33話 忘れた記憶
(私に聖魔力を授けた神様! いるのなら、どうかカイルを救って!)
私はふたの空いた小瓶を手で包み込み、ゆっくりと自分の体に魔力を取り込んでいく。その瞬間、熱い奔流のような力が全身を駆け抜け、私は思わず体を震わせた。
(なにこれ……すごい!)
まるで全身が心臓になったようだった。ドクドクと血が脈打ち、急激に増えた魔力がまるでマグマのように体中を暴れまわっている。
「う……うう」
「カイル、もう少し、だから……まって、て……」
(苦しい……! でもあと少し。あと少しで、魔力を流せる……!)
必死に暴走する魔力を受け止めていると、少しずつ流れが穏やかになってきた。私はそれを両手にゆっくりと集め、そして、一気にカイルの体へ流し込んだ。
「うあ……っ!」
私の魔力が熱いのだろう。カイルは身をよじり、苦しそうに声を上げる。でもこれしか方法はない。私はつらそうな彼を抑え込むように、魔力を流し続けた。
「カイル、頑張って……!」
注ぎ込んだ魔力が彼の体の隅々まで行き渡り、頭の先から足のつま先まで届いた。やがて薄い虹色の光が全身を包むと、みるみるうちに顔色が戻っていく。荒かった呼吸も、落ち着いてきた。
(さっきまであんなに青白かったのに……良かった!)
「サ、サクラ……」
「カイル! ラクになった?」
カイルがうっすらと目を開け、私を見つめる。汗をぐっしょりかいて、まだ苦しそうなのに、彼はよろよろと起き上がった。あわてて背中を支え、近くの木に寄りかからせると、カイルはふうっと大きく息を吐き、微笑んだ。
「……かなり良くなった。ありがとう。サクラのおかげだ」
「それは違うよ! カイルのおかげなの。カイルが持っていたネックレスに、私の魔力が入ってて……」
「サクラの魔力? あの小瓶に入っていたのか? いや、それよりサクラ! さっきから君の魔力が体からあふれているが、大丈夫なのか?」
「えっ? ああ! 本当だ! なにこれ!」
あわてて自分の体を見ると、たしかに魔力があふれ出ていた。体全体が虹色に輝き、浄化もしていないのに勝手に「聖気」が空へと昇っていっている。
「わああ! これどうしたらいいの?」
「止めることはできるか? サクラは魔力がなくても平気みたいだが、これは異常すぎる」
「わかった! やってみるね!」
たしかに体調は悪くない。けれど、ここまで魔力があふれると何かが起きそうで怖い。
(でも、魔力ってどうやって止めるの? やったことないんだけど……)
しかたなく私は「水道の栓を締める」イメージで、湧き上がる魔力を抑え込もうとした。
「少し収まってきたぞ」
「でも、カイル。これ、ちょっと無理かも……」
魔力を押さえ込むたび、体が熱くなっていく。まるで沸騰したお湯に浸かっているみたいだ。しまいに汗が滝のように流れ始め、頭がクラクラしてきた。
「サクラ! 顔が真っ赤だ。一度、魔力を出したほうがいい!」
「ううう……そうする……」
私は丸く縮こまっていた体を伸ばし、立ち上がった。そして両手を高く掲げ、せき止めていた魔力を一気に解放する。
「ぷはっ!」
それは一瞬のこと過ぎて、最初なにが起こったのかわからなかった。聖気となった魔力が竜巻のように渦を巻き、空へと吸い上げられていく。
「あ、ヤバい!」
「これは……!」
巨大な虹色の光球がまるで彗星のように弧を描き、一直線に結界へと飛んでいった。光の粒を撒き散らしながら昇っていくその光景を、私とカイルは呆然と見つめている。
――パリン。
ガラスが割れるような音が響き、空全体が虹色に染まった。そして次の瞬間、結界にピシピシとひびが走る。最初は稲妻のように大きな裂け目だったが、みるみる細かいひびが全体に広がっていく。
そして、パアン! という弾ける音とともに、結界が完全に割れた。
(ひえ〜っ! どうしよう! 絶対怒られる!)
国を瘴気から守っていた結界が粉々になってしまった。でもよく見ると、空には新しく薄い膜のような光が張っている。穴が開いている様子もなく、瘴気も入ってきていない。
(……なにあれ? 空全体が虹色にキラキラしてるけど、私なにか変なの作っちゃったのかな?)
「ねえ、カイル。あれって……きゃあ!」
「サクラ!」
後ろからいきなりカイルに抱きしめられ、大きな悲鳴をあげてしまった。まるで縋るように強く、苦しいほどの抱擁。私は彼の突然の行動に驚いて、後ろを振り返った。
「どうしたの? カイ――」
「全部、思い出した……!」
「え……」
その言葉に、心臓がドクンと大きく跳ねた。
喉の奥が詰まり、言葉が出てこない。
(今、なんて言ったの……?)
たしかに聞こえたのに、頭が真っ白になって理解が追いつかない。それでもカイルが震える声で何度も「思い出したんだ」と繰り返すたび、胸の奥がじわじわと熱くなっていく。
(そうだ……結界が割れたから、忘却の呪いも解けたんだ……!)
それでも、確かめずにはいられなかった。私はカイルの大きな手に自分の手を重ね、あふれそうな涙をこらえながら問いかけた。
「……全部って、全部?」
「ああ、この交換したネックレスが、俺たちを救ったんだな」
「お、思い出してくれたの……? 本当に、本当に、全部?」
「本当だ。俺はこの町で、君にプロポーズしたんだ。そうだろ?」
――全部、思い出した
ずっと、ずっと、聞きたかった言葉だ。
一番大切な人に忘れられ、何度絶望しかけても、それでも希望を捨てずにここまできた。
「う……うう……」
目の奥がじんじんと痛んで、胸が苦しい。大粒の涙が次から次へとこぼれ落ち、もうこらえきれなかった。
「う、うわあああ。うああああ……!」
「いっぱい泣いていい。全部、受け止めるから」
後ろから切ないほどに抱きしめられ、よけいに涙が止まらない。私は子どものように声を上げ、気が済むまで泣き続けた。
「本当につらい思いをさせてごめん。俺は何度もサクラを傷つけた」
「サクラはずっと頑張ってたな。本当にありがとう」
「もうこんな苦しい思いは絶対にさせない。許してくれ」
カイルは涙をぬぐう私の頭を優しく撫でながら、何度も謝った。
(カイルが謝ることなんてない。だって、ずっと変わらず私のことを愛してくれてたのだから……)
私はようやく泣き止み、鼻をすすりながら首を横に振った。
「謝らないで。だってカイルは、記憶がないのに命をかけて守ってくれたでしょ。それに、ずっとあのネックレスを持っていてくれたから。本当に嬉しいの……」
「不思議だったんだ。買った記憶がないのに、いつの間にか胸元にあって……しかもなぜか外す気になれなかった。それにあの小瓶に触れている時だけは、気持ちが安らいだ」
「私も一緒だったよ。あっちの世界にいた時、何度もあの小瓶にさわって、あなたの元に帰りたいって願ってた。あれに触れている時だけは、希望が持てたの」
つい最近まで、そんな日々を過ごしていたのに。今こうして、温かいカイルの腕の中にいるからだろうか。ずいぶん昔のことのように感じられた。
「結界が……虹色だ」
「やっぱりあれって、結界? 私、新しく結界を張れたのかな?」
空を見上げると、さっきよりもはっきり虹色の結界が広がっている。以前の結界は透明の膜のようだったけれど、私が作ったものは、キラキラとした虹色の粉が空から舞い降りていた。
「あの粉みたいなの、なんだろう? 変なのじゃないといいけど……」
「たぶん、ケセラの町に残っていた瘴気を浄化しているんじゃないか?」
(そうかもしれない。あの町はかなり瘴気があったみたいだから。でも浄化されているなら良かった。しかも自動でしてくれるなんて、かなり助かる!)
謎の粉の正体に見当がついて安心した瞬間、大切なことを思い出した。




