2話 聖女は再び召喚される
「ああ! そうだった! 瘴気は聖魔力を持った人にしか見えないんだった……!」
がっくりと肩を落とし、私がさっきしたことが何も伝わっていなかった事実に落ち込む。 これじゃ、ただの変なパントマイムを見せつけた女だわ……! それに一日で浄化する瘴気の量を超えてしまって、さっきの授業の続きができない。
(あの授業、好きじゃないから、今日中に終わらせたかったのに……!)
空回りした自分の行動にあきれ果て、体の力がどっと抜けていく。 すると、しょんぼりと座り込む私の耳に、男のぼそぼそとした声が聞こえてきた。
「……ないか」
「え? なにか言いました?」
顔を上げると、目の前の騎士がすごい勢いでこちらに向かって走り出したのが見えた。
(な、なに?)
戸惑って後ろに下がろうとしたけれど、あっというまに捕まり、抱き上げられる。
「すごいじゃないか! あなたは本物の聖女だ!」
「え? 今? その前に、さっき私が何をしたか見えていたんですか?」
高い高いをされている状態の私がそう言うと、騎士は満面の笑みでうなずいた。
「ああ! 俺はこの国唯一の聖騎士だから、ちゃんと見えた! 君が瘴気を体に取り込んで、聖魔力で浄化して空に飛ばしたんだ。あんなに美しい光景は初めてだ!」
「……それは、どうも。それより、そろそろ降ろしてもらえると嬉しいのですが」
「ああ! すまない!」
騎士は私をそっと降ろすと、素早くひざまずき、さっきの態度を謝罪し始めた。
「聖女様、先ほどの私のご無礼をどうかお許しください」
「わ、わかってもらえたなら、それでいいです。それにしても、なんであんなに疑ったのです
か?」
この人は、もしかして人を見た目で判断するのだろうか? 私はこの教会から出たことがないからわからないけれど、もしここの人たちが差別されているのなら気分が悪い。
じっと睨みながら問いかけると、騎士は少し言いにくそうに説明し始めた。なんだか赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか?
「……それはあなたが、あの女遊びで有名なジャレドの体をさわっていたからだ。君たちはその、そういった関係なのかもしれないが、真っ昼間からあんな上半身裸の男の体をまさぐるなど……」
「ま、待って待って! 待ってください!」
予想もしていなかった返答に、頭が真っ白になった。とんでもない誤解だ。 私はあわてて、さっきのマッサージの意味を騎士に説明した。
「あれは浄化の授業なんです!」
「え?」
「瘴気が体に入って病気になった人を浄化する練習なんです! ジャレドには瘴気を取り込んでもらって、それを体から出すために、ああやって……だから! 私と彼はあなたが想像しているような関係ではありません!」
息継ぎもせずに一気に話したからか、ぜえぜえと肩で息をしてしまう。彼は私の迫力に圧倒されたのか、すぐに謝ってくれた。
「……重ね重ねすまない」
「いいんです! 私は真剣にやってたので気づきませんでしたが、知らない人が見たら変ですよね。特にあんな女好きの師匠じゃ、やましい関係だと思われてもしかたがないです!」
(本当に師匠ったら! 後であなたのせいだって、文句言ってやるんだから!)
私が安心させるように笑って言うと、騎士は意外なほど優しい顔で微笑んだ。
「弟子にまでそう思われているとは……ふっ」
「そりゃあ、思いますよ。あの人は異常な女好きです!」
「はは。笑わせないでくれ」
(あのとき初めて、彼の顔をじっくり見たんだっけ。また、あの笑顔が見たいな……)
青みがかった黒髪。鼻筋の通った端正な顔立ちに、深い藍色の瞳。少しつり上がったきつめの目が、私に笑いかけるときだけ、ふにゃりと柔らかくなった。
「改めて自己紹介をさせてくれ。聖騎士のカイル・ラドニーだ」
「初めまして、えっと、聖女のサクラです」
「サクラか……。いい名前だ」
あれから私たちは一緒に浄化の旅に出ることになり、少しずつ打ち解けていった。 少々堅物なところがあるけれど、誰よりも真面目で誠実なカイル。そんな彼が、私にだけ優しく微笑んでくれることで、どんどん惹かれていった。しかも幸運なことに、カイルも同じ気持ちでいてくれたのだ。
旅の終わりが近づき、瘴気が出ている最後の町に着いた日の夜のこと。 カイルに誘われて訪れた宝石店で、魔力を込められる小瓶のついたネックレスをプレゼントされた。
最近、この国の恋人たちの間では、お互いの魔力を小瓶に入れて交換するのが流行っているらしい。
「離れていても、いつも一緒にいたいという気持ちを込めるそうだ……」
赤くなった顔を見られないように、カイルは横を向きながらぼそっと呟く。
(流行りものなんて、一番興味なさそうなのに……)
耳まで赤く染めたカイルの手をそっと握ると、彼に促されるまま町の中央へ歩いていった。
「わあ……きれい!」
そこには、日本の桜にそっくりな「サイラ」という木が、シンボルツリーとして植えられていた。桜と違って咲いている期間は長いけれど、花の色も形もまったく同じ。その懐かしさから、以前にも思い出話をしたことがあった。
「前に言ってただろう? サクラのいた世界にも似た木があって、自分と同じ名前なんだって」
「覚えてくれてたんだ……」
「最初にサクラの名前を聞いたとき、サイラと響きが似ていて、いい名前だと思った。……それと、サイラの花言葉は『永遠の絆』なんだ」
「え……」
そう話すカイルの表情からは、さっきまでの照れくささが消えていた。代わりに、真剣なまなざしで私を見つめながら、買ったばかりのネックレスをそっと取り出す。
「サクラ、魔力を」
促されるまま、私たちは小瓶に自分の聖魔力を込め、ネックレスを交換した。カイルは私の魔力が入った小瓶を愛おしそうに見つめている。
「たとえ俺たちが離れることがあっても、これがあればお互いの魔力を感じられる」
「カイル……!」
心から私を求めてくれる言葉に、胸の奥が熱くなる。早くに家族を亡くした私にとって、彼の気持ちは震えるほどうれしかった。
「この任務が終わったら王都に帰れる。サクラ、俺と結婚してほしい」
「うれしい……! 私もカイルと結婚したい!」
大粒の涙がぽろりとこぼれ、彼を見上げる。 カイルの背後では、サイラの花びらが舞い散っていた。
――サイラの花言葉は、永遠の絆。
(私たち、ずっと一緒にいられるんだ……!)
その瞬間、カイルに強く抱きしめられ、私はその腕の中で今まで感じたことのない幸せをかみしめていた。 ――それなのに、その後のことを思い出せない。
「両親が結婚を喜ぶぞ」と笑うカイルの声を最後に、それ以降の記憶が途切れている。 気づけば私はこの部屋に戻っていて、呆然としたまま立ち尽くしていた。 なんで戻ってきてしまったのか? 魔法陣を踏んだ覚えもなく、ただ目覚めたら日本にいたのだ。
もしかして、あの出来事は全部、夢だったの……? そう考えたけれど、胸元にあるネックレスが、現実だったことを証明していた。 カイルの存在を感じたくて、何度も触ったネックレス。 小瓶がチャームになったそのネックレスを、私は日本でも肌身離さず身につけていた。
「あれから一年か……。なんでオズマンド国に戻れないの?」
時おり、小瓶の魔力が温かく感じることがある。 もしかしたら、今願えば帰れるかもしれない。そう思って何度も祈ったけれど、カイルのもとへ戻ることはなかった。 寂しさから思い出すのは、満開のサイラの下でのプロポーズ。
(花言葉は、永遠の絆。ずっと一緒にいられるはずだったのに、どうして……)
それでも諦められない私は、今日もこのネックレスを握りしめたまま、静かに眠りについた。
「や、やばい! 寝過ごしちゃった! しかも昨日、メイク落とさないで寝ちゃってるし!」
急いでシャワーを浴び、身支度をして家を出る。駅までは五分。会社までは電車で十五分か。
(ギリギリ間に合わないかも。今日はスニーカーだから、近道して行こう!)
数分の遅れで電車に乗れなければ遅刻してしまう。あせった私は、いつもは通らない裏道に入って行った。 ――そのときだった。
誰もいない民家と民家の隙間のような路地の景色が、ぐにゃりと曲がり始める。
「え? これって……」
足元には、見覚えのある光る魔法陣。 その光景に、私は迷わず立ち止まり、次の展開を待った。
(もしかして、カイルに会えるの? オズマンド国に戻れる?)
心臓の音が激しくなり、口の中がからからだ。やがてその魔法陣の光は、私の全身を包み始めた。
(前と一緒だ! うれしい! やっとカイルに会えるんだわ!)
頭のてっぺんまで光が届くと、私の視界は真っ白になり、ガクンと力が抜けた。 次の瞬間、私の体は一瞬宙に浮き、そしてすぐに地面にたたきつけられる。
「……っ!」
(あれ? おかしいな。前は瞬間移動みたいな感じで立ってたのに)
体をさすりながら起き上がろうとすると、周りから叫び声が聞こえてきた。
「きゃああ!」
「誰だ、この女は!」
なんだかものすごく騒がしい。ここは教会じゃないのだろうか? すると、あっという間に剣を持った騎士に囲まれ、後ろ手に縛られてしまった。
(ど、どういうこと? ここは、オズマンド国じゃないの?)
「おまえは誰だ! どうやってこの王宮に入ってきた!」
(え? 王宮? ここ、王様がいるお城なの?)
それなら私の顔があまり知られていないのも当然だ。 きっと何かの手違いで、教会ではなく王宮に召喚されてしまったのだろう。説明して調べてもらえば、私が聖女だとわかってもらえるはず。
「ぐう……うううう!」
しかし、聖女だと説明しようと口を開いたとたん、喉に強烈な痛みが走った。 まるで高温の油を飲んだように、ねっとりとまとわりつく熱い痛み。 げほげほと咳き込む私に、周りの男たちは「動くな!」と叫びだす。それでも説明しなきゃと口を開くと、またあの痛みが襲ってきた。
「動くなと言っているだろう。顔を上げろ!」
無理やり顔を上げさせられ目を開けると、私の前にはギラリと光る鋭い剣先があった。 しかしそれより私を驚かせたのは――その声だ。
(この声……この人は……!)
私はそろりと視線を上げ、声の主を確かめる。 目の前にいる男は、青みがかった黒髪に、深い藍色の瞳。 けれど、そこに私を優しく見つめる色はなかった。それどころか、敵意を宿した目でこちらを見ている。
(カイル……!)
鋭い剣先を向け、私を睨みつけるその人は。
まぎれもなく――結婚の約束をした私の恋人、「カイル」だった。




