18話 アルフレッド殿下の登場
(アルフレッド殿下……、なぜここに?)
金色の髪に透き通るような青い瞳。少し垂れ目がちで穏やかな印象の顔立ちは、本来なら優しさを感じさせるものだった。けれど今、その瞳には妹である王女への冷たい軽蔑が宿っている。背後にはケリーさんを筆頭に、カイルの部下たちがずらりと並び、殿下を警護していた。
「お、お兄様……」
険しい顔をした殿下は、アンジェラ王女のもとに一直線に向かっていく。なにか言い訳をするようにエリックがモゴモゴと口を動かしたけれど、殿下は一瞥もくれず通り過ぎる。
「アンジェラ。侵入者の審議もろくにせず、権力を振りかざして処刑を行うとはどういうことだ?」
一瞬、王女はその言葉にビクリと肩を震わせたが、すぐに威勢よく反論した。
「わたくしは、王宮の安全を守っただけです! あの女が無断で王宮に侵入したことは、あの場に居た者なら皆知っております! それにお父様の許可もいただいています!」
静まり返った部屋に、殿下が鼻で笑った音が聞こえた。まるで話にならないといった様子で、眉間にしわを寄せ、口を開く。
「父上の許可? アンジェラ、陛下は今、ご病気だ。遊び暮らすお前は知らないだろうが、君主が病に伏しているとき、王国の決定権は王太子である私にある。どうせ父上はお前の言い分を鵜呑みにしたのだろうが……その許可証は無効だ」
「そ、そんな……! でもエリックが……!」
「容姿で選んだ無能な家庭教師など、聞こえのいいことしか言えまい」
殿下がそう言い捨てると、エリックは顔を真っ赤に染め、唇を震わせる。アンジェラ王女も子どものようにオロオロとし、それでも私への処刑が正しいのだと駄々っ子のように叫んでいる。
「わ、わたくしは王族として、お兄様の代わりを――!」
「……そんなに王族として責任を負いたいのなら、ちょうどいい話がある」
「えっ……?」
アルフレッド殿下の声色が急に甘さを帯び始め、その変わりように背筋に寒気が走る。殿下は優しく微笑み、アンジェラ王女の肩にそっと手を置いた。
「隣国から縁談が来ている。王族として国のために嫁げるのだ。素晴らしいことだな」
「え、縁談? どういうことですの? わたくしはカイルと婚約しております!」
青ざめた顔の王女が、カイルのもとに駆け寄ろうとする。しかしすぐにケリーさんが立ちふさがり、王女の行く手をふさいだ。
「カイルとの婚約はおまえに甘い父上が、王命として無理に決めたものだ。カイル本人は望んでいない」
「そ、そんなことありません! ねえ! カイル! わたくしが他の男と結婚だなんて、そんなことあなたが許さないわよね!」
ケリーさんの腕をほどこうともがきながら、アンジェラ王女は必死の形相でカイルに手を伸ばしている。しかし彼はその手を取ることもなく、私を自分の胸にぐっと引き寄せ、静かに言い放った。
「私は一度たりとも、アンジェラ王女との結婚を望んだことはありません。私には心に決めた女性がいます!」
(カイル……)
「まさか、その女だというの? その女は犯罪者で、あなたと会って数日しか経っていないのよ! やっぱりそうよ! この女がなにかしたのよ!」
怒り狂った王女が、ダンと靴音を響かせる。それを見たアルフレッド殿下は大きくため息をつき、呆れたように言った。
「もうやめろ。王女の身で強引に臣下に婚姻を迫るなど、見苦しいにも程がある」
「い、嫌です! わたくしは子供の頃からカイルと結婚を――!」
しかしこの場にいる者は誰一人として、王女の言葉に耳を傾けない。エリックでさえ分が悪いと思っているのか、うつむき黙っている。その様子にますます王女はあせり、腕を振りほどこうと必死に暴れた。
「こんなのおかしいわ! この女が魔術で皆を魅了しているのです! お兄様、目を覚ましてください!」
「……ケリー、二人を連れて行け。多少、手荒に扱っても良い。許可する」
「はっ!」
数人の騎士がアンジェラ王女とエリックを取り押さえ、連れて行く。
「嫌よ! 絶対に嫌! わたくしはカイル以外とは結婚しないわ!」
最終的に暴れる王女を騎士たちが引きずるように連れ出し、二人は去って行った。ようやく部屋に静けさが戻ったが、流れる空気は重く、誰も話そうとはしない。そんな中、明るく声をあげたのは、やはり我が師匠のジャレドだった。
「アル! ちょうどいいタイミングで来たね! 僕もけっこう時間を稼いだんだけど、王女たちを捕まえに来てくれて助かったよ〜」
師匠の明るい声に、部屋の空気が一気に和んだ。アルフレッド殿下もジャレドの態度につられてクスッと笑う。
「ケリーからアンジェラの愚行を聞いてあわてて教会に来たのだが、もしかしてカイルが抱きしめている女性が……」
「はい。王宮への不法侵入で処刑されかけた、無実の女性です」
カイルのはきはきした説明に、殿下は目を丸くし、戸惑いながら私たちを見た。
「……えっと、カイルはいったいどうしたのかな? こんなふうに女性にさわる男じゃないのだが。それに早馬で受け取った手紙には彼女が聖女だと書かれていました。司教様、それは本当ですか?」
問いかけられた司教様もカイルの変化に首を傾げ、結局、答えたのは最後の質問だけだった。
「はい。少々事情は複雑ですが、彼女が聖女であると、ジャレドは申しております」
「へえ……。彼女が聖女……」
アルフレッド殿下は私とカイルを交互に見て、意味深な表情でニコリと笑い、口を開いた。
「それなら君が、私の婚約者になる女性ということかな?」




