王族、滞在中
しれっと再開します。
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カルローゼ王国名誉大公、またはアルバリシア帝国征西帝こと、ゼン・カノー=レリックの住まうフィナール領イストランド群には、現在3人の王族が居候中である。
彼らがイストカレッジに住み始め、国は違えど立場が似た3名は、自然と集まる機会が増えていた。
それなりに互いの立場がある以上、上下関係はやや複雑になるのだが、懸命な3人は中立に近いこの地で互いの立場をあまり意識しないようにしている。
ゼンの呼称については、それぞれの国の肩書で呼ぶようにしているが、その程度のものである。
来訪したばかりの頃は、色々と常識外れなこの地に驚かされたものだが、かれこれ3ヶ月が経過した今となっては、感心の方が大きい。
意識する必要はないのだが、王族故に洗練された佇まいをしてしまうため、この3人の場に同席出来る人物は、そう多くない。
とはいえ、イストカレッジ役場内にある談話室であるため、同席はしなくても、同じ部屋に役場の人物がいることはよくあることではあるのだが。
そこで畏縮する人物が少ないのもこの役場ならではであろう。普通王族と好んで同室したい人などいないのだが、自由民が多く占めるイストカレッジ役場において、あまり気になることではない。
何しろ役場のトップは、名誉職ではあるものの、最高峰の位を持つゼン・カノー=レリックの母、シャレットである。
シャレット自身は爵位や官位を持たないので、今のところレリック姓は名乗っていない。あくまで名誉大公であるゼン自身にしか、レリック姓を名乗ることが出来ないためだ。
このレリック姓は、アルバリシア帝国にも伝わっており、それぞれレリック公、レリック帝と呼ばれている。
とはいえ、SSクラス冒険者であり、大公・征西帝の母であるシャレットの知名度は、本人の自覚がイマイチなままに、各国に響き渡っている。
そのシャレットの元で働いている官吏からすれば、次世代の王・女帝と同じ部屋にいるとしても、そこまで畏まる気にはならない。流石に無礼な真似もしないが。
「客人」と認識するには軽いが、「賓客」と認識するには長居しすぎている、といったところである。
「僕にとっては非常に居心地がいいんだよね。本当はいけないのだろうけど」
心身共々、すっかり傷が癒えたイアン・ナモ=カルローゼは、左腕の練習込みで左手でカップを片手に、穏やかな午後の一時を過ごしている風に言う。
慌ただしくはあるものの、幹部を除き、ギスギスとした雰囲気はほとんどないイストカレッジ役場は、彼にとって非常にリラックス出来る場所である。
彼の義手はゾークのような神具級ではないにせよ、ゼン曰く、「慣れさえすれば、戦闘行為にも十分耐えうる」という超性能のものだ。
実際日常生活においては、左腕を失う前とほとんど同じ感覚まで戻っている。
「次期カルローゼ国王になるであろうお方が、それはいけませんわね。ですが、同感ですわ。征西帝様のお話もためになることばかりです」
アルバリシア帝国第一席、マリス=アルバリシアが優雅な微笑みを浮かべて同意する。
領内を見て回るだけでも新しい発見が日々見つかるイストランド群は、それだけで彼女の将来のためになることばかりだ。
加えて、ゼンから一日2時間ほどの「地球における各国の歴史」を知る機会がある。
ゼンは適当にぼかして伝えているが、政治の在り方の違いや、思想・価値観の違いを知ることの出来る、非常に価値が高い講義だと思っている。
「殿下や姉上が羨ましいです……。確かに強くなった、という実感はありますが」
一人、疲れた顔をしているのは、アルバリシア帝国第三席、ローレンス=アルバリシア。
彼もまた有意義な時間を過ごしている、という自覚はあるのだが、主にやっていることは肉体的な鍛錬である。
指導役は主にゾークと私兵団の幹部級。稀にネリーやシャレットがつくこともある。
週に一度、レイスとその補佐を連れた、魔物との実戦があるのだが、その日が一番楽だったりするのは、指導役が異常ということ。
ちなみに彼が一番酷いと思っている指導役は、ネリーである。
この3人の滞在期間であるが、厳密には決まっていない。
イアンについては、一応治療が完了するまで、ということになってはいるが、リハビリ期間と本人の希望による鍛錬期間を含めると、明確なラインは存在しない。
マリスとローレの帰還時期は、ゼンの裁量ということになっている。形としてはゼンの元に留学していることになっているので、いい加減ながら理に沿ったものと呼べるだろう。
一番辛い目に遭っているローレにしても、そこまで帰りたいとも思ってはいない。
帝王の子の中で最も大人しく、線も細いローレではあるが、彼とて帝国の血を繋ぐ男。強くなっている実感を得られる日々は、充実感溢れるものであった。
「そういえば、レリック公の誕生日が近いんだったかな?」
ふとした拍子にイアンが言う。
「征西帝様の母君が何やら準備をしているご様子でしたわ。ネリー殿も何やら張り切っておられましたね」
「そういえばここ一週間ほどはゾーク殿やオウカイ殿が教官でした。元々あまり頻度は高くありませんでしたが……」
「始祖エルフ族も何だか落ち着きがないみたいだね。あまり大掛かりになりすぎるのも、レリック公の性格的にどうなのかとは思うけど」
ここにいる3人の中では、もっともゼンを正しく理解しているのはイアンである。
日々講義を受けているマリスも、ゼンの人となりについて多少なりとも理解はしているが、客観的な観点という意味では、イアンはある意味身内以上に正しく見方が出来ているといっていい。
些か過大評価であったり、恐れを混ぜた評価になる点もあるのだが。
「征西帝様は狭量なお方ではありませんわ。きっとお喜びになるでしょう」
「あの方の思考はよく分かりませんが……邪険にするようなことは、ないでしょうね」
マリスの言葉にローレが半分賛同、といったところで、誰かが言うこともなく会話は別の話題に移る。
本人はどう考えても自分の誕生日など気にしていないであろうし、サプライズ的に何かをやるつもりなのだろうと察しがつかない3人ではないのだ。
ならば戸の立たぬ場で話すことではない。それくらいの分別は十分付く3人であった。
◆◆◆
元々両国の仲は険悪ってわけでもなかったらしいが、王国と帝国の次世代の王が談笑しているのを見て、思わぬ副産物にニンマリとしたくなる。
フィナール領は両国の緩衝地といえる場所でもあるし、両国から名誉とはいえ最高峰の立場を貰っている俺としては、やはり両国には仲良くしてほしいものだ。後々お世話になるかもしれないし。
事態が収束し、ある程度の落ち着きが戻ったところで、基本的には体の回復を待つ日々が続いていた。
とはいってもやることは山積みだったので、寝て過ごしていたってわけでもない。まずは来訪中の王族3人のことだ。
イアンについては、最初は父さんの義手のような神具を作るつもりはなく、それなりの「普通の」義手を作るつもりだった。
しかし、多少付き合ってみて知った本人の人となりや、左腕を失った経緯、その後のことを考えると、やはり精巧な魔道具級を用意するべきだと判断した。
性能的には父さんの神具のグレードダウンタイプというか、マイナー化したものを作ればいいのだが、厄介な問題が一つ。
たとえイアンが断るにせよ、見た目も勝手もほとんど自分の腕と同じものを作ったとなれば、王国で研究される可能性が高い。
作ったものを研究されるのは構わない。だが、地上で手に入らない可能性が高いものは、素材として使うのは問題がありすぎる。
というわけで、ギルドの伝手で手に入る鉱石類や、魔物の素材を一括してリストアップしてもらい、それをベースに義手の作成に取り掛かった。
「これが義手のサンプル。一応5つほど作ってみたから、それぞれ2~3日くらい使ってみて。一番しっくりくるのを調整してみるから」
「……本当に腕なんだね。僕には、どれを見ても同じ人間の腕にしか見えないんだけど」
「イアン専用のオーダーメイド品なんだから、どれも同じように見えるのは当たり前だよ。多分、俺にしか作れないものだとは思うけど」
「これ1つで、白銀貨何枚分になることやら。4桁で収まるかどうかも怪しいね」
「素材コストは大したことないんだけどね。まあ、希少性を考えると、100枚くらいの価値はあるかもなあ」
「いや、桁が足りないから」
引き攣った笑いでイアンが価値換算をしているが、白銀貨100枚って、金貨1万枚だぞ?税率が違うから一概には言えないけど、イストランド群の1万人分の年間税収並みなんだが。
明らかなオーバーテクノロジーで作られたオーダーメイド品だから、まあそのくらいの価値はあってもおかしくないけど、その更に10倍以上って、フィナール領全体の年間予算くらいあるんじゃね?
次世代の王の欠損部位を治すわけだから、そのくらい出しても惜しくはないのかもしれんけど。
「でも、僕がそのくらいの値付けをしておかないと、レリック公が困ることになるよ?これから実際に使ってみて、改めて価値を言わせてもらうことになると思うけど、欠損部位を補えるという価値は計り知れないものだからね。だから、王に近いと言われている僕が、それこそ一個人で買えないくらいの値付けをしておかないと、レリック公に注文が殺到しちゃうよ」
イアンの補足になるほど、と頷く。
「それに、レリック公の明確な功績にもなる。既に王国はレリック公から多大な利益を得ているわけだけど、シャレット代官やフィナール伯の功績とする見方も強いんだよね。だから、第一王子である僕を、レリック公が完全に治療したとなれば、リリーナを降嫁させる十分な功績になりえると思うよ。その分、レリック公が大変だろうけど」
「イアンの立場上、そう呼ばざるをえないところはあるんだろうけどさ。その「レリック公」ってのは公の場だけでいいよ。ゼンでいい。俺も気楽に話してるわけだし」
レリック公。正確にはレリック大公になるのか?まあいずれにせよ、正式な場以外でそう呼ばれるのは格式ばった感じがして、心地悪い。
いや、全く受け付けないってこともないし、そう呼ばれること自体は仕方がないと割り切っている部分もあるけども。
同じ理由でマリスやローレにも征西帝と呼ばれるのは心地悪いので、ゼンと呼んでもらっている。
リリーナが欲しくてイアンの治療をする、みたいな感じでちょっとイヤなんだが、事実は事実なんだからしょうがない。
ついでに言うと、他のカルローゼ王国の王族が論外ってこともある。長女はまだ会ったこともないけど、既に嫁いだ後だから、大勢に影響はあるまい。
ともあれ、イアンの懸念については、一応対策は考えていた。
「ちなみに、これが「普通の」義手。関節部に細かい細工や、軽量化するための仕組みはあるけど、腕のいい職人ならいずれは作れなくもない、と思う」
取り出したのは、軽めの木材を削り出し、青銅や鉄でコーティングした、肘から先のみを作り出した無骨なデザインの義手。
肘の可動に合わせて手の部分を伸縮させる、ごく普通の義手である。
といっても、このレベルまで行きついて、かつ耐久性なんかも考慮するとなると、完成まで相当時間がかかるだろうが。
イアンから見ると、こちらの方が仕組みは分かりやすいのだろう、実際の動きも確かめては、興味深そうにしている。
「確かに、こちらの方が分かりやすいかな。これでも相当価値があるだろうね……レリ、もとい、ゼン殿の前世は職人だったのかな?」
「敬称も要らないけどね。そうだなあ、職人だったというのも、間違ってはいない、かな?あまり深く話せない部分になっちゃうんだけど」
「あ、いや、別にそれはいいんだ。ただ、これだけのものを作れるということは、そういうことなのかなって」
正直に言って、前世である「加納善一」の記憶だけでは、これだけのものを作ることは不可能だ。神界での修行の賜物であるといえる。
けどなぁ、神様から直接教えてもらってきました、なんて説明は無理があるからなあ。
とはいえ、他にも色々な要素が入っているだけに、完璧な説明は俺自身にも出来なかったりするわけだが。
知識の有無は確かに大きなアドバンテージだ。
だが、それ以上にモノを言うのが、「経験」だ。
知っているのと、やったことがあるのとは、全く違う。
はっきりと覚えているのは前世の「加納善一」がやってきたこと。だが、それ以外にも俺には「経験」がある。
その理由について、リズから答えは得たものの、この感覚は説明しようがないんだよなぁ。
「強いて言えば、研究者というのが一番しっくり来るかな。人生の半分くらいは、旅人だった気がする」
「旅人?冒険者じゃなくて?」
「世界を巡り歩いてた。だからまあ、色々なものを見てきたし、体験してきたわけだ」
微妙に濁した感じになったが、イアンは何となく察したらしい。
何をどう察したかは、イアンにしか分からんが、あんまし深く追及させたくはない。そのニュアンスは伝わったようだ。
だけどまぁ、そうだなぁ……こう言えば分かりやすいだろうか。
「俺は先祖返りではないと常々言ってあるけど、これは本当なんだよ。でも、他人に分かりやすく伝えるならば、「先祖返りを繰り返している先祖返り」という認識、でいいと思う。そんな奴がいるのかどうかは知らんけど」
「……は?」
「記憶持ちの先祖返りってのは稀にいるんだろう?その先祖返りが「前世から先祖返りだった」、というケースがあるのかどうかは知らないし、確かめようもないと思うけど、俺についてはそんな感じに思っておけばいいんじゃないか」
「それは……うーん、そういうことは……ありえるのかな?」
理論としては十分成り立つと思うが、先祖返りのメカニズムについては、途中でアズの改変も入っている。
多分地上に詳細なシステムを理解している人は存在しないだろうし、世界神も理解があやふやなルールについてなんぞ、誰が説明出来るものか。
「記憶を持った先祖返りは、二度と記憶を持って先祖返りしない、という理屈は成り立たないような気がするけどね。あくまで個人的な見解だけど」
実際どうなのかは知らないし、そんな存在がいたら、とっくにこの世界の神になっている気はするけどな。
それからは父さんや母さんと同じように、魔術を使った接続、魔力の伝達による疑似神経の感触をイアンに教え、3ヶ月近い調整期間を経て、正式に型が決まった。
父さんの腕のように、完全に[同化]はしていないため、腕が生えてきた、とまではいかないだろう。
それでも見た目は元通りに戻ったように見えるし、すぐに細やかな作業が出来るとまではいかないが、疑似神経は上手く機能しているらしい。こればっかりは本人の感覚次第の話になる。
付け外しも可能なようにしておくかと聞いてみたところ、外せる方が危ういというので、再度斬られでもしない限り不可能という調整をしておいた。その方が俺としても助かるけど。
「外せるとなれば、寝てる間に盗まれることも考えられるからね」
というのが本人談だが、普通、人の腕を盗んでいく奴なんて、いないんじゃない?
どんだけ黒いんだよ、王城内ってのは。
◆◆
「今週のお題は、王制と議会制の比較ということでしたが……やはり私には、議会制が優れているように思えましたわ」
「その理由まで考えてくるように、というのが宿題だったね。で?」
「皆で集まって、一つの課題を多方面からの視点で捉える、というのは王制にはないものですわ。より良い国にしていくために、不可欠なものと考えます」
そこに思考が行き着く辺り、マリスが帝国の帝王として君臨するためには、やや心もとない点になるのだろう。美点でもあるんだけども。
確かにそれは間違ってはいない。意識的には、帝政よりも共和制寄りというのが、マリスのいいところでもあり、悪いところでもある。
俺の居た現代社会でも、大国の大多数が議会制で政治を行っていたことから、優れた制度であることは否定しない。
しかし、それはあくまで、「地球」という世界観で見た場合の話だ。
「ゼン様の前世でも議会制が多かったということは、それだけ不平不満の溜まりにくい制度であるのでしょう?民のことを第一に考えるのであれば、王による専制政治よりも優れていると考えます」
マリスは王制というより、権力の集中化は良からぬ争いを生むと考えている節がある。
それはそれで間違ってはいないんだが、その方が都合がいい部分だってあるのだ。
政治制度については、様々な呼び方や種類があり、歴史を遡るとそれこそ膨大な在り方があるので、わざわざ立憲君主制だとか、大統領制だとかそういう分け方はしない。
もっと単純に、専制君主制に近いカルローゼ王国やアルバリシア帝国を「王制」、共和国や連邦国家群を「議会制」と便宜上カテゴリしているだけだ。
議会制については民主制を含むわけだが、マリスの話ではどうやら完全な民主制度を敷いている国は無さそうだ。まぁ、当然だわな。
「では質問しよう。この大陸の大国は、王制をはじめとした、専制による統治が過半数を占める。その理由は?」
「王なくして国は成り立たない、という概念があるからですわ。民あっての国、ではありませんか?」
「民あっての国という認識は正しい。が、問題はそこじゃなくて、民が自国のことをどれだけ考えられるか、という点については、どうかな?」
俺の言葉にマリスの顔色が曇る。
決してマリスの主張が間違っていると言いたいわけではなく、前提の問題だ。
ここは現代日本のように高水準な教育を皆が受けられる世界ではない。
例えば、フィナールの町の住人のような人々ばかりであったのなら、明日のパンのことを心配するようなことはない。
だが人口比率としては、町の外に住む、今日を生きるために必死な人の方が、この世界全体で見れば、割合は高い。
アルバリシア帝国はその点をかなり割り切っている統治方法をとっているらしく、ヴィーからすれば当然でも、マリスとしてはそこまで割り切れない部分になるようだ。
カルローゼ王国もフィナール領やナジュール領、それから王都近辺ではそれなりに気遣っているようだが、他領でも同じかというと、そこは領主によりけり、ということになる。
「マリスの視点は為政者として持つべき視点ではある。だけど、そこに拘ると、国家が成り立たなくなることだってある。では視点を変えて考えてみよう。議会制におけるデメリットとは?」
「議員の選出方法、問題解決までの処理速度、でしょうか?」
即答で返ってきた。うん、そこは問題だよね。
でもそれだけじゃ、50点くらいかなあ。
「後者についてはその通りだね。じゃ、例えば議員については、どんな選出方法を考えているのかな?」
「我が国で言えば、それぞれの部門の長を上院議員とし、主だった都市の長を下院議員とした、二部議会制を考えてますわ」
ほー、ちょっと形は違えど二院制か。よく考えてきてるじゃないか。
名前だけで言えばアメリカの二院制に近いように感じるけど、下院議員を州議員と呼ぶにはちょっと権力が弱いかな?
最初のうちは逆にマリスから今の大陸の政治制度を聞き取りしたうえで、地球における統治方法というか、世界史で知るレベルで色々な統治方法を教えてきたわけだけど、最近はそういう知識を前提にして、色々な比較をさせている。
古代ローマ制辺りが地球では帝政になるわけだが、帝国の帝政は全く違って、むしろ王制における専制政治に近いものがある。
マリスはそこに疑問を持っている。これが次世代の帝王に相応しくないとヴィーが判断している理由なのだろう。
俺がマリスに教えるべきことは、所謂帝王学とでも言うべきか、トップとして国全体を管理する中で、優先順位をキッチリ付ける為政者としての在り方だ。
急激な方針転換は、政治のタブーだ。まず自国の状態を様々な観点から分析し、方針転換するにせよ、ソフトランディングを可能にするための土台を作らなければならない。
特にこの世界は、魔物という平和を簡単に崩すものが存在する。民の暴動で国が崩壊する事例より、<災害級>や<厄災級>による瓦解の方が事例として圧倒的に多い。
ローランド共和国が悪例、というのはちょっと過激かもしれないが、今のこの世界における、議会制の限界を示している。
それにマリスは、議員も所詮人である、ということを軽く見すぎている。
議員全てが聖人であるなんてことは有り得ない。議会制というのは、議員にとって自らの地位を高めるためのものでもあるからだ。要は、利権とか、そういう話だ。
「マリスの主張は理解した。二院制についてもよく考えたと思う。だけど、それだけでは議会制のデメリットを理解出来ていないかな。言ってみれば、議員を立てるということは、権力の分権ということになるわけだけど、そこに発生する問題点を考えてみようか」
こんな感じで、週に4~5回、2~3時間程度の政治談話を行っている。
講義と呼ぶには稚拙な感じだけど、マリスは毎回のように食いついてくる。というか、俺が考えさせているだけなんだけど。
マリスへの政治的教育を行う前に、一つだけ宣言をしている。
「政治の在り方に完璧なものなんてない。自国の民が幸福に生きられるために努力をするのが、優れた政治の在り方だと思っている。だから、色々ヒントは出すけど、最終的にマリスが為政者として自分はどうあるべきか、という姿を今のうちに固める程度の手伝いが出来ればいいと思っているよ」
次世代の帝王としてどうあるべきか、なんてことは俺にも分からない。
だけど、ヴィーが帝王でいる間、大きな問題は起こっていないと聞いている。ヴィーがそれだけ絶対的な存在であるという裏返しかもしれないが。
ともあれ、今の方針はそれほどに間違ってはいないのだろう。その方針を引き継いだうえで、マリスとしてどう特色を加えていくのか。
今すぐ結論を出す必要はない。実際なってみないと分からないことだってあるだろうし。
ただ、ここだけは譲れないという、政治的信念を1つでも持てれば、教育としては成功になるんじゃないかと思っている。
未だ確固たる信念が生まれているようには思えないが、少しは固まってきてる、と思いたい。
◆◆
目の前のローレが困惑しているのを見て、思わず怪訝な表情になってしまった。
何かおかしなことを言っただろうか?
「あの、僕を強くしてくれるんじゃなかったんですか?」
「うん。だからまあ、とりあえず土台からって話なんだけど?」
ヴィーから鍛えてやってくれとは言われているものの、ローレのステータスが一般人に劣るかと言われると、全くそんなことはない。
戦闘用の汎用能力も2~3程度でいくつか持っているし、赴任してきたばかりのユーリより、ちょっとパラメータが低いかな、という程度だ。
ステータスボードも見せてもらったが、固有能力は持たないにせよ、そこらの若者よりは確実に上だと思う。
あくまでステータスだけならば、だけど。
「えっと、普通こう、素振りとか、組手とか……」
訓練という意味ならば、ローレの認識は合っている。
けども、それをやるにせよ、準備段階ってものがある。
「この体で言っても説得力がないかもしれないけど、今のローレじゃ、持ってる能力を活かせるだけの肉体が用意出来てないように思えるんだよね。てかぶっちゃけ、身体作りをしっかりやるだけで、今より確実に強くなれると思うけど」
「それで「筋トレ」、ですか?回数も少ないような……」
「持久力を付けるためにマラソンとかも入れていくけどね。強さの基本はスピード×パワーだし」
俺がローレに渡したのは、一週間のトレーニングスケジュール。基本的に無理はしない程度にしている。
というのも、実際の訓練は父さんやネリー達がやってくれるので、それ以外に負荷をかけすぎるのは、逆に非効率だからだ。
【完全解析】でそこまで分かるわけじゃないが、ローレは明らかに細い。細すぎると言ってもいい。今の俺が言うとむなしいだけなんだが。
「それに、実地訓練するにしても、そこにたどり着く前に息切れするようじゃ、ねえ?」
「う……それは、分かっているつもりですが……」
そこはローレ自身もよくよく理解しているところなのだろう。
有り体に言えば、「圧倒的な体力不足」。それがローレの弱さというか、ステータスを十全に引き出せない理由になる。
幼少からの話を聞いてみると、兄バルドは体を動かすことばかりやっていたが、弟のローレは文学少年であったという。
勿論そういう性格だということもあるが、姉のマリスから、「あまり目立たないようにしなさい」と言われてきたことも理由の一つであるらしい。
それから少し推測してみると、ヴィーの意向とは別の、「バルドのスペア」という扱いをされてきたのも原因ではないだろうか。
要は、次世代の「予備」ということだ。予備の子に過剰な力をつけさせたくなかったのかもしれない。
あの帝王がそんな風に考えているとは思えないが、周りの重臣はどうかと問われると、そこはちょっと分からない。フランは別格だろうけど。
「これはローレだけじゃなくて、皆が皆、自分の能力を引き出せているわけでもないって話なんだよね。むしろローレの場合、力の引き出し方が分かりやすい方だと思う」
その個人が持つ能力を数値として見えるだけに、理解出来ることもある。
例えば、筋力値60の人間族の成人男性が2人いるとする。
この2人が、筋力値60が持てるギリギリの重さの荷物を持ち上げられるか、というと、答えは否である。
では、筋力値120の人間族の成人男性が、同じようにギリギリの重さの荷物を持ち上げられるか、というと、これは半々といったところだ。
更に180あればどうか?これはもう、8割~9割方持ち上げられるだろう。
これはどういうことかというと、高いパラメータを持つ個人ほど、それだけ高水準で能力を引き出せるということである。
レベルという概念があり、日頃の行動で経験値を積み重ね、レベルが上がればステータスが上昇する。まあ誰でも知ってることでもなく、エルの固有能力でも曖昧にしか分からないことみたいだが。
それがローレの話とどう繋がるのかというと、ステータスの上昇に合わせた訓練をする、という人がどれだけいるのか、という話だ。
ただし、例外もある。【変化之理】による書き換え、俺自身の特殊性。それから【無限成長】辺りもそうなるだろう。
【変化之理】は成長度を変化させるというデタラメなもので、【無限成長】は成長度合いが斜め一直線に伸び続けるようなもの、と捉えている。実際この恩恵を受けて、明らかに異常な成長をしたサンプルが3名いるわけで。
フランだけは【無限成長】を元々持っていたから、書き換えなくても早熟だった可能性は高いだろうが。
俺のことは、俺にもよく分からん。二次成長で限界が伸びなければ、【変化之理】を自分に使うことを視野に入れているが、俺の場合、変に固定させる方が怖い。
恐らくは【成長促進】の効果によるものなのだろうが、パラメータの伸び率が最初から異常で、今でもレベルが上がるごとにその率が上昇しているのだ。
これが正常な状態だとすれば、【変化之理】を自分に使うことが必ずしもプラスになるとは限らないからな。
ちなみに、俺の感覚としては、この世界に生きる一般人と、地球で生きていた頃の現代一般人を比較すると、肉体的には後者の方がやや上回る。
運動量というか、労働力が機械によるものではない以上、よく働いているのは前者ではあるが、一番の違いは恐らく「食事」ではないだろうか。
そこを指摘すると身体を鍛える以前の問題になってしまうが、加えて「鍛え方」の違いも相当大きい。要は科学的根拠に基づいたトレーニングが出来るかどうか、そこに尽きる。
とまあ、そんなことを言う以前に、運動らしい運動をしてこなかったローレは、ヴィーの言う通り、ぶっちゃけ「貧弱」なのだ。
生まれつき体が弱いところがあったのかもしれないが、成長期を聞く限り、まだまだ体を大きくすることは可能に思えるし、強くなることは出来る。
成長期を過ぎてたって、筋肉は付けられるわけだし。
「それに、いくつかテストはさせてもらったけど、体幹がまるでなってない。ちょっとバランスが悪すぎて、武器を振り回す以前の問題だね」
「体幹、ですか?確かに僕は鈍いというか、運動すること自体慣れていませんが」
聞き覚えのない単語なのだろう。ローレが首を傾げている。インナーマッスルとか、そんな概念はないだろうな。
「細かい話は置いといて、まずは一週間単位でこのスケジュールをこなすこと。本格的な訓練に入るには、1ヶ月くらいは見ておくべきだろうね。本来ならもう少しゆっくりやるべきなんだけど、まあ戻ってからも続ければいい話だから」
「はぁ……」
本人はもっときついのを想定してたんだろうが、いきなりきついのをやらせても仕方ない。
あとあれだ、ローレは軽く考えてるみたいだけど、1つの筋トレの回数は少なくとも、やるべき項目はかなり詰め込んである。
これに朝晩のウォーキングを含めるとなると、結構きついと思うよ?
「地味ながら……きつい、ですね」
案の定というか、1週間スケジュールをこなさせてみて、ローレの感想がこれだ。
顔を顰めているところを見ると、筋肉痛が酷いのだろう。今はまだ実感出来るレベルじゃないだろうけど、まあ、順調かな?
まだ若いし、あと2~3週もすれば、そのうち筋肉痛はマシになるだろう。
密かにメニューをこなしているかどうか、観察しておくようにってレイスに頼んでたけど、顔を歪めながらもキッチリ続けていたらしい。
てかレイス、いつから母さんの私兵になったの?役場付けにしとくようにはしてたんだけど。
「強さとは何か。色々な定義があるけども、俺の前世にこんな言葉があった。継続は力なり。今やっていることを続けていくだけでも、身体は確実に強くなる。戦いにおける強さを身に付けるのは、それからでも遅くないよ。では、朝のウォーキングを軽いランニングに変えてみようか」
「……はい」
うむ、素直なところは、ローレの美点の一つだな。
めっちゃ溜めがあったけど。呻くような返事だったけど。
リリーナのようなパワーレベリングは、あくまで緊急措置なわけで、そうホイホイ広めていいものでもない。
【変化之理】みたいなスキルを軽々に使うわけにはいかないし、今回は強くしすぎてもいけないのだ。
実際に鍛えるのは、基本的に父さん達に任せることにする。ローレは将来の血縁的には身内と呼べなくもないが、秘密を明かすような間柄でもない。
まあそれでも、ネリーを相手に模擬戦なんかを繰り返せば、相当早くレベルが上がっちゃうんだろうけど。
とりあえずステータスボードは二段階上昇くらいまでに留めた方が無難かな?
この感覚もおかしいっちゃおかしいと思うけど、元からそう高くないローレなら、アリだろう。
まあ、収まるかどうかは、父さん達次第なんだけど。
◆◆
とまあ、こんな感じで王族組とは付き合ってきたわけだけど、総じて成果は出ていると言ってもいい。
進達状況は各自違うけど、イアンは当初の目的はクリアしたし、マリスもだいぶ為政者の考え方が出来るようになってきた感じがする。
ローレはちょっと割を食っているというか、他の2人に比べたらキツいと思うけど、服のサイズを一回り大きくしないといけないくらい身体付きがよくなったし、ステータスの伸びも著しい。
で、ここ3ヶ月くらい、他に何もやっていなかったかというと、そういうわけでもない。
エルフ族やフェアリー族のこともあったし、俺が不在のイストランド群では結構な案件が溜まっていた。
その中には喜ばしいこともあったのだが、何というか、精神的に疲れた……。




