13話 天才魔術師ジャレドの帰還
(え? ……なに、これ?)
光は次第に数が増し、やがて竜巻のように渦を巻き始める。すると次の瞬間、私の足元にまぶしい虹色の魔法陣が浮かび上がった。
「――っ!」
(魔法陣! もしかして私、転移させられる?)
あわてて下がろうとしたが、遅かった。ドン、と何かが顔にぶつかり、私はそのまま尻もちをつく。
「いたたた。……あれ〜? 伯父さんがいない。もう食堂に行ったのかな?」
(こ、この声! このチャラい話し方!)
懐かしい声にハッとして顔を上げる。
目の前にいたのは――やはり師匠のジャレドだった。
さっきまで話題の中心だった本人が突然現れ、私は呆然と彼を見上げる。するとその視線に気づいた師匠は、目を丸くしたあと、いつもの色気たっぷりの笑みを浮かべてこう言った。
「あれ? サクラじゃないか。まだ教会にいたのかい?」
(えっ? 師匠が、私のことを覚えてる?)
信じられない思いで固まる私に、ジャレドは「なんて顔してるの~」と笑いながら手を差し出した。
「誰だおまえは! サイラから離れろ!」
カイルの怒声が響き、鋭い金属音が空気を裂いた。
「うわっ! 危ないな~!」
カイルの剣が師匠の首元に当たっている。しかし不審者がジャレドだとわかると、カイルは渋々といった表情で剣を鞘に戻した。
「ジャレド! いきなりどうしたんだ! もしかして転移してきたのか?」
「あ〜! 伯父さん! そこにいたの? 僕のぶんのランチある?」
「ジャレド、おまえという奴は……」
あわてて駆けつけた司教様が、師匠の相変わらずな態度に頭を抱えている。一年ぶりだというのに挨拶もなく、最初の言葉が「ランチある?」だもんね。ガックリくるのも無理はない。だが当の本人は二人の冷たい視線をまったく気にせず、嬉しそうに私を腕の中に引き寄せた。
「久しぶりだね。サクラ!」
「――っ!」
(く、苦しい〜! それにしてもなんで師匠は私を覚えてるの?)
腕の中でもがきながら、どうにか顔を上げ、深呼吸する。聞きたいことは山ほどあるけれど、どうやって伝えればいいのか思いつかない。 しかしそんなことを悠長に考えている暇はなかったようだ。
「ジャレド! サイラから離れろ! 彼女はあなたの遊び相手ではない!」
「ん? サイラって誰? それにその物騒なの、しまってくれない?」
再びカイルの剣が、師匠の首に当たっている。ギリギリと歯を食いしばるカイルの表情は、今にも師匠の首を掻っ切ってしまいそうだ。
(や、やばい! こんなカイルの顔見たことない!)
あわてて背中をパンパンと叩くと、ようやく師匠は私を離してくれた。するとすぐさまカイルに腕を引かれ、今度は彼に抱きしめられる。師匠はその様子を眺め、きょとんと首を傾げた。
「え〜? 君たち、恋人になったの? それとも結婚したとか? サクラ、人妻? なんだかそれもいい響きだね〜」
「なっ! 何を言っているんだ!」
(そういえば、師匠はプロポーズのこと知らないんだよね。でも今のカイルには記憶がないから意味ないけど……)
のらりくらりとした師匠の発言に、カイルは顔を真っ赤にして動揺している。師匠は師匠で、この会話に混乱しているようだ。頭上に「?」マークが浮かんでそうな顔で、私とカイルを交互に見ていた。
「はあ? じゃあ、僕がサクラを抱きしめてもいいじゃないか〜。弟子なんだから!」
「で、弟子? さっきから何を言ってるんだ!」
噛み合わない二人のやり取りにどうしたものかと考えていると、背後から大きなため息が聞こえた。
「二人とも、いいかげんにしなさい!」
カツカツと靴音を立て私たちの間に入ると、司教様は「お昼の前に状況を整理しましょう」と提案した。その言葉にカイルはうなずくが、師匠は「え〜お腹空いてるのに」とふてくされている。
(本当にこの人は……。でもこれで師匠が私を覚えている理由がわかりそう!)
私は緩んだカイルの腕からサッと抜け出ると、すぐさま椅子に座った。言葉が話せないなら、態度で示さなくては。すると皆も着席し(師匠は渋々だったけど)、司教様による師匠への尋問が始まった。
「それで? ジャレドは転移でここに戻ってきたみたいだが、なぜ彼女を知っているんだ?」
「はあ〜? 伯父さんどうしちゃったの……、あ! もうボケちゃった?」
「ジャレド! 真面目に答えなさい!」
「いや、だから真面目なんだけど? だいたいなんで二人ともサクラのことをサイラって呼んでるの? そういう遊び?」
師匠の返事に、カイルと司教様は顔を見合わせる。そしてすぐに私に向き合い、ゴクリと喉を鳴らした。
「……もしかして、君の名前は『サクラ』というのか?」
カイルが信じがたいといった表情で私を見ている。しかしそれが私の本当の名前だ。私は静かにうなずき、師匠のほうを見た。
(師匠! お願いします! 私が聖女として頑張ってきたこと、二人に伝えて!)
念を込めるように見つめると、師匠は腕を組み、ふうっと息を吐く。そして小さくうなずきながら、二人に向き合い口を開いた。
「なるほどね。二人とも、サクラの記憶がなくなってるみたいだね」
(師匠〜! 女癖は悪くても、やっぱり天才魔術師だわ!)
しかし喜んでいる私とは違い、カイルと司教様はにわかには信じられないといった様子だ。
「記憶がない……? そんなことあるわけ……サイラ! いや、サクラ。ジャレドが言っていることは本当なのか? 俺や司教様は……君のことを忘れているのか?」
カイルの声が震えている。その切ないほど胸をしめつける表情を前に、私はしばし返事もできず、彼の潤んだ瞳を見つめていた。そして覚悟を決め、ゆっくりとうなずいた。
「――っ!」
ジャレドを肯定する返事に、カイルはひどく傷ついた顔をしている。
(言葉が話せれば慰めてあげられるのに……。だってカイルは悪くないもん)
するとその様子を見ていた司教様も、私に質問を向けてきた。
「私もあなた、いえ、サクラさんを知っていたということでしょうか? この教会で働いていたのですか? それとも王都の貴族令嬢……?」
司教様ほどの地位の人なら、会える相手は限られている。そのうえカイルやジャレドまでもが私を知っているという前提なら、教会関係者か貴族だと考えるのは当然だ。しかしその質問に答えたのは私ではなく、師匠のジャレドだった。
「伯父さん、それはひどいな〜。今の質問、サクラにとって一番悲しいと思うよ?」
「なんだと? この質問がか?」
戸惑う司教様に、ジャレドは苦笑しながら肩をすくめた。
「そうそう。ずっと伯父さんのそばにいて、あんなに可愛がってあげてたのに〜」
「そ、そうなのですか? 私が……?」
司教様の困惑した視線に思わず目をそらしてしまったけど、私はこの質問にもそっとうなずき、肯定した。その返事に司教様は言葉を詰まらせうつむいている。
(気まずくさせちゃってごめんなさい。二人は悪くないのに……)
しかし私の心の声が届くわけもなく、部屋はしんと静まり返ってしまう。するとやはりこの重い空気を断ち切ったのは、ジャレドだった。
「まあまあ、二人とも! 聖魔力を持った二人が同時に記憶を失ってるなんて、これは相当な事件だよ。そうだな。まずはサクラが何者なのか話そうか!」
足を組み、肘掛けに両手を置く姿はものすごく偉そうだ。でもこれで私のことがわかってもらえるのなら、黙って見ているしかない。話せない私は期待を込めて、師匠を見つめた。ところが、彼は落ち込む二人を見て、ニヤニヤと笑い始める。
(……あ、この笑い方。完全にいたずらを思いついた時の顔だ!)
真面目な二人によく叱られていた彼は、仕返ししようといつも企んでいた。まさに、こんな顔で。
(絶対に変なことを言うはず! 止めなきゃ!)
しかし、あわてて口をふさごうとした時には、もう遅かった。師匠はわざとらしく足を組み替えると、カイルを見てフッと鼻で笑った。
「サクラはね、僕の妻なんだ」
「――っ!」
私は反射的に立ち上がり、師匠の頭をパシッと叩いた。聖女として一緒にいた時も、彼がくだらないことをしたりサボったりしていると、こうしてツッコミを入れていた。だから今回も無意識に体が動いてしまったのだ。
(どうしよう! いつもの癖でやっちゃった!)
誰も一言も話さないのでよけいに怖くて、後ろを振り向くことができない。叩かれた師匠はぷるぷると震え、口を押さえている。
「もう、ダメ〜」
師匠はプッと噴き出し、ゲラゲラ笑った。
「あはは! やっぱりサクラだ! 嬉しいな〜! ね、見ただろう? この国で天才魔術師の僕にこんな態度をとるのは、サクラ一人だけ!」
そっと後ろを振り向くと、司教様とカイルは唖然とした顔で固まっていた。師匠はそんな二人を見て笑いながら、私の肩を抱き寄せる。
「だってサクラは、僕たちが召喚した『聖女』なんだから」
そう言うと、師匠は私の頬にチュッとキスをした。




