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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第三章 幼年期 ~迷いの森編~
66/84

レリック公

あまり上手く纏まらず、冗長すぎる中身になってしまいました。

構成が下手ですねぇ。

 王都カルローゼという名前は、カルローゼ王国と被るのではと思ったりするのだが、王国内では領の名前ごと町に付けるのが慣例であるらしい。

 その走りが王都カルローゼであり、古くから伝わる由緒正しい古都であり、人類種随一の大都市である、という話を聞いたような、聞いてなかったような。

 帝都と違い、丘の上からその街並みを見ることが出来たので、何となくの規模は分かる。


「相当デカいな。この中に何人住んでるんだ?それに、帝都アルバニアと違って、街の外もかなり賑やかみたいだし」

「私の知る限りでは、王都カルローゼは20万人を超える人々が住むとか。その周辺までとなると、流石に分かりかねます」


 20万か……思ったよりも少ない、か?いや、まだ遠いからそう感じるだけだろう。

 フィナールの町で4万人程度、フィナール領全体でようやく10万人強と考えると、王都といえど1つの都市で20万超えは相当なものだ。

 帝都と違い、王都は近づくにつれて人の住まいがチラホラと見え始めたので、かなり遠めの位置から歩くことになった。

 それでも一般人の走る速さと相違ない速度なので、傍から見るとかなり異様に見えたと思うが。


 王都の全体像を見て思ったことがある。

 かなり高い位置から都市が確認出来たのだが、ほぼ完璧な碁盤目になっている。

 この街並みを考えたのは、恐らくシツネ・ミナモ。或いはその子孫ではないだろうか。

 必ずしも京の都を再現したと断言出来るわけではないが、かなりそれに近いものを感じる。

 当時は航空写真などありはしないだろうが、それでも京の都は古くから独特な作りが有名だった。シツネはその街並みに憧れを持っていたのだろうか?


 シツネ・ミナモが生前、俺の知る「源義経」と全く同じ軌跡を辿ったのかどうか、そこのところは不明、というより微妙に違っていた可能性は結構高い。

 ホウセンもどこか違う気がしたし、デビモスもやはり何かが違っていたように思う。

 大まかなところは変わらないのだが、やはりどこか俺の知る歴史とはズレがあるようだ。歴史が全て正しいとも限らんが。


 閑話休題。碁盤目で作られた都市というのは、機能的ではあるものの、本来この世界には向かないだろう。

 魔物という存在や、他国からの侵攻を考えると、「街」という防衛拠点になり得るものは、出来るだけジグザグに作る方が望ましい。

 帝都で見た、櫓のようなものも見当たらない。高名な武将であったであろうシツネ・ミナモが、敢えてこのような街並みにした理由は、俺が知りようもないことではあるのだが……。

 それでも何となく分かるような気がする。人が住むという一点において、これほど優れた街並みは、そう多くはない。

 機能美、とも言うしな。


「ネリーはあそこから王都を見て、どう思った?」

「人はともかく、美しいと思います。街の外にもあれだけ人がいるのですから、常時魔物を狩っているのでしょう」

「なるほど。あくまで迎撃するのは外、ということか」

「恐らくはそうなのでしょう。これだけ人が多ければ、魔物も寄り付きにくいでしょうし、それほど魔物が発生するとは思えませんが」


 ネリーの言う通り、魔物というのは人が多く住むところは発生しにくい。というか、発生しないと言っていい。

 イストランド郡を開発し続けて分かったことだが、人が住んでいる場所は基本的に魔素が薄くなる。ゼロになるわけではないが、魔物が発生するほどでもない。

 その傾向は人が多くなれば多くなるほど強くなり、以前は散発していたイストランド郡内における魔物発生例は、2桁に届くかどうか、といったところだ。

 それもスモールラビットや、ベイビーアントといった、その辺の農家のおっちゃんの鍬一撃で倒せそうなレベルに過ぎない。

 極端な話、人口が増えれば増えるほど、魔物の脅威度は下がるということだ。

 だからこそ、人口を増やすための手段を用意しているとも言える。後付けであることは否定しない。


 ぼちぼち、というには速過ぎる移動速度で王都に近づきつつ、二枚の親書を手に取りながら、添えられたリリーナからの手紙を見る。

 その内容を要約すると、「とりあえず王城に来て。めんどくさい人ばっか。不愉快にさせたらごめんね」という内容だ。

 リリーナとの手紙のやり取りは結構な頻度で行っていたが、そんなに形式ばったものではない。


 カルローゼ王国の王城は、リリーナが帰って来てからいくらかマシになったそうだが、貴族同士の権力争いというか、権謀術策が蔓延する一種の魔境であるらしい。

 想像するのは難しくない。カルローゼ王国は貴族制の大国であり、絶対的な王政とは言い難いものであることは分かっている。

 あの戦いの前もそうだった。あの微妙にトーンが低く、心外そうな使者を見れば分かるものだ。

 今回親書を持ってきた使者はそこまであからさまでもなかったが、終始淡々とした態度で、俺に親書を預けると返事も聞かずに帰ってしまった。

 これに怒ったのはネリーで、「やはり滅ぼしてしまった方が早いのでは」などと言っていたが、大陸随一の大国を滅ぼすとなると、他に影響がありすぎる。

 あくまで東部は穏便に済ませるというスタンスを崩すつもりはないのだ。



 王都の門も帝都の門と近いものがあったが、こちらは基本的に誰からも入場税を取っているらしく、人の並びが半端ではない。

 いつまで待たせるのかと喚いている人もいるが、警備兵らしき人物が取り押さえているところが見えた。

 それとは裏腹に、悠々と街に入るものもいる。見たところ、貴族とその取り巻きだろうか。商人らしき存在も見える。

 こういう光景もファンタジーと思わなくもないが、今から並ぶとなると、王都にいつ入れるものか分かったものではない。

 それに何か不穏というか、微妙に治安が悪い。観光したいところだが、自重しよう。

 門番の一人の男に声をかけると、不機嫌そうにこちらを見てくる。


「平民か自由民か知らぬが、何の用だ」

「自由民です。こちらの親書を預かり、王都にやって来た次第」


 ジロジロとこちらを見つめ、親書を手に取ると……男が突然暴挙に出た。

 その場で親書を破り捨ててしまったのだ。こいつ、アホか?


「自由民ふぜいに王からの親書など届く筈がなかろう!王家の偽装とは死罪に値するが……私の一存に留めておいてやる。その身に教育してやろうではないか、さあ、付いてこい」


 下卑た笑みを浮かべ、ネリーに手を伸ばそうとするが、当然ネリーがそのような真似を許す筈もなく。

 強烈――本人としてはとても軽い力で、男の腕を取り、曲げてはいけない方向に曲げ、そのまま地面に叩きつけた。


「ぐぁぁぁっ!き、貴様、何、を!」

「黙れ」


 強烈な殺気を纏わせつつ、ネリーが静かに告げる。

 うん、止める気はないけど、やりすぎるなよ?

 こんな論外なことをする奴に遠慮はせんでよろしい。


「貴様などに触れさせるなど、このネリー=チシャが許さん。あまつさえ我が主への愚弄、万死に値する。死ね」

「待った待った、ネリー、そんなに簡単に殺すな。面倒なことになるだろ?」


 既になっているような気もするのだが、親書を破いて捨てたという事実が上に伝われば、この男には然るべき処置が取られるだろう。

 治癒魔術?使ってやらんよ。こいつが悪い。


「その親書は間違いなく本物。印を見れば、王族のものだってこと、分かってたよね?そんなもんの真偽、アンタの一存で決められるわけないよ。もう一通あるからいいけどさ」

「何、を馬鹿、な、ことを……」

「すぐ分かることだよ。あ、アレか?」


 大急ぎでこちらにやってくる女騎士の姿が見える。

 ふむ、なかなかの美人さんだが、なんだろ、どことなくノリスのおっちゃんと似たような感じの、苦労人臭がする。


「レイラ殿ですね。少々面識があります」

「俺にはないんだけどな。こうしてみると、帝都や王都にネリーを連れてきたのは正解だったな」

「お褒めに預かり光栄です」


 息を切らせて到着したレイラを見て、男の顔が更に青ざめる。もう蒼白と言ってもいいだろう。

 明らかに折れてるし、相当痛いだろうけど、よく我慢してるほうかな?

 ネリーは容赦なく男を踏みつけたままだし、妙な自尊心だけはあるらしい。根性とは言いたくないな。


「申し訳ありません!騒ぎを聞き、もしやと思い駆けつけたのですが、手遅れだったようで」

「手遅れってわけでもないよ。ところでこの男、親書を破り捨てて、ネリーによからぬことをしようとしてたんだけど?」


 それを聞いたレイラも蒼白になり、ダラダラと脂汗を流す。

 うん、流石に有り得んよな。だから俺もネリーを止める気はなかったんだけど、そのまま殺しちゃうのは流石にまずいかなぁ、と思った次第。

 考え方がちょっと軽くなってきたかな?大事が続いてるから、俺の感覚も微妙におかしくなってきてる気がする。


「何ということを……無知は罪と言いますが、それ以前の問題です。何とお詫び申し上げれば良いものか……」

「それはもういいよ。法に則り、この男に処罰を与えるべきじゃないかな」


 俺の言葉を聞くと、ネリーは男を解放し、すぐさまレイラの部下が男をどこかへ運んで……というか、引き摺っていってしまった。

 全部が全部、この男のような者であるわけではないとは思うが、こんなことがまかり通るなら、カルローゼ王国は危ういぞ?

 なんか慇懃な態度を取るのがめんどくさくなってきた。


「しかしこれはちょっとあんまりじゃないかなぁ。規律が緩んでる?」

「言い訳のしようがありません……今の王城勤めの人物は、少々、厄介な者も多く……」

「その原因は?」

「内密の話にして頂きたいのですが……」


 軍部を取り纏めていたイアンが病に伏せがちになり、やむなく国王ソルが代行しているのだが、下部まで見ることが出来ず、規律の乱れが発生しているのが現状のようだ。

 そこに力を持つ貴族が影で妨害しているのだから、収拾がなかなかつかないらしい。

 今はイアンがいくらか覇気を取り戻したことで、表面上の落ち着きは取り戻しつつあるようだが、俺の授爵の件もあり、ゴタゴタは収まったとは言い難い。


 何とも難儀なことになっているらしいが、俺自身には後ろめたいことはない。

 家族や帝王に色々話して、気が楽になった、ってこともあるのかな。流石に世界云々は帝王には話さなかったけど。

 気が大きくなった、というのが正しい気がするけど気にしない。


 レイラに連れられようやく王都入りを果たしたわけだが、テンションが下がっていたところで見た王都は、一言で言えば壮大。

 帝都と異なり、通りに並ぶ建屋はほとんどが平屋。その分一つ一つの建屋がかなり大きく、立ち並ぶ宿や店舗はどことなく高級感がある。


「この通りは本通りと言いまして、門の近辺付近はまださほど拡張から間が経っておりません」

「本通りか。道が広いのや、宿らしき建物が多いのは、主に通用路ということ?」

「他にもいくつか専門の通りがありまして、商屋街や職人街もあります。他国から王都に訪れる人々は本通りで宿を取り、それから行動される方が多いようですね」


 王都というには建屋が新しいように感じたのはそれか。

 こういう場合、どうなんだろう。奥に行くほど老舗になってたりするんだろうか。


「宿は入り口近辺の方が利用客が多くなりますので、拡張のたびに老舗は2号店、3号店と店を出していると聞いております。あそこに見える看板は、王都だけで5店舗を構える、老舗の宿になりますね。宿賃は高いのですが、有名店で人気もあります」


 観光ガイドのように解説してくれるレイラ。

 いいね、さっきまでの気分とは裏腹に観光してる感が出てきたぞ。


「見たところ、この通りは城に直結しているように見えるけど、その割には馬車とかは見当たらんね、これだけ道幅が広いのに。何か理由が?」

「隣の通りが通用道扱いになっておりまして、馬車などはそちらを通るようになっております。本通りでは直接馬の出入りは禁じられておりますので」

「なるほど、馬車は本通りの裏手に回して、そこから宿に入れるわけか……合理的だねぇ」

「人通りがある場所に馬を入れると、危険ですから」


 もっともな話だな。

 なるほど、どこまでも機能的に作られているようで、感心する。

 聞くところによると、この本通りの裏通りが全てそうなっているらしく、そこから商屋通り、職人通りといった専門街が並んでいるという。

 よく見てみると、二つか三つ分くらい道を挟んで、そこに二階建てや三階建ての建屋が並んでいる。

 その辺りが商屋通りになっているのだろう。合理的だ。

 徹底した機能性を持つ大都市。ファンタジー成分的には不満だが、これほど立派な計画都市もそうそうあるものではない。

 うんうんと頷いて見ていると、何やらレイラが申し訳なさそうに告げてくる。


「あの……お越しになられた際には、早急に王城へお連れするようにと命じられておりまして、馬車を用意する予定、だったのですが……賓客用の馬車が、その、出払っておりまして」

「じゃあ歩きで。城に行けばいいんでしょ?」

「い、いえ!どうかこのままお待ちくださいませ!」」

「先日、帝都で幌馬車に乗せて頂いたのですが、退屈だったんですよねぇ。私としては徒歩の方がいいんですけど」


 帝都でも馬車だと3時間はかかった。

 外から見た限りでは、王城は王都のど真ん中にあるみたいだし、広いといえど歩いても2時間はかかるまい。俺達基準の速さになるが。

 だがレイラには引き下がるつもりがないらしい。


「賓客をお迎えするのに徒歩というわけには参りません!何卒、しばらくのお時間を!」

「では何故ゼン様を迎える馬車が出払っているのですか?使者は一方的に帰ってしまいましたが」


 これまで黙っていたネリーが、冷たい表情で淡々と事実を伝えると、レイラが言葉に詰まる。

 そちらの不手際で待たせるとは何事か、という態度は、正直いかがなものかと思う。が、ネリーの言ってることは基本正しい。

 俺の到着は予定通りの日程だったし、レイラもそのために待機していたのだろう。

 それで馬車が出払っているというのは、片手落ちと言われても仕方ない。

 街並みには感心してるけど、門番がアレだったし、俺も微妙に気分が良くないのは確かだ。怒るほどではないけども。


 もっとも、ここで問答をしても仕方ない。レイラにも他に仕事があるだろうし。

 テンションも一気に下がってしまって観光したい気分でもない。となると、待つしかないわけだが。


「いつまで待てばいい?」

「明日までには……」

「一日かかるのか。いくらなんでも、時間かかりすぎじゃないかな?賓客用の馬車がそんなに数があるとは思わないけど、一応こっちは招待されて来てるんだよ?」

「その、ゼン殿のためでもあるのです」


 俺のため?意味が分からんが。


「謁見の場で、他の貴族やゼン殿を良く思わない王族が、何かしらの策を打つ可能性はあります。カルローゼ王は、全ての公爵家を同席させ、場の味方を増やすおつもりです」


 聞いてたことではあるが、王制の割には国王の権力が足りない感じなんだよなあ。

 ざっと聞いた国土の広さを考えると、分権してしまうのは仕方ないことなのかもしれないけど。


「疑問なんだけど、そもそも公爵家ってのは俺の味方なんですかね?国王の味方ではあるんだろうけど」

「少なくとも、カルローゼ王の味方であれば、ゼン殿の敵ではないかと……」


 公爵家の中でも有力なガローゼ公は、俺の名誉公爵の授爵を支持しているらしい。

 現在のカルローゼ王国に存在する公爵家は四家。

 ガローゼ家・アジェリー家・ミナーレ家・クラー家とあり、アジェリー家を除くと王都近くに領地を持ち、いずれも縁戚であり譜代でもある、常に王家に近い家らしい。

 この中で特に名門に当たる公爵家はアジェリー家。独自の地盤を持つが、国の中央からやや外れていることもあり、国の政治に関わることは少ない。

 その逆がガローゼ家であり、王都近くに領地を持ち、領主は基本的に王都に詰めているそうだ。


 ずっとそうしていたわけではなく、国王の代変わりによって、それぞれの役割は変化する。

 基本的に王国全体の政治を行うのは国王の直臣達であり、貴族ではない。貴族には各々の領地を治める義務がある。

 だが、領地の統治を自分の部下に任せて、最高権力の集まる場所である王都に勤める貴族は少なくない。それを抑えるのが、国王であり、公爵家なのだ。

 実にややこしいことだと思うが、王国の歴史は長い。それだけ国の統治が優れている証左でもある。

 複雑化した組織になりながらも維持出来ていることは、十分評価に値する。


 時代背景や現状を考えても、俺が受ける最初の爵位が、名誉とはいえ公爵。

 何度も言うが、俺に後ろめたいことはない。ないのだが。


「褒賞の中身については聞いてるけど、俺が受け取っちゃっていいもんかねえ。どうにも違和感がありすぎるというか、流石に無官から名誉公爵ってのは無理があると思うんだけど」


 思わず溢してしまったが、レイラは何ともいえない顔をしている。

 あくまでレイラは騎士と聞いてるし、政治的判断をするのは難しいのかもしれない。


 国王ソルの考えが全く理解出来ないことはない。ただ、帝王ヴィーから貰った官位も高すぎる。

 王国が名誉公爵というわけわからん爵位を与えるなら、ってことなんだろうけど、帝王ヴィーと名誉職とはいえ俺は同格。

 アルバリシア帝国の認める征西帝に対し、カルローゼ王国が認める名誉公爵、どちらの方が偉いか。聞こえだけで言えば前者ではないだろうか。

 もちろん両国の歴史の差があるので、必ずしも名誉公爵の方が下ということはないだろうが……。


 どちらにせよ、俺はカルローゼ王国の貴族になるつもりはない。あくまで名誉的なものとして受け取るつもりでいる。

 王国内では貴族として見られることになるのは仕方ない。形式上はどうしてもそうなってしまう。

 だからこそ、フィナール領やナジュール領の領主にならない。交渉次第とは言ったものの、俺の領地と見なされることは仕方ないにせよ、正式に俺の領地にしてもらうのは少し都合が悪い。


「カルローゼ王国に不利益をもたらすつもりはないけど、組するつもりもないからね。一代限りの名誉公爵とか言われてもな、ってのが本音」

「私には、とてつもない出世に思えますが……」

「別に出世したいわけじゃないし。今更断るつもりもないけどね。今回は何かしらカルローゼ王国から褒賞を受け取っておかないと、王国の立場ってものもあるだろうってだけ。後々役に立つかもしれないし」


 本来俺がこれまでにやって来たことを考えると、少なくともアルバリシア帝国以上の評価をしないとカルローゼ王国の恰好がつかないように思う。

 代官領については母さんをカムフラージュに使っていた部分もあるので、そこは評価されていないとしても、先の<厄災級>は国境境とはいえカルローゼ国内で起こったこと。

 これでリリーナの件と合わせて褒賞を、となれば帝国からの肩書き以上のものを用意されること自体はやむを得まい。

 それがどちらも一足飛ばしってレベルじゃなくて、一気に頂点レベルなことが、事態をややこしくしてるんだよなぁ。


「帝国としてはカルローゼ王に合わせたつもりなんだろうけどねぇ……ヴィー殿も無理を通したんだろうと思うけど、カルローゼ王はそれ以上にゴリ押ししてるってことだね」

「あの、ゼン殿はアルバリシア帝国から何か官職を受けられたのですか?」

「あれ?知らないのか。まあ貰ったのは2日前のことだし、ヴィー殿も実際に決めたのはその前日だったんだろうね」


 もしかして国王ソルも知らなかったりするのか?これ。


「一応「征西帝」っていう官位を貰ったな。連れのネリーも「征西将」だってさ。名誉職には違いないけど」


 それを聞いてか驚愕のレイラ。顎が外れそうに見えるほど、口がガン開きである。

 美人さんがそんな顔しちゃいかんと思うよ。



◆◆



 結局王城に着いたのは、王都到着から半日が経ち、日が暮れた後のことだった。謁見の日程は明後日。予定を精一杯繰り上げたそうな。

 一度王城に着けば、というか王都に辿り着いたので、一瞬で帝都とイストカレッジを行き来出来るようになったわけで。もう何時になろうが、あまり関係ないんだけどね。

 時間も時間ということで色々と省かれ、今は3人の王国側の人物と面談中である。

 ちなみにネリーは別室にて待機中。武勲で言えばネリーの方が高いように思うが、どうやら功績は全て俺に押し付ける算段らしい。


「ヴィーの奴め、まさか「帝」を贈るとは」


 苦々しそうに語るのは、カルローゼ国王ソル=カルローゼ。なかなかのナイスミドルである。

 ヴィーに比べてちょっと覇気が足りない気がするが、流石は大陸一と言われる大国の王だけあって、威厳溢れる人物に見える。


「征西帝、ですか。確かに名誉職ではありますが、そうなればこちらも大公というラインは下げられませんね」


 こちらも厳しい表情をした女性。アール・ラルという政の筆頭であるそうな。

 大公ねぇ……頭に名誉が付くとしても、ポッと出の身に与える爵位じゃないよね、間違いなく。


「四公家は問題ございませぬ。アジェリー家は静観の構えでございますが、残る三家は国王を支持いたしますぞ」


 思案げに語るのは40台前後の紳士、シロー・ガローゼ公。何故微妙に日本人風の名前なんだろうか。

 後で聞いてみたら、シローというのは歴代のガローゼ家を継ぐ者が名乗る名であるらしい。それで自分が何代目か分からんとか、なんだそりゃな話もあったが。


「贈られたものを頂いただけですがね。ヴィー殿からすれば、カルローゼ王国に対して釣り合わせようとした結果がこうなったそうで」

「フラン姫も下賜されることが決まりましたね」


 言い方が微妙にアレだが、帝王の名の下に婚約宣言がされたのだから、間違ってはいないだろう。

 そう、ネリーは俺とフランの婚約をこんな感じに受け取っている節があり、「帝王ヴィーが自分の娘を俺に差し出した」と捉えている。

 ある意味間違ってはないけども、実際にはもっと単純な理由だろう。ネリーの機嫌がそれで良くなるのなら、わざわざ訂正することもないけど。


 フランの下賜というワードを聞いて、ソルの渋面が更に深くなる。


「フラン姫の地位は、二年前から大きく変わっておる。帝国第二席の嫁ぎ先が、征西帝ゼン・カノー殿、か……してやられたわ」

「私にアルバリシア帝国を継承する気はありません。ですが、カルローゼ王の懸念は、理解出来ますね」


 ヴィーがそこまで考えている可能性は、ある。

 第一席のマリスを俺に預けたのも、そこまで見越した一種のポーズも含めているのではないだろうか。

 というか、俺が実際にフランを嫁にした場合、俺は帝国第二席のフランの夫となるわけで……まぁ、今すぐどうこうって話でもないか。


「して、ゼン殿。どうしても、ならぬか?」

「なりません。フィナール伯やナジュール候に申し訳が立ちませんし、私はカルローゼ王国の人間……エルフではないのです」

「それは承知しておる。だが、大公ともなれば……」

「あくまで「名誉」でしょう?名誉爵位でも領地を持つことはあるのでしょうが、それをやってしまうと、対外的にカルローゼ王国の属する人物となってしまうのですよ。ヴィー殿から征西帝たる位を受けた以上、名誉的なもの以外は受け取るつもりはありません」


 フィナール領とナジュール領の自治権については、拍子抜けするほど簡単に通った。

 王国のロジックからすると、基本的に、与えた領地はその領主のものであり、その領主が組しているのがカルローゼ王国である、という考え方だ。

 侯爵ともなれば確実に世襲で継がれるし、伯爵位のギースもより厳密には「辺境伯」という扱い。つまり、自治権は元々「ある」というのが王国の見方になる。

 ギースもナジュール候も「まず大丈夫」という太鼓判を押してきたのはこれが理由か。


「公国として独立する、というのは?」

「私が国主ですか?家名すら持たぬ身で、10歳という子供ですよ?そのうえ、カルローゼ王国という大国の庇護を離れて、大陸随一の大国に挟まれる。このような国の民になりたいという人がどれだけいますかね?」


 アールからの提案も方便でいなす。

 手段として「無し」とまでは言わないが、今決めてしまうのはリスクが高い。

 俺が欲しかった権利、「移住の自由」と「住民の保護」については確保済。それ以外にもいくつか認めてもらったが、租税二割の提供だけで十分事足りた。

 それらを公式なものと確約をもらった今、あとは割とどうでもよかったりする。


「ガローゼ公もそうでしょう?私のような身が、名誉とはいえ大公に封され領地を持つ。良い気はしないでしょう」

「それは……ないとは申しませぬが、ゼン殿が気にされることはありますまい。あくまで一代限りの名誉爵位ゆえ」

「一代限りの名誉だからこそ、です。領地を持つだけでも意味合いが異なりますし、それが独立ともなれば、それはもう名誉だけでは済みませんよ」


 俺はごく普通のことを言ってるつもりなんだが、王国側の顔色は冴えない。

 王国としても、俺は実権を持たない方が都合よさそうなもんだけど。

 如何せん成り上がりにも程がある。他の貴族への配慮ってのもんがあるだろう。


「いずれ王国にお返しする領地。私が持つ意味はないでしょう?」

「そこが最も解せぬ。何故返す必要がある?それこそナジュール候やフィナール伯に申し訳が立たぬのではないか?」

「あの御二方とは、ある約束をしております。ここで明言は避けますが、王国の不利益に繋がるものではないと考えます。領地をお返しするのは、御二方の力を借りるための迷惑料とでもお考え下さい。土地は動きませんので」


 ソルは気付くだろうか?ヴィーには割と分かりやすく伝えたが、今この場ではそうもいかない。

 帝国には認めてもらう必要があった。だが王国からは一代限りの名誉職とはいえ、「公」という存在を認めるという打診があった以上、それを受ければ事足りると考えていた。

 ある程度の目的くらいは知っておいてくれた方がいいのだが、今ここで伝えるのは、少し危うい。

 その理由は同席しているガローゼ公の存在。

 人柄はともかく、公爵家といえど、王国の貴族には違いない。

 帝都ではヴィーの身内ばかりだった。そのうえヴィーの帝王としての権力は絶対的だ。だからこそ話せたこともある。

 それに対し、国王ソルとそのの腹心であるアール、ガローゼ公という三人の前では、話せることが限られる。

 要するに、ソルはともかく残り2人については、信用しかねる、ってことだ。


 それでもリリーナの父であり、国王であるソルには、一つヒントを与えることにした。

 それは、あの帝王の性格のこと。


「カルローゼ王の知るヴィー・レス・アルバリシアは、名実あらば、どちらを取るでしょうか?」

「ヴィーならば、実であろうな。名は後か……」


 そこまで口にしたソルが、後の言葉を濁し、口を閉ざす。

 アールとガローゼ公はピンと来ていないようだが、ソルにメッセージは伝わった。


「爵位については、あくまで名誉という形で受け取らせていただきます。フィナール領、ナジュール領につきましては、先程の条件通りに願います。ここでお話出来ることは、もう済んだかのように思いますが」


 これ以上ここで話せることはないとアピールしておく。勿論、ソルに対してだ。

 爵位は名誉以上のものは要らないとして、二領の話は付いた。イアンの治療の話もした。

 神妙な顔つきをして考え込むソル。困惑するガローゼ公。

 あとは明後日、謁見の場でのやり取りを俺がキッチリこなせばいいだろう――そう思って席を立とうとしたのだが、アールにはまだ用件があったようだ。


「陛下、リリーナ王女の件は……」


 その言葉に考え込んでいたソルが顔を上げた。


「……すまぬ、リリーナのこともあったか。ゼン殿、頼みがあるのだが……」


 ソルの頼みとは、リリーナとの婚約のこと。正直、少々悩ましいことではある。


 今の俺はフランと婚約が済んでしまった。

 ヴィーからの一方的な約束ではあるが、帝国では大々的に発表されてしまっていることだ。今更取り消しようもない。

 状況が変われば破棄される可能性もあるにはあると思うが、多分そうはならないだろう。


 そこで問題になるのは、この状態で俺とリリーナが婚約してしまうことと、した場合の順番についてだ。

 王族や貴族が複数妻を娶ることはごく普通のことであるし、一夫多妻制自体が大半の国で認められている世界だ。そこに問題はない。

 だが二人は、帝国第二席と王国第三王女という立場にある。

 俺自身は、帝国内では征西帝、王国内では名誉大公、という立場を得られることを考えれば、身分が足りないということはない……と思う。少なくとも帝国は歓迎の向きだったし。

 ここでリリーナの婚約話を受けてしまった場合、「どちらを優先するか」ということが非常に悩ましい。


「余はフラン姫が正妻ということになろう、と考えておる。リリーナもさして拘りはないと言うておった」


 だが、とソルが首を振る。


「一代限りとはいえ、貴族の最高峰である大公。それを授けるうえに、リリーナまで、となると、な」


 ここで妙に領地を持たせたがった理由がはっきりした。

 名誉大公とかいうわけわからん名誉爵位を与えること自体、周囲の反発は必死なのだが、そこは無理を通した。

 ただ、そこに王族たるリリーナが嫁ぐとなると、俺に権力がなさすぎる、らしい。

 要はリリーナの嫁ぎ先として、俺に相応しい領地という力を与えたいわけだ。

 俺がどう足掻いても、王国の多くの貴族を敵に回してしまうことは確定しているのだから、今更な話のように思える。


「爵位もですが、私が欲しいと言ったことと、何も関係ないのですがね……」

「そうは仰いますが、こちらとしてもリリーナ王女をゼン殿に嫁がせない、という選択はないのです」


 というのはアールの談で、「ゼン・カノーは勇者シツネ・ミナモの前世の末裔」という強引なこじつけにより、半王族の公爵に俺を封じることになる。

 そこに王族を嫁に出すことで、「名誉大公ゼン・カノーは王族の血族」であることを事実にするのだとか。

 ヴィーの狙いと似たようなものと考えれば、後者の「事実の後付け」は、方法としてアリだろう。

 グダグダな状況ではあるが、全く理解出来ないこともないのが、本当に悩ましい。


 リリーナを拒否する理由は、全くない。フランとも上手くやっていけるだろう。

 恋愛感情だとか、そういうものはこの際無視だ。フランは無視されたのか重視されたのか謎だけど。

 あくまで婚約話だとか、そんな建前は持ちながらも、その気になっている自分に内心苦笑する。

 結局アレだ。なんだかんだで、二人のことは気に入ってるのだ。

 実際に結婚まで行くとなると、まだ色々と時期尚早というか、もっと先のことになるだろうが……。


 なんか、<厄災級>討伐戦の前に考えていたことが馬鹿らしくなったなぁ。

 二人のことや、ネリーのこと、アズに言われたこと……。

 そうだな。ここは、決め所だ。


「折衷案、なのですがね。リリーナ殿下と私の婚約は折を見て、ということにしませんか?例えば、イアン殿下の治療が済んだ後に、その功績を以て、というのはいかがでしょうか。今回名誉大公の授爵が変えられぬのならば、イアン殿下の回復を見せ付けることで、私の力を示すことになり得るのではないでしょうか」

「それは、帝国に先んじられている現状を考えると……」


 ガローゼ公の渋った返答に、今決めたことを告げる。


「私は「カルローゼ王国名誉大公」として、リリーナ殿下を正妻にお迎えしたいと思っておりますよ?」


 ま、詭弁と言われれば、そうなんだけどな。

 でも、これでいい。少なくとも帝国第二席を正妻に置かなければ、王国の貴族の反発もいくらか抑えられるだろう。

 勿論フランを第二婦人とか、側室とか、そういう扱いをするつもりもないけどね。


 この辺りは、ネリーと綿密に話し合う必要が出てくるな……。



◆◆



 謁見の間に一人、国王ソルの前で頭を下げ、片膝を付く。

 服装は正装。スパイダーシルクで整えた、全体的に白で纏めたコーディネイト。

 場に相応しいとガローゼ公から絶賛された衣装は、少し動きづらいが、高貴さを表に出す、とても自由民の子供とは思えないほどだそうだ。

 問題はそれを着る俺が衣装に着られていないか、なのだが、全く無いとは言えない。

 何せ俺の今の体は、140cmもない、8歳くらいのただの子供だ。しかもただの子供じゃなくて、ただの娘……に見えるだろうな。その上で美少女とか、そんな枕言葉が付いちゃうんだろうな。自分では断じて認めんが。

 全く以て、大変遺憾なことである。


 作法については、一日時間があったこともあり、イアンやリリーナに教えてもらった。

 何やらやけに突っかかってくる中年の女性もいたが、俺が素直に従ったことも良かったようで、最後には「名誉一代とはいえ、大公に封じられることはあるようですね」という評価を貰った。

 微妙なところだが、彼女なりに評価してくれたものと考えたい。どうにもやりにくい感じだったが……。


 昨日だけで色々分かったこともある。

 イアンとリリーナの母は、既に病死していること。

 次男テリー・次女アレーネの母は、公の場に現れず、好き勝手やっていること。

 他国に嫁いだ長女の母は隠居生活をしていること。


 つまり王族に問題があるのは、テリーとアレーネ、それからその母グレスってことだ。



「それでは陛下から、我が国の功労者ゼン・カノーに、お褒めの言葉が授けられます」


 アールの仕切りで見た目は淡々と進む。

 周囲の視線は、帝国で受けたものとは確実に違う。

 憎悪の表情でこちらを睨むのは、恐らくテリーとアレーネ。

 侮るようにせせら笑う貴族達。

 心配するように見つめてくるのは、リリーナとイアン。

 恐れを持つようにこちらから目を逸らす、武官。

 比較的フラットなのは、文官くらいなものだろうか。


「以上の功績、ならびに前世は我らの始祖といえるシツネ・ミナモ様の世界で過ごしたゼン・カノーは、王族の遠戚であることは相違ない。よって、ゼン・カノーを名誉大公に封ず……」

「陛下、具申したきことがございます」


 締めようとしたところで、やや軽薄そうな男が一歩出る。

 王の言葉を遮るような胆力があるようには見えないが、恐らくは貴族なのだろう。


「確かにこの者はシツネ・ミナモ様と前世は同郷だったのでしょう。ですが、あくまで前世の話。今のゼン・カノーは家名も持たぬ、一人の自由民に過ぎませぬ」


 ごもっともな話だ。俺は黙って体勢を変えず、ただ、待つ。


「そうだ。そもそもこの男、リリーナ様を保護していたのではなく、いつでも帰ることが出来たのではないか?迷いの森にいた、などという証明は何一つされておらぬ!」


 これも流して、他の言葉を待つ。ま、確かに、って感じだな。


「大体、迷いの森などにいては、子供三人で生きるなど出来ん!帝国の天才はともかく、リリーナは戦えぬ。ゼンは何をしていたのだ!よもやただ寝ていただけなどということはあるまいな?」


 少し耳が痛いが、これも後回し。どうもリリーナを呼び捨てにするところを見ると、これがテリーか。少々お仕置きが必要だな。


「リリーナも運が悪いことですわ。このような使えぬ男の下で下働きのような真似をさせられて。あの妹には、似合いかもしれませんわね」


 巻き込んだことと、彼女に負担をかけたのは確かだ。だがアレーネ、お前にそんなことを言う資格はない。


「そういえば帝国の次女を篭絡したとか……その貧相な体で、よくやれたものですなぁ」

「いやいや、色事を仕掛けた相手は帝王本人なのでは?何しろゼン・カノー殿は可憐でございますからなぁ」

「姫2人を攫っておきながら、帝王に尽くす。いやはや、これはなかなか立派な策でございますな」

「フィナール伯もそうだったのではなかろうか?男色の気がなくとも、この者ならば構わぬのではないか?」


 なかなか言いたい放題、言ってくれるものだ。

 だがまぁ、予想の範疇だな。つか予想通りすぎて、楽勝すぎるわ。

 伊達に前世を生きちゃいない。妬みやら挑発やらには慣れたもんだ。

 こういった手合いは無視してしまうのが一番。

 ま、ちょっかいかけられないように「行動」しておくとしよう。舐められるのは本意じゃないからな。


「……ゼン・カノーを名誉大公に封ずる。これに併せ、太古の家名「レリック」家を再興させる。以後王国において、ゼン・カノー=レリック公とする」


 先の男の進言を無視して言い切るソル。宣言したことを翻すつもりはない、ということだろう。

 太古の家名なんて嘘っぱちで、実際にはレリックという家名は俺が付けた。

 カノーは称名で使ってるし、生前のアズから家名を拝借したのだ。


 ソルが顔を上げるようにと伝えてくる。


「レリック公、何かこの場で伝えておきたいことはあるか?」

「私のような若輩者に過ぎた褒賞を頂き、国王陛下に感謝の念が尽きませぬ。されば私からも一つ、その感謝の念を形にしとうございます」


 このやり取りは出来レース。

 俺から言い出すことで幾分ソルの負担を減らせる。


「先の<厄災級>討伐戦において、長子イアン殿下は左腕を欠損されたとか。その治療をこのゼンにお任せ下さい。3月あれば元通りにしてみせましょう」

「不可能なことを言うな!」


 案の定突っかかってきた。テリーだ。


「よくでまかせがそれだけ続くものだ!貴様いい加減に――」

「テリー王子、でよろしかったか?貴方の理で量れる人物は、決して多くない」


 挑発するように遮ることでテリーの表情が憤怒に染まる。それでも構うことなく続ける。


「ここで私が何を陛下にお約束しようと貴方には関係ない。今貴方の理で不可能を断じるのならば、3月後に恥を知ることになる」

「なっ、き、貴様ッ!自由民――」

「ええ。私は自由民です。それとイアン殿下の治療を行うことに、何か関係が?」


 口をパクパクさせるテリーに代わり、別の貴族が口を挟んできた。


「貴公は卑しくも公に封じられたのだぞ?その上でなお自由民と言い張るか」

「私に貴族の務めを果たす義務はない。本来であれば陛下に畏まる必要もないが、私個人として敬意を払うべき相手である。それだけのことだ」

「この……っ!」

「口だけならば何とでも言える。フィナール伯やナジュール候は貴族の務めを果たしておられたが、ここにいる方々に私が敬意を払うべき相手は、ごく僅かしかいない」

「貴様も口だけではないか!」

「然り!迷いの森に居た証明などされておらん!」


 迷いの森に居た証明?そんなもの、簡単なことだ。

 そのために連れてきたわけではないが、元住人がいるのだから。


「証明ならば私がする必要は無い。迷いの森から戻る際に、始祖エルフ族、古代フェアリー族を保護してある。今はフィナール領に住まいを移している彼らに、直接聞くといい。だが彼らを害するような真似は、決して許さん」

「な、し、始祖エルフ!?」

「フェアリー族など当の昔に滅んだではないか!」


 騒然としているが、事実を語ったまでのこと。

 害するっつったって、エルフ族なら返り討ちだろうし、フェアリー族は……あいつらならどうとでもしそうなんだけど、ネリー直近の精鋭が護衛に就いている。


「始祖エルフなど、でっち上げに過ぎませんわ。ましてやフェアリー族など。狐でももっと上手く化かしますわね。リリーナもそれで誑かされ……」

「黙れ」


 アレーネの戯言を切って捨てる。

 井の中の蛙にも劣る。ましてや、実の妹を公の場で貶めるその態度、気に入らない。


「あ、あなた、私を誰だと……」

「アレーネという名の、偉大なる王のくだらない娘だ。リリーナは得したな、あまり似てなくて」

「貴様!王族を何と!」


 テリーが再起動して追従してきたので、言ってやろう。


「吼えるな。喚くな。語るな。真の王族を語れるのは、この場ではカルローゼ王。次いでその責務を理解し、行動したイアン王子。責任なくして王族を語る権利なし。お前たちはカルローゼ王という偉大なる存在の子として生まれただけのこと。今のお前たちは敬われてなどいないことを知れ」


 振り返り、周囲にも告げる。


「その周囲も似たようなものだ。貴族として尊敬に値するのは、フィナール伯やナジュール候のように、自らの責務を果たしている者だけのこと。政事・軍事共々、カルローゼ王にはそれぞれ直属の配下がいる。王の忠臣を退け、自らの利だけを考え、王族に集る蟻に貴族を気取る資格は無い」


 苛烈な物言いに加え、【神威】を発動させる。

 この【神威】、おおよそは【威圧】の強化版だが、与える効果が多少異なる。

 与えるのは「恐慌状態」ではなく「畏怖状態」と「崇拝状態」。その効果は推して知るべし。


「すっごーい!」


 例によってリリーナには通じなかったらしい、頼むからちょっと空気読んでくれ。

 他の連中はその場に崩れ落ちるか、一目散に逃げ出そうとするか。大声を張り上げる者はいないが、出入り口付近が大変なことになっている。

 一方で一部は俺を拝める素振りを見せているわけだが、こっちは「崇拝状態」なんだろうな。

 うーん、あんまり使いたいスキルじゃないなあ……。魔物に使うと逃げてくれるから、勝手はいいんだけどね。


「レリック公には、勇者シツネ・ミナモ様が憑依されておる……」

「なんという神々しさ……これが神か……」


 ソルやガローゼ公までこんな状態。誰か一人くらい抵抗(レジスト)しろよ。

 あ、リリーナには効かなかったけど、【威圧】にせよフランやネリーにも効かなかったし、そういう人もいるってことにする。

 イアンが前者なのか後者なのか、泡吹いて倒れてるんだけど……本当に大丈夫かね、この国。



◆◆



「また醜態を晒しちゃったな……はあ、情けない」

「いやまぁ、強烈な【威圧(プレッシャー)】や【咆哮(ハウリング)】を受けたイアンだからこそ、って話だと思うよ。まあ元気出して」

「それでもイアン殿は帝国のお二人と違い、今は落ち着いておられますね」


 あの後俺はさっさと転移で帰宅する予定だったのだが、何とか我を取り戻したイアンが自分を連れて行って欲しいと言い出してきた。

 イアンが不在となると、またややこしくなるのではないかと思ったのだが、治療を受ける身ならば俺の近くに居た方がいいという主張もあり、仕方なく連れて行くことにしたわけだ。

 ちなみにソルやリリーナも承知しているらしいので、王国は王国で何とかするのだろう。


 ネリーの評価は、俺も同感である。

 傑物と言われていただけのことはあると思う、情けない一面を見せたのはご愛嬌、ということにしておこう。

 本来は勇者の先祖返りとされているだけの胆力の持ち主……だよな?多分。


「今回は死に直結するようなことではなかったからね。リリーナから色々レリック公については聞いていたし、話してみて感じ取れたこともあったからね」

「参考までに聞くけど、俺からどんな印象を受けたのかな?」

「時として苛烈になるけど、それはちゃんと理由がある。レリック公は他者への配慮が出来る、情が深い人物だと思っているよ」


 ……ふむ。素直に納得しかねることもあるが、伊達に次代の王ではない、ということか。


「色々と顔合わせを済ませたら、早速治療に取り掛かろうか。余裕を持って3ヶ月の期間は見たけど、イアンなら2月もあれば、以前の生活と変わらないように戻れるだろうね」


 ちなみにイアンと呼ぶのは、先方の希望である。

 年齢が近いとは言えないが、俺に対してある種の畏怖感情があるイアンからすると、敬われるのは居心地が悪いそうだ。


「それなんだけど、レリック公。僕を鍛えなおしてくれないかな?」

「その心は?」

「片腕では戦えないと、僕は訓練を蔑ろにしていた。けど、リリーナは想像を遥かに越える強さを身に付けてきた。リリーナはいずれレリック公に嫁ぐのだろうけど、僕は王国を継がなきゃいけない。責任は果たさないといけないからね」


 立派な心がけだ。ノブレス・オブルージュをきちんと理解している。

 ならばローレの訓練と平行して、色々鍛えさせることにするとしよう。

 義手は神具にしないけど、似たようなモノを作るとするか。


「さて、学園入学まであと1年もない。ぼちぼちやりますかね」


 そう言って俺は次のステップへと向かう準備を始めることになった。

一応これが第三章の終わりです。

少し間が空きそうなので、気長にお待ち下さい。

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