32話 忘れない想い
「サクラ! 大丈夫か!」
(えっ? この声は……カイル?)
私のもとに駆け寄ってきたのは、まぎれもなくカイルだった。
(彼が助けに来てくれた? 記憶は……? どうやってここに来たの?)
いくつもの疑問が頭を駆け巡り、私は返事をすることも忘れ、ただ彼の姿を見つめてしまう。
「カ、カイル。……私のこと、覚えてるの?」
「なんのことだ? サクラを忘れるわけないだろう?」
(……忘れてない? じゃあ忘却の呪いは失敗したってこと? でも、一度目のことまでは思い出してないみたい……)
混乱で頭が真っ白になる。そんな私の目の前で、カイルは素早く縄を切り、忌々しいものを見るような目で魔法陣を破り捨てた。
「どうやって、ここがわかったの?」
「ジャレドが、王女が使った転移の魔法陣を復元したんだ。だが、それで魔力が尽きてしまい、ここへは来れなかった。それに俺もかなりの魔力を――」
その時だった。
一瞬、カイルの足もとに誰かの手が見えた。その手には青い魔力を帯びた魔法陣が握られている。私はすぐさまカイルに向かって叫んだ。
「カイル! 逃げて!」
「ぐっ!」
私の叫びもむなしく、彼の足元の魔法陣が発動した。まばゆい光が走り、カイルはうめき声をあげ倒れる。倒れる寸前、彼は私の体を突き飛ばし、ケセラの町のほうを指差した。
「サ、クラ……逃げ……ろ」
「カイル! そんな……! まさか魔力を吸われたの?」
「……ああ……やら、れた」
ここまでの転移で、すでに魔力をほとんど使い果たしていたのだろう。
(ただでさえ魔力がないのに、これ以上吸われたら……カイルが死んでしまう!)
私はふらつく体でなんとか立ち上がり、ありったけの力で彼の体を引っ張った。
(魔法陣からカイルを出さなきゃ! このままじゃ、ずっと吸われっぱなしになってしまう!)
「絶対に! 助けるから……!」
健康な時でも、脱力した男の人を運ぶのは困難だ。それでも私は必死だった。その間も、どんどんカイルの魔力が魔法陣に吸い取られていく。
「う……うう」
「カイル……頑張って……!」
ようやく魔法陣の外へ引っ張り出した時、カイルの顔は青白く、唇が乾いて白くなっていた。呼吸は浅く、かすかな唸り声しか出せない。
「だ、誰か……」
(今の私には魔力がない。同じ聖魔力じゃなくても、少しでも体に魔力が入れば助かるかもしれない!)
しかし、近くにいるのはエリックとアンジェラ王女だけ。
エリックはさっきの魔術で魔力を使い果たしたのか、地面に倒れてピクリとも動かない。残ったアンジェラ王女は、尻もちをついたまま、青ざめた顔でこちらを見ていた。
(もう、王女の魔力でもいい! カイルを助けなきゃ!)
「アンジェラ王女! カイルに魔力を流してください! このままじゃ死んでしまいます!」
王女だってカイルを愛しているはず。きっと助けてくれる――そう信じた。だが、アンジェラ王女は一歩後ろに下がり、おびえたように首を振った。
「無理よ! 私だって魔力はもう使い果たしたわ!」
「そんな……! このままじゃカイルが……! そうだ、アルフレッド殿下に連絡を! 助けを呼んでください!」
カイルは旅の途中でも、手紙を受け取っていた。アメリさんだって使っていた方法だ。きっとアンジェラ王女だってできるはず!
しかし王女の答えは冷たかった。
「いやよ! こんなこと知らせたら、お兄様は怒って私を一生塔に閉じ込めるわ! もうカイルなんていらない!」
子供のように叫ぶと、アンジェラ王女はそのまま森の奥へと逃げていった。
(信じられない……。あんなにカイルに執着しておきながら、結局は自分が一番大事だっていうの?)
師匠も魔法陣の復元で魔力を使ってしまって、ここには来られない。私も魔力をすべて奪われた。もうカイルを救う手段が思いつかない。
(どうして神様は私たちに聖魔力を授けたの? 私もカイルも、この国のために頑張ってきたのに……それなのになぜ助けてくれないの……!)
「うっ……ゲホッ……」
「カイル!」
カイルが苦しそうに咳き込んでいる。首元までボタンが閉まっていて苦しそうだ。少しでも楽にしてあげようと、私は震える手で彼のシャツのボタンを外した。
――その時だった。
カシャン、と金属がこすれる音がした。
「これは……」
カイルの胸元で、何かがキラリと光っている。
「カイル……!」
そこにあったのは、二人で贈りあったあのネックレスだった。細いチェーンの中央に、お互いの魔力を込めた小瓶のチャーム。私がカイルの首にかけてあげたのだ。
(ずっと持っていてくれたの? 私のことを覚えていない時も、ずっと……)
離れていても、記憶がなくなっても、私たちはずっと繋がっていた。そう思うと、胸の奥が熱くなってくる。
(そうだ。私たちはあの日、サイラの木の下でずっと一緒にいようと誓ったんだ。あきらめるもんですか!)
「カイル、待っててね。絶対に助けるから!」
大きく深呼吸し、震える手で小瓶を手に取る。
ゆっくりと慎重に。
私はそこに込められた聖魔力を絶対に取りこぼさないよう、そっとふたを開けた。




