エピローグ サイラの木の下で、愛する妻と
「愛してるわ、カイル」
――ようやくこの日を迎えられた……。
目の前にいる妻は、この国に来てからというもの、過酷な運命に翻弄されてきた。今日という幸せな日があるのは、彼女があきらめずに頑張ったからだ。一度目はまだしも、二度目の召喚でこの国に来た彼女は、言葉では言い表せないほど、つらく苦しい日々を送っていた。
――彼女を守り、本当の笑顔になってもらいたい。
そう決意したあの日の願いが、今日ようやく叶ったのだ。
「俺も愛してる」
最初にプロポーズしたのは、サイラの木の下だった。花言葉なんてがらでもないが、どうしてもあの花の意味を彼女に伝えたかったのだ。
――サイラの花言葉は、永遠の絆。
それがついに現実になり、俺たちは皆に祝福され、永遠を誓った。
「カイル、見て! サイラが笑った!」
「……なんて可愛いんだ!」
あれから俺たちには新しい家族ができた。女の子で、名前はもちろん「サイラ」。目元がサクラにそっくりで、生まれたばかりの赤ん坊だ。天気の良い今日は、親子そろって庭で日向ぼっこをしている。
「あ~こらこら。サイラ、ネックレスは引っ張らないで」
サクラの胸元には、あの日交換したネックレスが光っている。抱っこされてちょうどよい高さにあるせいか、サイラのいいおもちゃになっていた。サクラはネックレスを服の下に隠すと、意味深な顔で俺のほうを見た。
「サイラもいつか素敵な人と、魔力を交換する日が来るのかな?」
「なっ! そんなこと、まだ俺は考えたくない!」
「もう……女の子なんて、あっという間に好きな子ができるよ? 今から覚悟しておかないと」
「そ、そんな……早すぎるだろう……」
「冗談だよ! サイラはまだ赤ちゃんだしね!」
サクラはアメリと目を合わせ、くすくす笑っている。ありがたいことに結婚後も、アメリとブルーノはサクラの世話をしてくれている。アメリはサイラの乳母、ブルーノは屋敷の執事として、夫婦そろって働いてくれることになったのだ。
「ごめんね。カイルの反応が面白くて、ついからかっちゃう」
「ブルーノも同じですよ。娘のこととなると、変なことばっかり言って……」
どうやらブルーノも自分の娘に関しては過保護になるようだ。複雑な顔でお茶を出しながら、「私はカイル様のお気持ち、わかりますよ」と小声で呟いた。
「そろそろ、ジャレド様が来る時間ですね。今日は転移の魔法陣を設置してくれるんですよね」
「ああ。でも彼のことだから遅刻するんじゃないか?」
新しい結界ができ、サクラの聖女としての務めは終わった。しかし、役目が終わったからといって聖女という地位は揺るがない。むしろ偉大な聖女に会わせてくれと、さまざまな国から要望がきている。危険がないとは言えないのだ。
そのため、俺たちの屋敷はジャレドによって強固な結界が張られた。とはいえ、サクラたちを軟禁状態にするわけにはいかない。時には聖教会や王宮にも顔を出す機会はあるし、なにより家にいるばかりでは彼女も息が詰まるだろう。
そこで、安全な移動手段として、教会や王宮に直接転移できる魔法陣を置くことになったのだ。提案したのは意外にもジャレドだった。
「安全だとはいえ、屋敷の庭ばかりじゃ、サクラはつまらないだろうから助かる。ありがとう、ジャレド」
「いいんだ。僕も伯父さんのお小言から逃げたいからね~」
「ふっ……。歓迎するよ」
本当は知っているのだ。サクラが司教様や、教会の皆に会いたがっていることを。教会は彼女にとって、くつろげる実家のようなもの。
(以前は軽薄な人だと思っていたが、サクラの言うとおり優しい人だ)
ちなみに俺は、結婚を機に騎士団長を降り、聖女サクラの護衛騎士となった。しかし所属は騎士団のままなので、訓練や書類仕事は王宮ですることが多い。サクラの身に何かあったとき、すぐに駆け付けられないのが不満だったが、これで解消する。
そんなことを考えていると、目の前にジャレドが現れた。
「師匠!」
「お待たせ~! じゃあ早速、魔法陣を設置しようか!」
珍しく時間通りに現れた彼は、妙に上機嫌だった。しかもいつもならだらだらと昼寝などして過ごすのに、今日はやたら急いでいる。サイラを抱っこするのもそこそこに、すぐに仕事に取り掛かった。
「よし、これで教会と、ここがつながったね」
屋敷の中でも最奥の部屋に魔法陣を設置すると、ジャレドはさっさと次の設置場所である王宮へ転移していった。
「あれ? 師匠、もう行っちゃったの?」
「ああ、ここと王宮もつなげるからと、行ってしまった。しかし今日はやたらと急いでいたな」
「……ああ、最近王宮に可愛い子がいるって言ってたから、きっと口説きに行ったんだと思う。まったく、あいかわらずなんだから……」
「そ、そうだったのか」
サクラは「いいかげん落ち着けばいいのに」などとあきれているが、なぜか俺はジャレドの変わらなさに安心する。そして、ふと頭に浮かんだある言葉を口にした。
「しょうがないだろ。だってジャレドは『異常な女好き』なんだから」
俺たちが最初に会ったときに、サクラがそう言ったのだ。上半身裸のジャレドで浄化の練習をしていたサクラを見て、俺は二人がやましい関係だと誤解した。すると、「師匠は異常な女好きだから、俺が勘違いするのも当然だ」とサクラが言って、俺を笑わせたのだ。
サクラもすぐにあの日のことを思い出し、ぷっと噴き出した。
「あはは! そうだったね! 師匠は異常な女好きだった! ふふ。カイルったらよく覚えてるね」
「ああ、忘れられないからな」
二人で笑い合っていると、娘のサイラが大きなあくびをした。寝つきがよい子で、むにゃむにゃと口元を動かすと、ぐずることなく眠ってしまう。
「可愛い……」
「ああ、本当に可愛いな」
ゆりかごに入った娘を見つめ、二人で顔を見合わせる。
その時、ひらひらとサイラの花びらが娘の髪についた。庭に植えた大きなサイラの木は、今年も満開の花を咲かせている。
もう二度と、二人の思い出が奪われることはない。俺たちは幸せを確かめるように、唇を合わせる。
(この幸せが永遠に続くよう、俺はこれからもサクラとサイラを守り続ける)
透き通るような空の下、咲き誇るサイラの木の下で、俺はそう誓った。




