26話 旅の準備
花の香りをのせた優しい風が、青みがかった髪をさらさらとなびかせている。少しつり上がった藍色の瞳がふにゃりと柔らかくなるのは、私だけに見せるカイルの笑顔だ。
「ずっと君を守ると誓わせてくれ。それにもう誓ってしまったからな。取り消しはできないぞ」
(カイル、かっこいい〜! 好きすぎる……!)
今、私がいるのは教会の客室だ。夕ご飯も食べ終わり、あとは寝るだけという時間。それなのに思い出すのは中庭でのことばかりで、ごろごろと左右に寝返りを打っては、またあの時の彼を思い出していた。
(私に恋してるって言ってくれた……! そのうえひざまずいて一生守るって……!)
「くうううう〜!」
(う、嬉しいいい! この世界に来てつらいことばかりだったから、本当に幸せ!)
ベッドの上で誓いの言葉を思い出しては、両脚をばたつかせ、クッションに顔をうずめる。なんとか叫び出したい衝動を抑えると、私は耳まで熱くなった頬に手を当てた。
「はあ……もう寝なくちゃ」
枕からはブルーノさんが作ってくれたポプリのいい香りがほのかに漂っている。
(今夜は良い夢が見られそう……)
それでもすぐには眠れそうにない。寝ようと目を閉じると、すぐに昼間のカイルが浮かんできて、勝手に口元がゆるんでしまうのだ。
(もう! 部屋に戻ってから何度目よ! いいかげん寝なきゃ!)
それでも思い出すのは彼の優しい笑顔に、温かな体温。もういっそ疲れるまで考えたほうが良さそうだ。
(まだ魔力がたまってないから、明日もカイルと二人っきりで過ごせるよね……へへ)
そんな幸せな明日を想像して眠りについた――はずだった。次の日の朝、乱暴に扉を叩く音と、師匠の呼びかけで叩き起こされ、私は平穏な日々が終わったことを悟った。
(そうだった。師匠も泊まってたんだ……)
窓の外は、まだ朝日が昇ったばかり。どうりで眠いはずだ。私が目をこすりながら扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた師匠が立っていた。
「サクラ! 解呪の魔法陣ができたよ! さあ、旅に出よう!」
ジャレドはボサボサの髪に昨日と同じ服で、魔法陣が描かれている羊皮紙を私に差し出した。
「師匠! まだ早朝ですよ! みんなもまだ起きて……る! なんでみんな起きてるんですか?」
「「起こされたんです」」
「サクラ、君が最後だ」
ジャレドの後ろにはブルーノさんとアメリさん、そしてカイルがいた。みんな師匠に起こされ、私の呪いを解く旅の支度をしていたらしい。
「こんな朝早くにすまない。サクラはもう少しあとで起こすようジャレドに伝えたのだが、目を離したすきに君の部屋へ行ってしまってな。すぐに追いかけたのだが、間に合わなかった」
「だってサクラが起きたら出発できるんだよ? 待ちきれないよ〜」
どうやら三人は私よりかなり早く起こされたらしい。朝に弱いアメリさんは眠そうな顔で、苦笑いしている。
「でも師匠、私の魔力はまだたまっていないのでは?」
「たしかに。じゃあ調べてみよう!」
「魔力量のことを考えてなかったのか」というツッコミを入れる暇もなく、師匠は私の手を取ると魔力を流し始める。すると少し驚いた顔をしたあと、満足そうに笑った。
「予想以上にあるじゃないか! これならケセラの町に着く頃には浄化ができるよ! じゃあ、出発だ!」
師匠は握ったままの手を引っ張り、パジャマ姿の私を外に連れ出そうとした。
「待って待って! 着替えさせてください! それに朝ご飯を食べてから行きましょう!」
「あ、すっかり忘れてた」
朝ご飯と聞いたとたん、師匠もお腹が空いたみたいだ。そのままカイルたちは食堂へ、私とアメリさんは先に着替えと、旅の準備をすることになった。
(はあ……呪いが解ける日が早まるのは嬉しいけど、あと一日くらいはゆっくり過ごしたかったな)
それでも久しぶりのアメリさんとのお喋りは、とっても楽しい。食事はあとでブルーノさんが持ってきてくれるし、少しだけでも女子会気分を楽しもう!
「ケセラの町は風が強いですから、埃よけにストールも入れておきますね」
「ふふ。ありがとう」
なんとアメリさんは、昨日から私の服を用意してくれたらしく、たくさんの可愛い服をバッグに詰めていた。
(なつかしいな。最初の浄化の旅でも、こうやって一緒に準備したよね……)
そんな思い出に胸を熱くさせていると、アメリさんが首を傾げた。
「もしかして、以前も同じ会話をしたことがありますか?」
「……うん。ごめんね。嫌だった?」
悪気はなかったけれど、ニヤニヤしながら見てたら嫌かもしれない。あわててアメリさんに謝ると、彼女は結んだ髪の毛が揺れるほどぶんぶん首を振った。
「そんなことありません! 私は思い出を取り戻したいんです。きっとサクラ様と過ごした時間は、幸せなものだったと思うから……」
「アメリさん……」
「でも、一番取り戻したいと思ってるのは、カイル様でしょうけど!」
「――っ!」
じーんと感動しているところに、いきなりカイルの名前が出てきて固まってしまった。それでもアメリさんは気にせず、にこにこしながら詰め寄ってきた。
「サクラ様、顔が真っ赤です! やっぱり以前もお二人は恋人同士だったのですね!」
「……うん。旅の最後にね、想いを二人で打ち明けあったの。だから旅の間はずっとアメリさんと恋の話で盛り上がってたよ!」
私はカイル。アメリさんはブルーノさん。お互い「意識してるんでしょう?」「してませんよ〜」なんてからかい合っていた。すると「恋の話で盛り上がっていた」という言葉に、アメリさんの頬がぽっと染まる。
「恋の話……もしかして、私もサクラ様に相談していました? その……」
「ブルーノさんのこと?」
「きゃあ! やっぱり!」
アメリさんも顔が真っ赤だ。しかもちょうどそのタイミングでブルーノさんが食事を運んできたので、二人で大あわてしてしまった。
「なつかしい! 前もね、こうやって好きな人の話をしてる時に、本人が来ちゃって二人で騒いだの!」
「そうなんですか! じゃあきっと今回の旅も同じですね」
ニコニコと笑うアメリさんを見ていると、昨日のことを思い出す。カイルの時と同じ。過去の思い出を再現するたびに、お互いの絆が深まっている気がする。
(あの時は気づかなかったけど、平凡でただ笑っていた日常が、本当に大切な宝物だったんだ……)
それを奪われてしまい、私はこれから取り返そうとしている。どんな邪魔が入るかわからないけれど、二度とこの幸せを奪われたくない。
(ううん! 奪われてたまるもんですか!)
あのアンジェラ王女のことだ。黙って見てるわけないと思う。もしかしたらアルフレッド殿下の処分によっては、なにも起こらないかもしれないけど……。
それでも私は気を抜かないよう、カイルたちとの思い出を守ろうと心に誓った。




