17話 聖女の魔力
(きゃあ! 危ない!)
急に扉が開いたせいで、バランスを崩し転びそうになる。すばやくカイルが抱き止めてくれたけど、私はそのまま彼の胸にぶつかった。
「カ、カイル! なぜあなたが、ここにいるのよ! それにその女は犯罪者よ! 婚約者のわたくしの前で抱きつくなんて、恥知らずな女ね! 今すぐ離れなさい!」
アンジェラ王女が、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。もちろん抱きついたのは、わざとじゃない。けれどカイルは私を離さず、むしろよりいっそう強く抱き寄せた。
「彼女は、教会が召喚した聖女です。処刑などもってのほか。陛下にもそうお伝えください!」
毅然とした態度でカイルが言い返すと、アンジェラ王女ははダンと靴を鳴らして立ち上がり、私を指差した。
「カイル! 目を覚ましなさい! この女は王宮に侵入した犯罪者よ! 聖女はわたくしです。この女じゃないわ!」
顔を真っ赤にし、息を荒げて叫ぶ姿は、まるで駄々をこねる子供のようだ。カイルは大きなため息をつき、冷たい視線を返す。
(でも、私が聖女だと証明できないよね。王女がカイルの言葉で引き下がるとも思えないし、どうしたらいいの?)
するとこの騒動の火付け役だったジャレドが、まるで舞台役者のように一礼し、私と王女の間に割って入ってきた。
「これはこれは王女様、説明不足で申し訳ございません。こちらの聖女が王宮に突然現れたことは聞いております。聖教会の手違いで召喚地点がずれてしまい、王宮に聖女サクラを転移させてしまったようなのです」
あくまで私が王宮に出現したのは、教会の召喚のせいだと押し切るようだ。それでも王女はその言葉を信じるはずもなく、フンと鼻で笑った。
「そんな戯言、誰が信じますの? この女には聖魔力どころか、魔力すらないのよ!」
(……やっぱり、そこを突いてくるよね)
何度も調べたけど、私には魔力の反応がなかった。師匠いわく呪われているから魔力がないのだという。それなら呪いが解けていない私には、聖女だと証明することができないはず……。でももう後戻りはできない。師匠もカイルも私が聖女だと宣言してしまった。そのうえ司教様が匿っていたことも知られている。
(どうしたらいいの? 教会のみんなに迷惑かけたくないのに……)
ちらりと横目で司教様を見ると、なぜかとても落ち着いた顔をしていた。椅子にゆったりと腰かけ、手紙を広げながら、ことの成り行きを見守っている。師匠も同じだ。私のあせる気持ちなど気づきもせず、余裕たっぷりの笑みで王女に向き合っている。
「いいえ、アンジェラ王女。彼女は確かに聖魔力の持ち主ですよ。おお! ちょうどここに魔力検査板がございますから、王女様たちの前で調べてみましょうか」
これじゃ、まるで一人芝居だ。身ぶり手ぶりも大げさで、王女たちをからかってるみたい。案の定、王女とエリックはジャレドを睨みつけ、あざ笑い始めた。
「この女には魔力がないの! そんなに恥をかきたいだなんて笑わせないでほしいわ!」
「ふん。これが国一番の魔術師だとは。魔力の有無すら見抜けないなんて嘆かわしい」
王女たちの嘲りの声にも、師匠は眉一つ動かさない。それどころか、極上の笑顔で私に手を差し伸べた。
「さあ、我らが聖女サクラ! こちらにその麗しい手を置いてください」
(師匠ったら、悪ノリしてる。本当にうまくいくのかな……)
師匠の真意は読めないけど、彼を信じるしかない。私はごくりと喉を鳴らし、差し出された魔力検査板の上にそっと手を置いた。
――その瞬間。
(あ……! まさか……!)
まばゆい光が、私の手元から一気にあふれだした。
検査板は虹色に輝き、金色の粒が部屋中に舞い始める。その美しい光は天井へ、壁へと広がり、部屋全体を包み込んでいった。
まるで神様が降り立ったかのような光景。それは、私が初めて召喚された時に見た、あの光だった。
(魔力が……戻ってる……?)
「おお! やはりあなたこそが聖女様! この美しい虹色の光。まるで神が降臨したかのような――」
「ジャレド」
「――というわけで、王女様。彼女が聖女であることが、これでおわかりでしょう?」
いい加減にしろと言わんばかりの司教様の呼びかけに、師匠はあわてて口調を戻すと王女のほうを振り返った。するとガタンと椅子を乱暴に倒し、王女が叫びだす。
「そんなわけないわ! 魔術師ジャレド! あなた、この検査板に細工をしたでしょう!」
わなわなと震えながら師匠を睨みつけ、今にも飛びかかりそうなほど怒っている。だが、王女を見つめるジャレドの瞳は氷のように冷たい。
「おや? アンジェラ王女はこの検査板に、不正を施す方法をご存じで?」
「わ、わたくしが知るわけないでしょう?」
師匠の問いかけに、王女は声を詰まらせ視線を泳がせる。するとかばうようにエリックが前に出てきた。王女と違って動揺はしておらず、堂々とした態度でジャレドに向き合う。
「おそらく、その検査板は人がふれると虹色に光る偽物でしょう。あなたほどの魔術師なら、魔法陣を仕込むくらい簡単ですよね?」
エリックは勝ち誇ったように笑うと、王女のほうへ向き直る。
(私にならまだしも、エリックは師匠に対してなぜこんなに横柄なんだろう……)
ジャレドはこの国一番の魔術師で、なおかつ司教様の甥だ。殿下とも親しく、周囲から一目置かれている。私はエリックの失礼な態度に違和感を感じながら、二人のやり取りを見ていた。
「王女様、あれは偽装ですよ」
「そうよね! エリックの言うとおりだわ!」
王女が息を吹き返したように叫んだ。
(たしかに私たちが隠れている間に、検査板に細工をすることはできたと思う。じゃあ、師匠の策は、その場しのぎなの……?)
二人のやり取りに心臓がバクバクといっている。だが、ジャレドは挑戦的に睨みつけるエリックを見て、待ってましたと言わんばかりの表情で笑った。
「なら君がこの検査板にふれてみればいい。君の魔力の色は?」
「……青だが」
「さあ、どうぞ」
検査板を差し出され、エリックはためらいながらも手を置いた。するとすぐに板は青く光を放ち、ジャレドは満足げにうなずいた。
「青、だね。では、他の者でも試してみよう。ブルーノ! アメリ!」
呼ばれた二人の魔力の色は、緑と白。申告通りの色が光り、エリックは苦々しい顔でうつむいた。
「ほら、本物だろう? 細工などするわけがない。エリックといったかな? 君が間違っていたようだね?」
クスクスと笑うジャレドの言葉に、エリックは言葉を失い、奥歯をギリギリと鳴らした。そして、師匠は立ち尽くすエリックの横をすり抜け、アンジェラ王女に検査板を差し出す。
「さあ、王女も試してみましょう。あなたもサクラと同じ聖女だというのなら、先ほどのようにこの部屋が虹色の光で満たされるはずです」
「――っ!」
ジャレドはそう言うと、彼女を追い詰めるように一歩前に出た。
「わ……わたくしは……」
王女は目を反らし、黙ってしまった。エリックも同じだ。屈辱にまみれた顔でジャレドを睨み、拳を握りしめていた。
「わ、わたくしは、もう王宮に帰らせていただくわ!」
叫ぶようにそう言うと、王女は足早に扉に向かっていく。しかし彼女が部屋を出ようと扉に手をかけたその時、今まで黙って様子を見ていた司教様が突然口を開いた。
「おお! それならちょうどいい! そろそろ迎えが来るころでしょうから」
「む、迎え……?」
アンジェラ王女は意味がわからないといった様子だ。確認するようにエリックの顔を見たけれど、彼も首を横に振っている。
するとカチャリと扉が開き、一人の男性が入ってきた。
「おお、時間どおりですな!」
司教様は嬉しそうに立ち上がると、両手を広げ、その男性を歓迎した。反対にその人の顔を見るやいなや、アンジェラ王女は顔が真っ青になり、後ずさりし始める。
「ようこそ、アルフレッド殿下」
部屋に入ってきたのは、まぎれもなくこの国の王太子である、アルフレッド殿下だった。




