27話 思わぬ知らせ
「さあ〜……しゅっぱつ、しようか〜」
「いや師匠、さっきのやる気はどこへいったんです?」
目の前のジャレドは、すっかりいつもの「だらけモード」だ。うつらうつらと船を漕ぎ、ついには馬車に頭をぶつけたのでブルーノさんがあわてて支えていた。
「ジャレドは昨日、徹夜で魔法陣を作ったらしい。しばらく魔術の出番はないし、彼は寝かせておこう」
「いつもの師匠だわ……」
研究となると寝食忘れる人だから、無理もない。カイルにひょいっと担がれた時には、すでに寝息が聞こえていた。
「前回は教会の馬車だったが、今回は目立たないよう町で借りた荷馬車で行こうと思う。教会のものより乗り心地は悪いと思うが、いいか?」
「私は大丈夫だよ! みんなと一緒ならなんでも平気!」
意気込んでそう言ったけど、アメリさんたちの工夫で馬車の内装はとても豪華になっていた。
「聖女様に快適に過ごしてもらうのが、私たちの役目ですから!」
厚手の絨毯に、ふかふかのクッション。疲れたとき用の布団まで完備されている。
「うわあ……素敵! 乗り心地良さそう!」
「「頑張りました!」」
ブルーノさんとアメリさんは顔を見合わせ、誇らしげに笑った。思わず仲睦まじい二人にニヤニヤしていると、荷物を運び終えたカイルが地図を手に戻ってきた。
「みんな聞いてくれ。目的地であるケセラの町はここだ。急げば一日で着くが、報告では結界の穴からの瘴気が多いらしい。そこで、その手前にある『カレブ』という町を目指そうと思う。ここなら休憩しながらでも、日没前には着くだろう」
みんなで地図を囲み、旅の計画を確認する。
「わかりました。カレブなら時々訪れますので、道に迷うこともありません」
「ブルーノ、よろしく頼む」
手綱を取るため御者台に向かうブルーノさんを見送り、私たちも馬車に乗り込む。こうして、私たち一行はカレブの町を目指して走り出した。
「司教様も見送りたかったみたいで、残念がってましたよ」
「まあ、しょうがない。司教様が見送ると目立ってしまうからな」
「ふふ。おじいちゃん、かわいい……」
予想どおり馬車の旅は快適だった。私が馬車の揺れに慣れているのもあるけど、疲れたら横になれるのがなかなか良い。私たちは酔わないように、休憩を重ねながらカレブの町に近づいていった。
「あれ? 師匠、もう起きたんですか?」
カレブの町に着く前の最後の休憩地点で、師匠がやけにスッキリした顔で馬車から出てきた。
「だってもうお昼を過ぎてるだろう? お腹空いたよ〜」
「お昼にアメリさんが起こしましたよ? すぐ寝ちゃいましたけど。それにカレブはもうすぐらしいですから、町で食べましょう」
「え〜ひどいよ!」
「ひどくないです」
時間と協調性に厳しい日本人の性なのか、私は師匠に厳しい。しかしそんなやり取りを見たアメリさんがクスクス笑って「パンとチーズならありますから」と言って、軽食の準備を始めた。
「アメリさんは本当に優しいね」
隣にいたブルーノさんに何気なく声をかけると、彼は穏やかに微笑んだ。
「そうですね。昔からアメリは思いやりがあって、優しい子でした」
そう言ってアメリさんを見つめるブルーノさんの頬は、ほんのり赤かった。優しい眼差しで見つめる姿に、思わず頬が緩む。
(よかった……。やっぱり二人は両思いみたい)
そんなほのぼのした雰囲気のなか、カイル一人だけが警戒するように周囲をじっと見つめていた。
「カイル、私たちは馬車の中にいたほうがいい?」
私には気づけない危険を察知しているのかもしれない。そのうえ少し前に、魔術で届く手紙を受け取っていた。きっとケリーさんからの報告だろう。
「いや、大丈夫だ。だが、瘴気が風にのってきているな。ジャレドも起きたことだし、食事を終えたら馬車の進みを早めよう」
「本当だ。まだ地上には降りてないけど、上のほうに黒いのがたまってる……。私、みんなに伝えてくるね」
瘴気が見えるのは、私とカイル、そして師匠だ。報告すると、師匠はうんざりした表情でパンを飲み込み、足早に馬車の中に移動した。
「ブルーノとアメリは、布で口を覆っておいて〜」
瘴気に耐性のある私たちと違い、二人はあの黒いモヤモヤを吸い込むと体調を崩してしまう。いきなり倒れることはないけど、濃度が濃かったら高熱が続くのだ。
(あれくらいなら大事には至らないけど、結界に穴が開いているケセラの町は被害が大きそう)
私は胸に手を当て、静かに息を整えた。
(魔力を満タンにして結界の穴を修復しなきゃ。浄化は私にしかできないことなんだから……!)
そう強く心に刻み、私は馬車に乗り込んだ。
スピードを上げた馬車は激しく揺れたが、あっという間に今夜の目的地、カレブへと到着した。
「さあ、着いたぞ。風向きのおかげか、この町には瘴気の影響がほとんどないようだな」
高台にある馬車置き場から町を見下ろすと、たしかに空気は澄み切っていて心地よい。私はホッとしてアメリさんたちに報告し、皆で荷物を持って町の入り口へと向かった。
「瘴気がなくて良かったですね。今日はゆっくり過ごして、明日に備えましょう」
「うん!」
けれど、町へ足を踏み入れた瞬間、どこからともなく大きな歓声が響いてきた。喧嘩ではないようで、町の人々は嬉しそうに叫び、まるでお祭り騒ぎだ。
「なにかあったのかな?」
「サクラ、少し下がってくれ」
カイルの指示に従い、私たちは道の端へと非難した。この辺りなら人もいないから安心だ。そう思ってカイルの背中からチラリと様子をうかがうと、一人の男が勢いよく広場へと飛び出し、声を張り上げた。
「みんな! お祝いだ! アンジェラ王女が、隣国サエラに嫁ぐことが決まったぞ!」
その言葉に、私たちは思わず顔を見合わせる。
(アルフレッド殿下が言ってたあの縁談が本当に成立したの? アンジェラ王女が承諾するなんて信じられないけど……)
カイルの名を叫ぶ彼女の姿が脳裏をよぎり、どうしても信じられない。数ヶ月経ったならまだしも、昨日の出来事だ。
(自暴自棄になって、何かしでかすんじゃ……。それに、いつも王女の隣にいたエリックはどうしてるんだろう)
そんな不安を抱えながら、私は目の前で大喜びする町の人たちをじっと見ていた。




