10話 二人で過ごす部屋
「サイラ、ここは危ないから手をつなごう」
あの場所を離れてすぐ、私たちはケーナという町を目指し歩き出した。人目を避けるため、かなりの遠回りをするらしい。ということは舗装していない、けもの道を歩くわけで――今の私は、心の底からスニーカーを履いていてよかったと思っている。
「ケーナで馬を買うから、そこから教会までは楽になる。あと少しの辛抱だからな」
カイルに手を引かれながら、濡れた苔が生えた岩場を慎重に進む。気を抜くと絶対に転けそうなので、私の顔は真剣だ。それなのに、カイルはそんな私を見てクスクス笑っていた。
(もう、こっちは真面目にやってるのに!)
腰が引けているせいで、不格好なのだろう。じっと睨むように見上げると、カイルは少し気まずそうに口を開いた。
「悪い。すべりやすい苔道は訓練でよく通るんだ。いつもと違う光景に思わず笑ってしまった」
なるほど。騎士の訓練と比べたら、私の歩き方なんて生まれたての子鹿がついてくるようなもの。
(マラソンしてたらヒヨコが一生懸命ついてきて、微笑ましく思う感じだろうか?)
そんなことを考えていると、カイルが振り返り、じっと私の足元を見た。
「サイラのその靴、見たことがないな。女性が履くものでもないし……やはりサイラはこの国の者ではなさそうだ」
この国の人々は、スニーカーのような靴は履かない。紐や金具がついた靴は珍しく、シンプルな革靴ばかりだ。
「申し訳ないがケーナに着いたら、服もこの国のものに替えたほうがいい。しばらく追っ手は来ないだろうが、目立つと足取りがつかめてしまうからな」
(そっか……。ホッとしてたけど、追っ手がきてもおかしくないんだよね)
私はコクリとうなずき、気を引き締めて歩き出した。苔の道が終わり、だいぶ歩きやすくなってきた。それでもカイルは私の手を離さず、私も離すタイミングを見失っている。
(一度目の時だって、手をつないで歩いたことなかったのに……。ドキドキしてるの、気づかれませんように)
心の中で何度も「勘違いしない。これは親切心」と言い聞かせていると、カイルがふいに手を離し、マントを脱ぎ始めた。
「ケーナは旅人が多い町だから、そこまで目立たないと思うが……サイラは顔立ちも違う。覚えられやすいだろう。もうすぐ森を抜けるから、俺のマントを着てくれ」
そう言うとカイルは、バサリと私にマントをかぶせた。平均身長の私に、カイルのマントは大きすぎる。日本でいう「てるてる坊主」状態になった私を見て、カイルは笑いをこらえていた。
「す、すまない! 決して馬鹿にしているわけじゃないんだ」
(はあ……これじゃあ完全に子ども扱いだよね。カイルを取り戻すにしても、また好きになってもらわなきゃいけないのに。前途多難だな)
そもそも彼は私のどこを好きになってくれたんだろう。そういう甘い会話をする前に日本に戻っちゃったから、自分の良さをアピールしたくてもわからない。
(私は真面目で、正義感が強くて、騎士としてかっこいいカイルをすぐ好きになったけど……)
あの頃の私は、料理や身の回りのことは全部他人任せで、女性らしいところなんてなかった。初対面では気が強いところ見せてしまったし、本当にカイルは私のどこを好きになってくれたの……? 考えれば考えるほど、落ち込んでしまいそうになる。するとそんな私を心配したカイルが、背中をポンとたたいた。
「今日は大変だったから疲れたな。でも、もう大丈夫だ。ほら、あれがケーナの町だ」
カイルが指差す方向を見ると、確かに小さな町があった。にぎわっている様子で、遠くからでも馬車や人が出入りしているのが見える。
「さあ、行こうか」
町に入ると、そこは色とりどりの野菜やお肉を売る市場だった。その先には工芸品やお土産屋さん。またさまざまな国の商人が店を開いていた。オズマンド国では見たことがない服や小物が並び、見ているだけで楽しい。
(確かにここなら、私も目立たないかも……)
カイルのマントをすっぽりかぶりながらキョロキョロしていると、最初に連れて行かれたのは服屋さんだった。
「妹が森で転んだんだ。悪いが、女性の服を靴まで一式揃えてくれないか? それと、この服とバッグももらおう」
カイルは私の姿を人目にさらさないよう、服と自分の着替えを買っていた。私はその場で着替えさを済ませると、再びマントをかぶせられる。
「これで見た目は大丈夫だろう。あとは今晩の宿だな。祭りの時期でもないから、すぐに見つかるはずだ。本当は野宿も覚悟していたが、うまい具合にこの町近くに転移できて良かった」
(そうだった。教会には結界があるから、許可された者以外は直接転移できないんだよね。許されてるのはジャレド師匠くらい?)
その師匠だって遅刻魔だったから、司教様が渋々許可したようなものだ。許可のない者が教会に転移しようと試みると、弾かれてしまいどこに飛ばされるかわからない
。
(成功して良かった。さすがに今日は寝不足だし、疲れているからベッドで眠りたい!)
予想通り宿は空いていたようで、すぐに案内してもらうことができた。宿の主人の案内を断り、そのまま二人で部屋に入る。
「もうマントは取っていいぞ」
ぷは〜と大きく息を吐いてマントを脱ぎ、部屋の中を見回す。どうも日本にいた時の癖で、宿屋に着くと部屋を探検したくなる。
(小さい町だけどにぎわっているからか、お部屋も清潔だ。あ! 珍しい! ウェルカムフルーツまである!)
そんな私を横目に、カイルは荷物を片付けている。すると私はある重大なことに気がついた。
(あれ……ベッドが一つしかない)
聖女として旅していたときも、こういう宿にみんなで泊まったことはある。だから私も今回カイルが宿に泊まると言っても、抵抗はなかった。でもそのときはたいていお世話係のアメリさんと同室で、ベッドが二つのツインルームだった。
しかし、今目の前にあるのは――大きなベッドが一つだけ。
私はゴクリと喉を鳴らし、顔を真っ赤にして固まった。




