不穏の足音
◇
マオたちが着せ替え人形にされていた頃……
「――救えない。あぁ、救えない。救えない、救えない、救えない、救えない……」
ドリムから少し離れた場所にある村。ここは特別豊かというわけでも貧しいというわけでもない、ドリムへと自分たちが作った野菜や果物を卸すことで生計を立てていた、いたって普通の村だった。暑い日でも寒い日でも毎日汗水たらして農作業をしないといけない。だがそれでもこの村に住む者たちはお互いを支え合い、幸せな日常を享受していた。
今日という日も幸せな日常の一部として終わるはずだった……
月明かりに照らされた村の風景は「凄惨」というほかなかった。いつもなら明かりがついた家で家族たちと食卓を囲んでいる時間だというのに、今のこの村の住宅には明かりが一つもついていない。代わりに鼻をつんざくような血の匂いが村中から臭う。まだ乾ききっていない赤色の液体が地面を、漆喰の壁を汚していた。
今この村で生きている人間は一人しかいなかった。
「こんな結末は誰ものぞんでなかった。”エル・ノーティス”を……選ぶ神を間違えたがゆえにこんなことが起きた。あぁ、救えない……」
革命軍の切り込み隊の一人である”コス・タワース”。この惨状を引き起こした張本人であるというのに、死んだ村人たちを嘆くような声を発する。この光景を見た者がいるとするならば、間違いなく『イカレてる……』と思うだろう。
そんな彼の元に連絡用魔道具から電話がくる。
振動に気づいたコスが誰からの電話か確認した瞬間、嫌な顔を浮かべる。コスはこのまま無視するか考えた結果、渋々といった感じで電話に出た。
『やぁ、元気かなコスくん』
「切ろうか?」
『少しくらい会話してもいいとは思うんだけど?』
電話をかけてきた相手は自分の所属するところのリーダーであるナイラだった。連絡用魔道具から聞こえる楽しそうな、だが何を考えているか一切読めない声色に気色悪さまで感じていた。
『まぁそんなこと言ったけど時間がないから急いで要件を伝えるね』
「なに?」
『やらかしたからちょっとドリムまで手伝いに……』
ナイラが話している途中でコスは電話を切ったが、すぐさま折り返してきた。
『ひどいなー』
「知らない、勝手にすればいい。それに神をいいように使おうなんて信者ごときが許されることだと思ってるの?」
『ボクとオドだけじゃどうにもならないからキミたちに連絡してるんだよ。それにコスくんにも悪い話じゃないから』
コスの眉がピクッと動く。コスがナイラを気に入らないと思うことの一つに口が上手いところがある。心でも読んでるかのように自分の関心をひくような話をして、自分をいいように動かそうとするところがこの上なく嫌いだった。
しかし、ナイラの話すことは大抵は自分にとって看過できないことだったりするので話を聞かないという選択をとれば、自分に不都合が生じることもあった。
結果、話を聞かないという選択を封じてくるのだ。
「……悪い話じゃないって?」
『ハハハ、そんな身構えなくていいよ。ただ――――他の”神”を殺したくないかい?』
「――他の神か」
『あぁ。自分を唯一神だと思っているコスくんには到底許すことができないだろう?』
「チッ」
コスの口から思わず舌打ちが出てしまう。自分以外の神などコスにとって許容できるものではない。そんなものは抹殺しないといけない。だが、ナイラに上手く乗せられるのが癪だということで出た舌打ちだった。
しかし、もはやコスにドリムに行かない選択肢はなかった。
電話を切ったコスは血に染まった村をあとにした……
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「ん~? この魔力は~……」
「まさか……」
着せ替え人形にされているマオを見ている魔女一同。マオの精神世界で優雅にお茶を飲みながら楽しんでいたのだが、魔力感知ができるグラスとペルリアが二つの膨大な魔力を感知する。あの深棲獣以上の魔力量、しかし二人が驚いたのは魔力量ではなくその特有の魔力を見たことがあったことだった。
「? そんな間抜けな面をしてどうしたんだい?」
二人の異様な雰囲気を察してか他の魔女たちが何かあったか聞きにくる。ソティスの物言いに二人はイラっとしたが、いつものことなのでスルーする。それよりも状況が状況なため、この情報をいち早く共有しないといけない。
「あの二柱の魔力を感じるのよ」
「! マジかよ!?」
「しかも~その魔力が衝突し合ってるのよ~。それもかなり近い場所でね~」
二人から告げられたことは魔女たちにも少なからず衝撃をあたえた。
「それは……大丈夫でしょうか?」
「さすがに人間の街に被害をおよばせるほどバカじゃないはずだよ」
「まぁ、最悪ママにさえ危害を加えなければいいでしょ」
ペルリアの言葉に魔女一同はウンウンと頷く。魔女たちの不変の最優先事項はマオの身の安全。たとえそれ以外の人が全員死んだとしてもどうでもいいと思っている。
「――それよりも~マオちゃんの【魂】の方が気になるわ~」
「……あぁ、そうだな」
グラスの一言に魔女たちの顔つきが真剣なものへと変わる。
「この世界に来てから半年……何も問題がないんだねトルネ?」
「そうですね。今のところマオさまの魂に異常はないです」
「だけれど間違いなく因果は続いている……あの貴族の女と出会ったことにも」
「「「「…………」」」」
魔女たちの間に重い空気が流れる。誰も口を開かず、考え込んでいた。そんな長い沈黙を破ったのはソティスだった。
「……考え込んでいても原因が分からない以上、今は見守り続けるほかはない」
「そう……だな……」
どれだけ考えても結論が出ない以上、考えるだけ無駄だと思い、話が終わる。一同は再び着せ替え人形となっているマオを見始めた。
――だがその胸には運命を破壊しようとする決意を宿して……
◇◇◇
ドリムの近くにはカロン王国の中でもかなり大きい部類に入る霊峰がある。だが、そこには多種多様な魔物が住みついており、王族たちから立ち入りを禁止される程の危険地帯でもあった。
中でも”ハーピィ”という魔物は有名だった。シルエットは人っぽいが、全体が赤く染まった目に浅黒い肌、それと羽となった腕が魔物であると証明している。空を軽やかに飛び回り、強靭な握力をもつ足のかぎ爪と群れで行動する性質から、霊峰の魔物の中でも特に厄介だと騎士団と聖騎士たちからは評判だった。
そんなハーピィたちも夜に行動することは滅多にない。夜目が利かないわけではないが、よく見えるという程ではなく、群れで空を飛んでいると他のハーピィと衝突してしまうからだ。
だがそんなハーピィたちの群れが真っ暗闇の夜中だというのに空を飛んでいた。
『全員ついて来てる?』
群れの中でもリーダー格とおもわしきハーピィが後ろを確認しながら先頭を飛んでいる。
だが、その表情には険しいものが宿っていた。
『なんとか……ですがこれ以上スピードを上げると群れが崩壊してはぐれる者も出てくるかと……』
『……分かったわ』
(ままならない……一刻も早くこの霊峰から抜け出さないといけないのに……)
部下からの報告を聞き、リーダーのハーピィは心の中で舌打ちをする。それほどまでにこの霊峰から脱出を急ぐ理由があった。
(――あんな怪獣大決戦に巻き込まれるのはごめんよ)
◆
~ドリムの近くにある巨大な霊峰その頂上付近~
「なにすんの鳥……こんな陰キャをいじめてきて。そこまで鳥頭じゃないはずだよ? 正気に戻れって……」
「今日こそ殺してやらぁ!クソ蛇イイイィィィィィィィィィッ!!!」
マオが着せ替え人形にされてる間いろんなことが起きてました。いやー、ほのぼのとした休暇のはずだったのに。
ちなみにコスがナイラに対し気持ち悪いとか思っていますが、ほとんどの切り込み隊の奴らはナイラのことを気に入らないと思っています。でも使える奴とも思っているから生かしてるだけです。




