37話 満開の花の下で愛する人と
「サクラ様! ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう、アメリさん! 今日はよろしくお願いします!」
とうとう、今日は私とカイルの結婚式だ。嬉しいことに、空は雲ひとつない快晴。ちょうど良い暖かさで、窓を開けると心地よい風が吹き抜けていく。
「この天気なら、お庭での結婚式も気持ちよさそうですね」
「風も強くないし、みんなで楽しめそう!」
ずっと憧れていたガーデンウェディングを叶えるために、私は教会の中庭での結婚式を司教様にお願いした。この国では東屋やテラスでお茶をすることはあっても、庭で会食をすることはない。ましてや、結婚式を屋外で――という発想に司教様はかなり戸惑っていた。
「最初は私も外で結婚式を? と驚きましたが、お庭はサイラの花も満開ですし、とても素敵に飾りつけされていましたよ」
「本当! 嬉しいなあ〜」
「ブルーノさんってちょっと乙女なところがありますでしょ? だから彼がかなり張り切って、リボンやレースで会場の準備をしていました」
「あはは、そうだったね。ポプリ作りも上手だし。それで? 二人は気持ちを打ち明けたのかな?」
結婚式の準備で忙しかったせいで、アメリさんと恋の話をするのも久々だ。すると彼女はポッと頬を染めて、小さな声で呟いた。
「今日……言おうかなと思ってるんです」
「うわあ! そうなの!」
「秘密ですよ! 断られたら笑ってください」
「もう、何言ってるの! そんなことあるわけないじゃない!」
(そう、あるわけないのだ。だって昨日まったく同じことを、ブルーノさんから聞いたんだから!)
自分の結婚式も楽しみだけど、お世話になった二人が幸せになるのは何より嬉しい。今日という日は、本当に楽しい一日になりそうだ。
「そんなことよりサクラ様、ドレスに着替えましょう!」
「ふふ。そうだね」
赤い顔を隠すようにアメリさんが言い、あわててドレスを持ってきてくれた。ベビーピンクのふんわりとしたドレスで、胸元と裾にはサイラの花の刺繍が入っている。腰には濃い目のローズピンクのリボンがついていて、少し甘めの可愛いデザインだ。
「ブルーノさん、刺繍お上手!」
「本当に……私、お裁縫苦手なんですけど。女らしくないって断られたらどうしましょう……」
なんと、この刺繍をしたのはブルーノさんだ。私が「サイラの枝は固いからブーケにできなくて残念だ」と言ったら「それならドレスに花の刺繍を入れましょう」と引き受けてくれたのだ。てっきり職人さんがするのかと思っていたけど、彼の腕前はプロ並みだった。
「あと、こちらですね」
そう言ってアメリさんが箱から取り出したのは、美しい宝石が散りばめられたティアラだ。カイルのお母様が結婚式に着けたもので、私にプレゼントしてくださったという。カイルの言うとおり、私のことを娘ができたと大喜びしてくれた。
「サクラ様、すごくお似合いです」
「えへへ。本当?」
鏡の中の自分を見て、我ながら思う。
――今日の私は、人生でいちばん綺麗だ。
肌の艶も、頬の色も素晴らしく、幸せに満ちた顔をしている。
(頑張ってこの日を迎えたんだもん。今日くらい、自信を持っていいよね)
「準備ができましたから、行きましょうか。カイル様、きっとソワソワしてますよ」
一階へ降りると、アメリさんの言葉どおりカイルが落ち着かない様子で待っていた。私と目が合ったのに、ぼうっとして動かない。
「……なんて、美しいんだ。誰にも見せたくない」
「カイル! 嬉しいけどお化粧が取れちゃう」
「ああ、そうか。でも化粧が落ちたところで君の美しさは――」
「カイル様! もう皆さん集まってますよ!」
アメリさんの声に、カイルはあわてて私の手を取り、エスコートを始めた。二人のやり取りに緊張がほぐれ、私も転ばないよう気をつけながら庭へと進む。
「お庭に到着しました。ドアを開けますね」
アメリさんとブルーノさんが、同時に扉を開けた。
(うわあ……! ブルーノさん、すごい!)
そこに広がっていたのは、想像を超えるほど素敵な光景だった。テーブルの上も、通路も、色とりどりの花々でいっぱい。私の名前が花の名前だということ、サイラが思い出の花だということ。それらを聞いたブルーノさんが、すべてを花で彩ってくれたのだ。
「ブルーノさん! すごく素敵です! ありがとうございます!」
「こちらこそ、そんなに喜んでもらえて嬉しいです。でも特別思い入れがあるのは、祭壇なんです。さあ、どうぞ。司教様がお待ちですよ」
(祭壇が特別……?)
カイルはもう知っているらしい。ブルーノさんと笑顔で目配せを交わし、きょとんとする私をエスコートしていく。会場にはたくさんの人が来ていた。カイルのご両親や騎士団のみなさん。そして師匠が教会全体に結界を張ってくれたおかげで、特別にアルフレッド陛下まで来てくれていた。奥では、大好きな司教様が、涙ぐみながら私たちを見つめている。
その視線の先、ひときわ大きなサイラの木の下に祭壇があり、そこが私たちの誓いの場だった。
「これって……」
「ああ、プロポーズした時の再現をしたくてな。ブルーノと考えたんだ」
あの日、私たちはサイラの木の下で愛を誓った。それが今、目の前にある。
「……サイラの花言葉を覚えているか?」
「うん。もちろん覚えてる。……『永遠の絆』だよね」
私の返事に、カイルは嬉しそうに微笑んだ。
(うう……始まったばかりなのに泣きそう!)
「コホン! ほらほら、泣いてないで式を始めるぞ」
その声に、私はあわてて前を向く。司教様は優しく微笑むと、よく通る声で式の開始を宣言した。
「これより、カイル・ラドニーと聖女サクラ・ワタナベの婚姻の儀を始める」
聖水で手を清め、神に捧げられた花びらを全身に受ける。司教様が古代語で祝詞を捧げると、祭壇が虹色に光り出し、思わず息を呑んだ。
今回、一つだけ私の要望も入れてもらった。それがカイルとの魔力交換だ。すべての儀式を終えると、司教様が参列者にそのことを説明する。
「聖女サクラの世界では、婚姻の際に装飾品を交換する儀式があるそうだ。皆さん、見届けてください」
アメリさんが私に、ブルーノさんがカイルに、ケセラの町で買った小瓶のネックレスを手渡す。二人同時に蓋をあけ、お互いの魔力を小瓶へと注ぎ込む。そして、そっとお互いの首にかけあった。
(また私たちを守ってね……)
満開のサイラの下で誓ったあの日。途切れた縁をつなぎ直し、今、再び一緒に立っている。
(あの時、旅の途中で交わした小瓶が――今、永遠の誓いになるなんて)
私たちはお互いの顔を見つめ合い、司教様の次の言葉を静かに待った。
「では、神に誓いの口づけを捧げなさい」
実は……カイルとキスするのはこれが初めてだ。記憶が戻ってから何度となくそういう雰囲気になったけど、「ここまで待ったなら、最初のキスは結婚式がいいな」と言ってしまったのだ。
(あんなこと言わなきゃよかったと枕を何回も叩いたけど、待ったかいがあったかも)
だって、あのプロポーズの続きみたいだ。 私はほんの少しうつむきながら、一歩前に進む。カイルの手が肩にふれたのを合図に、私は顔をあげ目をつむった。ゆっくりとカイルが近づく気配がして、彼の唇が重なった。
――その瞬間、すべての苦しみが溶けていった。
カイルに会えなくてつらかった日々も、呪いをかけられて苦しかったことも、なにもかも霞んでいく。目を開ければ、そこにはカイルがいる。それだけで十分だった。
そして私たちが同時に祭壇のほうを見ると、司教様はニッと笑い、高らかに宣言した。
「ここに、カイル・ラドニーと聖女サクラ・ワタナベの結婚を認める!」
わあっと歓声があがった。私とカイルも顔を見合わせ笑い合う。すると客席から一人の男性が立ち上がったのが見えた。師匠だ。
「サクラ、僕からのプレゼントだよ」
そう言うとジャレドの足元に魔法陣が浮かび上がった。そのまま両手を掲げると、ぶわりと風が巻き起こる。
「きゃあ!」
「ジャレド! おまえ何してるんだ!」
司教様の怒声が聞こえ、式を見守っていた皆もなんだなんだと騒ぎ始める。私もわけがわからない。するとジャレドが楽しそうな声で空を指差した。
「みんな、上を見てみなよ!」
(え……?)
突き抜けるような青空に、サイラの花びらが舞っている。まるで桜吹雪ように、ひらひらと薄いピンクの花びらが次から次に降り注ぎ、その美しい光景に息を呑んだ。
「綺麗……」
「ああ、すごいな」
思わず花びらを手に取ると、みんなも同じように楽しんでいた。ケリーさんやアルフレッド殿下。カイルのご両親。司教様も近くに降ってきた花びらを、まるで蚊でも叩くように取っている。
(あの二人もうまくいったみたい)
遠くでは、アメリさんとブルーノさんが同じ花びらを取って、顔を赤くして笑っていた。
(なんて幸せな光景なの……)
――サイラの花言葉は、永遠の絆
つらく苦しいことはたくさんあったけど、私はこの世界に来れてよかった。この花吹雪も、みんなの笑い声も。すべてが愛おしい。
そして――隣には、愛する夫のカイルが私に向かってほほ笑んでいる。
(私が帰る場所は、ここなんだ……)
目の前の景色は一度失ってしまい、もう取り戻せないと思った幸福だ。今カイルが私の隣にいることすら、奇跡のように感じる。その喜びにいつもは恥ずかしがって言えない言葉が、自然と口からこぼれた。
「カイル、愛してるわ」
言葉にした瞬間、彼は目を丸くして驚き、少し泣きそうな顔をした。
「俺も……サクラを愛してる」
かつて声にできなかった日々を思えば、こうして言葉で伝えられる幸せが胸にしみる。
(これから何度でも、愛してるって伝えていこう……)
そんな私たちを見て、師匠がからかうように叫んだ。
「ほらサクラにカイル! 二人の世界に入ってないでさ、もう一度、みんなに幸せを見せてよ!」
「そうだそうだ! 団長!」
「サクラ様! もう一度ですよ!」
みんなも大騒ぎだ。アルフレッド殿下も司教様も、師匠を止めるどころか、期待に満ちた顔でこっちを見ている。
「もう師匠ったら……」
「いいじゃないか。みんなサクラの幸せな顔を見たいんだ」
「それ、カイルがキスしたいだけじゃ……んん」
文句の途中で、カイルに唇をふさがれた。
(もうこうなったらしょうがない!)
私が背伸びしてカイルの首に腕を回すと、その瞬間、会場から「おお〜っ!」と歓声があがった。カイルも目を丸くして驚き、あわてて私の体を離す。私がニヤリと笑うと、アルフレッド殿下の「これは尻に敷かれるな」という声でいっせいに皆が笑い出した。
私はふふんと得意げに笑い、カイルも少し照れながら笑っている。
雲ひとつない、澄み渡る青空の下。
みんなに祝福され結ばれた私たちは、幸せな笑い声に包まれていた。




