36話 愚か者の末路
「聖魔力というのは神から授かったものだ。どういうわけか僕ももらっちゃったけどね。その聖なるものを悪用した二人は、今頃いっそ殺してくれって思うほど苦しんでるよ」
ごくりとブルーノが喉を鳴らす。静まり返った部屋で、ジャレドだけが優雅にお茶を飲んでいる。
「二人は今、サクラが味わった口封じの呪いの痛みや、処刑される死の恐怖を繰り返し体験している。気絶しても、また目覚めれば再び痛みが襲う。……そうやって今も、のたうち回ってるよ」
その光景は、昨夜、俺が見たものだった。アルフレッド殿下の護衛として彼らの様子を見に行ったのだが、二人はサクラやジャレド、そして目の前にいる殿下への恨み言を叫び続けていた。
「最初はね、サクラに言ったように『術返し』だと思ったんだよ。けど違った。魔術の痕跡がまったくないんだ。陛下に解呪を頼まれたけど無理。俺にはできない。できるとしたらそれは――神だけなんだよ」
その陛下も、明日には退位される。以後は王族の領地で静かに暮らすことになるだろう。王女やエリックがサクラにしたことは国民には伏せられているが、要人たちは皆知っている。噂として貴族の間にも広がっているはずだ。
そのせいか、王宮はもちろん国中が殿下の即位でお祭り状態だ。殿下は即位式で「大聖女としてパレードをやろう」と言い出したが、サクラは即座に「絶対に嫌です!」と断っていた。
「僕たちが二度目の忘却の呪いにかからなかったのも、神様のおかげかもね」
あの後、サクラから二度目の忘却の呪いの話を聞いた時、皆の怒りはすさまじいものだった。一人連れ去られたあの寂しい森で、絶望した彼女の気持ちを思うと、王女たちが神の怒りを買って当然だと思う。
「まあ、神も無慈悲じゃないから、二人が本当に反省したら、呪いが解けるかもしれないけど〜」
「それは難しいだろう」
反省どころか、自分たちが何をしたのか理解すらしていないのだ。神の赦しが訪れるなど到底思えなかった。俺がきっぱりと言うと、ジャレドはニヤリと笑って「だよね〜」と言ってお茶を飲んだ。
「おや? カイルはそろそろサクラのもとに行ったら? 今頃、彼女のまわりには話したい人が集まって困っているはずだよ〜」
「しまった! それでは失礼する!」
二人がニヤニヤした顔で俺を見送っているが、いつものことなので気にも留めない。むしろ仲の良さを知られているほうが都合がいい。案の定、衣装合わせの部屋に行くと、アルフレッド殿下が彼女に会いに来ていた。
「あっ! カイル!」
「殿下! 私より先に彼女のドレス姿を見ないでください!」
「え……一番に言う言葉がそれかい? 非番とはいえひどいな」
サクラの隣に立つ殿下を見るだけで、胸がキリキリと痛む。
(ぐっ……! 二人が並ぶとなんて絵になるんだ。笑い合う姿なんて、まるで彼らのほうが婚約しているみたいだ……)
「ほら、来たでしょう? カイルは君なしでは生きられない体だからね」
「もう、殿下ったら、変な言い方しないでくださいよ。カイルはそんな人じゃ――」
「いや、そういう人でいい。だから殿下、サクラの隣にいないでください」
「……カイル、性格変わってないか?」
俺の態度に殿下は呆れ顔だ。ケリーやアメリもニヤニヤ笑っているが、どうでもいい。正式に結婚するまでは不安でしょうがないのだ。何度かそう殿下たちには伝えたのだが「結婚後も一緒だと思うぞ」と笑われた。
「それで、ドレスは決まったのか?」
殿下と別れたあと、俺たちは二階のテラスでお茶をしていた。ここならば結婚前の男女が多少触れ合っていても、見られることはない。
「うん! 初めからイメージがあったから、すぐ決まっちゃった」
テーブルの下で手をつなぎ、顔を寄せ合って会話する。以前の俺なら絶対にしない行為だ。
「あのね、私のいた世界では、結婚式の時は白いドレスを着て、お花のブーケを持つの。でも、私が持ちたい花はブーケには向いてなくて。だからドレスを白じゃなくて、そのお花の色にしようって決めたんだ」
彼女がかたくなに「お花」と言うので、すぐにその花の名前がわかった。
「それはもしかして『サイラ』のことか?」
「えっ! すごい! カイル、よくわかったね!」
「わかるさ。サクラとサイラは似た花だって、君が教えてくれたじゃないか。記憶がない時、仮の名前にもした」
「うん……」
俺は握っているサクラの手に、そっと力を込める。
「それに、プロポーズした時に言ったろ。結婚して女の子が生まれたら、名前はサイラがいいって」
その言葉にサクラが顔を上げた。頬を染め、潤んだ瞳で俺を見つめている。
(サイラにはもうひとつ大事な意味があるが……それは明日のお楽しみだな)
「あの仮の名前をつけた時ね、その会話も思い出したの。もうすぐサイラの花が咲くでしょう? だから、薄いピンク色のドレスがいいかなって」
結婚式を執り行うのはもちろん聖教会だ。司教様自らが執り行い、教会も総力を挙げて準備している。式を挙げる頃には教会の庭にもサイラの花が咲き誇っているだろう。
「いい結婚式になりそうだな」
「うん! みんなで楽しく過ごせる時間にしたいの」
俺たちは笑いあい、そしてお互いの気持ちを確かめ合うように、ぎゅっと手を握りしめた。




