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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第三章 幼年期 ~迷いの森編~
68/84

【間章】小話集その4

【何でも屋ゾーク】



 繁栄する土地には、勝手に人が集まってくる。

 政事に疎いとはいえ、世界を回り、冒険者生活を続けていたゾークでも、いや、だからこそ、よく承知していることだ。

 自分自身が、その人が集まる場所を作っている、という自覚は全くない。

 シャレットは名代官として名声を集め、その夫ゾークも武の象徴として敬われている、という事実は本人だけが知らないことだ。

 訓練の場に立つ今でも、自分がそんな存在に思われているとは全く思っていない。

 強くなりたい連中の相手をする。それは「槍聖」たる自分がやるべきこと。

 その程度の認識である。


「お願いします!」

「おう。死ぬなよ?」


 獣人種の若き女性――兎人族のカトリアを前に、ゾークは穂先を潰した槍を構える。

 彼女の得物は2本の曲刀。元々二刀流で扱う前提で作られており、一本当たりの刃は肘より長い程度しかない。


「はあっ!」


 瞬発力に優れた兎人族の基本的な戦闘方法は、相手の正面から挑むより、不意を突くことを優先したものになる。

 これが実戦であれば、カトリアがゾークの正面から挑むことは絶対にない。

 だがこれは訓練。しかもこちらは真剣、ゾークは模擬戦用の槍。

 本来であれば彼女も模擬用の武器を使うべきなのだが、特殊な製法で作られた愛刀の代用品など、そう簡単に作れるものではない。

 相手は人類種最強の呼び声高いSSクラス冒険者。その相手が「遠慮は要らん」と言っているのだ。


 彼女は本気の速度で、ゾークの懐に近づき――

 次の瞬間、横に吹き飛ばされた。

 予備動作なしに放たれた、ゾークの払い。振り切ることすらないその一瞬の動作で彼女を迎撃した。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、それでもすぐに起き上がり、状況を確認する。

 痛むのは腹部。それも尋常ではない痛み。

 そのダメージが脳に伝わり、足が震える。だが、それどころではない。


「……ッ!」


 迫り来る矛先を、仰け反るようにしてかわす。

 ゾークの突きを間一髪で回避した彼女は、体を横向きにして半身の体勢になり、後ろ足で再度懐へ。

 腹部へのダメージと無理な体勢がたたり、本人が思ったより距離が縮まらない。

 そこへ再びゾークの払い。今度は逆の方向へと吹き飛ばされる。

 払いといっても、穂先が当たっているわけではない。槍の棒部分で弾き飛ばされているだけ。

 それでもダメージは深刻だった。


「痛ッ……」

「大して痛くもねぇだろ?力は入れちゃいねえし、加減もしてっからよぉ」


 思わず漏れた一言に、ゾークの返答を聞き、カトリアは唖然とする。

 確かに払いを2回受けただけ。だがその威力、今まで受けたことのある攻撃とは桁外れの重さ。一体どれだけの差があるものかと戦慄する。

 まだ一合たりとも打ち合えていない事実は、得物の差によるものではない。

 互いの得物の間合いは噛み合わないにしろ、それ以前の問題である。

 カトリアは歯を食いしばり、ゾークに再び迫る。


「はぁぁっ!」


 元より隔絶した実力差があることは分かっている。

 だが、ただ転がされただけの訓練にするわけにはいかない。

 せめて一合、そう思って仕掛けた捨て身の一刀。

 カトレアの意地で動かした、縮地の一歩。


 次の瞬間、その一太刀は当然ゾークに届くことはなく、彼女の鳩尾にゾークの石突きが叩き込まれる。

 打ち合うことすらなく。矛先を使うことすらなく。

 強烈な――ゾークからすれば、逆手で石突きの形にする余裕すら持たせた一撃を受けた彼女は、その場に悶絶するハメになった。




「あ、ありが、と……」

「無理すんな。治癒魔法が使える奴らは手当てしてやってくれや。俺は次んトコ行かなきゃならねェからな」


 死屍累々、といった模様で数十人が倒れる中、ゾークは平然と言い残してその場を去ろうとしていた。

 カトレアを始めとした倒れ伏す面々。

 一対一で。あるいは、三対一、五対一。

 各々の武器を持ちゾークに挑むも、かすり傷一つ与えることなくその日の訓練を終えた。

 SSクラス冒険者であり、現在、世界唯一の「槍聖」である彼を相手にする。

 それだけで訓練相手は大きな経験を得られるのだ。礼の一つでもしたくなるが、その余裕は残っていない。


 ゾークの一日は本人が思っている以上に忙しい。

 午前中はシャレットの募兵に応じた私兵の訓練。午後からはまた別の仕事がある。

 本来の仕事である冒険者稼業も、週に2~3回は依頼を受けるように心がけているため、本人が思っているほど自由な存在ではない。


「ゾーク様。そろそろ頃合かと」


 頃合を見計らい、その忙しさをゾークに押し付けている張本人が、しれっと告げる。


「へいへい。ネリーも人使いが荒くなったもんだなァ」

「ゼン様のためですから」


 すまし顔で受け答えをするネリーに苦笑いのゾーク。

 実際、「使われている」という感覚はゾークにはない。

 むしろ好きなことをやっている気分なのだが、ネリーについては思っていることがある。


(ったく、ゼンが帰ってこねぇと、ネリーの機嫌が良くねえまんまじゃねえか)


 ゼンが姿を消して以来、ネリーはあまり感情を表に出さなくなった。

 彼女は毎日のようにゼンと【念話】で会話しているというが、不在であることに変わりはない。

 幼い頃からネリーを見てきたゾークとしては、今の彼女はあまり好ましい精神状態ではないように見える。

 振る舞いに違和感は感じないが、どこか寂しげに見えるその姿は、見ていて痛々しい。


 わけではなく。


(スゲェ怖ぇんだよ……)


 彼女の不機嫌さは、そのまま殺気とも取られるもので、近寄り難い空気を醸し出している。

 ゾークやシャレットは【百獣王化】したネリーの光景を見ていたうえに、平時から彼女の実力は身に染みて理解している。

 ある程度免疫はあるにせよ、SSクラス冒険者二人にして、ある種の爆弾扱いになってしまっている。

 実力がある者ほどその空気に敏感になってしまうため、ユーリ辺りは割と平気なのだが、私兵の面々からは畏敬の目で見られている始末。

 訓練相手としてネリーが立ち会うことがあるが、あまり加減が得意ではないため、この惨状以上に酷いことになる。

 救いは、ネリーがそれほど他者を鍛えることに意欲を持たないため、その頻度自体は多くないことだろうか。


 何にせよ、早くゼンに帰ってきて欲しいと思うのは、ゾークだけではない。

 戻ってきて欲しくないと考える者の方が、フィナール領では異端である。

 主にネリーの不機嫌を何とかして欲しいという理由なのが、何とも言いにくいところである。

 彼らにとっては、第三王女リリーナの安否よりも切実なのだから。



◆◆



「しゃっす!今日はミスリル打つって聞いて来たっす!」

「頼んます親方!」

「誰が親方だ。まぁ、俺が出来るこたぁ、見せるだけだけどな」


 フィナール領には人が集まる。人が集まる場所に商人は現れる。

 そして職人もまた、フィナール領イストランド郡に集まっていた。

 ゼンが作り出した日常品。その多数は魔道具として作られている。

 廃鉱を貰い受けて以来、ゼンがイストランド郡に招き入れた職人達の手により量産されたそれらは、フィナール領から遠ざかれば遠ざかるほどに価値が高まる。

 フィナール領、ナジュール領、アルバリシア帝国の一部といった付近では安価であっても、少しでも離れると、まだまだ普及はされていない。

 そういう背景もあり、魔道具なのに量産品という、革新的な技術の中身を知るために、各地から職人が集うようになったのは自然なことといえる。


 ゼンが手始めに普及を試みた品は数種類程度。

 いずれも魔術刻印を使った、ゼンからすれば単純な魔道具なのだが、魔石を消費しない魔道具というのは非常に価値が高い。

 その原理を求めて職人達が集まっているのだが、当の本人が不在ということもあり、その点は肩透かしになってしまっている。

 それでもランプを始めとした日用品の数々を作りだせる職人がいることで、ある程度満足の行く結果は得られ、複製した刻印を持ち帰った職人もいる。


 だが、魔道具を作れなくとも、一部の職人はそのまま住み着いた。

 特に鍛冶を生業とした者達である。

 彼らはゾークを一流の鍛冶職人として認め、その技術を学ぶために残ったのだ。


「んじゃ、始めっぞ。受け売りだが、一概にミスリルっつっても色々あってな。鉄に白銀ってのが切れ味重視のミスリルで、普通ミスリル製っつったらこの組み合わせになるんだけどよ」


 手馴れた様子で鉄と白銀のインゴッドを合金化していくゾーク。

 その作業の合間に、見たことのある石を取り出しては合金の中に入れ込むのを見て、疑問に思った職人が尋ねる。


「鉄と白銀……他に何か入れてますよね?」

「それだけじゃ真の切れ味は出ねぇよ。一応それもミスリルと呼べなくもねぇが、合金にするんなら色々組み合わせがあるってこった」


 鉄に白銀。一般的に知られているミスリルの合金化はこれだけである。

 合金化した後の加工が難しいとされ、白銀自体が高価であるため、一般の鍛冶職人は取り扱う機会自体が少ない。

 二流以下の職人では、取り扱いに必須なステータスを持たないのも理由の一つ。


「今混ぜたのは石灰と青石だ。これをミスリルにちっとばかし混ぜると、完成品の切れ味が良くなるって話だ。一流のミスリル製は大抵こうしてるらしいぜ」

「そうなんすか!その分量はどんくらいで?」

「ざっくり言やぁ、合金にする時の重さの1割、ってとこか?青石を多めに入れてやるといいかもな。俺も量ってやってるわけじゃねえからなあ」


 アバウトなゾークの説明に職人達が唸る。


「鉱石の質とかでまた違うからよぉ。この辺は感覚次第ってトコだな」

「インゴッドにしとけばいいんじゃ?」

「そのインゴッドの質がいつも同じならそうだけどよ。それにどっちもインゴッドにするようなもんじゃねえな」


 手作業で行える範囲はたかが知れている。全て同じ水準のものを作り出すことは非常に困難なことだ。

 それに近づけるための経験であり、この見学であることを、職人達はよく理解している。

 合金作業を終えたゾークが、青白い光を放つインゴッドを取り出すと、その場に感嘆の息が漏れる。


「これが一般的なミスリルだな。こっから加工していくと、切れ味抜群の武器になるんだが……」


 そこで言葉を止め、ゾークが取り出したのは、同じような輝きを持つインゴッド。

 比較すると、やや光沢が鈍く、重量感が感じられる。


「こっちも分類としちゃミスリルだ。同じミスリルでも扱いにくいのはこっちの方でな。切れ味は落ちるが、その分硬くて、防具にもなる。使い勝手としちゃあ、こっちの方がいいな」

「そんなミスリルがあるんですか!?」


 若い職人が驚いたように尋ねる。

 ミスリル製の防具自体は存在するが、主に儀礼用として使われ、実戦には不向きと言われる。

 強度と値段の都合上、実用性が低いのが理由だ。

 それをクリアしたのがゾークの取り出したミスリル、ガダースミスリルである。


「そこにある鎧と兜は、コイツで俺が作ったモンだ。作り方は見せてもいいが、教えるにはおめえさん達の技量が足りねぇなぁ。まず普通のミスリルからだな」


 ゾークが普通のミスリルインゴッドを金床に置くと、腰に巻いておいた道具袋の中から数本同じものを取り出す。

 まさか、という顔の職人達にニヤリと笑って、一言。


「ちょいとしたサービス、一人一本だ。好きなように使ってみな」



◆◆



 それから職人達の面倒を見た後、ゾークは自宅である屋敷に戻っていた。

 そこには既に執務を終え、居間で寛いでいたシャレットの姿があった。


「お疲れさま。ゾークも大変そうねぇ」

「そうでもねえぜ?シャレットみてぇに頭使うわけじゃねえからよ」

「私の場合、やらないと、色々と、ねえ……」


 まあそうだろうよ。と相槌を打つゾーク。

 どちらも本業は忘れていないが、やることをやっておかないと、怖いのだ。


「やらなくても怒りはしないでしょうけど、何もしないってわけにもいかないわね」


 代官業は程々でいいと言われているものの、放置するわけにもいかないのがシャレットの立場である。

 ゼンの不在は色々な意味で大きいのだが、この忙しさの原因の一つに、フィナール領主ギースの抱える文官の質にある。

 フィナール家の家臣団が総じて凡庸というわけではないが、初代カルロスの世代に比べ、どうしても一枚二枚落ちる。

 功臣エドナがこの世を去ってから既に三年、そろそろ体制も固まっていい頃合なのだが、爆発的な人口増加に人材の方がパンクしている状態だ。


 この一番のしわ寄せが行っているのは、執政官筆頭のユーリになるのだが、村役場の役人全員にその負担が回ってきている。

 その役場の責任者は、代官であるシャレット、ということになっている以上、見て見ぬ振りはし辛い。

 任せるべきところは任せている今でも、半日は執務室に居ないと政務が回らない。

 人数不足を補うために新たに雇った官吏の教育もある。

 いずれにせよ領内が落ち着くか、ゼンの帰還がなければ、シャレットの多忙な日々は続きそうな雰囲気である。


「ところでゾーク、指名依頼が来てるみたいよ?」


 シャレットの言葉に「またか」という表情を浮かべるゾーク。

 ゾークに限った話ではなく、SSクラスの冒険者である二人への指名依頼は多数申し込みがある。

 全てを受けることは不可能なので、冒険者ギルドによって依頼の選別は行われているが、断りきれない、あるいは受けざるを得ない依頼が存在する。


 前者は冒険者ギルドの有力な後援者や力のある権力者からの依頼。

 後者はSクラス冒険者以下では単独達成が難しい依頼である。

 

 指名依頼の受領は本人の判断に任されるため、断ることも不可能ではないのだが。


「シャレット宛は断ってっからなぁ。俺まで断ると、ナハトに悪ぃ気がすんだよな」

「そうなのよね。私たちに指名依頼が来るのは仕方ないのだけれど、私はそう簡単に受けられないし」

「しゃーねぇ。明日ナハトのトコに行ってみっか……」


 SSクラス冒険者となった二人は、これ以上の名声は求めていない。

 だが国籍なしのSSクラス冒険者もこの二人しかおらず、拠点をフィナール領に定めている以上、ギルドへの依頼窓口はフィナールの町の冒険者ギルドとなる。

 そのため、断れば立場が悪くなるのは、本人よりもギルド長のナハトの方だったりする。

 ナハト本人は「忙しいだろうから」ということで、極力他の冒険者に指名依頼を回すように遠慮をしている部分もあるが、代官業で多忙なシャレットはともかく、比較的身が軽い(と自身は思っている)ゾークは、極力依頼を受けるようにしている。


 実のところ、ゾークに指名依頼が集中することにはネリーも関係している。

 Aクラスではあるが、実力はSクラス以上。<厄災級>の単独撃破を成し遂げていることから、ゾークやシャレットを超える存在と言われている。

 そのネリーに指名依頼が多数寄せられていたのだが、全て本人が断っている。ナハトも伝えるだけ無駄、と依頼人を説得していることもある。

 そうした依頼がどこに行くのかというと、ゾークである。

 この事実に気付いているのは、ナハトとシャレットくらいなもので、ネリー本人は狙ってゾークに押し付けているわけではない。

 ゾークが気付いていない以上、シャレットからわざわざその事実を伝える気は無い。


「あ、そういやネリーから、木材の調達も頼まれてたっけな。どうすっか、今日中にやっとくか?どんな依頼かも分からねぇしなぁ……」

「後に回すと大変よね。手伝うわよ」


 いいように使われているゾークを見て、諦めが入った返事をするシャレット。

 これで本人は「暇だ」と思っているのだから、どれだけ度量が大きいのか、馬鹿なのか。

 どっちもだろう、とシャレットは結論付けるのであった。



◆◆



「終わったぜ。これ、討伐証明な」

「……ネリーさんの依頼達成速度は異常だが、ゾークさんも相当だな。移動だけで大変だったろうに」

「討伐対象がデカくて分かりやすかったからなァ。慣れちまうワケにはいかねえが、エンペラースライムくらいじゃ苦戦のしようもねぇな」

「いや、エンペラースライムって<災害級>並だぜ?群れることはねえから、認定はされちゃいねえが」

「実際戦ってみると、デカいだけのスライム、だったな。俺よかシャレット向きなんだろうが」

「いやいや、アレの酸を浴びたら、まずお陀仏なんだが」

「浴びるこたぁねえよ。あんなもん核目掛けて槍投げりゃ一撃だぜ?」

「いやいやいや、投擲が得意なSクラス冒険者でも、普通核まで届かねぇから。ゾークさんが異常なだけだから」

「そうか?なんかよぉ、ネリーの傍にいると、俺くれぇ大したことねぇな、って思っちまうもんでよぉ」

「おかしい。ゾークさん、基準がおかしいぜ」

「最強を基準にすんのは当然だろ?」

「……」

「まぁ、思ったより時間がかかんなくて良かったぜ。これで鍛冶場の増設にとりかかれるってもんよ」

「えっと、ゾークさん?ゾークさんは冒険者だよな?なんで鍛冶場の増設をゾークさんがやるんだ?職人にさせときゃいいんじゃねえか?」

「いつでもいいってネリーから言われちゃいるんだがなぁ、仕事場が欲しいって職人連中も言ってやがるし、先延ばしにすんのもな」

「ああ、そういう……って、おかし……いや、うん、そ、そうか」

「報酬は後で役場の支部で受け取るぜ。じゃあな」


「ヒバリ、止めてくれてありがとな」

「いえ……」

「ネリーさん絡みは触っちゃダメだよな」

「そう思います。あの、ギルド長、お気持ちは……」

「分かってくれるか」

「SSクラス冒険者の御二方に加えて、ネリーさんがいますから。この町に冒険者が増えてきたことはいいことだと思いますけど」

「本人が苦労と思ってなければ、ギルド長の俺が苦労に思っちゃ……いけねえのかなぁ」

「お察ししますけど、そろそろネリーさんの担当を……」

「ゼンとネリーさんはお前が担当。これ絶対。な?」

「ですよね」




◆◆◆◆



【王の憂鬱】



 愛娘との不思議な会話を終えて、余ともう一人だけが部屋に残っておる。


「結局何モンなんだろうな、ゼン・カノーって奴は」


 目の前に座る旧友、ヴィー・レス=アルバリシアが意味のない呟きを発する。

 そんなもの決まっておるであろう。


「余には及びつかぬ存在であろうよ。お主の方がまだ理解できるのではないか?お主も先祖返りであろうが」


 そう返すと鼻で笑われた。腹立たしい。


「ハッ、他人の頭ン中なんて分かんねぇよ。おめえの方がそういうのは得意だろーが。歴史の長い国の王様は大変みてえだな」

「むぅ……確かに、豊かでは、あるのだがな」


 頭に浮かぶのは、王都カルローゼの平和な光景と、複雑極まる王城の権力闘争の図。

 思えば、貴族の横行が目に余るようになったのは、いつからだったか。

 先代の父の時代は、これほど王城が腐ることはなかった。

 全ての貴族がまともだったとは言い難いが、表面上はそれなりにまとまっていたはずだ。

 イアンの負傷から?ゼンの存在を知られた時から?違うであろうな。

 そう、余がこれ以上の拡張路線を取らぬと宣言した、その時からだったのではないか?


「俺はよ、ゼン・カノーに感謝してるぜ?抱えきれない流民を保護して、ウチにいい作物を寄こしてくれてっからな。魔道具も見たことねぇようなモンばかりだしよ」


 笑いながら皮肉を語るヴィーに、苛立つ感情を抑えきれぬ。


「これで独立までした日にゃ、流石に笑っちまうぜ。どう抑えるか、見ものだなぁ?」

「やかましいわ!そう決まったわけではなかろう!」

「直接利益を得てるのはそっちのはずなんだがなぁ?」

「ぐぬ……」


 確かに、ゼン・カノーはカルローゼ王国に多大な利益をもたらしておる。

 問題はその利を得るものが、王国内の一部に過ぎぬ、ということなのだ。

 ゼン・カノーの成した事について、アールから都度報告を受けておる。

 フィナール領がどれだけ発展したか、シャレット代官領がどれほど異常な地であるか、調べはついておる。

 が、それを功績と認めることが、どれほど難しいことか。


「ウチに居ついてくれりゃ、もっとコトはスムーズに行っただろうさ。すぐにでも直臣に取り立てて、マリスかフランをくれてやったと思うぜ?」

「それはお主の長男が亡き今だからこそ、であろう」


 ヴィーの暴論に思わず暴言で返してしまったが、当の本人は気にも留めずに続ける。


「俺も人の親だからよ、別にバルドに死んでもらいたかったワケじゃねえ。けどな、どっちみちフランをやることは、変わらなかっただろうさ。吸精族(サキュバス)ってのはそういうモンだってセレスから聞いてるからな。ゼン・カノーがどれだけの力を秘めてるか想像もつかねぇが、それ以上の力を持つ男なんて、捜すだけ無駄だろ?」


 帝国の天才とは出会わせるべきではなかった。せめて、その前にリリーナとの婚約を決めておれば……。

 どうしようもない後悔に、首を一つ振るう。

 あまりにも王国と帝国では事情が違いすぎる。意味のない仮定だ。

 へらへらと笑う帝王が羨ましい。が、余とはまた別の苦労をしておるのは分かっておる。


 帝国の統治は、帝王の力なくして、民は生きえぬ。

 王国の統治は、余の力がなくとも、民は困らぬ。

 それぞれの国の事情は、あまりにも異なる。

 カルローゼ王国は、拡大・縮小を繰り返しながらも、1000年以上の歴史を持つ大国。

 アルバリシア帝国は、初代帝王が諸国を取り纏め、樹立から200年も経たぬ、歴史の浅い大国なのだ。


 仮に余がこの場で倒れれば、次代は割れるやもしれぬ。

 だが、次男テリーは、我が息子ながら、配慮に欠け、能力も凡庸。

 次女アレーネに王位は務まらん、カルローゼ王国に女王は存在せぬ。

 結局、今は覇気がなかろうと、最終的には長男イアンが継ぐであろうし、四公家もそれを支持するであろう。

 多少の血は流れるやもしれぬが、それもまた良し。次期国王イアンを支えるための土台は、更に強固となるであろう。

 国力は確実に下がる。それでも王国がすぐに滅びることはないであろう。

 あの爆弾(ゼン)がどうするかで、相当道筋は変わる可能性もあるが、あの者には王国に対しての野心は感じぬ。


 翻って、もしここで帝王が倒れたらどうなるか。

 フラン第二席がすぐに戻り、帝王を継ぐ。これを成せば、さしたる問題にはなるまい。

 あるいは、フラン第二席がゼン・カノーに嫁ぎ、ゼン・カノーが帝王を継ぐ。こちらの方が王国の脅威となり得る可能性は高かろう。


 だが、今この場で、となれば、どうか。あるいはゼン・カノー達が戻らなければ、どうか。

 帝王はマリス第一席が継ぐことになるであろうが、あのおっとり娘に帝国を纏める力があるか?第三席ローレンスにそれを補佐する力があるか?


 いずれも否。

 力で支配してきたが故に、帝国は国内に不安要素を多く抱えている。

 流民としてフィナール領に一部流していることも知っておる。


 そこまで考えると、帝王に皮肉の一つでも返してやろうと、告げる。


「ゼン・カノーが本当に戻ってくると思うておるか?いや、フラン第二席が戻ってくると思うておるか?」

「そりゃまあ、戻ってくる……んじゃねえか?おめえだって、リリーナ姫は戻って来ると思ってるだろ?」

「思うておる。が、戻って来ずとも良い、とも考えておる。リリーナは王城の暮らしがあまり好いてはおらぬようなのでな」


 末娘は親としても可愛いものだ。

 まだ幼いとはいえ、男と一つ屋根の下で一年以上暮らしておったとなれば、嫁ぎ先にも困る。

 戻ったところで、王城に囲われるだけの、籠の鳥と変わらぬ生活を余儀なくされるであろう。

 ゼン・カノーに嫁がせるのが最も幸福な生き方になるのだろうが、それを許すのは今の王城では難易度が高すぎるのだ。

 父親として、王として、あまりにも不甲斐ないことだが、いずれゼン・カノーを認める存在も増えるであろう。

 機があるとすれば、その時になるであろうな。


 ヴィーの表情が徐々に険しくなり……またしても鼻で笑う。


「ハハッ、なるほどな。国王として、リリーナ姫はもう利用価値がねえってか?国王サマも大変だなぁ、ホントによぉ!」

「……」

「ま、フランがそうしねぇことを祈るだけさ。それに、ゼン・カノーはこのままどっかにトンズラするような、そんなタマじゃねえだろ」

「否定はせぬがな。楽観的思考も程々にせねばならぬぞ」

「由緒正しい国王サマのアドバイスだ。貰っとくぜ」


 そう言うとヴィーは立ち上がり、「今度会う時は、あいつらが帰ってきた後だな」と告げて部屋から出て行った。

 あやつめ、何が「貰っとくぜ」だ。

 天才は天才を知る。先祖返りは先祖返りを知る。英雄は英雄を知る。

 人望は余にあったが、余は治世の王に過ぎぬ。

 だがヴィーは、紛れもなく先祖返りの天才であり、英雄と呼ばれてもおかしくはない存在なのだ。


 生まれ着いて様々な差があったことは確かであり、余が帝王に劣るとは思わぬ。

 決定的に違うのは、「こだわり」と「しがらみ」の二点。

 そのたった二つが、余を縛る。動けなくする。


「せめて、ゼン・カノーが、我らに縁のある存在であればな……」


 意味のない呟きを発してしまい、帝王のことが笑えなくなったことに気付いた。



◆◆



「アールよ、やはり分からぬか」

「申し訳ございません、陛下。「カノー」たる称名(ミドルネーム)、もしくは近い名を探してはおりますが……」

「左様か。由縁が分かることの方が少ないのだ、仕方あるまいよ」


 ゼン・カノーは元より、リリーナの「シュア」すら分からぬこと。

 先祖返りとして高名な称名は数あれど、その他の由来も分からぬ称名の方が圧倒的に多いのだ。

 アールに調べさせてはみたものの、無駄であろうとは思っておった。


「それから、サイド侯爵の件ですが……ウイング伯爵を筆頭に、バックス子爵、フロント子爵、ライン男爵も足並みを揃えているとか」

「テリーの奴め、踊らされおってから……」


 サイド侯の領地は、他の侯爵の地よりも狭いことは承知しておる。

 それが不満なのだろうが、侯爵の地としては最も王都に近い。

 得られる租税は他領よりも多いであろうに……当代は強欲なことよ。


「センター伯爵の件につきましては、ライト伯爵、レフト伯爵、ファースト子爵、ショート男爵、といったところかと。あまり派手な動きはありませんが……」

「大方アレーネの機嫌取りに忙しいのであろう。器量は良いのだが、あの性格では、嫁ぎ先が決まらぬわ」


 それでも良いという連中が、アレーネに付き纏っているのであろうな。

 己の后が王国の第二王女ともなれば、自身の出世に繋がるとでも思っておるのだろう。

 目端の利く者ならば、少し考えれば分かりそうなものだが……何の功績も無い我が国の貴族に、王女を嫁がせるなどありえぬ。


「アレーネの嫁ぎ先は、そろそろ決めてしまわねばならぬな。年齢も頃合であるがゆえ、行き遅れになる前に、な」


 王族で17歳という年齢は、通常、嫁ぎ先くらいは決まっておるものだ。

 長女のミコトが16のうちに嫁いだのは、少しばかり早かったが、あの娘は引く手数多であったからのう。早めに嫁がせておかねば、後の禍根となると思うておった。

 今となっては、ミコトを早く嫁がせたのは、早計であったやもしれぬ。

 思えばアレーネもテリーも、ミコトの前では大人しいものであった。


「打診はいくつかあるのですが……」


 アールの歯切れの悪い言葉を聞きつつ、差し出された縁状を確認する。

 十枚にも満たないそれを捲り、思わず眉を顰める。


「……むぅ」

「その、正直、あまり良縁とは言い難く……」


 どれも家柄は悪くない。それは問題ないのだが……。


「後妻か、側室か。正妻となると、少しばかり難しいな」


 本来ならばカルローゼ王国第二王女を娶る条件として、とても飲めぬものであろう。

 30過ぎの他国の男に嫁がせることはありえぬ。が、これも仕方あるまい。

 アレーネは悪い意味で他国からもよく知られておる。

 むしろリリーナの婚約話の方が良縁がよく来ておるのは、アレーネの人気のなさゆえであろうな。


「クライズ王国の第三王子か。僻地ではあるが、正妻として嫁ぐ先としては、これが限界であろうか?」


 我が国より遥か北にある王国の第三王子。

 あの国の財政状態はお世辞にもいいとは言えぬと聞いておるが、立場や身分の差は問題あるまい。

 傲慢な娘であっても、無駄な浪費癖はあまり無い。少なくともテリーよりはマシであろう。

 ただ、これをアレーネがすんなり受け入れるかどうか。

 あるいは突き返されるようなことがないだろうか。


「これをどう見る?」

「条件で申し上げますと、妥当な相手、といえるかと」


 それでいて良縁とは言えない理由。それは、かの国の財政難が、国家が成り立たなくなる寸前まで来ていることにある、というのがアールからもたらされた情報。


「おそらく、クライズ王国は、我が国からの援助を期待しているのではないかと」

「それほどまでに酷いのか?」

「我が国からすれば、さしたる負担ではないと思われますが……」


 クライズ王国は、領地こそそれなりに広いものの、大陸の最北部という僻地にある。

 あの国に住まうものは貧しく、その気候も災いして、重税を課そうにも人がおらぬ。

 このまま事態が進めば、クライズ王国の崩壊は必至。

 これを救う理由は、我が国には持たぬのだが……。


「所詮は最北端の乱、などと考えるべきではなかろうな。アール、この縁を進めておくがよい」

「よろしいので?我が国には利が薄いように思われますが」

「構わぬ。表面上、今の大陸は比較的平和に見えるが、僻地から始まる戦乱の世など珍しくもない。そうなれば我が国も無関係ではおられぬ。アレーネの嫁ぎ先として、これ以上は望めぬならば、多少の対価を支払うのはやむを得ぬ」


 この世が乱れる理由はいくらでもある。

 国家間の戦争、<災害級>を始めとした魔物の襲撃、抑圧された民の暴発。

 カルローゼ王国として肝心なのは、自国にその飛び火が来ることを避けること。それから、予防策を練ることであろう。

 フィナール領の発展の余波は、少なからず我が国に利をもたらしておる。

 細やかな問題は多くある。だが、我が王国は確実に豊かになっておるのだ。

 されば、クライズ王国に多少助力する程度、構わぬであろう。


「それではこの縁談を進めさせていただきます。それから……」


 続くアールの報告を聞きながら、あの男について考える。

 ゼン・カノー。

 前世(きおく)持ちの先祖返りであり、伝説の眷属を作り出す存在。

 どのような方法でネリーという娘を眷属にしたのかと思えば、魔道具であるという。

 人の所業とは思えぬものであるが、間違いなくあの娘は眷属であった。


 あの地で生み出される魔道具はどれも異質。希少な魔石を使わぬ魔道具であり、その実用性は極めて高い。

 懐から献上品として受け取った、手のひらほどもない、四角い金属の箱を取り出す。

 その箱の一部を押し込むと、小さな火が発生する、「ライター」というものだ。


 この世の人であれば、生活魔法を使うことで、火種を作ることは出来る。が、その火種は、ほんの僅かな時しか生まれぬ。

 それゆえに、外で火を起こすには、火魔法を使うか、燃えやすい紙や油などを用意する他ない。

 このライターとは、それらの用意を大幅に簡略することが出来るという、常識を破りし魔道具。

 取り扱いも単純。火が起こらなくなれば、油を少量足してやればいいという。

 だが、この作りについては、単純なようでいて、解析は困難であるという報告を受けておる。

 火魔法関係の魔道具であることは間違いないが、魔力の込められ方に未知なる技術が使われている、というのが技術員の談であった。


 未知の存在とは、恐ろしいもの。

 ゼン・カノーそのものもまた、未知なる存在であろう。

 だが、民はこの未知なる技術が使われた魔道具に恐れを感じておらぬ。

 あのランプ同様、生活を良くするものに対し、恐れを抱く必要はないからだ。

 これが彼の者の意図したものであれば――。


 やはり、敵には回してはならぬ、な。



◆◆



 出席した夜会の面々を見て、ため息を吐きたくなる。

 後継者は自分だと言わんばかりの、得意げなテリー。

 取り巻きの貴族に持て囃され、高笑いのアレーネ。

 イアンが欠席しておるのは最早珍しいことでもない。あやつには悪いことをした。

 ゼン・カノーが何かしらの治療を施すと言っておったが、その精神まで癒やせるものであろうか……。


「これはこれは、陛下。ご機嫌麗しゅう」


 にこやかに笑みを浮かべたサイドが声をかけてくる。

 テリーを次代国王に祭り上げる、その一団の中で、最も高位に当たるのがこのサイド候爵たる男。確かに、六代目であったか。

 明らかな高級品を身に付けたその姿は、あまり趣味が良いとは言えぬ。

 さて、何を企んでいるのやら。


「サイド候、些か不敬ではございませぬか?」


 余の近衛であるブロウが咎めるように、サイドを遮る。

 夜会で目上の者に話しかけることは、不敬であるとされておる。

 余はこれをさほど不敬と思っておらぬ。が、相手が相手なだけに、ブロウが咎めたのであろう。

 サイドが不機嫌そうに吐き捨てる。


「これは異なことを。ブロウ如きが私に意見を申すとでも?」

「余の側近に対する態度とは思えぬな?サイド候」


 余の近衛ともなれば、貴族であろうがなかろうが、さしたる意味は無い。履き違えておるのはサイドの方であろう。


「陛下のお言葉とあらば、取り消しましょう。ところで、イアン殿下は随分長い間、養生されておられますな?」


 イアンの欠席など、今更言うことでもなかろうに。

 それともテリーが次代国王に相応しいとでも言うつもりか。


「イアンは近いうちに復帰するであろうよ。サイド候に気遣われる必要もなかろうて」


 少々棘のある返答に対し、サイドが笑みを絶やすことは無い。


「いやはや、私の心配など不要でございますか。して、近いうち、とは?」

「そこまで教えねばならぬか?」

「イアン殿下のお体では、なかなか復帰は難しいものかと思いまして。今宵も御姿は見えませぬので、近いうちとは何時になることかと」


 国王に対する態度でもなければ、王族のイアンに対する言葉でもない。

 何と不遜なことよ。

 余とサイドの間に入る、ブロウの表情は不機嫌そのもの。

 武人としての強さは、抱えているSクラス冒険者と遜色はないものの、あまりにも武骨。

 だからこそ近衛として召抱えたのだが、やはりこういった夜会には向いておらぬな。


「無論、陛下の御心に従う所存ではございますが、色々と方策を考えておいた方がよろしいのでは?」

「諫言のつもりか?」

「いえいえ、全ては陛下のご判断に寄るものでございます」


 ならばわざわざ言いに来るまでもなかろうて。

 そうは思うが、ここで余に告げることに意味があるのだろう。サイド候にとっては、だが。

 恐らく、テリーにとってもそうであろう。

 公の場で余がどう答えるか。揚げ足取りでもするつもりであろう。


 とはいえ、ここでイアン以外に継がせるつもりは無い、と告げるのも良くない。

 以前であればともかく、テリーは簡単に納得せぬであろうし、その取り巻きも尚更。

 せめてイアンが片腕を亡くしたところで問題は無いと、存在感だけでも取り戻してくれれば良いのだが……あの様子では、な。

 幾度か顔は会わせておるが、如何にも悄然としておる表情は変わらぬ。

 やはりあの戦いは、王国にとって痛恨事であったわ。


「まあよい。サイド候の言葉は受け取っておこう」


 その場を適当に濁し、サイドから距離を取る。

 不機嫌そうなブロウの気持ちは分からぬでもない。

 先代であれば、たかが中堅侯爵の一人や二人、どうとでもしたであろう。

 拡張路線を取り続けた父の代には、貴族に与える地はいくらでもあった。

 だが余の代になってからは、カルローゼ王国は豊かにはなっていても、広くはなっていない。

 土地は有限である。直轄地から貴族に割くのも限界があるのだ。


 余の政策が間違っておったとは思わぬ。

 カルローゼ王国の領土は広大である。ゆえに開発の進まぬ土地も大量にあるのだ。

 形だけ広い辺境伯らは苦労しておるという。

 その辺境地を、広大な領地を求める者らに代替地として与えようとすると嫌がるのだから、自力で富ませようとする貴族は極少数であるようだ。

 そればかりか、他の貴族らの粗探しばかりしておる。

 要は、足の引っ張り合いになっておるだけなのだ。


 特に酷いのはフィナール領関係の誹謗中傷。

 やれ民を盗まれただの、やれ反乱の兆しだの。後者は間違ってはおらぬが、フィナール伯はそのようなつもりはなかろうよ。

 フィナール伯は、ゼン・カノーと敵対する愚を犯さぬようにしておるだけであろう。


 あの戦いを見た者は、こぞってゼン・カノー、その従者ネリー、両親であるゾークやシャレットを敵に回してはならぬと口を揃えて言う。

 余の直属の部下らもそうだ。

 元よりアールはその存在を「異常」とし、叶うならば取り込み、叶わぬまでも敵対するなかれ、と話しておった。

 <厄災級>討伐戦に従軍した武官の一部も似たようなものだ。


 だが、上に居すぎると、分からぬこともある。あの戦いに関わらなかった貴族達のことだ。

 気付きたくないか、目が曇っているのか、どちらかは分からぬが……。

 本来視野を広く持つべき者らが、こぞって周囲や上しか見ておらぬ。嘆かわしいことよ。


「ブロウよ、不甲斐なくてすまぬな」

「陛下の御心のままに」


 不快な思いをさせたブロウを労い、夜会の会場を後にする。

 今の余は、王としてあるべき姿ではないことは分かっておる。

 あの戦いから一年、口だけは達者な貴族連中を相手にすることに疲れておるようだ。

 国民に余波を与えることなく、事態は収束することが出来たものの、未だ火種は燻っておる。

 以前ならば、テリー派など、今までごく僅かなものだったのだがな。余計なことを口入しおって。


 リリーナが戻ればイアンは元気を取り戻すであろうか?

 とにかくイアンが健在な姿を取り戻さねば、辺境はともかく、王都近辺が収まらぬ。

 近いうち、とは言ったものの、どれほどの時間がかかるものか……。


 嘆息。

 ここ一年ほどで一気に老けた気がしてならぬ、な。

ここまでで連載凍結となります。

詳しくは活動日報にて。

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