24話 嫉妬心
「初めてカイルが教会に来た時ね、師匠の体を浄化する練習をしてたの。そしたら、あなたは私と師匠が恋人で、遊んでるだけなんじゃないかって疑ったんだよ!」
目の前のサクラはくるりと振り返り、はにかんだような笑顔で俺との思い出話を始めた。
「なに! そんなことを俺が?」
「ふふ。そのうえ『君は聖女の役割をやり遂げられないだろう』って、私を馬鹿にしたの!」
「なんだって!」
(信じられない……。いくらなんでも、初対面の女性にそんな失礼なことを言うなんて)
本当にそれは俺なのか? と戸惑っていると、サクラはくすくす笑って当時の俺が勘違いした理由を教えてくれた。
「本当だよ。ただね、体に入った瘴気を浄化するのは服の上からじゃできないの。だからカイルが来た時の師匠は上半身裸で、私は素手で背中をさわってたから、あなたは私たちが卑猥なことをしてるって勘違いしたんだよ」
「そ、そうだったのか……」
上半身裸のジャレドと、それに触れるサクラ。その光景を想像しただけで、胸の奥がちりちりと痛んだ。
(ジャレドの体に触れているのは、治療の練習だとわかっているのに……)
自分の心の狭さに、思わず大きなため息が出る。サクラが現れてからというもの、何回も味わったこの苦しい感情。恋愛の経験がまったくない俺でも、これが「嫉妬」だというのはわかっていた。
俺が昔のサクラを覚えてないのも、関係があるのかもしれない。一番見ていてつらいのは、やはりジャレドだ。二人にしかわからない親密さが垣間見えると、自分の不甲斐なさから彼をやっかんでしまう。
(さっきも、二人にしかわからない言葉で笑い合っていて、嫉妬で見ていられなかった。……なさけない)
もちろん、彼らに恋愛感情があるようには見えない。けれど、二人には家族のような強い絆を感じるのだ。特にジャレドはサクラを大切に思っているのだろう。へらへらと笑っているが、彼は自分の命を削ってまで呪いを解いたのだから。
ひょうひょうとした態度で始まった、口封じの呪いの解呪。なんの説明もなく始まったが、ジャレドは今までにない真剣な表情で、呪いを解こうと必死になっていた。最初はサクラが首を絞められているように見えて驚いたが、すぐに彼の顔から大量の汗が吹き出し、とんでもないことが始まったと悟った。
サクラが苦しみもがく姿に、俺は爪が食い込むほど拳を握り、歯を食いしばる。
(見ているだけしかできないなんて……! それにサクラは息ができないのじゃないか? クソッ! なん彼女がこんな目に!)
皆が固唾を呑んで見守る中、ようやく解呪が終わった。その瞬間、サクラとジャレドは、二人同時に倒れた。俺がサクラを、司教様がジャレドを受け止める。息苦しかったのだろう。サクラの顔は真っ赤になっていて汗だくだった。それでも俺を見つめ、かすれた声で言った。
「……カイル。ただいま」
たまたま俺が目の間にいたから、そう言ったのかもしれない。それでも、サクラの第一声が俺の名前だったことに、全身が震えるほど嬉しかった。彼女の頬にぽたりとしずくが落ち、そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。涙なんて、子どもの頃に騎士の訓練で悔し涙を流して以来だ。俺は眠ってしまったサクラをソファーに寝かせると、お礼を言おうとジャレドのもとに駆け寄った。
「ジャレド、……だ、大丈夫ですか?」
「うっ……ゲホッゲホ」
ジャレドは床に座りこみ、口を押えて激しく咳き込んでいる。顔色も真っ青で、さっきよりも脂汗がひどくなっていた。
「ジャレド! しっかりしろ! おい、血を吐いているじゃないか!」
「カハッ……ふぅ……伯父さん、も、もう大丈夫だから……」
「大丈夫なわけないだろう! ブルーノ! 薬を持ってきてくれ!」
立ち上がる気力もないのか、ジャレドはその場にごろりと寝転がり、息を整えている。口の端にはたしかに血を吐いた痕があり、いつも笑っている印象の彼からは程遠い姿だった。
「……命を削ったのか?」
司教様がジャレドの汗を拭きながら呟くと、その言葉に殿下は息を呑んだ。俺も胸の奥が重苦しく、言葉が出てこない。それでもジャレドはいつものようにへらりと笑い、口元の血を乱暴に拭った。
「……そりゃ、そうだよ。やり方は瘴気の浄化と一緒だもんね。一度自分の体に呪いを入れて、聖魔力で浄化しているんだからさ。それにしても、サクラはもっと苦しかっただろうな。まるで煮えたぎった油を飲まされたみたいだった」
ジャレドはゆっくりと起き上がり薬を飲むと、少しだけ顔色が良くなった。そして、ふうっと大きなため息をつき、俺のほうを見て苦笑した。
「サクラは本当にかわいそうだ。浄化のときだって高熱を出しながら、この国のために頑張ったのにね。理不尽に元の世界に戻され、また召喚。そのうえかつての仲間に処刑されかけるなんて……」
「そ、それは……!」
反論するつもりはなかった。本当に、ジャレドの言うとおりだ。むしろ彼は、一度目の彼女を知っているからこそ、二度目のこの状況が悔しいのだろう。解呪の代償を目にしたことで、よりいっそう彼の言葉に重みを感じる。誰も口を開けず、沈黙が落ちた部屋に、ジャレドのクスクスと笑う声が響いた。
「ごめんごめん。さすがに意地悪だったね。……たださ、サクラは自分からこんな愚痴は言わないだろうから、みんなに彼女の苦しさを知ってもらいたかっただけだよ」
「いや、言ってくれてありがたい。俺はサクラの気持ちを、一番大事にしたいから」
ぐっと拳を握りそう言うと、ジャレドは思いのほか優しい顔をした。
「それならいいよ〜。あとはじゃんじゃんサクラに魔力をわけてあげて」
「ああ、わかった」
俺が真剣な表情でうなずくのを確認すると、ジャレドは司教様たちに向き直った。
「そういえば、サクラがどうして王宮に現れたのか、見当がついたよ」
「本当か!」
「たしか、サクラが元いた世界に戻されたあと、教会で聖女召喚をしたんでしょう?」
「ああ、だが失敗に終わって……、もしかしてその召喚で、彼女はこの国に戻って来たのか?」
「たぶんそう。でもサクラには呪いがかかってたから、時間と場所がずれたんだと思う」
すると今度は、アルフレッド殿下が疑問に思っていたことを、ジャレドに尋ねた。
「だが聖女に関しての記述がないのが不思議だ。教会側にもなにかサクラさんの召喚について書き残していなかったのだろうか?」
「きっと書類は残ってると思うよ」
「え? じゃあ、なぜ?」
ジャレドは少し肩をすくめ、さらりと言った。
「みんなが呪われてるから、見えないだけじゃないかな?」
そう言うと、ジャレドは紙にさらさらと何かを書いた。だが、ペン先にインクがついていないのか、なにも見えない。
――いやなにかあるのはわかるのだが、判別できないのだ。
「サクラという名の聖女を召喚したって書いたけど、これ読める?」
「……いや」
「ふ〜ん。言葉で言うのは理解できるけど、文字になるとダメみたいだね。これは研究しがいがある……」
魔術師としての血が騒ぐのか、ジャレドはニヤリと笑った。
「それなら、王宮の書類も見えないだろうな」
「だろうね。でも、まだサクラのことは秘密にしておいて。聖女が現れたなんて知れたら大騒ぎだよ。前回はあっという間に国中に広まって、教会に瘴気で困ってる人がたくさん押し寄せたんだから!」
その様子では、ジャレド自身も駆り出されて相当苦労したのだろう。彼は昔を思い出したのか、苦い顔をしている。
「それにきっと、君の妹もそれが気に食わないんだろうね。サクラが現れる前は、自分がこの国で一番だと思ってたんだもん。それなのにサクラが現れたとたん、みんな聖女様、聖女様って大喜び。顔もかわいいし、優しくて真面目。そのうえ親しみやすいから、民衆にも大人気だったからね〜」
(そうだったのか……。アンジェラ王女のあの執着ぶりには違和感があったが、そんな背景があったとは……)
「とにかく、わがまま放題に育った彼女が、さっきのアルのお説教で改心するわけないよ。聖女は陛下と同じ地位だ。つまり、自分が頭を下げないといけない。そのうえ、憧れの騎士様までサクラに取られちゃったんだからさ〜」
「え……今、なんと?」
(今の言葉……まさか、俺とサクラは恋人同士だった?)
ジャレドは俺の反応に気づき、気まずそうに口を押さえた。




