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魔女と王国と声変わり  作者: 睦月はくろ
第二章 イースの里編
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目覚めし獣を水底へ還す その五

「これはまずいか……」


 ツァールの目線の先には今にも”トルエリアル”を発動させそうな深棲獣がいる。そのことは陣形を整えている魔導人形たちも気づいているようで、皆一様に不安に駆られた顔をしている。


「一度回避を優先するほうが……」

「それだとイースの里にあれが直撃してしまいますし、なにより一度整えた陣形を崩すことになってしまいます」

「まだ準備が整っていませんが、ここにいる全員で一斉掃射すれば……」

「それだと倒せなかった場合、私たち含め全滅するでしょう」

「ではどうしろというんですか!!」


 魔導人形たちの意見が飛び交うが、どれも不安要素があるものばかり。そのことに頭を抱えるのはツァールも同じだった。


(余のアルクトゥールスではあの津波をかき消せるほどの魔力はない……そもそも盾の大きさが一人分しか守れんし、【祭壇】の外におるから魔力のパスも切れておる……。いったいどうすれば……)


 汗をかかないはずの体であるはずなのに、背中に冷や汗が伝う感触を覚えるツァール。自分は最強の魔導人形として作られたというのに、守るための力が足りないことに歯がゆさを感じることは生まれて初めてだった。


「はい、みんなちゅ~もーく!」


 そんな中、戦場に似つかわしくない緩い口調の言葉が聞こえてきた。魔導人形たちが声の方に一斉に目線を向けると、そこにはローコが今まさにピンチが迫っているというのに、何事もないようでいた。


「[MG-615]……」

「ちょっとー、あーしにはローコってマスターがくれた名前があるんだから、ソッチで呼んでって言ったよね?」

「そんなことはどうでもよい。ローコ、貴様はなにかいい案があるのか?」

「あのねぇ、あーしたちがやることなんてすでに決まってんでしょ」


 不敵な笑みを浮かべながら語るローコに不安がよぎるが、それでもその目には確かな覚悟が宿っているように感じた。


「あーしのマスターがアレの足止めをするって言ったんだよ? ならそれを信じてあーしたちはさっさと陣形整えるだけっしょ」

「しかし……」

「皆さん」


 ローコの顔が真剣なものになり、声も前のような感じになる。前のローコのことを知らない魔導人形たちは驚きのあまり、喧騒がピタリと止みローコの方へと注目する。


「私のマスターを信じてください。だって私のマスターは――――世界一のマスターですから」






~~~~~~~~~~


「そういえばさ、グラスが言ってた体を貸すってなんのこと?」


 夢の中での魔法の特訓……その少しの休憩時間、藪から棒にマオは魔女たちに疑問を投げかけた。


「あぁ、その話か。あたしたちは一時的にマオの意識を乗っ取ってマオの体を自由に動かせることができるんだよ。ソティスは問題があるけどな」

「え、体を? なにそれこわい」

「別に乗っ取ってる間にマオさまの体に変なことはしませんよ」

「そうよ~、マオちゃんが森で崖から落ちた時、ママがマオちゃんの体を使って助けたのよ~」

「そうなの!?ありがとグラス!」


 あの時、なぜ自分とナトちゃんが助かった真実を知ってマオは驚愕する。それと同時にもう一つ疑問ができてしまった。


「あれ? でも私って魔力量の関係で魔法は一発しか使えないよね。グラスが私の体で魔法を使って助けたんだとしたら、起きた時魔力切れしてなかったのはおかしくない?」


 マオはあの時の状況を思い出す。起きた時に魔力切れ特有の倦怠感もなかったし、ナトちゃんのことを背負って動くこともできた。それにハンターウルフと悪鬼ナトちゃんとの三つ巴では私は”フィン”の魔法を使えた。


「それはねママ、乗っ取ってる間はママの体に乗っ取った魔女の魔力が消費されるのよ。だから魔力切れの心配はないと言っていいわ」

「はへぇー、そうなんだ」

「だからもし戦闘でピンチになったら迷わず”ソティス(私)”を頼るといい」

「あんただけはダメだろ……」


 しれっと自分だけを頼るよう言ってきたソティスは他の魔女から睨まれている。だが、本人はなにもないように涼しげな顔だ。一気に険悪なムードが漂うがソティスはまだ何か言うことがあるのか『ただ……』と話を続ける。


「――私を除いて魔女たちがマオの体を使っていられるのは最大で一(・)分(・)だけ。さらに乗っ取りが終わって元に戻ったあと、しばらくの間は私たちとの接続が切れてしまう。使いどころは見極めるべきだよ」




~~~~~~~~~~




「――あなたいったい誰よ」


 腹を抱えながらうずくまっているのは、カロン王国で最も有名な貴族といっていいほどの力と影響力を持つサンライト公爵家の若き当主カレン・サンライトその人。そんな彼女がなぜうずくまっているかというと、目の前にいる元々の鮮やかな黒色の瞳を煌びやかな金色へと変え立っているマオの姿をした”ナニカ”が原因である。


 お姫様抱っこで抱えていたマオの体が、急に糸の切れた人形のように全身の力が緩んだことを不思議に思った私はマオに名前を呼び掛けた。すると、マオはすぐさま目を開けたがその瞳の色は金色へと変わっていた。

 なにかが起きていることを悟った私は疾走する足を止め、マオへ情報を聞こうとしたとき、腹部へと痛みが走った。一瞬何が起きたか分からず私は自身の腹部へと目を向けるとマオの肘が鳩尾へと当てられていた。本来、魔力切れでぐったりしていたはずのマオが立ち上がり地面へと崩れ落ちている私をその金色の瞳で見下ろしてくる。


 痛みに悶える私の頭は動揺でいっぱいだった。私がマオの肘撃ちを捉えることができなかったことや、本来動けないはずの体で動けていること、今の一瞬の出来事はわたしを混乱させるのに十分だった。だけど一番分からないのが……マオの体から別(・)の(・)魔(・)力(・)が溢れていることだった。


 本来、人はみな魔力を持って生まれてくるが、その魔力の質は人によって様々である。魔力感知はその質を見極め個人を特定できるのだが、私の魔力感知には今マオから溢れ出している魔力は、マオ本来の魔力とは似ても似つかないものだったのだ。というかむしろ……


(この魔力……残り火で感じる【魔女】の魔力に近い感じがする……)


 私の脳内にマオと出会った時のことが思い出される。あの時のマオには確かに【魔女】の魔力が付いていた。いまマオに宿っている魔力と同一のものかと思ったけど少し違う。


(何も分かんないことだらけだけど、一つだけ分かることは……目の前のコイツはマオじゃない)


 ここで冒頭の問いへとつながる。目の前の存在がマオでないことを悟ったカレンが睨みつけていると、マオの姿をしたナニカは憎々しげな顔をしながら口を開いた。


「私(わたくし)があなた如きの質問に答えるとでも? ママのことを誑かす泥棒猫風情が」

「はぁ……?」


 思わず変な声を出してしまった。目の前のマオの姿をしたコイツが言ってることが何一つ理解できない。ママ? 泥棒猫? よく分からないけどなんかムカつくことだけは確かね。


 そんなイラっとしている私なんて気にせず、ナニカは深棲獣の方を見る。


「このままもう一発喰らわせようかと思ったけれど……これ以上すればママに嫌われそうね。それに一分しかないのだから急がないといけないわね。せっかくジャンケンに勝ったのだから」


 そう言うとナニカは宙へと浮き始める。目的は……深棲獣?


「まさか、トルエリアル(アレ)を止める気!?」

「そうに決まってるじゃない。巻き込まれたくなければ尻尾を巻いて逃げることをおすすめするわ。私(わたくし)としては死んでもライバルが減ってラッキーなのだけれど、ママが悲しむところは見たくないのよ」


 それだけ言い残し飛び去っていってしまった。よく分からないことだらけなのだけれど……あのナニカに賭けるしかないわね。…………生き残ったらマオからアレについてじっくり教えてもらおうじゃないの。






――――――――――


 見るも無残な姿となった森を見下ろすマオ……ではなくペルリア。他の魔女たちからの嫉妬にまみれた視線を鼻で笑いながらマオの体へと憑依したペルリアの役目は、今にも発射されそうな”トルエリアル”を止めることである。ペルリアにとってイースの里の存続などどうでもいいことなのだが、この世で自分が唯一愛している者からの頼みとあらばテンション爆上がりで了承した。


 もっとも、誰がマオの体に憑依するか聖戦(ジャンケン)を制するのは苦労したが。


「私の好感度稼ぎの生贄となってもらおうかしら」


 目の前で最上級魔法が発動されようとしているというのに余裕そうに笑顔を浮かべるペルリア。戦闘に準ずる者であれば”最上級魔法への対処法は発動される前に倒せ”ということが通説になっている。最上級魔法とはそのレベルのものなのだが、そんなこと世界に五人しか存在しない【魔女】にとっては関係のないものだった。


 深棲獣は展開する魔法陣の先に空に浮く人影を確認していた。だが、誰であろうと”トルエリアル”が発動されればその破壊力でひとたまりもないと判断し、すぐさま気にも留めなくなった。


 これまで以上に十分に練った魔力が魔法陣へと送り込まれると、魔法陣が光りだす。それは全ての準備が整ったことを意味していた。


『自分たちの無力さを感じながら死ね、”トルエリアル”っ!』


 現れた津波は高さも範囲も今日一番大きなものであった。海の広大さを思い知らせるかのような水の量がイースの里を飲み込もうとしていた。


 そんな光景を見つめるペルリアがとった行動はいたってシンプルなもの。手のひらを迫りくる津波の方へと向けたった一言。


「【穢れなさい】」


 そう唱えると向けられた手のひらから黒い霧が噴き出る。霧で津波にどう立ち向かうというのか、そんな上下関係を分からせるかのように霧と津波が衝突する。


『……は?』


 深棲獣ことシャンは自身が間抜けな声を出したことに気づいていない。それほどまでに目の前の光景が理解できなかった。衝突した津波は霧を飲み込むことができず、押し合いをしている。それどころか霧に触れた部分の水が黒く濁り、湯気を出しているのだ。


『どういうことだよ……ただの霧だろうがっ! なんで……なんで!! ありえねぇだろうがああああああ!!』


 森中に響く子供っぽい怒号の答えを返す者はいない。なぜなら他の者たちも何が起きているのか分かっていない。唯一理解しているのはペルリアただ一人。


 ”トルエリアル”を止めることができた以上、ペルリアは自分の役目が終わり暇を感じ始めていた。


(まだ時間が残っているわね……ママの体を堪能するのもいいんだけど後が怖そうね。……ふふ)


 うるさいほど大きな声を響かせる深棲獣を鬱陶しく感じていたペルリアはあることを思いついた。どうせなら目の前のおもちゃを有効活用してやろうと。


「【穢れなさい】」


 再びそう唱えると、黒い霧が噴き出ることもなく何も起きない。だが、シャンはあることを感じ取っていた。それは本来ありえないことで再びシャンの動揺を誘う。


(!? ”トルエリアル”が制(・)御(・)で(・)き(・)な(・)い(・)!?)


 自ら制御を手放したわけではない。だが、現に津波にいくら魔力を送ろうともはじかれてしまい、意のままに操ることができなくなっていた。理解不能なことが立て続けに起きている現状にシャンはかすかな恐怖を覚える。


「自らの魔法で踊りなさい」


 ペルリアが指パッチンをすると黒く濁った津波が深棲獣を襲う。鼓膜を潰された深棲獣にはペルリアの発言など聞こえていない。なにが起きたか分からないまま黒い奔流に飲み込まれてしまう。


『がああぁぁっ!?』


 津波に飲み込まれた深棲獣が苦しそうな声を吐き出す。


(この水、熱くねぇむしろ冷てぇのに焼けるように痛てぇ! それになんか……”苦しい”!)


 体が病に蝕まれているような”苦しみ”を感じる。理由は明白でこの黒い水が原因だろう。段々と息が荒くなり、体が思い通りに動かなくなっていく。


 だが、その天性の肉体は黒い津波、ペルリアの【穢れ】から耐えきった。津波が引くと両手を地面につけながら膝を折った深棲獣が現れた。


「あら? 思ったより余裕そうね」


 空から降りたペルリアは荒い息と汗か分からない液体を大量に流している深棲獣を見て、意外そうな顔を浮かべた。本気ではなかったとはいえ自身のデュアルの危険性を一番知っているペルリアからしてみれば、地面に倒れ伏すくらいは予想していたのだ。


「まぁ、暇つぶしにはなったかしら。と……そろそろ時間ねママに体を返しましょう」


 どこか木陰になるような場所でマオへと体を返す。マオの思っていた結果とは違ったとはいえ、ペルリアはこの戦いにおいて値千金の活躍をした。











「ここまでお膳立てされて倒せなかったら、ただの恥だよねー」


 苦しそうな深棲獣を見ながらそう呟くローコ。なんか黒い霧が出てきたと思ったら津波が止まって、逆に深棲獣のことを飲み込んだことに、どういうことかさっぱり理解できない。


 あの禍々しい黒い霧は多分マスターたちの仕業だろうと思っているが、それだけだった。別にあの黒い霧がなんであれ、マスターたちは自分たちの準備が整うまで時間を稼いでくれた。その事実だけで十分であり、それ以上考えるつもりもない。それよりも今はもっと大事なこともあるしね。


「右翼、はっしゃーっ!」


 深棲獣と向かい合うように三つのグループに分かれた魔導人形たち。その右側にいる集団がローコの号令と共に何十発もの魔力弾を放つ。多数の魔導人形が自身の魔力のほとんどを込めた魔力弾は極太のレーザーのように見えた。


 見るからに強そうな魔力弾のレーザーは深棲獣の左肩を貫く。


『ア゛ア゛アアアアァァァァァッ!?』


 汚い絶叫がイースの里周辺を木霊する。深棲獣は貫かれた左肩を見て顔を歪ませる。そんなことなどお構いなしに次は左側に位置する魔導人形たちからのレーザーが迫る。


『グッガアアァァッ!?』


 レーザーの存在に気づいた深棲獣が体をずらして躱そうとするが、一瞬気づくのが遅れたことが致命的だった。レーザーは右肩に命中し、深棲獣の腕を使い物にならなくした。音が聞こえていれば結果は違ったことだろう。


 その光景を見たローコは狙い通りの展開に満足げになる。


「肩を撃って両腕はもう使えない……足も使えない……チェックメイトってやつ?」


 残りは深棲獣の正面にいる集団。すでに魔力弾を撃てる体勢になっており、あとはローコの声一つで発射できる。


(そういえばフィニッシュショットを担当するの今日二回目な気がする)


 ツァールとの試練の最後、ローコはアルクトゥールスを狙撃し破壊したことを思い出した。死にかけとはいえあの時より敵は強大だというのに不思議と怖くない。今回は一人で撃つんじゃなくてみんながいるからかな? ま、緊張して狙いがぶれるよりマシ、マシ。


 あとは最後だしかっこよくしとこ。


「これが人と魔導人形(マジックガール)ともに繋いだ一発です――正面、掃射!!」


 放たれた目もくらみそうな極光は音を置き去りにしていく。四肢が動かない深棲獣に残された手段、自身の前に魔法で水の防壁を生み出す。




 極光は水の防壁をその魔法陣ごと通り抜け、ある一点――――心臓を穿った。






魔女たち久々にだしたわ……

ごめんね、キャラが多すぎると動かしにくいし、君たち今マオの精神世界にしか干渉できないからさ……

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