いいとこどり
心臓を貫かれた深棲獣はピクピクと体を痙攣させる。シャンは脳から体を動かすよう命令を送るが小さく動くのみで、視界もぼやけ始める。それは深棲獣の命が尽きようとしていることを意味していた。
(クソクソクソクソッ! なんでだよ! 獣人の何十倍のパワーも、最上級魔法を使える魔力もあってなんで!)
どんなに文句を言っても結果はもう変わらない。だが、このまま終わることはシャンの歪んだ心が許さない。考え込んだシャンに一つの天啓がおりてくる。
(最後に悪あがきしたらぁ……! ククク、受け取ってくれよ?)
悪い声を出しながらシャンは深棲獣へ最後の命令を出し、肉体から脱出する準備をし始めた……
私は幹が折れた木にもたれかかりながら深棲獣の動きが止まったことを確認する。至る所から魔導人形たちの喜ぶ声が聞こえるし、イースの里からも大きな歓声が聞こえてくる。どうやら私たちの勝ちみたい。はぁー……しんど! 魔力切れで体もだるいし、汗でびしょびしょだし。ま、なんにしてもよかった。あとでペルリアにもお礼言っとこ、ちゃんとあの津波を止めてくれたみたいだし。
「ここにいたのねマオ」
「あ、カレン」
そんなこと考えていたら後ろからカレンが声をかけてきたんだけど……なんか目が怖くない? なんで? ペルリアなんかした?
「さっきまでマオの体を使ってたのは誰よ?」
厳しい目つきでそう問いかけてくるカレン。これペルリアと入れ替わったの気づかれてるよね?
どうしたもんか……【魔女】たちのことについて話した方がいいのかなぁ……?カレンたちならなんか受け入れてくれそうな気がするんだけど。でも、カロン王国では【魔女】って禁忌みたいな扱いだから分からん。仮に受け入れてくれたとしてもカレンたちに迷惑かかるのは確定するんだよねー……。
「えっと、それはですねぇ……なんというかその……」
「……まぁ、後ででいいわ。今は被害の確認とかしないといけないからね」
言い淀んでる私を見て何か察したのかカレンはこの場での追及はやめてくれた。
「そのかわり、あとでちゃんと話してもらうわよ♪」
「……はい」
あ、これ逃げられないやつじゃん。笑顔で圧かけて来てるもん。……腹くくるか。
私が覚悟を決めていると、止まったはずの深棲獣が再び動き出す。まだ動くの!?と思ったけど動きは緩慢でフラフラだし、もう腕を振り上げる力も残ってないように見える。誰が見ても、もってあと数分の命であるという状態だった。
「一体何が目的?」
カレンも深棲獣の行動を理解できないようでいた。のそのそと膝立ちで歩いていた深棲獣はやがてある場所で止まる。
「あそこって……」
「――里の結界の近く?」
攻撃する力ももう残ってないはずなのに、あとは倒れることしかできな…………倒れる?
「まさかあいつ自分の体を倒して、結界を破壊しようとしてんの!?」
「!? しかもあそこはひびが入ってる場所の近くよ!」
シャンが深棲獣に下した最後の命令はまさしくそれだ。その巨体に見合う質量は結界を壊すに足る力を持っている。もし結界が破壊されれば今後イースの里は魔物たちの脅威にさらされながら生活することになる。
「最後にめんどくさいことを……!」
はっきり言ってこっちで動けるのは魔導人形たちぐらい。私やリリーさん、ナトちゃんは論外だし、カレンもあの”疑似太陽”でほとんど魔力が残ってないらしい。ウェンさんなら氷でどうにかできるかもしれないけど、津波を防ぎきってから音沙汰がない。多分魔力切れしてるんじゃないかな?というのが私とカレンの予想だった。
「あの子たちに賭けるしかないわね……」
いまがどういう状況か魔導人形たちも分かっていたみたい。魔導人形たちが倒れこむ深棲獣の体を支えようとする。四百人いるとはいえ、あの巨体を支えられるかは微妙な気がする。でもやらないといけない。押し返そうと深棲獣の体へ手を付けたその時。
――深棲獣の体が後ろへと吹っ飛んだ。
信じられない光景にその場にいた誰もが硬直する。いや一人だけしてない人物がいる。空に飛び上がり、その王国騎士団の紋章のはいった服をひるがえしている男性。その男性がサッカーボールを蹴り終えた後のような体勢を取っていることから、深棲獣の体を蹴り飛ばしたのは明らかだった。
「! ルートさん!」
蹴り飛ばされた深棲獣が今度こそ動かなくなる。確実に死んだことが見て取れると宙に浮いていたルートさんは私たちの方へと降りてきた。
「…………ごめん、遅れた」
「遅れたじゃないですよ。いままでどこに居たんですか」
重役出勤をかましてきたルートさんに詰め寄るカレン。まぁ、気持ちは分かる。私も同じ気持ちだしね。あの巨体を吹っ飛ばせる力を持つルートさんがいればもっと楽に勝てただろうし。
「…………話したいけど、まだやることが残ってる」
「?」
「じゃあわたしが説明しとくんだナー」
「あ、カリスもいたんだ」
遠くからだと片手になんか抱えてるなと思ったけどカリスだったのね。ていうか二人合流してたんだ。
「…………お願い」
そう一言だけ残しルートさんは地面を蹴る。風が吹きすさんだかと思うと、すでにルートさんの姿はなかった。いや……速すぎない?
「それで納得できる理由があるのよね?」
「もちろん。なんたって敵の首領っぽい奴と会ったんだからナー」
「「!」」
それは確かに……ただならぬ出来事だわ。ま、詳しく話し聞こっか。
◇◇◇
「バケモンかよクソッ!」
深棲獣の体から脱出したシャンは壊れゆく結界を見ようと、距離を置いて眺めていたのだが、結果は自身の予想と真逆のものだった。正直止められるとは思っていなかった自身の悪あがきが通用しなかったことに腹立たしい気持ちでいっぱいなのだが、それを実現させた人物に納得せざるおえなかった。
――ルート・ホープ。カロン王国の歴史上において、初代王国騎士団団長ミゼーア・ホープの子孫にして、強さで並ぶと噂される男……
【ヒュドラ】の仲間たちはほとんど捕まるか殺されており、とっくに制圧済み。頼りにしていた深棲獣は死に絶え、そこへルート・ホープの参戦。もはや勝ち目など万に一つもないと悟ったシャンは、踵を返し立ち去ろうとする。
体をイースの里から背けたその時――――世界が反転した。
「うぼぁ!?」
それだけじゃない、背中に走る痛みと圧迫感。自身が掴まれ、地面に押し倒されたと気づくのにそう時間はかからなかった。
虫状態の自分を捕まえるなんてと思いながら、自身を捕らえた相手の方へ視線を向ける。金と銀のオッドアイと目が合った。
「なっ!?」
「…………今度はもう逃がさない」
シャンがいた場所と深棲獣がいた場所とはだいぶ距離が離れている。だというのに深棲獣を吹き飛ばした張本人がいま目の前にいることに困惑する。深棲獣が吹き飛ばされてからほんの数十秒、その間にオレを見つけ、走ってきたというのか?
あまりの規格外さに恐れおののくシャン。目の前にいるのは人間なのかさえ疑った。
「っ!」
だが、シャンは腐っても【ヒュドラ】のリーダーの一人を務めた男である。掴まれていない巻き髭の部分をルートへと伸ばす。
肉薄してる状態では避けることは難しくなる。先端が青白く光った髭はルートの首へと……当たらなかった。髭が首に届く直前、ルートはシャンを掴んでいる方とは反対の手で髭をキャッチした。
「バカが、オレの髭に触れたな」
その瞬間、青白く光っていた部分がさらに輝きを増す。それと同時に髭に触れている手から体に何か入り込む感触があった。
シャンの巻き髭には神経毒を流す器官が存在する。この神経毒には相手の体を麻痺させ、筋肉を弛緩させる効果がある。この毒で相手の自由を奪い、寄生するのがシャンの黄金パターンであった。
今回もその黄金パターンが発動され、勝ちを確信するシャン。そんなしたり顔のシャンへルートが一言。
「…………僕に魔法は効かない」
「!?」
ルートの体は【最高傑作】によって魔法によっておこる事象、すべてを無効化する。それがたとえ混合魔法によって生成された毒だろうと。
まるで救えないものを見るかのようにルートはシャンを握る力を強める。
「まっ!?」
シャンに残された選択は命乞いをすることのみ。だが、ルートはそんな暇を与えなかった。何かを言おうとしたシャンの体を握りつぶし、体液を飛び散らさせた。
「…………」
全ての戦いが終わり、イースの里の平和を勝ち取った。だというのにルートの顔は暗いものだった。
(化け物……)
シャンの独り言はルートの耳に届いていた。
「…………僕は化け物じゃない……僕をどこにでもいる存在と思ってくれる人がいる限り……」
自分のことをただの一つの駒と言ってくれた王と僕を普通だと言った少女。その二人の顔を思い浮かべながらルートは里へと歩き出した。




