【間話】小話集その3
【レイスのお仕事】
フィナール領の東部において、レイスは何故自分がこんなことをしているのかと自問自答し続けている。
自分はあくまで一介のBクラス冒険者であり、ちょっとばかり気配や罠の探知に優れた、どこにでもいる斥候役に過ぎない。
だが、今の彼には「役職」として、「イストランド郡警備隊特務副長」という名目が与えられていた。
あくまで名目上のものであり、実質的なものでいえば、「シャレット代官の私兵」。もっと言えば、「ネリーの補佐役」である。
彼はネリーの指示の元、20名ほどの「部下」を率いて、フィナール領東部の偵察任務に従事していた。
同じカルローゼ王国領に対して、何故偵察が必要なのか。これはレイスにも理解出来なくはない。
南部のナジュール領は問題ないが、東部の他領からは住民の流出が続いており、フィナール領に多くの人々が移り住んでいる。
それが町の外に住む自由民だけではなく、他の町に住んでいた住人も少なからず含むことから、他領主が非難しはじめているのだ。
これに対し、フィナール領主ギースは、特に表立って主張することはない。元々フィナールの町に移り住んでいるわけではなく、大半がイストランド郡に留まるため、フィナール領が移民を募っているわけではない、というのが建前であり、本音である。
「ネリーさんも無茶言うッスよね……」
「そうは仰いましても、レイス副長。総長の仰る通り、敵方の工作員を入れさせるわけにもいきませぬ」
「おいらはただのBクラス冒険者っスよ。オウカイさんの方がよっぽど強いじゃないッスか」
レイスのぼやきを拾ったのは、シャレットの私兵である鬼人族の男。
その名はオウカイ。シャレットの私兵の中でも、指折りの実力者であり、単純な強さだけならばSクラス冒険者にも劣らない。
元々それだけの実力があったわけではない。シャレットの募兵に応じたのち、ゾークやネリーの直接指導、日々の自主訓練の研鑽の結果だ。
もっとも、本人に強さの自覚はない。だからこそ、驕ることもない。
オウカイにとってレイスは「ゾークに一目置かれる存在」なのだから、それだけで自分の上に立つべき人材なのだろうと思っている。
ゾークの元で訓練された兵士は、ネリーが適正を見出してはそれぞれに役割を持たせた。
有事の際には集まって行動するが、それ以外では各自与えられた職務に従事している。その役割は、大まかに分けて3つ。
1つは郡内における警備要員。これは冒険者に依頼している巡回依頼と異なり、郡内の揉め事の仲介や犯罪の取り締まりなど、お巡りさん的な人員。大半はここに配置される。
1つは郡内以外にも情報を届ける連絡要員。必要な情報を迅速に行き渡せられるように、伝令に特化した要員であり、レイスの元にも2名配置されている。
最後の1つが、今まさにレイスが行っている、偵察や索敵といった、外的要因に対する「特務要員」であり、オウカイをはじめとした精鋭中の精鋭が揃う、エース部隊となっている。
「総長はお忙しい様子。ならばレイス副長がこの任務に当たるのは、道理かと存じます。我らは些か、経験不足ゆえ」
「おいらとしては、何が道理なのかさっぱりなんスけど……」
「悪意あるものに対し、我らは力を以て対抗致します。ですが、刃傷沙汰は極力避けるようにという総長の命令であります。代官様はともかく、大隊長様や総長も、実力を以て排除する傾向にありますゆえ……」
「確かにゾークさんやネリーさんだと、そうなるっスよね……でもおいらがやっても、やることは結局変わんないんスけど」
「副長であれば、比較的穏便に済みまする。我らは害意から副長を守る存在であるとお考えくだされ」
オウカイの言葉は、レイスは武力要員ではないと陰に言っているようなものだが、そこはレイスも割り切っている。
その分、レイスに与えられた仕事は難儀なものになっているわけだが。
本来レイスはシャレットの私兵でも何でもない。れっきとした冒険者ギルド所属のBクラス冒険者である。
ただ、郡内の巡回という依頼で、常日頃イストランド郡を見回っていた。危険度の割に報酬が良く、人気の依頼であり、レイスも依頼が更新されるたびに狙っていたのだ。
そうしているうちに、ゼンからとある提案がされた。
巡回依頼の常連であり、両親との仲も良好なレイスであれば、空いた時間にいつでも巡回してもらって構わない。ギルドを通した依頼ではないが、従事した日数分役場から手当てを出すようにしておく。
冒険者ギルドを通さないため、冒険者としてのクラスアップには関わらないが、役場の臨時職員扱いとしてレイスを迎えたい、という内容だった。
元々それほどレイスは冒険者に拘りはない。安定した収入を得られる絶好の機会ということで、二つ返事で了解した。
<厄災級>討伐戦から1月あまりのこと、レイスは3ヶ月ぶりにフィナールの町に戻ってきていた。
友人の冒険者パーティからの誘いにより、他国にある遺跡調査に関わっていたため、<厄災級>の発生があったことすら知らなかった。
遺跡調査は古代道具が発見されることもあるが、未知の魔物や罠に遭遇する、危険度の高い仕事でもある。
レイス自身はあまり乗り気ではなかったが、友人から頼まれて仕方なく……といった面が大きかった。
結局これといった実入りもなく、肩を落とす面々となったものの、レイスは大きな犠牲を払うことなく済んで良かったと思っている。
そんな背景を持ちながら、フィナール領に帰還したレイスを待ち受けていたのは、やたらと殺意が増したというか、断らせないオーラを纏ったネリーだった。
「ゼン様からの要請です。ゼン様がお戻りになるまで、レイス殿に他国・他領からの間諜を排除してもらうように、と」
ネリーがレイスに告げた内容は、厳密にはゼンからの要請ではない。
ゼンの指示は多岐に渡るが、誰を当てるかといった割り振りは、ネリーに一任されている。一応シャレットやユーリも内容は吟味するのだが……。
イストランド郡だけではなく、フィナール領全体まで考えねばならないユーリ。
ゼンが不在でユーリも多忙な中、決裁しなければならない事柄が増えすぎたシャレット。
両者共々、人材面まで考える余地があるわけもなく。ついでに言えば、ユーリはともかく、シャレットはネリーに絶大な信頼を置いている。
「ネリーのチョイスにハズレなし」
というのはゼンの言葉だが、少なくともシャレットやゾークは肯定的だった。奴隷時代からネリーをよく知る二人からしても、ネリーの勘は異常なまでに正しい。
流石に政事に関わっているユーリは、そのまま肯定するわけにもいかなかったが、あのゼンの言葉である。ユーリからすれば、聡明なネリーに頼みたいことはいくらでもあるのだが、ゼンの意向もあり、極力政事には関わらないようにしている。
その代わり、シャレットやユーリが即日決めかねる人材の割り振りを行ってくれる。ユーリからすると懐疑的なチョイスもあるのだが、それで業務が回っているのだから、それだけでもありがたい存在と言える。
割り振られた側、例えば運輸部門のスミヨンに税金の見直しなど、明らかに専門外な割り振りを行ったりするのだが、意外と混乱は少ない。
もっとも、イストランド郡役場の役人の平均能力が、ゼンに鍛えられたこともあり、異様に高いということもあるのだが。
そんなわけで、ゼンの指示に100%どころか、300%くらいの感覚で応えようとしているネリーは、最も適任な人物を考えて、時として強引に割り当てる。
(他からの間諜を完全に防ぐのは不可能だ。けども、内乱の種になるような工作員は、極力排除したい。情報を持ち帰らせるくらいはしてもいいが、畑に毒物を蒔くような、明確な妨害行為をする人物は排除して欲しい)
指示したゼンからしても、相当無茶振りだと思われる内容。本人も「出来れば」という前置きはしている。
そうであっても、ネリーは(承りました)としか返事をしない。主からの命令は絶対。だから、手段は選ばない。
私兵の募集自体はゼンの指示であっても、内訳を考え出し、人員を選別したのはネリーである。
そのネリーにしても、人の機微までは教え難い。ネリー自身は直感で判断出来ても、その判断基準を部下に教えることまでは出来ない。
かくしてネリーは思い出す。優秀な斥候であり、懇意にしている冒険者。世渡り上手で、人の善し悪しをある程度見分けられる。なおかつ、ゼンからの要請となれば断りにくい、そんな狐人族の青年を。
◆◆
「あちらはどうですかな?」
オウカイの指差す方向には、馬車を引きながらフィナール領に入る10人ほどの商隊があった。
遠目では気付けないほどの距離があるのだが、レイスが気付けない距離であっても、オウカイ以下、レイスに付けられた精鋭は察知が可能。
その事実に斥候としてやや凹みつつ、レイスは渡された魔道具、「双眼鏡」を覗き込む。
ゼンお手製の魔道具で、[遠目]がかかったそれは、実際の双眼鏡とはまた違ったものなのだが、用途としては同じものである。
「問題ないっス。見たところ、王都の中堅どころの商会っスね。護衛に付いてる人もおかしな感じはしないっス」
レイスが見ているのは、領境付近の人の出入りというより、不審な人物の確定である。
元々全てを見られるわけではない。単純な領境付近ならば、元より数十人程度で監視出来るわけがない。
それでも街道は存在しており、ある程度人の流れは決まっている。その近辺に絞込み、監視しているに過ぎない。
カルローゼ王国とアルバリシア帝国の間にすら、明確な「国境」と呼べるものがなく、外壁すらないのだから、隣領との領境は言わずもがなの話。
では偵察は無意味かと言えば、そう決まった話でもない。
隠れるようにして侵入してくるような人物は、大抵イストランド郡のどこかで引っかかるし、マークしておけば、事の前にゾークを筆頭とした警備要員で取り押さえられる。
むしろ堂々と領内に入ってくる集団の方が厄介で、自然に居つかれてしまうと、普通の開拓民と見分けが付かなくなる。
ゾークやネリーからすれば、突出した実力の個人より、見咎めるほどの実力を持たない複数の方が、見極めが難しいのだ。
「では、あちらの集団は?」
オウカイの言葉でレイスがその方向を見ると、街道から少し外れたところを、5人の男女が荷台を運び、進んでいるのが見えた。
見た目で言えば、開拓民の一家がフィナール領に向かっている、その程度の認識なのだが――。
「……怪しいっスね。調べた方がよさげっス」
「では、参りますか」
レイスの判断基準は分からないにしても、特務部隊はレイスの判断で動く。それだけレイスを信頼しているというより、上下関係を把握しているということである。
実際のところ、レイスが怪しいと思っても、空振りすることはある。だが、完全な見当違い、ということはあまりない。
早足に移動しつつ、オウカイがレイスに「此度の理由は?」と問う。
「あの5人――男性3人、女性2人って組み合わせなんスけど、荷台を運んでる人が女性2人ってのはおかしいっス。魔物を警戒して男性が武器を持つのは分かるっスけど、これだけ開けた場所でそうする意味はあまりないっス。あるとすれば、女性が奴隷とか、交代してとかってことなんスけど、どちらも考えにくいっス」
「なるほど。して、考えにくい、とは?」
「もし奴隷なら、それなりに裕福な一家だと思うッス。それにしては、着てる服が貧相すぎるっス。交代でってことなら、女性2人なんて組み合わせ、普通はしないと思うっス」
なるほど、とオウカイが感心してみせると、レイスはポリポリと頭を掻いてみせた。
というのも、今のところ「違和感がある」という程度であり、理由は肉付けに過ぎない。似たような理由で問答をした結果、他国の貴族崩れであったり、女性の方が強靭な竜人族の一団だったりしたこともある。
ただし、それなりに「ワケあり」であることは相手も承知していることが多く、大きなトラブルには至っていない。レイスが柔軟な対応をしていることも、一つの理由である。
男女に近づくにつれ、レイスは「当たり」を確信した。
この場に連れて来たのはオウカイと他2名。残りの人員は引き続き監視を続けている。
オウカイが他の2人に目配せし、男女の前方に先回りさせたところで、レイスがオウカイを伴い、後ろから声をかける。
「すみませーん、ちょっといいっスかー?」
「何だお前?俺たちに何か用か?」
リーダー格であろう男がぶっきらぼうに答える。
不自然さはない。だが、その態度自体が不自然そのものだとレイスは思った。
(単純っスね。オウカイさんみたいな、明らかに強そうな兵士って分かる人に、そんな態度取らないっスよ)
「えっと、ここから先は、フィナール領なんスよね。それ分かってます?」
「おう。景気いいって話だからなァ。俺たち一家も世話になろうかと思ってよ」
「自由民の方っスか?」
「そうだ。王都の近くに住んでたんだがなァ。最近どうにも怪しいもんでよ」
男は淀みなく回答してきたが、そういう設定なのだろうと判断がついた。
他の4人の男女は一言も喋らない。この男が対応役ということだろう。
「そうっスかー。そちらは娘さんっスか?」
レイスが女性の一人を見ながら尋ねると、男は頷きながら答える。
「おう。カカアは早死にしちまってな。ちっと行き遅れしちまってるぜ」
「そうっスか、悪いこと聞いちゃったっスね……。ちなみに、もう一人の娘さんの誕生日はいつですか?」
唐突な質問に、一瞬間が空く。
「……下火月の18日だ」
男がそう告げたところで、それとなくレイスが尻尾をオウカイに当てる。「当たり」というサインだ。
嘘をついている、隠し事をしていると思われる人物に対してどう見極めるか。色々な方法はあるが、レイスは「突然よくわからない質問」をすることにしている。
一瞬間が空くのはおかしなことではない。いきなり突拍子もないことを言われたら、誰だって困るだろう。
ただし、態度と反応に差が出てくる。
普通は初対面の人物にこんなことを聞かれたら、そもそも「何故?」ということが先に来るだろう。
素直な性格をしていれば、スラっと出てくるかもしれないが、だったら間を空けることもない。
それが間を置いて、疑問を挟む前に答えを出すということは、設定がなされていないか、思い出せなかったか、どちらかだろう。
尋問において、本命と無関係なことを尋ねるという行為は、情報を引き出す一つの手段。
関係ある質問とない質問を混ぜ、やがて事実に辿り着くまで続けるのが、本来の用法である。
この時点でレイスは会話のやり取りを変更する。
ニコニコと温和そうな表情は変えず、このまま「お帰り願う」ことに舵取りを開始した。
「そういえば最近、フィナールの町に<厄災級>が出たらしいっスね。おいらは見てないんスけど」
「そうらしいな。何でも姫様が行方不明になったとか聞いてるぞ」
「らしいっスねー。代官様の息子さんが討伐したとかって、知ってるっスか?」
「ああ。確か、ゼン・カノー、だっけか?」
「あの人スゲー強いんスけど、その従者の人がすげー怖いんスよ」
男は何が言いたいのか分からないと、怪訝そうな表情を浮かべる。
それに構わず、レイスは続ける。
「その従者の人、ネリーさんって人なんスけどね。人使いが荒いっていうか、自分が基準なもんで、自分が出来ることは他人も出来る、みたいな感じなんスよ。ゼンさんの従者だから仕方ないのかもしんないっスけど。ゼンさんマジ強いっスから。多分ご両親のSSクラス冒険者より強いっス。だからか知らないっスけど、ネリーさんも同じくらい強いっス。でも、ゼンさんは強いけど、ホントに怖いのはネリーさんなんスよね」
やたらとネリーを強調するレイス。男の眉間に更に皺が寄る。
「ネリーさんの何が怖いって、ゼンさんのためなら何でもするって執念が怖いっス。ゼンさんが今いないんで、歯止めが効かないっていうか。あ、先の<厄災級>の討伐者は、ネリーさんっス。<厄災級>を一人で倒したあと、その場にいる人を殺しまわったらしいっスね。ゼンさんに危害を加えたとかで。まあおいらはその場にいなかったんで、分かんないっスけど」
「お前何言ってんだ?てかその従者がどうかしたのかよ?俺たちに関係あんのか?」
男の疑問に、レイスはわざとらしくポンと手を叩く。
「そういえばネリーさんから言われて来たんでした。おいら、レイスっていうんですけど、この辺りの見回りしてるんスよ。自由民の受け入れに制限はないんスけど、全面的にってわけにはいかないっスよね?」
「俺らも自由民なんだが、差別するってのか?」
動揺を見せたわけではないが、あからさまに不機嫌そうにする男の言葉を、レイスは否定しない。
「いやー、そこはおいらの裁量じゃないんで、ネリーさんに「こういう人たちが来てましたよ」って報告するだけなんスけどね?でも不思議なことに、報告した人たちって、いつの間にかいなくなってるんスよねー」
無論レイスは全てを話してはいない。
尋問中に強硬手段を取ってくる手合いもそれなりにいるため、そういう「処置」を行うのが特務要員、すなわちこの場にいるオウカイらの仕事だ。
流石にSクラス冒険者パーティともなると苦戦はするが、工作員としてそんな実力者を当てる可能性は極めて低い。目立ちすぎるからだ。
仮に工作員として侵入してきたとしても、ネリーは言うに及ばず、ゾーク、シャレットといった面々が見逃すはずもない。
「……だから、なんだってんだ?」
この男も実力行使を一瞬考えたようだが、今いる面々でも分が悪いと思ったのか、顔色を悪くしている。
「おいらとしても「間違ってたら」ネリーさんに怒られるんで、領内に入ってこなければ、報告することはないっスね。領内に入ってこなければ、ですけど」
「……分かった、「何かの間違い」があると、良くないな。またの機会にするか」
レイスの「このまま引き返せば見逃す」というサインを、男は正しく受け取った。
侵入を試みる側も愚かではない。ネリーの容赦のなさは、レイスに言われるまでもなく情報として得ている。
「じゃあおいら、ここで見てるっス。真っ直ぐ帰るも迂回して帰るも自由っスけど、出来れば報告したくはないっスね」
最後の念押しに心が折れた男は、仲間に目配せすると、来た道を引き返していく。
それを見ながら、今回も穏便に済んで良かったと心から思うレイス。
「やはり、総長の名前は効きますな。我々としては、ここで始末しても問題ないように思えるのですが」
「なるべく直接的な手は使いたくないっスからね。下手に殺して、逆ギレして戦争でも仕掛けてきたら、それこそ酷いことになるっスよ」
「流石は副長ですな。そのような愚を犯すほどの相手、さしたる苦戦もせぬでしょうが」
「おいらもそう思うっスけど、領主様の立場もあるっスから。ゼンさんの意向もあるっスね」
全てではないが、こうしてレイスは、可能な限り穏便に工作員の類を入れないように努力している。
勿論抜けもあるが、そこはネリーや警備要員で対処している。
ちなみに単なる間者の類は、ある程度放置というスタンスを取っている。秘匿すべきところは秘匿しているし、持ち帰られるのであれば開墾技術などは持ち帰ってくれたほうが都合がいいとゼンが判断しているためだ。
そんな彼らも不穏な行動に移った時点で、「消される」わけだが。
「副長、そろそろ交代の時間ですな」
「そんな時間っスか?じゃあ、引継ぎしたら帰るっス」
レイスが担当するのは昼間のみ。夜間は特務要員のみで対処している。
レイスへの配慮もあるが、夜間に侵入を試みるような存在は、大抵「黒」であり、送り込む側も存在を明確にし辛いところがある。
そういった連中を「処理」するのは、レイスの仕事に入っていないのだ。
引継ぎをしながら、レイスはこの仕事をいつまで続けるかを考えていた。
実入りはいい。拘束時間も短めであり、巡回依頼よりも3倍近い報酬を貰っている。
見回る場所が広すぎて、その分大変ではあるのだが、これはいずれ解決する方法をゼンが考えている。
(それでも、おいらの仕事は、あまり減りそうな感じがしないっスけどね……)
グレーゾーンでの仕事ではあるものの、定額報酬の他に、成果報酬が加えられる。今回追い払ったことで、成果報酬に上乗せが期待できるだろう。
何やら既に色々と嵌っている気がするが、もう気にしても仕方ないと、半分諦めているレイスであった。
◆◆◆◆
【蜘蛛と蚕】
フランの槍が的確に巨大な蜘蛛の胴体を突き破る。
いくら生命力の強い虫といえど、体に大穴を開けて生きていられるはずもなく、あっさりと命を散らす。
この森で無意味な殺生をするつもりはないけど、襲われたんなら仕方ない。
そう仕向けたことは否定しないけどね。
折角見つけたスパイダーシルク。巣まで追って、その素材ごと頂くことにしたわけだ。
「立派な巣なのだ!これなら当面の素材になりそうなのだ!」
「それだけじゃないぞ、フラン。奥見てみ?」
張り巡らされた蜘蛛の巣の奥には、のそのそと動く巨大な虫が数匹。
スパイダーシルクの主食がコイツと聞いて、スパイダーシルクの糸が絹糸代わりになる理由が何となく理解出来たものだ。
もしかしたらいるかも、とは思っていたが、サイズがデカいなー。
あの蜘蛛も人間の子供と変わらない大きさだったし、そのエサとなると大人の腕くらいの大きさはあって然るべきなのか?
デカい芋虫とか、気持ち悪いだけなんだが。
「こいつらはなんなのだ?芋虫なのか?」
「蚕だな。こいつらの作る繭が糸になるんだ」
「そうなのか。飼うのか?」
普通はこのサイズの蚕を飼うなんてしないだろうが、地球の常識なんてもうだいぶ前に捨ててきた。
生態系がおかしいこの森の不自然さにも慣れた。この森ではそれが自然なんだから仕方ない。
「んー、敵対的な感じはしないから、連れて行くか」
「分かったのだ。ガルム、頼む」
『へぇへぇ、わかりやした。コイツら普通には生きちゃいられねぇから、アッシの体に乗せていきやすぜ』
天然の蚕は極めて珍しい、というか普通の蚕は野生で生きられない。
虫としてあまりにも無力であり、目立つ上に、成虫しても自力で飛べない。
それでいて人間には非常に益がある虫なので、漢字にして天に虫と書く、それが蚕である。
この世界の蚕は、スパイダーシルクのような大型の蜘蛛に守られて生きることがあるという話を聞いたことがある。
何気に蜘蛛も地球では益虫であるとされるケースも多く、この世界でも忌避される存在ではないようだ。虫は虫なので、生理的にダメな人はいるだろうが。
それで、蜘蛛と蚕の関係なのだが、単純に捕食する側とされる側の関係というわけでもないようだ。
特にスパイダーシルクの生態は顕著で、エサである蚕にエサを取ってくるという、人間の家畜と変わらないような行動をする。
囲っている蚕の数を増やし、それを食らう。
囲われている蚕にとってはたまったものではないような気がするが、自力で生きるのは困難なことを自覚しているのだろうか?
そんなわけで、スパイダーシルクが張った巨大な蜘蛛の巣を回収し、ガルムに蚕を纏わりつかせて帰宅。
スパイダーシルクの巣は、極めて絹に近い成分で出来ている。
張っている巣をそのまま使うのは、粘着性がありすぎるので使いにくいが、水で濡らし、織り直すことで十分絹糸代わりになる。
というより、この世界の「絹糸」といえば、大抵このスパイダーシルクの糸だったりする。
この森にいるスパイダーシルクはちょっと凶暴であるようだが、養蚕ならぬ、養蜘蛛なんて職があるくらい、この世界の人と蜘蛛の交わりは深い。
むしろ蚕はそのエサ扱いだったりするのだから、どこか因果関係がおかしい気がするのだが、地球出身の俺だからそう思うだけなんだろうなあ。
地球でも世界を回れば、慣習の違いなんていくらでもあるからな。
「リリーナ、どうだ?上手いこと育ってるか?」
「桑の木だよね?もう4~5メートルくらいにはなったかなー。ゼン様の持ってる種ってすごいのばっかだね」
「あんまりおおっぴらには出来ないけどな。あとは食いっぷりを見て、どれだけ数を増やすか決めるか」
この森に来て【五穀豊穣】で作り出した種は数十種類に及ぶ。
元々の土壌も良く、育ちも良ければ味も上等。魔土成分が高く、頻繁に魔植物が出来てしまうのはご愛嬌。
そんな作物を育てるリリーナは、驚きはしても怖がったりはしない。ヨシュアも「魔植物はおいしい」とか言ってただけだったし、先祖返りの性格の遺伝か何かだったりするんだろうか。
桑は元々育てる予定にはなかったのだが、蚕が取れたのでそのエサ用に植えてみたわけだが、1週間ほどでそれなりのサイズになった。
「この虫さんたちのご飯って聞いてるけど、この葉っぱじゃないとダメなの?」
「必ずしもそうとは限らんけど、主食になってるはず。俺も詳しくは知らないんだけど」
ちょっと体が萎んできた蚕を桑の木に離してやると、腹が減っていたのか、旺盛に桑の葉に齧りつく。
体調4~50センチはある白い芋虫に蹂躙される桑の木。見た目は相当悪い。
どうもこの蚕、基本的に雑食であるにも関わらず、桑の葉以外はあまり好まないようで、ちょっと弱りつつあった。
このサイズの芋虫など見たことはないが、攻撃性は皆無なので、見た目さえ我慢すれば特に害はない。
「ホントにこの虫さん、蝶になっちゃうの?」
「蝶というか、蛾だと思うけど……俺も成虫は見たことないし、本当にそうなるかすらよう分からん。ま、実験だな」
「蛾かぁ……ちょっとやだなー、今のままが可愛い!」
可愛いかこれ?
気持ち悪いの間違いじゃない?
ゲテモノに強いリリーナならではの感想、ということにする。
「なんか、のそのそしてるとこ、可愛いと思う!畑にも悪さしないし!」
「ああ、それは確かに」
もちろん畑に悪さをしないことに対しての同意だ。決して可愛くは無い。
この蚕、こちらからエサ代わりに野菜を与えてみるとそれは食べるのだが、畑に植えたままの野菜は食べようとしない。
家の中に置いておくのは流石に嫌だったので、放し飼いにして、ガルムに守らせておいたのだが、畑を荒らした形跡が全くない。
蜘蛛に飼われるだけあって、身を弁えている、のだろうか。だったら随分と賢い虫もいるものだ。
「あとは様子見かな。俺も畜蚕をしたことがあるわけじゃないし。繭を作ってくれれば後はどうにかなるけど、それまでの課程はよく分からんからなぁ」
本来なら年月をかけて行う畜蚕を唐突に始めるのだから、行き当たりばったりにも程がある。
それは分かっているのだが、このスケール違いの蚕の生態を知りたいという思いもある。
ま、一番の理由は、二人の裁縫用素材の確保なんだけどね。取れればいいな、という希望を込めて、飼ってみることにしたわけだ。
一応結果は出て、繭を作り始めてくれたのが2ヵ月後。随分と早いような気がしたが、俺の知ってる蚕とは違うのは分かりきってたことだ。
羽化した姿はやはり蛾だったが、その姿はなかなか見事なもので、採集家であれば標本にしたいくらいではなかろうか。
予想通り、やっぱり飛べなかったが、それでもそこそこ長生きしたようだ。排卵数は少なかったが、俺がいた間だけでも3回産んでくれた。
桑の木を増やし、一応生きられる可能性を残しておく。
それでも捕食される可能性大だけど、守り神みたいな存在も出来たことだし、生態系を荒らさない程度に繁殖してくれるといいな。
◆◆
二人に勉強を教えていたところ、ふと気になるものが目に入った。
「ん?蜘蛛の巣?」
「本当なのだ。妾が掃除している間は見なかったのだが……」
まだ巣とも呼べないような、ほんの小さな糸の集まりが、壁際の端に出来上がりつつあった。
それ自体はそうおかしなことでもない。家に蜘蛛が住み着くのは、ごく普通のことだろう。
「あ、あそこに蜘蛛さんみっけー」
リリーナが本体を見つけたらしく、そこには親指ほどのサイズの蜘蛛がいた。
見た感じ、地球で見た蜘蛛とそう変わりはない。
「どうするのだ?蜘蛛の巣は片付けてしまうか?」
「ふむ……」
俺が不思議に思っているのは、この蜘蛛がどこから来たのか、ということ。
家の中には結界が張ってある。そこに生物が入ってくることは、ほぼ有り得ない。少なくとも敵性を持つものは入ってこられない筈なのだ。
まあ単なる虫くらいなら入ってくることもあるので、絶対おかしい、ということではないのだが、蜘蛛であることは間違いない。
この世界の蜘蛛はスパイダーシルクを始めとし、基本的にスケールが大きく、敵性を持つ種類が多い。
スパイダーシルクは魔物としても存在するし、ジェネシススパイダーといった大型蜘蛛は危険度も高い。
その分、こういったごく普通の蜘蛛を見ることは珍しい。
この森にいる以上、これが普通の蜘蛛かどうかは、少々疑問なのだが。
「特に害はないみたいだし、屋内に住み着く蜘蛛ってのは、そう悪いものでもないからな」
「悪いことする虫をやっつけてくれるんだっけ?」
「へえ、よく知ってるな」
「むかーし、勇者様が「縁起が良い虫」だって言い伝えたんだって。今じゃあんまし知られてないけど」
なるほど、納得の行く話である。
シツネ・ミナモの生前にその風習があったかどうかは知らないが、日本では古来からゲン担ぎとして蜘蛛を良しとする風習が残っている。
蜘蛛の見た目を嫌う人は多いが、基本的に益虫である。
肉食である蜘蛛の捕食対象は、人類にとって害虫であるものが多いからだ。
代表的なところで言えば、ダニやハエ、ゴキブリといった、衛生的に問題がある虫が捕食対象である。
蜘蛛なので多少の毒性はあるだろうが、敵対的でなければ問題あるまい。
「この森にいる蜘蛛がただの蜘蛛とは思えんけど、今のところ敵性もないみたいだし、あの巣もそのままでいいかな」
「分かったのだ」
「リュタンも食べちゃだめだよ?」
『アタイがあの蜘蛛を食ったって、何の足しにもなりゃしないよ……』
心外そうなリュタンを見て、猫と蜘蛛の関係ってどうだったかな?
この時はそんなことを考えた程度で、さほど気にもしなかったのだが……。
「ここまでおっきくなると、ちょっと迫力あるねー」
「かっこいいと思うのだ!」
フランのセンスが独特なのは置いといて、いつの間にやら住み着いた蜘蛛の話である。
この蜘蛛、やはりというべきか、なんというか、非常に独特かつ知性的なところを見せている。
住み着いてからしばらくの間、大人しく部屋をこそこそとしている様子だったのだが、どうやら二人は餌付けというか、食べられない肉片などを与えていたらしい。
それで、ということなのかは不明だが、いつからかテーブルの上に蜘蛛の糸が散らばるようになってきた。
最初は非常に少量だったのだが、徐々に糸を置く頻度が増していき、一回当たりの量も増えた。
この糸の品質が素晴らしいの一言に尽きる。
普通の絹とは比べ物にならないほど頑丈なのに、柔らかな感触はそれを超える心地よさ。
それでいてゴムのような弾力性も持ち、幅広く使えそうな一品である。
それに気を良くして、俺も蜘蛛に餌を与えてみたのだが、その結果。
「これ、クイーンスパイダーだったのか……いや、なった、のか?」
いつのまにやら体長1メートル近いサイズにまで成長した蜘蛛の姿を見て、やはりおかしいと【完全解析】で調べてみたのだが、その名前がクイーンスパイダー。
女王蜘蛛とも呼ばれるこの種は、非常に危険な敵性を持ち、人類種も食らうとされる、危険な魔物である。
が、このクイーンスパイダーは魔物ではない。あくまでも虫としてのクイーンスパイダーなのだ。
「クイーンスパイダー?魔物とは思えぬのだが……」
「魔物じゃないな。シルクスパイダーとか、そういう蜘蛛の出世した名前、になりそうだな」
出世魚であるブリやスズキのように、サイズが変われば呼び名が変わるのは、【完全解析】の仕様だろう。
ただの蜘蛛から、種類が虫のままでクイーンスパイダーに変化するケースが過去にあったかどうか知らない。少なくともシルクスパイダーにはなるんだから、と自分を納得させることにする。
「蜘蛛さんも偉くなるの?」
「出世ってのはそういう意味じゃないんだが。うーん、どうしたものか……」
「妾は気にならぬのだ。これほど大きくなっても、あまり視界には入らぬのだ」
「確かにあまり見かけないよね。いつもどこにいるんだろう?」
不思議なことに、これだけ大きくなっても、普段は存在感をほとんど感じさせない。
元々の蜘蛛の性質なのか、あるいは妙な力が働いているのか。
試しに呼んでみたりしても即座に姿を現すことはない。
いつの間にやら空の糸巻き用の軸に糸が巻かれてたりするのを見て、鶴の恩返しという昔話を思い出した。蜘蛛だし、織ってはいないけど。
徐々に拡大してきた巣も今は既になく、いつしか取っ払われた跡がテーブルの上に置かれていた。
一体こいつはどこに巣を作って、普段何をしているのやら。
その答えは、ガルムとリュタンが知っていた。
『旦那、こいつの巣なら、あの芋虫の近くにありやすぜ』
『取って食ったりはしてないね。芋虫を狙って来るヨソ者を食ってるのがこいつさ』
なんとまあ、放し飼いにしてある蚕が平和な理由は、このクイーンスパイダーにあるらしい。
ただの蜘蛛じゃないとは思ってたけど、益虫ってレベルじゃねーぞ!
『こいつにとっちゃ、旦那方は親みてぇなもんじゃねえですかい?』
「え?気付いたら居たって感じしかしないんだけど」
『アッシも気付かなかったんですが、多分芋虫を取ってきたあんとき、卵を付けちまってたんじゃねえですかい?』
『嬢ちゃん達が餌までやるもんだから、懐いちゃったかもしれないねェ』
そんな産まれたての雛みたいな話、動物に懐かれるとかそういうのなら分かるけど、蜘蛛でそれってどうなのよ。
しかも異常発達って。何それ。
「こういう時って、だいたいゼン様のせいだよね?」
「違いないのだ!」
「冤罪だ……」
勝手に人のせいにする二人に同意するように、クイーンスパイダーがシュルシュルと軽く糸を吐き出した。
色々と便利な蜘蛛でありがたいのだが、どこか腑に落ちないものを感じるなぁ……。
吐き出してくれる糸の品質もあり、二人もこの蜘蛛のことを気に入っていたのだが、森から旅立つ際にこの蜘蛛は拠点に置いてきた。
更に膨れ上がった巨大な蜘蛛を、人里に連れ帰るのは、流石に厳しい。
このまま蚕を守るもよし。野生に戻るもよし。拠点に住むのもいいだろう、もし人が来たら大混乱に陥るだろうが。
その時は近辺の獣に食われなければいいな、くらいに考えていたのだが……。
再会の日は案外近かった、とだけ言っておこう。




