31話 最後に見つけた光
(転移してる! なぜアンジェラ王女が魔術を?)
一瞬で景色が変わり、気づけば見知らぬ丘の上に立っていた。風が強く、遠くには小さな町が見える。
(……ここ、どこ?)
「大人しくしてなさい!」
「きゃあ!」
アンジェラ王女に乱暴に背中を押され、私は地面に突っ伏した。倒れたのは、魔法陣が描かれた布の上。私の魔力を吸ったのか、ぼんやりと光り始めている。
(まさか……日本に帰される?)
急いで立ち上がろうとするが、力が抜け動けない。まるで大きな掃除機で吸われているみたいに、体が魔法陣に引っ張られ、身動きができないのだ。
「はっ……はあっ……!」
(これは……魔力を抜かれてる……?)
体全体がしびれ、めまいで頭がくらくらする。私は指先ひとつ動かせずに、ただ息を荒げるしかなかった。
「アンジェラ王女、無事成功したのですね」
「フン! こんなの簡単よ!」
エリックだ。やはりこの魔法陣も、アンジェラ王女の転移術も、師匠が作ったものなのだろう。彼は魔力を抜かれ続ける私を見てせせら笑っている。
「なにが弟子だ。魔術も使えないくせに、ジャレドの隣で偉そうにしやがって」
憎しみのこもった声でそう吐き捨てると、エリックは私の前にしゃがみ込んだ。気づかなかったけど、そうとう彼の恨みを買っていたらしい。
「浄化しかできないくせに、聖女だとちやほやされて楽しかったですか?」
(……この人もアンジェラ王女と一緒だ。浄化がどれだけの人を救ってきたのか知ろうともしない)
きっとこの人は師匠に認められたかったのだろう。すれ違いがあったとはいえ、天才魔術師と名高いジャレドの弟子になったのだ。しかし、ジャレドはエリックを雑用係としてしか見ていなかった。
(それなのに魔術が使えない私が師匠なんて呼んで、ずっと一緒にいたら……)
プライドの高い彼にとって、その光景はさぞや不愉快だったはず。エリックは私を睨みつけながら、自分がどんなに優れた人間か、俺こそがジャレドに認められるべきなんだと、わめいている。
「……だいぶ魔力が戻っていたようですね。さすが聖女様。それなら最後に、聖女らしく結界の修復をしてください」
そう言うと、エリックは魔法陣に手を置き、魔力を流し始めた。ブンと音がして魔法陣が青く光り、いっそう強く私の魔力を吸い始める。
「くっ……」
「以前使った、忘却の魔法陣ですよ。これには魔術の痕跡が残っている。あなたが浄化せずとも、魔力を流すだけで結界に繋がるはずです」
(結界と繋がる……? まさか、私の魔力を使って……?)
「私には薄くしか見えませんが、あなたは結界の穴がはっきり見えるでしょう?」
エリックは満足そうに笑い、空を見上げた。 たしかに遠くの空に結界の穴があり、そこから黒い瘴気が降り注いでいる。
(……ということは、あの下がケセラだ! 近いわ! カイルのもとに戻れるかも!)
無理だとわかっていても、私は必死に体をよじった。だが、その動きを見て王女が嗤う。
「大人しくなさい。そうすれば殺したりはしないわ。そのかわり――もう一度、忘却の魔術をかけてあげる」
「今度はジャレドもこの国にいますから、あなたを覚えていてくれる人はいませんよ」
そう言うと二人は、堪えきれないといった様子で笑い始めた。
(もう一度、忘却の魔術をかける……? じゃあ、せっかく私が聖女だって知ってもらえたのに、それがなかったことになっちゃうの? そんなの絶対に嫌!)
「んんん~!」
「無駄だ。町からはこの丘は見えない。たとえ魔術が発動したことにジャレドが気づいても、その時にはもう、君のことを忘れている」
「愛し合ってるカイルもね。残念だわ」
二人の下卑た笑い声が遠のいていく。視界がかすみ、耳鳴りまでしてきた。
(嫌だ……絶対に、カイルに……思い出してもらうんだから……)
ひどいめまいが襲うなか、それでも私が二人を睨みつける様子に、エリックが眉をひそめた。
「成人した騎士でも、こんなに大量に魔力を抜かれたら気絶しますよ。異世界の人間はやっかいですね」
(そんな危険なものだったなんて……。なんて人だ。でももう、限界……)
「さあ、忘却の魔術が発動しますよ」
彼の言葉どおり、魔法陣が虹色に輝いた。光の柱が天に伸び、螺旋を描いて結界に溶けていく。そして一瞬、空全体が虹色に光り、さっきまであった結界の穴はなくなっていた。二人は満足そうにうなずき、私を見下ろす。
「これでカイルは、あなたを忘れたわ。もう助けなんて来ないのよ」
「今頃、なぜ自分たちがケセラの町にいるのか、不思議に思っていることでしょうね」
私の魔力をすべて吸い取ったのか、魔法陣の光が消えた。ようやく体を動かせるようになり、仰向けに転がる。
(またみんなに、忘却の魔術がかかったの? 今は師匠もこの国にいる。私を覚えている人はどこにもいないの?)
悔しくて泣いてしまいたいけど、二人の前では絶対に涙を見せたくない。それに魔力がなくなったって、私のことを忘れてしまったって、教会に行けばなんとかなるかもしれない。
(何度やり直しても、またカイルに会いたい……!)
しかしそんな一縷の望みも、エリックの言葉でぷつりと絶たれてしまった。
「諦めなさい、元聖女様。結界の修復も終わり、あなたの役目は終わりました。いずれ瘴気もなくなるので、司教様があなたを再び召喚することもないでしょう。でもね、私は親切ですから、あなたを元の世界に帰してあげますよ」
「そ、そんな……!」
ニヤリと笑った二人は逃げようとする私を捕まえると、両手両足を縄で縛り始める。そして新しい魔法陣を取り出し、その上に私の体を乗せ、動かないように近くの木に縄でつないだ。
(こんなのまるで生贄じゃない……!)
私は恐怖でぶるぶると震え、声を出すことができない。それなのに目の前の二人は愉快そうに笑っている。
「さようなら、無能な元聖女」
「カイルは私が幸せにしてあげるわ」
二人はクスクスと笑いながら魔法陣に手を置く。二人の魔力がゆっくりと流れ、私の体が光り始めた。
(もうダメ……。また日本に戻されちゃう……!)
その時だった。
――ズドンッ!
「ぐわっ!」
「きゃあ!」
突然爆風のような衝撃が走り、二人の体が吹き飛んだ。土煙の向こうで、泥だらけの王女とエリックが地面に転がっている。
一瞬の出来事で、何が起こったのかわからなかった。見えたのは、虹色の巨大な光が二人を襲ったことだけ。
(虹色の魔力。まさか、あれは……!)
眩い光の中、遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえた。




