5話 すべてを奪われた理由
「うふふ。呪われて、みんなに忘れられた気分はどう? 牢屋の居心地は良いかしら?」
口に手を当て、くすくすと笑うその姿は、面白くて仕方がないといった様子だ。私が呆然としているのを、アンジェラ王女は心底楽しそうに見ている。
(呪い……? 私、呪われて皆に忘れられたの? なぜそんなことに……)
「どうしてって顔ね。ふふ。それはあなたが、カイルを私から盗んだからよ。だから今度は、私があなたからカイルを取り返したの。ああ、そうね。ついでに聖女の力も、声も奪ってあげたけど」
(私がカイルを王女から奪った? でもカイルは恋人はいたことがないって言ってたわ……)
アンジェラ王女は私の疑う視線に気づいたのか、じろりと睨み、鼻で笑った。
「あら、気づいてなかったの? カイルもかわいそうにね。あなたのお守りをさせられて。愛するふりをして、聖女様のご機嫌を取ってあげないといけなかったのだもの」
(愛するふり……? 私のご機嫌を取るために、好きだと言ったっていうの? 何も知らないくせに!)
あまりに身勝手な言動に、思わず握っていた鉄格子に力が入った。静まり返った牢屋にかたかたと鉄の棒が揺れる音が響き、私の動揺が伝わっていく。
しかしその反応は、王女にとってかえって愉快なものらしく、今度はおなかを抱えて笑い始めた。
「あははは! 無様ねえ。私、あなたが大嫌いだったわ! たかが瘴気を消したくらいで皆に大切にされて、いい気になってたでしょう?」
(たかが? たかが瘴気って言った? あの瘴気でどれだけの国民が苦しんでたと思うの? 結界で守られた王宮で、お茶ばかりしているこの人に、彼らの苦しさなんてわからないんだわ!)
私がこの国に召喚された時、大勢の人たちが瘴気のせいで病気になっていた。足が動かなくなる人や、目が見えなくなる人、大人から子どもまで例外なく襲う瘴気の毒に、みんな怯えて暮らしていたのだ。
(あの状況を見たこともない王女に、たかが瘴気なんて言われたくない!)
アンジェラ王女はいつも豪華なドレスを身にまとい、遊ぶだけの毎日を過ごしていた。アルフレッド殿下の困りごとの半分は、父親である国王が彼女を甘やかして育てたこと。殿下が国王に進言しても「将来は他国に嫁ぐのだから、今だけ許してやれ」と、わがまま放題だった。
(絶対に彼女が聖女だなんて嘘だわ! 浄化は練習なしではできない。失敗して苦しむことなんてざらにあるのよ。こんな甘ったれた彼女にできるはずない!)
どうせ私を苦しめようとここに来たのだから、王女の話を聞いても無駄だ。私は彼女にくるりと背を向けた。
しかし次の瞬間、首を強い力で引っ張られ、激痛が走った。
「あら、これが報告にあったネックレスね。お互いの魔力を入れて持つなんて……あなたも気持ち悪いことするわね。本当にカイルがかわいそう」
ぶちっと力任せに鎖を引きちぎられ、思い出のネックレスを奪われてしまった。
「うう! うううう!」
(それだけは盗られたくない! 返して!)
喉に激痛が走るとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。この人は私からどこまで奪おうとするのか。せめてそのネックレスだけは返してほしい!しかしそんなささやかな願いもむなしく、王女はネックレスを床に落とし、かかとで踏みつけた。
割れたチャームの小瓶から、カイルの聖魔力があふれ出す。その虹色に光り輝く魔力は、この暗く湿った牢屋の空気に溶け込み、さらさらと消えていった。
「希望を持っているからいけないのよ。だから明日、私があなたを処刑してあげる。一番あなたが苦しむ方法でね」
そう言ってアンジェラ王女たちは帰っていった。牢屋に残された私は、割れた小瓶をぼんやりと見つめている。
(もう……疲れた)
心の拠り所だったネックレスも壊され、ぎりぎり保っていた自分の気持ちがぽっきりと折れてしまった。大粒の涙がとめどなくあふれ、拭っても拭ってもきりがない。そのまま私は一睡もせずに、朝を迎えた。
(まさか、カイルに突き落とされて死ぬとは思わなかったな……。彼女も本当に残酷なことをするのね)
次の日の朝、突然騎士が私を牢屋から出して馬車に乗せた。そして着いた先が――崖だったのだ。今日はここで私の処刑を行うという。
「ここは聖女の崖と言われてるの。私が処刑するには、とても良い場所でしょう?」
そういうことか。私にだけわかる言葉で、聖女の私を処刑するのにふさわしい場所だと言っているのだ。
(本当に、残酷な人……)
しかも突き落とす役は、恋人のカイル。ああ、元恋人といったほうが、気が楽かもしれない。だって、彼は今、私に剣を突きつけて、王女の命令どおりに崖から落とそうとしているのだから。
「……悪く思わないでくれ」
カイルの声が聞こえる。もう、何も考えたくない。ただ一つ悔やむことは、あのネックレスと死ねないこと。こんな苦しい現実じゃなくて、きれいな思い出だけを胸に死にたかった。
後ろから、じゃりっと地面を踏みしめる音がした。
(そろそろね……)
別に覚悟が決まったわけではない。あまりの恐怖に、思考停止しているだけ。私はゆっくり目を閉じ、最後の時を待った。そして次の瞬間。
どん、と強い力で背中を押され、私は一人、谷底に落ちていった。
(……えっ? なにこれ?)
違う。私ひとりじゃない。後ろから、私を強く抱きしめている人がいる。
これは……カイルだ!
「目を閉じてくれ!」
目の前には、激しく流れる濁流が迫っていた。そして気づいた時には、まぶしい光が私たちを包み、視界が真っ白に染まっていた。




