19話 口封じの呪い
(え? わ、私が、殿下の婚約者?)
「何をおっしゃっているのですか!」
突然の殿下の婚約者宣言に、カイルはあわてて私を背中に隠した。アルフレッド様はそんな失礼な態度に怒るでもなく、クスクス笑っている。
「だって、彼女は聖女なんだろう? たしか、初代聖女は王族と結婚したと記録にある。それが一番、政治的に無難だしね。ラドニー公爵家がこれ以上力を持つのは、王族として良しとしないなぁ」
「それはそうですが。彼女は私の――!」
「へえ、彼女はカイルのなんだって言うんだい?」
会話の内容とは違い、殿下は面白いおもちゃでも見つけたような顔でじりじりとカイルに近づいている。一方、真面目なカイルは、からかわれていると気づかずに険しい顔で殿下を睨んでいた。
(ふふ、このやり取り、二度目だわ。最初に殿下に会った時も同じ会話をしていた。……もちろん今は誰も覚えてないけど)
カイルとアルフレッド殿下はとても仲が良く、兄弟みたいに育ったそうだ。カイルが二十五歳で、殿下がたしか二十二歳。真面目なカイルを兄のように信頼し、他の人には決してしない親しさを彼だけには見せていた。
「あはは! 嘘だよカイル! そんなに怒らないでくれ。君の変わりようが凄いから、ついからかいたくなったんだ。でも、ケリーから聞いてはいたけど、ここまでとはねえ……」
殿下はちらりと私を見て、苦笑いした。ケリーさんも私を抱きしめて離さない上司に、目を丸くしている。
(カイルは堅物騎士団長として有名だもんね。この変化には二人が一番驚いてそう……)
そんな注目を浴びているカイルだけど、当の本人は一向に気にしていないようだ。むしろ殿下の話が冗談だとわかると、すぐに話題を変えた。
「それより、ジャレド! サクラの魔力は戻ったのですか?」
「え? ああ、そうだったね。戻ってないよ!」
あっけらかんと話すジャレドに、カイルは困惑して次の言葉が出てこない。
(えっ? 戻ってない? じゃあさっきの検査板は、師匠がインチキしたってこと?)
意味がわからず二人で顔を見合わせていると、戸惑っているのはアルフレッド殿下たちも同じだった。
「私たちにもわかるように説明してくれないか? 彼女の魔力が戻ったとはどういうことなんだ?」
カイルがこれまでの経緯を説明すると、アルフレッド殿下が師匠に質問をした。
「では、ジャレドが検査板に細工をしたのかい?」
「いいや、なにもしてないよ。ただ、さっき僕がサクラの呪いを調べるために魔力を流しただろう? その魔力が彼女の体に残ってただけだよ」
「サクラの体に、聖魔力が残ってる?」
たしかに魔力のない原因を探るため、師匠は私に自分の聖魔力を流した。それが体に残っていたってこと?
(それなら聖魔力を体に流せば、誰でも虹色の光が出せるのかな。でも王女はどうやって……。聖魔力持ちは、カイルと師匠、それに司教様だけだ。この三人が王女の不正に加担するとは思えない……)
しかし答えは違った。同じ疑問を口にしたカイルに、師匠は手を振って否定した。
「それは無理。普通の人に聖魔力を流しても、体を通り抜けるだけで溜まらない。聖魔力を受け取れる体質じゃないからね。たぶん王女は魔力を溜められる魔術具に、聖魔力を入れて持っていたんじゃないかな? でもサクラはさっきの検査で僕の魔力を使っちゃったから、今は反応しないと思うよ〜」
「なんだって?」
その言葉にあわてた司教様が、検査板を私に差し出した。すぐさま手を置くと、ジャレドの言うとおり虹色どころか、なんの光も出てこない。
「それでね、サクラにもう一度こうして僕の魔力を流すと――」
再び師匠が魔力を流し、私は検査板に手を置いた。すると、さっきと同じように部屋が虹色に染まった。
「じゃあ、次はアルに聖魔力を流してみるよ。アルは王族だから金色が出るはずだ」
今度はアルフレッド殿下で試してみるらしい。同じように師匠が殿下に魔力を流し、検査板に手を置く。すると今度は聖魔力を表す虹色ではなく、王族の証である金色の光が部屋中に広がった。
「ほら、このとおり。虹色には光らないだろう?」
(じゃあ私の体は今、聖魔力を入れる器があるだけで中身が空っぽってこと? どうすれば体に魔力を満たせるんだろう?)
「呪いにかかっていると、魔力は体内で作り出せないんだ。まずはこの口封じの呪いを解かなきゃね」
そう言うと、師匠は両手で包むように私の首に触れた。まるで首を絞められるような状態に、ドキリとする。
(じゃあ、今から呪いを解いてくれるの?)
期待を込めて見つめると、師匠は「その顔かわいいね〜」と軽口を言いながら手に魔力を込めていく。背後でガタンと音がしたけど、ジャレドの「始めるよ」という言葉でそっと目を閉じた。
(あれ? どんどん熱くなってきた……)
最初はぬるま湯のような穏やかな魔力が、次第に痛いほどの熱さに変わっていく。
「う……うあ……」
「ごめんね、サクラ。もう少しで終わるから。いい子だから我慢して」
(熱い……苦しい……息が、息ができない……!)
体中を熱風が駆け抜けるようで、呼吸が止まりそうになる。私が思わず師匠の腕をつかむと、瞳に溜まった涙が一滴こぼれた。
「はい、終わり。サクラ、よく頑張ったね」
その瞬間、体から一気に力が抜けた。さっきまでの熱と苦しさが消え、酸素が一気に入ってくる。そのせいで咳が止まらず、私の足元はふらつき、目の前の景色が歪み始めた。そしてぐらりと後ろに倒れそうになったその時、誰かの腕が私を支えた。
「サクラ……っ!」
カイルだ。
仰向けに彼に抱きとめられたけど、めまいが止まらず動けない。それでもどうしても彼の顔が見たくて、私はゆっくりまぶたを開けた。
(ああ、カイルだ。ようやくあなたと話せる……)
屈強な体に強い精神をもった、この国一番の騎士であるカイルの瞳が涙でにじんでいる。赤い目をして、私を支える大きな手は震えていた。なんとか力を振り絞り、彼の頬に手を伸ばす。つうっとこぼれ落ちたカイルの涙が、私の手のひらを湿らせていく。
「……カイル。ただいま」
ずっと言いたかった言葉。そして言えなかった言葉だ。
(ああ、でもちょっと限界みたい。すごく眠い……)
やっと話せたのに、意識が遠のいていく。ゆらゆらと揺れる景色の中で、カイルの顔がぼやけていった。
「おかえり、サクラ」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれるカイルの温かさに、私はホッと息を吐く。そして彼の腕の中で安心しきった私は、静かに意識を手放した。




