4話 捕らえられた聖女
(うれしい……! 話せないってこと、気づいてくれた!)
私がすぐさまこくこくとうなずくと、カイルは隣にいた騎士に指示を出した。
「ケリー、魔力検査板を持ってこい」
「はっ!」
(あっ! あの人、カイルの部下のケリー補佐官だ! 彼も一緒に浄化の旅に行ったんだよね)
でも、やっぱりケリーさんも私のことがわからないみたいだ。ちらりと横目で私を見たけど、あれは警戒している顔だ。
(はあ……ダメか。せめて教会のアメリさんか、ブルーノさんに会えないかな……)
名残惜しい気持ちでケリーさんの背中を見ていると、語気を強めたカイルの声が聞こえてきた。
「とりあえず、侵入者の魔力を調べようと思います。国に登録してある魔力と合致すれば、すぐに身元が分かりますので」
カイルが周囲にそう説明すると、その場にいる人たちはほっとしたように話し始めた。
「そうだな。国民はみな登録しているのだから、すぐにどこの誰か判明するだろう」
「犯罪歴があれば、仲間もわかるのではないか?」
「それにしても転移じゃないとすれば、この部屋にどうやって……」
(そうだった! 私も魔力と一緒に、名前や聖女だということを登録したんだった。これなら話せなくても、私のことをわかってもらえる!)
安心すると、一気に力が抜けていく。私はほっと息を吐き、顔を上げた。あいかわらずカイルは私を警戒して睨んでいるけど、すぐにわかってもらえるはずだ。
(とにかく犯罪者だけは避けたい。私が聖女だとわかったら、教会に連れて行ってもらえないかな……)
みんなの記憶がないことや、カイルとアンジェラ王女の婚約話もすごく気になる。この一年で何があったのか知りたい。だけど今は、そんなことを言っている場合じゃない。ここは日本とは違う。王族が絶対の権力を持っていて、罪が大きければ即処刑だってありうる世界なんだ。
(それに、話せないのもおかしいよ。こうして黙っていれば何も痛くないのに、話そうとしたときだけ痛みだすなんて……)
もしかして、私は魔術にかかっているのだろうか? それなら師匠に会えば、なんとかなるかもしれない。この国にもたくさんの魔術師がいるけれど、そのトップにいるのが師匠のジャレドなのだ。
「持ってまいりました!」
ケリー補佐官は、透き通った石で作られた「魔力検査板」を手にしていた。一度目の召喚で使ったことがあるから、見覚えがある。たしか、あの板に手を当てると、魔力の性質によって色が変わり、魔力量や登録者がわかる仕組みだった。
(私は聖魔力だから虹色だったはず。教会の人もその色を見て、一目で聖女だってわかってくれた。だから今回も、これでわかってもらえるよね……)
「ここに手を置くんだ」
縛られていた縄を解かれ、目の前に差し出された魔力検査板に手を置こうとした。しかし、ずっと拘束されていたせいか、手が震えて動かない。私がもう片方の手で震える手を押さえようとすると、見かねたカイルがため息をつき、私の手に自分の手を上から重ねた。
「これでいいだろう。しばらくこのままでいれば、魔力が判明する」
ぼそりと呟いたその言葉は、さっきよりも少しだけ優しくなっていた。
(もうやだ……泣きそう)
懐かしいカイルの手のぬくもりが、目の奥を熱くする。この手は、私を優しくなでてくれた手。
浄化に失敗して苦しんでいたときに、背中をさすってくれた手。
プロポーズをして、抱きしめてくれた手だ。
――あの日に戻れたら、どんなに幸せだろう。
そんな叶うはずのない願いを、心の奥になんとか押し込めて、私は手にぐっと力を込めた。しかし、どれだけ待っても何も反応しない。虹色の光どころか、光ることすらしなかった。カイルや検査を見守っていた人たちも、その異常事態に騒ぎ始める。
「まさか、魔力がない?」
「そんなこと、ありえるのか?」
「それなら、この娘はどうやって生活していたんだ? 水を出すのにも魔力は必要だろう」
「もしや他国からの侵入者か?」
「ですが、隣国でも魔力なしは聞きませんよ」
周囲の人たちが口々にそう言うなか、カイルの後ろにいたアンジェラ王女が、にやりと意味深な笑みを私に向けた。
「魔力がないなら、この侵入者を操っている黒幕がいるのでしょう。その協力者を隠すために、わざと話せないふりをしているのではなくて? カイル、わたくし怖いわ」
さっきまでの笑みが消え、今度は私を怖がるような態度でアンジェラ王女が話し始めた。その意見に周りも「確かにそうかもしれない」「話せないなんてあり得ないからな」と賛同し始める。
(そんな……! 黒幕なんていないし、話せないのも事実なのに!)
「拷問をして、仲間のことや王宮で何をするつもりだったのか、吐かせればいいのでは?」
(ご、拷問……!)
日本では聞くことのないおそろしい言葉に、ばくんと胸が跳ね上がる。その意見を言った人物は、アンジェラ王女の隣に立ち、私をじっと見つめていた。残酷な言葉を口にしたというのに、その顔には何の表情もなく、まるで人形のようだ。
(あの男の人……もしかして、アンジェラ王女の家庭教師?)
見覚えのあるその人の名は……たしかエリックだ。アンジェラ王女以外の人には無関心で、もちろん私も会話をしたことなどない。隣に立つ王女は、エリックの発言に「それが一番いい方法だわ」と満足そうに笑っている。
しかし、二人の会話を黙って聞いていたカイルは、苦々しい顔で口を開いた。
「アンジェラ王女、拷問による自白は国家間で禁止されております。この侵入者が他国の者だった場合、大問題になります。それに、騎士団に命令を下せるのはアルフレッド殿下だけです。殿下も明日には王宮に戻られますので、それまでこの者の処遇は保留にいたします」
その返事に、あからさまに感情をむき出しにしたのは、やはりアンジェラ王女だった。わなわなと体を震わせ、私を指差すと大声で叫びだした。
「なら、すぐにこの者を牢屋に入れなさい! わたくしは聖女としての仕事があるのですから、こんな女を見ていたら魂が汚れてしまうわ!」
(聖女……? アンジェラ王女は、今自分のことを聖女って言った?)
一年前、この国に召喚された時は、聖女は私ひとりだけだった。その時すでにアンジェラ王女はこの国にいたのだから、聖女のはずがない。それとも、私がいない間に聖女の力を覚醒させたのだろうか?
「……わかりました。ではこの侵入者を牢に連れて行け。ただし、手荒なまねはするな。ただの利用された被害者かもしれん。すべてはアルフレッド殿下が戻ってからだ」
「はっ!」
(牢屋……私、牢屋に入れられるんだ。本当に無事でいられるのかな?)
拷問、牢屋――普段の生活からあまりにもかけ離れた展開に、頭がくらくらする。それでもカイルの指示どおり、乱暴なことはされず、淡々と地下に連れて行かれた。入れられた部屋は湿っていて、かび臭かったけど、文句など言えるわけがない。
(まあ、そもそも話せないから、文句は言えないか……)
アルフレッド殿下は明日戻ってくるって言っていたけれど、この様子では期待は持てそうにない。だって、誰ひとり私のことを覚えている人がいないのだ。殿下だって、それは例外ではないはず。
(それでも殿下は思慮深く、冷静な人だ。不法侵入というだけなら、罪に問わないかもしれない)
とにかく明日まで待とう。
私は出された食事にも手をつけず、ただただ夜が明けるのを牢屋の隅で待っていた。
その時だった。
コツ、コツ、と誰かがこちらにやってくる音が聞こえた。遠くてはっきりしないけれど、看守と話す男の人の声も聞こえてくる。
(もしかして、カイル……?)
私はあわてて鉄格子をつかみ、こちらに向かってくる人の姿を探した。暗い廊下に、オレンジ色のランプの灯りがゆらゆらと近づいてくるのが見える。しかし、そこに現れたのは――。
「久しぶりね。サクラ」
アンジェラ王女だった。
後ろには、先ほど私を拷問しろと言ったエリックも立っている。
(え……? 今、私の名前を呼んだ? じゃあ、王女は私のこと覚えているの?)
声を出すこともできず、目を大きく見開いたまま二人を見つめていると、王女は口の端をゆがませて笑い始めた。




