王族の帰還
どちらかといえば【幕間】に近い話です。
強引な展開であることは認めざるを得ません。
ですが、先のことはまだまだ分かりませんね。
アルバリシア帝国、帝都アルバニア。
その中で観衆と化した住民たちは、盛大な歓声を上げていた。
帝位継承権第三位、フラン・ニス=アルバシリアの凱旋である。
「道を空けるのだ!子が馬に轢かれてはならぬのだ!」
フラン自らが先頭に立ち、大声で馬上から観衆に注意を促すが、あまり効果はない。
連れ従っている兵士もまた苦労しつつ、城へ向かう道の確保に奔走しているが、予定していた時間より大幅に遅れることは確実だ。
それも仕方あるまいと、フランのすぐ後ろに備えるノリスは思う。
何せ、「帝国の天才」が戻ってきたのだ。バルドが除籍になった以上、フランにかかる期待は大きい。
先の<厄災級>討伐戦からこれまでのことを思い出す。
長子バルドの除籍と同時に、長女マリス=アルバリシア、次女フラン・ニス=アルバリシアの席次が繰り上がることが発表された。
アルバリシア帝国に住む人々にとって、バルドの除籍は衝撃的な出来事だった。
父であるヴィーからの評価は決して高くはなかったバルドだが、個人の強さとしては、年齢以上の評価を受けていた。
イアンへの対抗心もあり、積極的に表舞台へと立っていたことも幸いし、国民からの受けはそれほど悪いものではなかったのだ。
長女マリス、第三席のまま据え置かれた次男ローレンスは、民衆から評価はあまりされていない。
本人達の性格や能力に寄るところもあるのだが、二人が極力表舞台へ出ることを避けていたことが大きい。
存在は知られているものの、知名度としては王族らしからぬ低さであった。
「わたくし自身はいずれどこかへ嫁ぐことになるでしょうが、ローレは目立たないほうがいいですよ。わたくしたちは、あくまでお兄さまの予備ですからね」
マリスは非常に穏やかな性格の持ち主であり、人の機微に敏感な感性も持ちえていた。
彼女は長男バルドを立て、次男であるローレンスが諍いの道具にならないように、こっそり助言を与えていたのだ。
そのことを聞いたヴィーは、父としては頷くところがあるものの、帝王としては頷き難いことになる。
アルバリシア帝位とは、継承権の順位に優先されて就くものではなく、力のある者が就くものだからだ。
ヴィー本人も帝位に就くまでは、継承権で言えば第三位だったのだから。
「どうしてもフランは目立ってしまいます。あの子には自覚がなくても、お兄さまが意識してしまうでしょうね。どこかに嫁ぐことになるように、すんなりと進めばよいのですが」
フランは第四席という席次でありながら、周囲の評価はバルドに次ぐ後継者扱いだった。
ヴィーの引退時期を考えると、次の帝位に就くには年齢的な懸念はあるものの、その才覚は正に天才。
ゆえにバルドの嫉妬対象となっていたのだが、あの戦いの前までは、表面的にはそれほど険悪ではなかった。
自国に関して無関心ではないものの、ゼンと比べれば帝位のことなど、当時からフランはどうでもよく、兄であるバルドには敬意を払っていた。
そんな態度を取られれば、バルドも寛容さを見せる必要があり、上手く自己制御が出来ていたと言えるだろう。
節目は、帝王ヴィーがフランをゼンに嫁がせることを発表した時のことだったのだと、ノリスは思う。
確かにあの戦いのバルドは、無様であった。
当時、一介の百人隊長に過ぎなかったノリスには分からなかったが、バルドには焦りがあったのだろう。
決して無能ではなかった。将の将たる器も皆無でもなかった。そんなバルドの許し難い凶行にも、それなりの理由があったのだろう。
千人隊長となり、武官としての参内も平時から可能になってみて、ようやく理解出来るようになってきた。
こうしてフランの凱旋を行う役目を担う立場にまで出世したことを考えると、今となってはバルドに感謝するべきなのかもしれない、と不敬にも考えてしまうノリスであった。
帝国の天才の帰還。
それは今のアルバリシア帝国において、正しく慶事であった。
「フラン・ニス=アルバリシア、ただいま戻ったのだ!」
「おう。よく帰ってきた。俺はゼンと駆け落ちでもしちまったのかと思ったぜ」
「リリーナ王女も共に生活していたのだ。流石にそれは出来なかったのだ!」
武官文官が並ぶ中で、とても謁見の間で交わされる中身とは思えない、親子の邂逅に唖然とする一同。
公の場であるため、議事録を作成する担当もいるのだが、そのまま書いていいものかどうか、一瞬手が止まった。
ヴィーの隣に立つ母セレスなど顔色こそ変えないが、内心大笑いだ。
続いてヴィーの第一婦人、ソニアが声をかける。
「無事で何よりです。それにしても……よく育ちましたね?」
ソニアの疑問は、この場にいる皆感じていることだ。
行方不明になってから1年半近く経つとはいえ、まだ10歳にもならないはずのフランだが、いかに吸精族といえど早熟にも程がある。
身長は既に成人女性のそれと変わりがなく、女性であることを強調する部分は平均以上。色香を感じさせるには早すぎる年齢だが、既に手遅れである。
吸精族は成人個体の差が大きい。中には人間族の少女のような姿で成長が止まってしまう者もいるのだが、どう見ても母セレスの影響を大きく受けているフランならば、まだまだ成長するであろう。
着ている服も、ワンピースと呼ぶにはボディラインを強調しすぎる、ボンテージファッションである。
顔つきがまだ少し幼く、活発な性格も変わらないことから、色気を振り撒くという程でもないのだが、非常に男好きのする、肉感的な印象であることは否定しようもない。
「食べるものも良く、寝る場所も心地良く、狩る獣は強かったのだ!この服は妾が作ったのだ!似合っておるか?ソニア母上」
「ええ。セレスに似て、とても良く似合っています。服の趣味がセレスと同じなのは、どうかと思いますが」
とてもではないが、ソニアには着られそうにない服装を好む親子。
第一婦人としては、もう少し周りへの影響も考えて欲しいものである。
「元気で良かった。でも育ちすぎ。何かあった?」
続けて声をかけたのは、第二婦人であるシエル=アルバリシア。
ローレンスの母でもある彼女は、シャレットと同じく母方がエルフであるのだが、種族としては竜人族となる。
高名な武人であり、寡黙な人柄であった父に似て、公の場でもあまり喋ることがない。
今日は娘の帰還という慶事の報告の場であるため、席次に沿った順番があるがゆえに、セレスに先んじて声をかけた。
決して彼女が冷淡というわけではなく、不器用なだけだということは、アルバリシア家の人々や高官は知っている。
「妾は特別なことはしていないのだ。だがリリーナ王女も人間族とは思えぬほど、成長しておるのだ。これくらいには、なっておったな」
フランが自分の肩ほどに手を左右させる。
それを見たセレスが驚く。人間族の成長として有り得ないほどではないが、リリーナは特別発育が良かったという記憶もない。
「カルローゼの姫君も、13か14歳くらいに育っておる、というのじゃな?」
「そうなのだ。リリーナ王女は妾を羨ましがっておったが、変わらぬのはゼンだけだったのだ。むしろ一人だけ幼くなってしまったくらいなのだ」
それもどういうことなのかと問い詰めたくなるセレス。
だが込み入った話は後でもいいと、ひとまず引き下がる。
一通りの報告を済ませたあとで、じっくり尋ねることにする。
「俺は少し前に話は聞いてるからな、おおまかな事情は知ってるつもりだ。何か特別に言っておきたいことはあるか?」
ヴィーの言葉に思案するフラン。
この場で語ることはさほどない。話してはならないこともある以上、余計なことは言わない方がいいように思える。
強いて言えば、と考えた結論は、自分の肩に乗せた存在のことだ。
誰もが気にはなっていたが、それ以上にフラン自身のことが気になり、問われなかった存在について教えておく。
「この肩にいる子犬は、ガルムという妾の守護獣なのだ。ただの子犬に見えるが、本来は[三頭犬]ゆえ、頼りになる存在なのだ」
「守護獣?[三頭犬]?おいおいまさか――」
「この姿でもステータスは持っておるとゼンは言っておったのだ。どうせ「S」としか出ないのだ。だから、ちょっかいかけて死なないように、皆気をつけるのだぞ!」
フランの言うことが正しければ、肩に乗る子犬は、神にも匹敵すると言われる「人類を守りし聖獣」であり、神話の野獣ケルベロスであるという。
にわかには信じ難いヴィーは、その場で[人物鑑定]が使える者にガルムのステータスを確認させたのだが。
「フ、フラン殿下の、仰っている、通りかと存じます。伝説の特殊能力、【守護者】の所持が、確認、出来てしまいました……」
「ウッソだろお前……【守護者】って、おい……」
「それから、ゼン・カノー殿の眷属であることも、確認が取れました。ステータスも全てS。このセイル、嘘偽り無く、見たままに申し上げました……」
【守護者】は、古代神話に伝わる「不死」の代名詞であり、そのまま守護獣の証でもある。
このセイルという魔族の男は、フランのステータスボードを作成した人物でもある。
「妾かゼンが死なぬ限り、ガルムは無敵なのだ!」
「キャン!」
力強く右手を掲げるフランと、やたら可愛らしい鳴き声を上げるガルム。
どこからどう突っ込めばいいものか、謁見の間に微妙な空気が流れるのだった。
◆◆
リリーナは、王都カルローゼの光景を馬車の中から眺めていた。
帝都アルバニアに比べてフィナールの町から遠く、フランの帰還から3日ほど遅れた到着となった。
雰囲気こそ凱旋パレードのようなものだが、帝都に比べると歓喜の声は小さい。
慶事ではあるが、第三王女というリリーナの立場はそこまで重くないということと、王族の行き来に慣れすぎた民衆の熱度の問題である。
それでも喜ぶ民衆は少なくないので、リリーナの人気の高さは否定しうるものではないのだが。
すっかり王女モードに切り替えたリリーナが、馬車の中から笑顔を手を振る。
だがその内心は、自由なゼン達との共同生活の日々に、すっかり毒されてしまっているのだが。
「めんどくさい……」
笑顔をそのままに、ぶっちゃけすぎな本音を漏らすリリーナ。
それを咎めるのは、幼少から付き従った世話役のアミューという人間族の中年女性である。
「姫様らしからぬことを仰いますな!聞けば、使用人のような真似までされていたとか……ゼン・カノーは何様のつもりですか!」
「ゼン様はゼン様だよ?それに、三人しかいないんだから、役割分担は当たり前じゃない?」
「カルローゼ王国の王女にさせることではありませぬ!姫様は全てゼン・カノーに下働きをさせておけば良かったのです!」
このアミューたる女性について、リリーナは嫌ってはいないのだが、若干苦手にしているところがある。
王国に対する忠誠心は確かであり、礼儀作法なども彼女から教育を受けていたし、長男イアンの教育役もこなした才女である。
そんな彼女は、王族を特別扱いしすぎるところがある。
王城で暮らす者であれば当然のことであり、それを欠点と咎める者は少ないが、リリーナは勿論のことイアンも辟易するところになる。
「アミューは優秀なんだけどね。テリーやアレーネの性格も、彼女の影響がないとは言えないなぁ」
かつてイアンがリリーナに溢した言葉である。
アミューはソルの長女ミコト=カルローゼ(旧姓)の母方である、ガローゼ公爵家の庶子として育った女性である。
学園都市にも在籍しており、能力だけでいえば、非常に優秀な人物であるのだが、王城に出仕する者にありがちな、特級権威主義者でもある。
口だけの貴族よりは余程マシで、自らの立場は弁えているのだが、王族が絡むと途端に特級意識が沸いてしまう。
次男テリー=カルローゼや、次女アレーネ=カルローゼが、権威を振りかざす人物になってしまった原因が、彼女にないとは言い難い。
「よろしいですか姫様。今の王城は、少しばかり混乱しております。イアン王子様は伏せておられますし、テリー王子様やアレーネ姫様の取り巻きが、我が物顔でいる始末。姫様は自分の立場をよくお考えになって、淑女として振る舞いなさいませ」
「身を弁えろってこと?」
「そこまでは申しません。ですが、姫様を担ぐ者がいないとも限りませぬ」
アミューはあくまでイアンが次代国王になるべきだと思っている。
少なくとも国王ソルはそう考えているし、王族に近い公爵家はそれを支持している。
だがその本人であるイアンに覇気が無い。先の戦いが一種のトラウマになってしまったことと、片腕を失ったことにより、病と称して自室に篭りがちであった。
この点バルドを失ったアルバリシア帝国も同じことと言えなくも無いが、バルドと違いイアンは生きている。
だからこそ余計にややこしい事態を引き起こしているとも言えるのだが。
「まあどうでもいいけどねー。イアン兄さまのことは、ゼン様がどうにかしてくれるみたいだし。アミューはゼン様のこと嫌いみたいだけど」
「嫌う、嫌わない以前の問題でございます!どこかの貴族でもなければ、我が国民ですらない存在など……」
「うーん……兄さまの言う通りかもねー。これは言っておかなきゃだめかなぁ」
癇癪を起こしたようにゼンをけなすアミューの言葉を、完全にスルーするリリーナ。
リリーナとしては当然、聞いていていい気はしないし、アミューを咎めたい気持ちもあるのだが。
ここで咎めたところで何の解決にもならないことは、王城に長く暮らしていた身であれば、十分承知している。
(ここで言っても意味ないしねー。別にアミューだけじゃないもんね)
それにしても、迎えに寄こしたのが何故彼女だったのか。
基本的におおらかな性格のリリーナでも、恩人であり、将来の夫となるべき人を邪険にされれば、気分がささくれ立つのは当然である。
ゼンを知る者――例えばカルロやレイラを寄こしてくれればいいものを、とそんなことを考えるリリーナである。
(ぶっちゃけお迎えなんて、ホントはいらなかったんだけどなー。フランちゃんもそうだったから、仕方ないけど)
フランは元より、今のリリーナならば、その辺りにいる魔物など鎧袖一触である。
盗賊や人攫いの類も恐ろしくはない。不安があるとすれば、道中の地理くらいなものだろう。
一応王族なのだから、流石に一人で帰るような真似は互いにやめておこうと、フランと話しておいたことではあるが。
これほどストレスが溜まる道中ならば、やはり一人で帰るべきだったと、そんなことを考える9歳の少女であった。
やはりというべきか。せめて直前に着替えるべきだったか。
湯浴みの一つくらいはしておこうかと思っていたのだが、王城に到着したリリーナはそのまま謁見の間に通されてしまった。
周囲の視線は、半数は冷たい。予想は出来ていたが。
心の底からゼンの元に帰りたくなってきたリリーナは、笑顔を取り繕うのに必死だった。
謁見の間で久しぶりの親子の対面となったわけだが、国王ソルは純粋に娘の帰還を喜んだ。
リリーナが無事なことは、ヴィーと同じく承知していたことだ。
随分と背が伸びたことに驚きはあったが、傷一つなく戻ってきたことには違いないので、ひとまず棚上げした。
だが、その周囲が問題だった。
「随分と淑女らしくなったじゃないか、なあ?」
「そうですわね。動きやすそうで何よりですわ。野晒しで生活すれば、仕方ないかもしれませんね」
明らかな侮蔑が混じる、兄と姉の言葉に、すまし顔のリリーナが肩を僅かに震わせる。
兄、テリーの言葉は、妹の異常な成長度合を嗤い、姉、アレーネの言葉は、華やかさに欠ける服装を嗤う。
その場に居たアールは、僻みにも程があると、内心嘆息する。
今のリリーナは、少女という枠から飛び出そうという領域にまで成長している。
ここ数日の強行軍もあり少し汚れてはいるものの、身なりもみずぼらしいということはない。
革で一部を施された、青みがかかったハーフコートから、洗練されたデザインの白いシャツを覗かせる。
下半身は膝上までの赤いスカート。
健康的な生足が眩しいその姿は、本人の美しさも相まって、非常に魅力的に映るであろう。
ここにいる大半は同じ感想を持っただろうが、人は少しのフィルターで相手を貶めることが出来る。
「湯浴みもせずに陛下の御前に立つとは、いやはや……」
「聞くところによれば、ゼンたる者は、幼き娘を好むとか」
「随分と長く滞在されておりましたなぁ」
小さな、それでいて聞こえるような声で、陰口を叩く次男派・次女派の貴族達。
湯浴みをさせなかったのは、最初の陰口を叩いた男だ。マッチポンプにも程がある。
王の前で控えるレイラは、最早我慢の限界だ。
幼き身で戦場に立ち、命を危険に晒した。
10にも満たぬ、三人の子供たちだけの生活。
どれだけの苦労があったことか。心身共に朽ちてもおかしくはない。いい加減に――。
「どうやらゾーク殿のことを、皆様お忘れのようだ」
ここ最近伏せっていた、次代の王の言葉が静かに響き渡る。
あの戦いから失ったものが多すぎ、本来の性根である臆病さを隠そうともしなかった。
そして今、愛する妹の姿を見てようやく、ソル=カルローゼの長男、イアン・ナモ=カルローゼが復活を果たそうとしていた。
「テリー、アレーネ。言いたいことがあればはっきり言うといい。貴公らも、一歩前に出て言葉を口にするといい」
一歩、二歩と足を進める。
イアンには分かる。リリーナは、この城に戻ってきたくはなかったのだと。
兄弟の中で、リリーナは一番王族らしくなく、一番王族であろうとしたことを知っている。
それに比べ、何と自分が不甲斐ないことか。
「その言葉、全てこの私、イアン・ナモ=カルローゼが引き受けよう」
リリーナは確実に成長した。身体的なものだけでなく、精神面でも大きく成長した。
イアンには分かる。リリーナは、既に自分よりも遥かに強くなったのだと。
先祖返りといっても、それほどのステータスを持たず、少し魔法が得意な程度だったことを知っている。
だが、今は違う。明らかにリリーナは、強くなった。
そんな妹を守る必要は、もうないのかもしれない。だが、イアンには兄として、その矜持を思い出した。
「左腕を失い、戦う術を大きく失った私だが――」
イアンはリリーナの前に辿り着くと、きょとんとしたリリーナの髪に、右手を添える。
「愛する妹の侮蔑を許すほど、腐ってはいない!さあ、いくらでも――」
そんな兄を見て、リリーナが小さく、一言。
「お兄ちゃん、かっこつけてるけど、私そんなに困ってないよ?」
イアンの決意が台無しである。
イアンにだけ聞こえるように呟いたのは、せめてもの情けである。
すました表情を変えず、空気も読まず、リリーナが数歩、ソルに近づいて、告げる。
「お父さま。一つ、よろしいでしょうか?」
「う、うむ。よかろう」
呆気に取られる周囲を無視してリリーナの語る内容は、ゼンの生まれのこと。
「勇者シツネ・ミナモ様は、ゼン様の「生前」の歴史における、一人の優秀な武将であった、ということをゼン様からお聞きしました」
「……?すまん、そなたの言っている意味が分からないのだが」
「シツネ様は「異なる世界からやって来た」ことを公言されておられました。ゼン様はその「異なる世界」のことをご存知でした。つまり、ゼン様はシツネ様と「同郷」であるということです」
玉座に座るソルが、ガタリと肘掛けから片肘を落とす。
「ゼン様は、シツネ様の真名をご存知でした。ゼン様の生前の世界では、同族であれば、半数は知っていると語っておられました」
「そ、そんなことが「クロウ」……ッ!」
ソルの動揺に真実を告げる、リリーナの口にした名。
勇者シツネの真名は、「源九郎義経」。
ゼンは「源義経」か「源九郎義経」のいずれかだろうと語ったが、どちらかと言えば前者だろうと思っていた。
実際にはシツネ本人が一工夫入れて、「九郎」を含めた名を真名として残した。
後世にどう伝わっているかはさておき、自分の生きた世界から、他にやって来る者たちのために。
その真名を知る者は、自分が生きた日ノ本の者であると。それでも疑うならば、父や兄の名を問えと。
シツネが称名をミナモと付けた理由。
それは同胞がこの世界に現れた時に、自身の真名に辿り着きやすいように誘導するためであった。
秘匿されている事実だが、カルローゼ王国には、シツネ・ミナモの遺言が代々伝わっている。
我が真名に辿り着く者が現れれば、我が同胞として扱え。
智あらば乞えよ、武あらば抱えよ、持たぬなら保護せよ。
全てを持つ者ならば、従え、と。
「ヨシトモ、ヨリトモ、シズカノゴゼン、カマクラ、オウシュウ……お父さまなら、ご存知ではないでしょうか」
「そうか、ゼン殿が、そうであったか……」
代々国王のみしか知らない単語を並べるリリーナに対し、玉座から崩れ落ちるように体勢を崩すソル。
周囲は訳が分からない、といった様子で、困惑しきりである。
右手が宙に漂ったままのイアンが哀れなのだが、せいぜいレイラくらいしかその様子には気付いていない。
「お父様?どうかして?」
「自由民ふぜいが……」
「黙れテリー。アレーネもこれ以上は許さん」
リリーナとは別方向に空気を読まない二人の子を叱り付けるように、ソルが切り捨てる。
玉座から立ち上がり、ソルは一つの宣言を行う。
王国を根底的に揺るがしかねない、その内容は。
「ゼン・カノー殿は、勇者シツネ・ミナモ様の同胞……いや、末裔であることを、我が名において宣言する!ゼン・カノー殿がシツネ様の真名および、家族の名を知ることから、これは明らかである!カルローゼ王国内において、ゼン・カノー殿を名誉大公として認めるものとする!」
自由民に過ぎないゼンを、準王族ともいえる公爵、しかも最上位の大公に当てるという、とてつもないものであった。
◆◆
「お父さん良かったの?ゼン様を公爵にしちゃって」
「構わん。一代のみの名誉大公、などという肩書きは初めてだろうがな。流石に直接血の繋がりが無い以上、王族とまでは流石に言い切れん」
「それだと私と兄妹になっちゃうもんね。私もお嫁さんに行けなくなっちゃうし」
「ははは……そういう問題でもないのだがな。リリーナも強くなったものだ」
突然の叙爵。しかも国民ですらない相手に対し、貴族位として最高峰の大公を与えるというソルの暴挙により、場は騒然となった。
国王に近い公爵家も面食らったが、ソルの宣言内容をよくよく考えると、名誉大公という聞いたこともない爵位を授けた理由は存在する。
カルローゼ国王ソル=カルローゼが、ゼン・カノーをシツネ・ミナモの末裔として認めた。
そして、カルローゼ王家はシツネ・ミナモの末裔である。
あくまで前世の話であり、拡大解釈にも程があるが、ゼン・カノーはカルローゼ王家に連なる者であるという解釈は、理論として成り立たないこともない。
実際には加納善一は捨て子であり、源氏に連なるかどうか、誰も知りようが無いのだが。
功績についても、先の<厄災級>討伐と、リリーナの護衛の件がある。過分であることは確かだが、ソルなりの理屈はちゃんとあるのだ。
公爵家を代表して、ガローゼ公がソルの宣言を認めたことにより、ゼンを名誉大公とする決定が成された。
それと同時に、ゼンに対して領地の分配は行わないことも宣言された。
そこを定めておかないと、流石に通せる筋も通せなくなる、というアールの進言もあったからだ。
「本人が望むかどうかはともかく、ゼン殿に爵位を、というのは考えておったことだからな。シツネ様の遺言通りにするには、時が経ち過ぎてしまったが、このくらいはせねばならんだろう」
「それにしても、名誉大公、ですか。確か、我が国に大公たる爵位を持ったのは、過去に二家、でしたか」
「他国でも一代限りの大公などおるまいな。ヴィー辺りから文句を言われそうだが、帝国は帝国で考えるであろうよ」
この場にいるのはソル・イアン・リリーナの三人。
リリーナがゼンからの伝言があると、場をあらためてソルとイアンに話をするためだ。
「お父さんになんだけど、あらためて王都に来るから、それまでにフィナール領とナジュール領の件を考えておいて欲しいって。そこまで不利になるようなことを言うつもりはないんだって」
「自治領の件か……」
これについてはソルにも考えがある。
領地の分配は行わないにせよ、フィナール伯とナジュール候が了承するのであれば、統合した領地をそのままゼン名誉大公に与えるという手段が使える。
これならば他領の貴族に直接の不利益はない。大領を得ることになるため、嫉妬は避けられまいが。
詰めはいるだろうが、話は通しやすくなったと考える。
「お兄ちゃんの腕も、何とかしてくれるんだって。知ってた?ゾーク父さまって、お兄ちゃんと同じように、片腕をなくしちゃったんだって。それを治したことがあるから何とかなるって言ってたよ」
「そんなことが……」
イアンには信じ難いことだが、ゼンならば可能なのではないか、とも思える。
治療して貰えるのであれば、これほど嬉しいことはないし、今の王家のゴタゴタも、元はイアンの欠損が原因である。
それを治療したとなれば、ゼンの功績は絶大なものになると言える。
問題が一気に片付く、奇手となりえるだろう。
「となれば、叙爵はイアンの治療を終えてからの方が良かったか?」
「まだゼン殿が正式に爵位を受け取ったわけではありませんから、どうとでもなるでしょう」
政治的な話になると、リリーナといえど理解し切れるほど成熟しているわけではない。
ただ一つ言えることは、ある。
「やっぱりゼン様なら何とかしちゃうんだねー」
◆◆◆
あれから1ヶ月、森から出れば1月半、といったところだろうか。
自分のステータスを確認して、思った通り、損傷中のレベルが下がり、損傷中(中)まで回復していた。
それに伴い、およそ森に入った頃くらいまで、限界値も回復したようだ。
要するに、森で生活していた頃程度には動けるようになったというわけだ。
パラメータの上昇がある分、全く同じとは言い難いが、制限にも慣れたものだ。
「では、この条件で交渉に向かおうかと思います。ナジュール候、よろしいでしょうか?」
「この条件じゃと、ナジュール領はむしろ得をするであろうな。フィナール伯は大丈夫か?」
「さしたる痛手でもありませんな。金で歓心が得られれば安いものだ」
ぼちぼち動いてもいいだろう。ということで、今は領主のギースと、巻き込む形になったセス=ナジュール候と最終確認を行っている。
フィナール領・ナジュール領を自治領として認めさせる。
一方的な独立ってわけじゃない。むしろ立場的には悪くなることになると思う。
「んじゃ領主殿も、これでいいね?」
「その領主殿というのはやめろ。お前から殿とか言われても気持ち悪い、ギースと呼ぶがいい」
「気持ち悪いとかひどい」
自治領として認める代わりにこちらから渡すのは、フィナールの町・ならびにナジュールの町で得られる年間租税から、2割の献上。
それに加え、こちら側からかける関税を2割引き下げる、というもの。
これだけで言えば、自治領区というよりは、属国という扱いになりかねないが、あくまで町単位であることと、関税の引き下げ割合がポイントだ。
この関税については、アルバリシア帝国に対しての方が恩恵がある。
「元々フィナール領とナジュール領の間には関税がかかっておらぬし、上げておいた分を戻しておるに過ぎぬ。方便もあるというものじゃな」
悪い笑顔のナジュール候。
40半ばくらいと聞いているが、まだ30代でも通じる感じの、いかにも気骨がありそうな人間族の男性だ。
既にイストランド郡の運営方法を真似ているらしく、正式にこちら側から技術を提供することになっている。
「アルバリシア帝国に対しても恩が売れる。全く、よく考えが回ることだ」
「余計なちょっかいはかけて欲しくないし、隣国とは仲良くしとかないとね。お得意様になるだろうし」
フィナール領最大の取引先はアルバリシア帝国だ。
自由民の流出も多く、間接的な支援を受けているようなもので、敵対する理由はこちらには無い。
ただ、自治領になることで悪影響が出る可能性もゼロではないので、飴は必要だろうと思う。
「あとは交渉次第になるけど、王国側に譲歩はしてやるつもりはないかな。これまでって区切りをしておかないと、後になって困ることになりそうだし」
「十分じゃろう。いずれ領地は王国に戻るのだからな」
「先の約束なんぞ、大した意味はないがな」
そう、自治領として認める期間も区切っている。
30年後を目安に、フィナール領とナジュール領は、王国の直轄地として返還することを条件に加えるつもりだ。
この辺りは賭けになる部分が多大にあるのだが、二人に了解は得ている。
「くっくっく、辺境を直轄地に戻したところで、何ともならんじゃろうて」
「残るものはあるだろうがな。さて、どうなるか」
「いや、別にあらかた持っていくつもりは無いんだけど。てかそこは不利益を被せようとしているわけじゃないんだけど」
この条件は、俺としては自治領さえ認められれば、あってもなくてもいい。
あった方が通しやすいのであれば、条件として付け加えるだけの話だ。
俺は王国の弱体化を狙っているわけでもなんでもない。むしろ強化に繋がる話になる。
これからの俺の行動次第になるとは思うけど。
「というわけで、明日、帝都に向かおうと思う。王都には遅くても3日後くらいかな?」
「流石に日程が不可能では無いか?」
ナジュール候の疑問はもっともだが、俺には【空間魔法】がある。
いくつか試してみたのだが、基本的には空間魔術の発展系ということで間違いない。
ただ、[転移]一つ取ってみても、相当手順が簡略化されるようで、座標確認が必ずしも必要ではなくなった。
ある程度のイメージさえ出来れば、簡単にそこへ飛べるようになったようだ。テレポートとか、瞬間移動とか、そんな感じだな。
だからまあ、一度行けばそれだけで[転移]が可能になるわけだ。
他にも出来る範囲が広がったし、取得した経緯は不明だけど、便利になったのは間違いない。
「そこは手段を考えておりますのでご心配なく」
「左様か。わしもゼン殿のことはギースを通じて聞いておる。今更じゃな。ところで……」
何やら愉快げにナジュール候が笑みを浮かべてる。何だろう?
「ゼン殿はシツネ様の末裔であるとか。先の<厄災級>の功績と、リリーナ王女護衛の功績を合わせて、爵位が与えられることはご存知かな?」
「俺がですか?ピンと来ませんが……というか、俺は勇者の末裔ではありませんよ?父も母も、そういう話は聞きませんが」
そりゃあ遡ればどこかでシツネ・ミナモの血筋に辿り着くかもしれないけど、流石にないだろう。
「いやいや、ゼン殿の「カノー」という家名が、シツネ様の所縁のものと見なされておると聞くぞ?わしもまだ、噂程度にしか聞いておらぬがのう」
ますますわけがわからない。大体カノーは称名じゃないか。
「何でも、シツネ様の「前世」において、末裔とされるとか。ゼン殿の不可思議な知識量を考えれば、納得したものだわい」
「えぇぇ……俺は別に前世でシツネ・ミナモらしき人物と血統的に関わりがあるかどうか、非常に怪しいところなんですが」
「しかしシツネ様の「前世」をご存知なのだろう?ならば、実際に血筋が流れておるかどうかは関係ないわい。そうなると、カルローゼ王家の縁戚と取れなくもないじゃろうな」
何か嫌な予感がしてきたぞ。
「……物凄く強引な論法だと思いますが、その、爵位ってのは、どれくらいのものを?俺は別に要らないんですけど」
「何でも、公爵以上になるとか。恐らくは一代限りの「名誉」が付くとは思うがな」
いや、それはおかしい。ちょっと待て。
「俺の知ってる公爵って、王族の分家とか、そういう重要ポストで、それが一代限りって、有り得んと思うんですけど」
「うむ。公爵家はほぼ王族の血筋絡みじゃ。中には古来からの重臣もいるが、それでも嫁や養子を王族から取っておるからな。準王族扱いであることは確かじゃ」
「いやいや、そんなポストが一代限りっておかしい。っていうか、俺がそんな爵位になってしまっていいんですかね?」
「国王の鶴の一声と、公爵家の後押しがあったそうじゃな。貴殿にも不利益なことはあるまいし、受け取ってしまって構わぬのではないか?」
いやいや、爵位を貰うだけでも、結構問題が出るんですが。
少なくとも俺はカルローゼ王国の貴族になるつもりはないんですが。
名誉が付けばその限りでもない、のだろうか?いやぁ、どうだろうなあ。
「そうなると、ゼンが自治領の領主扱いになる可能性も考えていた方がいいな」
「何、実務面はわしやギースが取り仕切ることになるであろう。交渉の材料にもなるかもしれぬ。裏付けは出来ておらぬが、そういうつもりで居た方がよいじゃろう」
どうやら思っていた以上に大事になりそうだ。
都合がいいこともありそうではあるが、はてさて、どうなることやら……。
連続更新もここまでかな?
キリがいいところまで行きたいんですけどね。




