に限って言えば、カルローゼ王国内ではせいぜい卸値の2倍程度に収まっているが……」
「うーん。それはしょうがないですねー。アルバリシア帝国はどうなんでしょー?」
「帝国内でも概ねカルローゼ王国と変わらん。が、こちらは地方に向かうとどうしても、な。我が領に近い地域はさほどでもないのだが」
イストランド群の輸出品は多岐に渡るが、質量ともに大きなウェイトを占めるのは農作物だ。
売値が高くなりすぎては需要が下がり、輸出量も減ってしまう。
それは卸値を下げるよりも大きな打撃になりえるため、フィナール領としてはあまり好ましくない。
「しかし、高値が付いても売れている、という状況でもありますね。結局は商人の匙加減ということになりますが」
「……まあ、卸値もそこそこいい値が付いてるし、それをどう売ろうが商人の勝手ではあるんだが。国法で何かそういう決まりって無いの?」
ネリーのもっともな意見に、この場の流れにやむなく乗ることにしたゼンが問うと、これに答えたのはやはりスルーすることにしたナイル。
「えーっと……一応、カルローゼ国法には、「普遍的国内生産品は、利益額が卸値の3倍を超えてはならない」というものがありますね」
「一応国内品への配慮法はあるわけね。ってことは、王国内に限って言えば、卸値の2倍程度で収まってるのは当然のことなのか?」
ゼンの疑問は国内生産品を奨励する法があるにも関わらず、イストランド群産の売値が不当に高い点にある。
確かに品質は高いが、そこまでして売れるものなのか。
食糧は重要品ではあるものの、所詮は食糧。時と場合によれば高騰するだろうが、今は平時である。
イストランド群産というのは一種のブランドになっていることは知っているが、そこまで価値が高いものでもない。本来は良質で廉価なもの、という認識である。
希少価値が付くほど領外への輸出は絞っていないし、そもそも既に地産地消出来る範囲を大幅に超えて生産しているのだから、むしろ売値は下がるはずなのだ。
それなのに、卸値、この場合農業ギルドから実際に売り手となる商人への売値の、2倍の価格ともなれば看過は出来ないのだが、驚くべきことにそれでも売れているという。
本気でゼンは王国のエンゲル係数が心配であり、経済的な混乱が出てもおかしくないと考えている。
「それはどうじゃろう。以前行った関税強化が尾を引いておるかもしれぬなあ」
「一度引き締め、解除したとなると、一時的に需要は増える。そこを付いての強気売り、か。有り得る話だ」
「それにしては長くないかしら?もう解除して一年近く経つわよ?」
「強気というのはその部分じゃろうなあ。事実2倍近い値でも売れておるのじゃから、商人が利益を追求するのは当然といえばそうじゃな。それに、人はいいモノに慣れると、なかなか質は落とせぬものであるからのう」
「うーん、ゼン君の意向次第って感じー?卸値を上げることはギルドを通じて可能なんだけどー」
ユーリの言う通り、卸値を上げてフィナール領の利益を追求することは可能だ。
しかしゼンは物価が高くなりすぎること。即ちインフレーションが起こる可能性と、その影響を考えると、そういった方策は取りたくない。
だからといってただ下げるのは、ということで出来る手を打つことにする。
「卸値は据え置き。で、カルローゼ王国とアルバリシア帝国の官僚に、卸値をそれとなくリークしよう。正式に教えるわけにはいかないし、それで何かしらの対応策を向こうが取るだろう」
「両国が卸値を下げるように要求する可能性はどうでしょう?」
これまたスルーすることにしたシィルが尋ねる。
まだ若いとはいえ、伊達に辺境候として名を轟かせているナジュール候の娘ではない。
卸値は農業ギルドが農業に従事するものから買い取る値段に、いくらかの係数を掛けたものが付けられる。
この係数、実は一定ではなく、最低限のカルローゼ王国への税金分以外は、その領主に権限がある。つまり、領主として税収をどれだけ取るかは領主の権利ということだ。
不当な係数を付ける領主もいなくもないが、そうなるとその領の生産品は売れない。妥当な数字を付けるか、或いは余程生産品の品質が高いか、どちらかでない限りは、結局領主として無能の誹りを受けるハメになる。
当然ながら、フィナール領主であるギースは過剰な税をかけてはいない。割合で言えば他領より低く付けていると言ってもいい。
それでもイストランド群産の作物の出来からして、農業ギルドは高く買い取りをしているし、フィナール領としては量で十二分にカバー出来ているわけだが。
「ある。けど、それより目下のことを優先するだろう。仮に卸値を下げてもその分出荷量が増えれば、大したことにはならないだろうし」
「妥協ラインはどこまで?」
「2割減。1割出荷が増えればチャラ。他国についてまでは手を回す必要性はないし、影響も知れてるだろ」
チラリとゼンがギースを見ると、頷きが返ってくる。
今の生産量からすると、領外への輸出量が減る方が問題である、という認識はゼン、ギース、ユーリの共通である。
「でしたらわたしはそれでいいと思います。お父様はどうでしょう?」
「うむ。さればこの件、ネリー殿にお任せしてよいじゃろうか」
「承りました」
この手の工作はネリーが担当するイストランド群諜報部のお手の物だ。
噂を流すのは古典的情報操作だが、情報伝達手段が不十分なこの世界では、よく効く。
単にリークするだけではなく、町中にもそれらしい噂を流す。「商人はイストランド群産を不当に高く売っている」と。
実際に流す噂はそこまで露骨なものにはならないが、そういう思考に至るようなことを匂わせるのだ。例えば「フィナール領では半値で買える」。その理由は勝手に考えてくれる。
セスが周囲に異議なしと見て、次の議題へと移る。
「さて、次の議題だが……」
「あ、ちょっと待った。確認したいことがある」
セスが用意していた議題が出る前に、ゼンから待ったの声がかかる。
「母さんの代官業についてなんだけどさ、補佐を付けたいと思う。この人員って、カルローゼ王国民じゃないとダメとか、そういうことって、ないよな?」
◆◆◆
俺の確認事項はあっさり「OK」というものだった。
考えてみればフィナール領は元々在野からの人材によって発展した土地だ。何を今更という返事ではあった。
ただ、俺の出した名前には「いくらなんでも」という声がなくもなかったが。
もっとも、まだ本人にも打診はしてないし、返事次第ということになりそうだ。
「今日はこんなところか?意外と早く終わるものだな。俺のところの評定よりも短いのではないか?」
「会議ってのは長々とやったところで大した意味がないんだよ。間延びして妥協するのがオチ。会議に限った話じゃなくて、その準備が出来ているかどうかってことが大事だと思ってる」
何事にも準備は大事というより、物事の大半はその準備をどれだけ積み上げられるか、それ次第。
無論準備だけで終わるとも言わないが。
「然り。戦もやる前から終わっておるのだ。文官はその辺りがよく分かっておらぬが、流石はレリック大公であるな」
ギースのやる評定ってのがどんなもんかよくわからんが、議題を絞らずただ説明するだけ、とかだと、間延びはするし、大した意味もないだろう。
ケインは武人らしく戦いに例えているが、その点を理解しているケインが凄いと思う。
もっとも戦う相手が魔物なら、不測事態はいくらでもあるだろうから、一概に言えることでもないんだろうが。
それにしてもセスは流石だな。議題を予め用意しておいたんだろう、進行もスムーズで、周囲への同意の取り方も年長者らしいものがあった。
俺もこの姿でなければそれなりに説得力が持てたんだろうが……先祖返りということにしても、まだ子供だもんなぁ。
「んじゃ帰るとすっか。ゼン、送ってくれや」
「了解。んじゃ「ちょっと待ちなさい」ん?母さん?」
父さんが送ってくれというので、【空間魔法】で役場までテレポートしようとしたところで、母さんから静止の声がかかった。
はて、まだ何かあるのだろうか?
「ゼンは先に帰っててちょうだい。私はまだ少しお話したいのよ、ねえゾーク?」
「ん?んん?……お、おう、そうだったな。先に行っててくれや」
何か忘れてることでもあったかな、といった父さんに母さんが肘鉄かましてた。
まあ、うん、何となく予想は付くんだけど、父さんにそういう気配りをしろってのは無理じゃないかな。
「分かった。ネリーはどうする?」
「ご一緒します」
「他は?」
ギースとユーリは首を振っている。エルに視線を向けたらこちらも手を振ってきた。
となるとイストランド群に戻るのは俺とネリーだけか、と思っていたところ、疑問を浮かべた表情のシィルが尋ねてきた。
「あの……送る、とは?」
ああ、そういや知らないよな。俺も半分身内だったもんで油断してた。
ってまあ、隠すようなことでもない……いや、それはないな。あまり知られるべきことでもないか。知られるのも時間の問題な気がするんだが。
ただここにいるのは一先ず全員「味方」と考えてもいいだろう。新顔3人の前では迂闊だったかもしれないが、ギースやセスの身内や腹心ならば、まず大丈夫だと思うことにする。
とりあえず魔道具の一種ってことにしとこう、表向きは。
「シィル嬢は[転移]という魔法、ないし魔道具を知ってるかな?」
「嬢……呼び捨てで構いません。えっと、そういうものも、かつてはあった、と聞いてます。危険性が高いものとも」
やっぱり希少なのか。てか俺も「嬢」はねぇな、俺の今の年齢を考えたら失礼すぎるだろ。
少なくとも魔法でそういった類を使える人はいないのだろうし、魔道具もほとんど失われているのだろう。
リスクについても承知ならば、どこに飛ばされるか分かったもんじゃない魔道具なんて、ろくに使われんだろうしなぁ。
インビジサウルスの時のアレはそのリスクを効果として使ったんだろうし。
「俺はそれをある程度制御の効く魔道具を所持してる」
「えっ!?」
「ということにしておいて」
「どっちなんですか!?」
驚きの後のコケっぷりがリリーナっぽくてなんか微妙に懐かしい。
いかんいかん、シィルで遊ぶつもりはないんだよ。ネリーさんが怖いので。
「俺は行ったことのある場所なら、大抵一瞬でそこまで「飛べる」し、「飛ばせる」んだわ。これを[転移]と呼んでるわけだけども、固有能力の一種と思ってくれ」
「あれ?ゼンさんの固有能力は確か【念話】では?」
「そこも今はちょっと違っててね。まああれだ、こういったスキルを持っているとなると、面倒なのは分かるよね?」
「それはまぁ……ああ、だからそういう魔道具を持っていることに……って凄いじゃないですか!?」
いいね、そのリアクションの遅れっぷり、ナイスだよ。
セスやケインはその前から時が止まったような顔してんのに。
「それは、その……例えば王城などにここから一瞬で移動することが可能なのか?」
「出来るっちゃ出来るけど、全くノーリスクで飛べるわけでもない。人が多いところにはあまり飛びたくないな」
【空間魔法】での[転移]は【空間魔術】での[転移]とさほど変わりがない、というより座標指定をしなくなって良くなったため、使い勝手としては向上している。
ただし[転移]そのもののリスクはそのまんまで、割と強くイメージを持たないと飛べないという仕様でもあったりするので、ちゃんと計算して使わないと「似たようなどこか」に飛んでしまう可能性があったりするようだ。
実際アルバリシア帝国の平原をイメージして飛んだら、全く違う国だったことがあったしな。あれは怖かった。
ともあれ、転移先に人がいたりすると、空間事故とでも言うべきか、飛ぶ側も居た方も大惨事になることがあるので、基本的には多用はしないのだが、ちゃんとそういう「場所」を用意しとけば、特定地点を行き来する分にはこれ以上便利なものはない。
ちなみに座標指定を行えば正確な[転移]は可能で、きっちりとした空間魔術としての使用も可能だが、この場合は「自分」を含まないと使用できないという縛りがある。送って戻ってくればいいだけの話なので、全く縛りになっていないが。
【召喚魔法】もそうなんだが、【空間魔法】もリスクらしいリスクがほとんどない。強いて言えば自分以外に使うと魔力量を余計に消耗するくらいだが、俺にとってはデメリットにならない。
「あとはまあ、そうだな。普段はこれも魔道具で誤魔化していることなんだけど」
隠し事が多すぎるのもアレなので、ついでに[空間箱]も見せておくことにする。
シィルの前に両手を差し出し、[空間箱]に手を入れる。
傍目には手を入れているようには見えない、ただの空手であるため、シィルは不思議そうな顔で両手を見ているが
「よっと」
「うわわっ!?」
取り出したるは、鍋とフライパン。俺の愛用品で、テフロン加工もどきをほどこした一品である。
本当にいいリアクションするなぁ、シィル。
「ど、どこから出した?」
「俺のスキル。古代道具の道具袋と似たようなもんだけど、俺には質量に制限がない。厳密にはあるのかもしれないけど、計れる範囲では制限がかかったことがない。具体的にはこの場にいる人数分の食料数十年くらいは入れられる、ってか入ってる」
「それはまた……確かに、おおやけに出来るスキルではありませんな」
ケインが戦慄する気持ちは分かる。
他にもチートはいくらでもあるけど、俺がこの世界に生まれてきた時から「あ、これやばいな」って思ったのは、空間魔術の系統だった。
魔術が今まで残っていたのなら大げさなことにはならなかったかもしれない。恐らくは対抗手段というものも開発されていたはずだ。
だが結局のところ、空間魔術でどうにかならない場所は、迷いの森以外では今のところ見つかっていない。
そして、基本的に空間魔術の[転移]が俺本体に限ったものだったのに対して、【空間魔法】は他人というか、普通に無機物相手にも使える。
これはまずネリーに試し、それから父さんや母さんに試した後、ギースやユーリを含んだ多人数同時起動実験も済ませてある。
今のところ最も使い勝手が良く、最も危険なスキルと言っていいだろう。何しろその辺の石を投げるまでもなく、動いていない相手なら体内に送り込む、なんて所業も可能なわけだから。
そういう使い方は多分しないと思うけど。単純にイメージしにくいし、座標転移で使うにしろ相手が動かないことが前提で、かつ精査な計算をしないと……多分じゃなくても使わんな、普通に遠距離攻撃か間近に近づいて切りつけた方がはえーな。
「人とモノをある程度の制限はあるにしろ、無限に行き来させられる……王城が30分で落ちますな」
王国なんていつでも潰せる、そう思っていたのは事実であり、実際の手段がそれである。
当時は空間魔術だったが、それでもやることは変わらない。王城に直接乗り込んで王族を始末すれば、それだけで王国は混乱するだろうし、その後も容易に戦えるだろう。
ましてや、【空間魔法】ならば人手も武器も道具も、一瞬で輸送できる。ケインの言は正しい。
「そういうこと。だから表向きは魔道具を持っている、ってことにしといて」
シィルは勿論のこと、セスやケイン、ナイルも頷いている。
「兄さんが「関わるな」って言ってた意味、今なら分かる気がします……」
「それはもう忘れろ。もう関わりは持ってしまったのだからな」
「何気に酷いこと言ってたのな、ギース」
ギースをジト目で見ていると、セスとケインは改めて俺を再評価したようだ。
「いやはや凄まじい……個人の力量は一騎当千。稀有であり有用すぎる固有能力。シツネ様の子孫ということも含め、カルローゼ王国は良い判断をされましたな」
「そうじゃのう。わしの決断もなかなか英断であったろう?」
「左様ですな。未だ成人にも満たぬ御年でこれだけの能力を見せられては……御旗として掲げるのも納得というもの。元より文官は王国よりフィナール領を当てにしておりましたからな」
いくらなんでも褒めすぎだと思う。
一騎当千なのは認めるけど。てか【万夫不当】だし。
ちなみに【万夫不当】は【一騎当千】の単なる上位互換ではなく、それ以上の付加価値を持っていたりする、が、今はいいだろう。
「とりあえず今日は帰るから、何か質問があれば母さん辺りに聞いといて。答えられる範囲で答えるよ」
そう言って俺はネリーを連れて転移して、イストランド役場に戻った。
◆◆◆
「さて、お話したいことがあるのだけど、聞いてもらえるかしら?」
残った面々は、ギース、セス、ユーリ、ゾーク、エル。シャレットを含めると6人。
「大方の予想は付いている。ゼンの「洗礼」について、だな?」
「11歳の誕生日も間近じゃての。10歳の誕生日祝いは結局でけんじゃったけどのぅ、わしも心苦しい思いをしとったでなあ」
「俺はどうにもそういうのが苦手でよぉ、何してやれっか、よくわかんねえんだが」
ギースは洗礼について、エルはエルフ族の誕生日祝いについて、ゾークは両方について自分たちなりに考えていた。
「ともあれ名誉大公の洗礼の儀ともなれば、盛大にやらねばならんじゃろう。王国や帝国からも人を呼ばねばなるまい」
「リリーナ王女とー、フラン殿下のー、式典も同時にーって話になるかもしれませんねー」
「フラン殿下は勿論のこと、リリーナ王女も正式に婚約者として降嫁させることが決まっておるしの」
つい先日のことになるが、イアンら王族は自国に戻っており、両国共々感謝状と褒美の品々を送ってきている。
その中にリリーナの婚約者として正式に認める勅使が訪れていた。
今回ばかりは無礼な勅使ではなく、慇懃な態度でゼンに畏まったようだ。
今までの使者とは違い面食らったゼンだが、勅使ともなればこういうものなのかと思い、「謹んでお受けいたします」と回答している。
アルバリシア帝国からは元々やりすぎという官位を授けているので、感謝状といくつかの権限、といったところだ。
ただし、帝王ヴィーからは、「フランとの結婚の儀を早めに行いたい」と一文が付けられていたが。
「私たちも色々考えたのだけれど、洗礼については身内で行いたいと思っているのよね。リリーナ王女やフランは一緒にやりたがるのでしょうけど、ゼンは……ちょっと、隔絶しすぎてる感じがするのよ。ネリーにも洗礼を受けさせるつもりなのだけど」
「二人ともトリプル以上は間違いねぇからなァ。一年近くゼンと一緒に居たリリーナ嬢ちゃん達も並じゃねェんだろうがよ」
ゾークとシャレットは、ゼンとネリーの詳細なステータスを知っている。
その上でゼンの「職業」についての見解を聞いており、自分たちが「トリプル」であることからして、それと同じか、或いは幻の「フォース」、つまり4職業持ちになる可能性すらある。
或いは、その上を行くかもしれない、と。
実はその答えをゼンは知っているのだが、本人があまり意識したことがないので気づいていない。
「ふむ……結果がどう転ぶか分からん、ということか。あの二人の能力は桁が違うからな。俺からすればゾーク殿も十分規格外なのだが」
「わしの【人物鑑定】でも、ゼンはまるで生き神じゃてのう。極力外部に漏らすことがないようにせにゃまずかろうて。ちうても、ある程度知られるのは、しゃんなきことよのう」
エルは【人物鑑定】というステータスボードの上位版スキルを所持しているため、ある意味他人以上にその能力を把握することが可能である。
ただし、そのエルにしても、ゼンの能力は計り切れるものではないし、ネリーも最高値を振り切れてしまっている。
もはや二人のステータスは人知の及ぶところにない、ということになる。
「だからこそ洗礼はエル様にやってもらいたいの。エル様でも計り切れないかもしれないのだけど」
「洗礼というのはエルフ族にはありゃあせんのじゃが、要はわしのスキルで何とかせぇちゅうことじゃろ?他所にそいで通じるかわかりゃせんが、里ではわしの役目じゃってな、よかろ」
「始祖エルフ族の洗礼ですからー、問題はないかとー」
ユーリには始祖エルフ族の価値は理解出来ている。
エルの作るステータスボードならば正式なものとして十分認められるだろう、というユーリの認識は、概ね理に沿っていると言っていい。
何しろ始祖エルフ族が作るステータスボードともなれば、それだけで価値があるものなのだ。
今から300年以上前、つまりはエル達がまだ迷いの森に里を移す以前の事になるが、始祖エルフ族の作るステータスボードは「全てを映し出すもの」とされていた。
それだけ現在のステータスボードよりも詳細であり、見えないものを映し出す力があるとされ、その力によって自身の本来の能力を知る者や、隠された力を知る者がいた。
これはカルローゼ王国に正式な記録として残されているもので、信憑性は極めて高い。
「あとはお祝いなのだけど……ゼンは何を送られて喜ぶのかしら?」
「あいつは大抵のモンは作れっからなぁ。俺としても何か作って贈りてぇんだが……」
「あまり気にする必要はないでなぁ。ゼンはあれでも親を敬っておる。両親から愛情の篭った品であれば、何でも喜ぶじゃろうて」
「あれでいて親思いだからな。今でも思い出すと寒気がする」
ギースの記憶は初めてゼンと会った時のこと。
あの時はもう一生関わりたくないと思ったものだが、今では自らの旗頭。世の中分からぬものだ、と若き日の自分を笑う。
しかし。
「思えばあの頃からゼンはさほど変わらんな。当時は3歳だったか、4歳だったか。随分成長が早いと思っていたが、今となっては逆に遅いのかと思えるくらいだ」
「ゼンは混血エルフなのに加え、希少種であるでなぁ。そりゃあ成長もおかしなもんで、不思議ではないでな」
サラっと衝撃の事実を述べたエルの言葉に、セスが驚愕の表情を浮かべる。
「大公が希少種じゃと!?始祖エルフ族でなくてもそんなことがあり得るのか?」
「そういえば本人も知らなんだのう。まあ希少種の定義も曖昧じゃてなぁ、エルフ族以外にはさして関係ないことでな。元よりハイエルフじゃったかどうかは知らんしのう」
「私もよく知らなかったのだけどね。4混血だし、ゼンがエルフ族っぽいのは見た目だけかしら、と思ってたわ。黒エルフと言われて、ああそういえば、くらいしか思わなかったわね」
今更重大なことでもないと、エルやシャレットは涼しい顔をしている。
セスは相応に人類の歴史について学んでいるため、エルフ族についても造詣が深い。
その中でハイエルフと呼ばれる特殊なエルフ族についても、ある程度の知識はある。
ゼンに対して、ある程度の付き合いをしてきたつもりではいるが、今日知った固有能力しかり、存在しかり、色々と衝撃を隠せない。
「ゼン君に対してはー、今更だしー、まあいいじゃないですかー。でもー、身内と言ってもー、フィナール領を挙げてのお祭りになると思いますよー?」
「ネリー殿もフィナール領の勇者だからな。領主として二人の洗礼を祝うのは当然のことだ。というか、ギルドの連中が黙ってはおらんだろう」
ギースの言う「ギルド」は何も冒険者ギルドに限った話ではなく、農業ギルドや採掘ギルド、商業ギルド、各種職人ギルドまで、フィナールの町やイストランド群役場に出張所を置いているギルド全てのことを指す。
フィナール領にあるギルド支部は、他の支部に比べて非常に潤っている。
それが誰がもたらしているのか、よく理解しているからこそ、ゼンの慶事ともなればこぞって祝賀を出したがるのだ。
冒険者ギルドだけはやや毛色が違い、ゼン本人というより、SSクラスの両親と、「最強のAクラス」ネリーに対して、ということになる。
ゼンの冒険者としての登録は既に解除されており、まだ再申請がなされていないためだ。
ギルドの取り決めからすると、ゼンの冒険者クラスは再登録時にはCからEに変更、ということになる。
だがギルド長ナハトは、ゼンの再登録時はAクラスから、と決めているようだ。
ネリー以下の扱いをするわけにはいかないという、ヒバリからの懇願もあり、なおかつ単独で<厄災級>を蹴散らした実績持ちともなれば、それくらいはどうとでもなる。
ともあれ、フィナール領の人々は、レリック家、まだ見方としてはシャレット代官家という印象が強いが、彼らには強い感謝の気持ちを持っている。
日頃領主であるギースが「いざとなればゼンに付く」と公言していることもあり、人望も厚い。
もっとも、それを実感しているのは、ゼン一党にはいなかったりするのだが。流石にネリーは情報として得てはいるものの、さほど気にも留めていない。
「ゼンの誕生日は10日後であったな。ネリー殿にも伝えているのか?」
「おう。つーかネリーが一番張り切ってっからな。お前も祝われる側だっつってんのによぉ」
「あの子らしいのだけどね」
ゼンに対して絶対なる忠誠を持つネリーには、自分がゼンと共に祝われる、というのがあまりピンと来ないらしい。
彼女に関しては洗礼を受けるには遅すぎるくらいなのだが、ステータスが全て「S」という状態では、洗礼を受ける意味がさほど無いのが実情である。
その点ゼンも同じことなのだが、どんな「職業」を得られるか、他人からすれば興味津々であるようだ。
「職業」は本人の資質によって決まるものであり、洗練されることで変わっていく、言わば「肩書」でもある。
既にAクラス冒険者という称号を得ており、戦闘スタイルも知られていることから、そこまで大きな意味は持たないのだが、それでも知りたいものは知りたいのだ。
「イアン殿下とリリーナ王女はもう出発されている頃じゃろう。2日前にはナジュール領でお迎えする予定じゃ」
「帝国側の受け入れも万全ですー。こちらは前日までにフィナールの町でお迎えしますよー、マリス様とフラン様がご出席されまーす」
身内でと言っておきながら、両国の王族を迎えるのは、両国の強い要請……という名の嘆願があったためである。
特にリリーナとフランは、ゼンの婚約者でもある。将来の、という前書きが付くにせよ、身内と言ってもそうおかしなものではないだろう。
イアンとマリスは個人的な恩と、その付き添い、という扱いである。本来は逆の立場のはずなのだが、そこに異を唱えることはない。
いずれにせよ非公式の訪問であるがため、どちらでもさしたる問題はない。
「2歳の誕生日も、10歳の誕生日もお祝いしてあげられなかったから、今回は盛大にお祝いしなきゃいけないわね」
シャレットは珍しく上機嫌で、ゼンの祝典の日を待つ。
洗礼の日まで、あと10日。




