12話 司教様と聖魔力
(司教様にまた会えるなんて……)
白い髭が自慢のサンタクロースのような風貌の司教様。この国に来てからというもの、いつも優しく見守ってくれて、まるで本当のお祖父ちゃんみたいだった。
「司教様! 今日も師匠が練習の時間に来ません!」
「なに! あの女たらしの甥っ子は、また遅刻か! サクラがこんなに真面目に励んでいるというのに、あやつは……!」
(あのあと師匠は司教様にすっごく怒られたんだっけ。そのうえお給料まで減らされてた。ふふ……)
「司教様! 師匠が自分の体に入った瘴気を取れと、私に変なマッサージをさせようとしていますが、私、騙されてます?」
「サクラ、すまない……。瘴気を体に取り込んで平気なのは、この国でジャレドだけだ。監視をつけるから練習してもらえないか? 褒美にサクラの好きなお菓子を用意しておこう!」
「わ〜い! お祖父ちゃん大好き!」
「お、お祖父ちゃんじゃないが……まあよい! 好きに呼びなさい!」
(そんな調子で、司教様は私のことをすごく可愛がってくれたんだよね。教会のみんなも優しくて――)
もちろん私が聖女だからというのもあるけれど、聖教会の人はみんな天真爛漫で、温かい人ばかりだった。
「サイラ、大丈夫か?」
懐かしい思い出に浸っていた私は、カイルの声でハッと我に返る。私はコクンとうなずくと、カイルに手を取られて馬から降りた。
「おや? カイル様。その女性はいったい……?」
司教様が私の存在に気づき、首を傾げる。
(やっぱり……司教様も私のこと覚えてないみたい。わかってたけど寂しいな)
「実はこの女性のことで教会に伺いました。詳しくは中で」
「なるほど。昨日、急に転移の魔術を使ったでしょう? 聖魔力の反応に驚いておりましたが、そのことに関係ありそうですね」
「ええ、重要なことなので、人払いをお願いします」
「わかりました。では、ブルーノ。カイル様を応接室へ。アメリはお客様のおもてなしを」
司教様の声に、ひざまずいていた二人の男女が立ち上がった。
(ブルーノさん! アメリさんも!)
二人の姿は一年前のあの日から、なにも変わっていない。穏やかで兄のようだったブルーノさん。いつもニコニコと笑顔で働く妹のようなアメリさん。けれど、やはり二人とも私のことは覚えていないらしく、目が合っても無反応だった。
(やっぱり教会パワーはなかったか……)
それでも皆に会えたのは嬉しい。問題はなにひとつ解決していないけど、一歩前進した気がする。私はほっと息をつき、ブルーノさんの背中を追って歩き出した。案内されたのは教会の最奥にある応接室だ。何度か使ったことがあったので、懐かしい気持ちで足を踏み入れる。
「どうぞ、こちらへ」
目の前に温かいお茶が用意され、アメリさんが私に優しく微笑んだ。
(もう二度と会えないと思ってたのに……会えて嬉しいよ。アメリさん)
旅の宿ではいつも一緒の部屋で、夜な夜な、お互いの恋愛話をして笑い合っていた。
(これからまた仲良くなれるといいな。よろしくね)
そんな気持ちを込めてペコリとお辞儀をすると、彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
(そうだった。つい癖でお辞儀しちゃったけど、この国では意味がわからないよね)
すると私たちのやり取りを見ていたカイルが、アメリさんに説明してくれた。
「彼女は喉を痛めていて、話せないんだ。この頭を下げる仕草は、君にお礼を言っているんだよ」
それを聞いたアメリさんは、ぱっと表情を明るくして私に向き直った。
「そうだったんですね。……でも不思議と懐かしく感じました。私ったら、変ですね」
照れたようにそう言う彼女の姿に、胸の奥がじんわり温かくなってくる。これはどこかで私の存在を覚えているってことだろうか。
(うう……アメリさんに抱きつきたい! 私たち仲が良かったんだよって言いたい!)
なにか伝える方法はないだろうかと考えていると、司教様が部屋に入ってきた。手には数通の手紙を持っており、さっきより表情が険しくなっている。
「アメリ、ブルーノ。外で待機してくれ」
「はい」
二人が出ていくと、部屋の中はしんと静まり返った。カイルが私のことを説明するのだと思っていたが、先に口火を切ったのは、司教様だった。
「――それで、犯罪者の彼女を、なぜここに連れて来たのです?」
「――っ!」
なんと、司教様はすでに事件のことを知っていた。私をじっと見つめ、なにか読み取ろうと探るような目をしている。今まで向けられたことのない厳しい視線が怖くなり、私は思わずカイルを見た。
「王宮から手紙が届いたたようですね」
緊迫した空気の中でも、カイルはまったく落ち着いていた。それどころか、フッと鼻で笑っている。そんなカイルの態度を見た司教様は、手紙を読み上げ始めた。
「『王宮に侵入者あり。陛下の命により、聖女の崖にて処刑を行う。死体が上がり次第、王宮に報告せよ』……とのことです」
オズマンド国では、亡くなった者がいれば、まず教会に報告することになっている。今回も私が身元不明の死体で見つかったら知らせるよう、王女が教会に手紙を送ったのだろう。
(すごい……用意周到だわ。それがよけいに怖いのだけど……)
地下牢で見た王女の残酷で冷たい瞳を思い出すと、背筋がぞくりとした。カイルは「教会なら匿ってくれる」と言ったけど、もしかしたら王宮に戻されるかもしれない。不安になってそうっと司教様の顔をうかがうと、彼はなぜか私を見てニコリと笑い、一通の手紙を掲げた。
「そしてこちらが騎士団長補佐ケリー殿からの手紙です」
司教様は、意味ありげな表情で手紙を取り出し、再び読み始めた。
「ふむふむ。なるほど。王女の愚行がまた始まったようですな。ろくに取り調べもせず、残酷な方法で処刑しようとしていると。ほう、彼女にそんな力が……」
芝居がかった読み方に、カイルはクスッと笑った。司教様もカイルと目を合わせニヤリと笑う。どうやらさっき私のことを犯罪者と言ったくだりは、茶番だったようだ。
するとつらつらと手紙を読んでいた司教様が、チラリと私のほうを見た。その瞳は私が最初に召喚された時とまったく同じで、冷静さと興奮が入り混じっている。
(な、なに? 私のこと、何か書いてあったのかな?)
司教様は優しく私に微笑みかけると、手元のベルを鳴らし、ブルーノさんを呼んだ。
「ブルーノ! 急いで魔力検査板を持ってきておくれ」
「かしこまりました」
(魔力検査板? また私の魔力を調べるのかな? でも王宮では無反応だったけど……)
それとも聖教会のものは精度が良いのだろうか? そんなことを考え待っていると、すぐにブルーノさんが検査板を手に戻ってきた。
「さあ、サイラ。この前と一緒だ。ここに手を置いてくれ」
ブルーノさんが持ってきた検査板は、王宮の物とまったく同じだった。
(たぶん結果は変わらないと思うのだけど……)
それでも二人が期待に満ちた顔で私を見るので、そろそろと手を置いて反応を待つことにした。しかし、やはり無反応だ。しばらく待ってみても、昨日と同じで何も光らない。
「…………」
「……変わらないな」
「ふむ。無反応とは。これまた珍しいですな」
二人は顔を見合わせ、首を傾げた。念のためもう一度試したけど、やっぱり検査板は沈黙したままだ。
(期待されてたのに申し訳ないな……。それにしても、私の聖魔力は枯れてしまったの? あの時王女が私から聖女の力も声も奪ったと言ってたけど、実際にそんなことできるのかな? それに呪いって王女がかけたのだろうか……)
声が出せれば、二人に相談できるのに。そう思うと、もどかしさがこみ上げた。落ち込んでため息をつく私を見て、カイルが心配そうに顔をのぞき込む。
「悪い。馬での移動で疲れただろう。少し休もうか」
「おお、ちょうどお昼の用意ができているはずです。続きはその後にしましょう」
二人は食堂に移動しようと立ち上がった。
(あれ? 私はもう、犯罪者扱いじゃないのかな? もしかして、教会が私を受け入れてくれたの……?)
「サイラ、どうした?」
「サイラさん、教会の食事はとても美味しいですよ。これからここで暮らすのですから、きっと楽しみな時間になります」
私の不安を見透かしたように、司教様は優しく微笑んだ。
――本当に私を助けてくれるなんて。
(よかった……! 本当によかった……!)
胸の奥からこみ上げてくる安堵に、思わず小さく息を吐く。安心した私は椅子から立ち上がり、二人の会話に耳を傾けた。
「それにしても、よくその状況で転移を成功させましたな! ケリーからの手紙が届いたので安心しましたが、大量の聖魔力の気配に昨日は驚きました」
「正直私も緊張しました。ですが、ジャレドに徹底的にしごかれましたから。……そういえば、彼は最近どこにいるのでしょう? 一年前から姿を見ませんが」
(え? 師匠、いないの?)
カイルの問いに、司教様の顔が一気に曇る。
「……お恥ずかしい話ですが、あやつは一年前、旅の踊り子を追って隣国へ行ってしまったのです。まったく! もうすぐ聖女召喚の儀があるというのに、戻ってこないとは……」
――聖女召喚の儀。
その言葉を聞いた瞬間、胸がどくんと跳ねた。
(い、今「聖女召喚の儀」って言った……? もしかして、新しい聖女を呼ぶの?)
「まあ、ジャレドのことはいいのです。さあ、お二人ともお昼をいただきましょう」
「ありがとうございます」
司教様が苦笑しながらドアを開け、私たちを食堂へと案内する。後ろをついていきながら、私は安心と不安が入り混じった気持ちになっていた。それにしても師匠は相変わらずみたい。会えないのは寂しいけど、女性を追いかけて国を出たなんてすごく彼らしい。
(そういえば、最後の旅に出る前、未亡人の踊り子さんのことを熱く語ってたっけ。恋愛となると行動力がすごいんだから……)
そんなことを思い出して、クスッと笑ったその時――。
突然、私とカイルの間に、ふわりと金色の粒が浮かんだ。




