目覚めし獣を水底へ還す その四
ローコたち魔導人形の参戦に戦局は大きく変化する。魔導人形たちは数の暴力を使い、深棲獣を取り囲むように展開し、ライフルを撃っていく。
一方の深棲獣側は、自身の硬い鱗を貫通するあの銃弾を警戒している。通常の鉛弾の方は鱗で弾くことができるのだが、魔力弾の方は先ほどのことから鱗では弾くことが難しいと判断した深棲獣は、広範囲の水魔法を使い魔導人形たちを防御に回らさせようとした。
だが、如何せん数が多く取りこぼしが発生している。しかし、魔力弾は貫通特化の弾であり深棲獣の巨体だと同じ場所を続けて攻撃しないとそんなにダメージを与えられない。
「ローコ! ツァール!」
「あ、マスターみっけ! ベストタイミングだったっしょ!」
「まさか【祭壇】から出たらあんな化け物がいるとはな……」
ベストタイミングどころの話じゃない。マジで助かった、あのままじゃ確実にリリーさん死んでたし、しかもここであの魔物に有効打を与えられる援軍はありがたいなんてものじゃない。
「ねぇ、その……ローコの口調がなんか……変わってない?」
「気になるだろうけど後にして。こいつ倒したら説明するから」
カレンがコソコソと話しかけてくる。まぁ、そういう反応になるよね。ま、説明するのは後ででいっか。
とりあえずは二人に状況を説明する。時間がないから簡素なものだけど。
「なるほどな……ならこっちに多めに人数を派遣したのは正解か」
「どのくらいの魔導人形たちがいるの?」
「深棲獣に来たのは余らも含めて四百人。他は里で賊の相手や避難誘導をしておる」
四百人か……それでも絶対に勝てるとは言えない。今はあの魔物が魔導人形たちの空を縦横無尽に駆ける戦い方に慣れてないからいいけど、アレは津波を起こせる魔法が使えるから人数差なんていくらでもひっくり返せてしまう。
そんなことを考えていると、ここへ飛来してくる者たちが。
「カレン様! リリーさんの足を見てほしいです!」
「! リリー……その足……」
「お嬢様……申し訳ありません。皆様の努力を無駄にしてしまい……」
リリーさんの右足は本来曲がるはずがない方向に曲がっていた。多分、あの化け物に掴まれたときに折ったんだとおもう。
「二人は安全な場所まで下がった方がいいんじゃないですか?」
ナトちゃんは腕を怪我してるし、リリーさんは足が使い物にならない。二人は強いから足手まといになることはないと思うけど、それでも心配だ。
「いえ……まだやらせてください。このまま引き下がれません」
「ナトもです!」
「……いけるのね」
「「はい!」」
「いいのカレン?」
「リリーがいけるって判断したなら大丈夫よ。もしもの時は私がなんとかするわ。ただし、二人はサポートに徹しなさい」
まぁ、戦力が減るのはそれはそれで痛いしね。なんとかするしかない。ていうか深棲獣をどうするか考えないと。リリーさんの攻撃はもう警戒してるだろうし、そもそも近づく足があれじゃあ意味がない。となると……
「魔導人形たちの魔力弾が鍵になる……」
そう、唯一深棲獣を倒せる方法はもはや魔力弾しかない。
「そうね。魔力弾を魔導人形たち全員で一斉掃射する。これしかないわね。ローコとツァールさん、魔導人形を一箇所に集めて、陣形を取らせることは可能ですか?」
「んー、厳しいかなー? あーしたちに連絡機能とかそういうのはついてないし、近づいて口で伝えるしかないっしょ」
そうだよねー……でもこれしか方法がない。ルートさんが来てくれれば楽なんだけど……いや、来るかもしれない援軍なんて期待しない方がいい。魔導人形たちが来てリリーさんが助かったのも運がよかっただけ。こんなとき電話みたいな連絡用の魔道具とかあればなぁ……
「じゃあ、二人は全員に作戦を伝えてきて」
「その間のアレの足止めはどうするつもりだ?」
「……私らで何とかするしかない」
自分でも無茶なことを言ってるのは分かる。怪我してる二人と剣が折れたウェンさん。私も連日の試練と今日のツァール、ミーゴ、そして深棲獣の連戦で魔導銃の残弾が心もとない。カレンも魔力がカツカツだ。それでもやるしかない。それが唯一の勝ち筋なら……。それにこの魔物相手に無茶を通すだけで勝てるなら安いほうだ。
「リファはリリーさんの足になってほしい」
『いいだろう』
「ローコ、一番大切な役割だけど……――任せるから」
「! マスターの頼みなら、まかせろしー!」
さて……準備はできた。――勝つのは私たちだ!
◇◇◇
突如、オレを翻弄するような動きをしていた変なメイド?どもが一箇所に集まり始めた。
(なにをする気か分かんねぇけど、どうせめんどくせぇことしてくるに決まってる)
それにこの集結はオレにとっても悪くはねぇ。雑魚どもをまとめて叩き潰せるチャンスなんだからよぉ!
腕を横に伸ばし、水かきのついた手を握りこみ腕全体に力を込める。そのポーズはプロレスのラリアットの体勢に似ていた。
『全員……吹き飛んじまいなッ!』
その一言とともに巨体は跳ねた。空中に浮くことで落下のエネルギーと巨体の重量を余すことなく込められたラリアットは魔導人形たち目掛けて落ちてくる。その光景に息を呑んだのは誰か。決まっている、深棲獣にいま相対している全員だ。
だが、息を呑んだ者の中にその攻撃に立ち向かおうとする馬鹿もいた。
「う、くぅ……! させません!」
悪鬼の両足で腕を押し返そうとするナト。ナトの頭にはこの質量の暴力を止めれるか、止めれないかの判断など一切なかった。自身の持ち合わせた善性と愚直さがナトの体を勝手に動かした。
魔導人形の盾となるため、深棲獣の腕を押し返そうとするナト。だが、少し速度が落ちたとはいえ、ラリアットは徐々に徐々に魔導人形たちへと迫る。
圧倒的にパワーが足らない。ナト一人のパワーでは……
「メイド長たる者、他のメイドの模範となる者でないといけません」
馬鹿はもう一人いた。新たに空を駆ける足を手に入れたリリーは落ちてくる腕へと近づく。その顔はいつもの無表情。だが、それは普段とは違い極度の集中状態であるゆえだ。足の痛みなどないかのように構えをとり……
「”メイド流格闘術”……【波紋返し】!」
両手での発勁は深棲獣の体全体を揺らした。【波紋返し】は【散水流し】とは違い、受け流す技ではなく、相手の攻撃に発勁を合わせ、弾く技だ。人生で一番といっていいパフォーマンスを発揮している二人の覚悟は奇跡と言っていい結果を起こす。
『うそだろ……』
深棲獣の腕は魔導人形たちに届くことなく弾かれる。一方で奇跡を起こした二人も攻撃の衝撃は受けたのか地面へと落ちた。
弾かれた深棲獣の顔には動揺が見て取れた。ぶつかり合いは引き分けという結果だ。だが、本来防御不可の攻撃をいなされたことは深棲獣の心に深く刻まれた。
(たった一回はじかれただけだ! こんなのはただのまぐれ、次の攻撃で……)
そう、まだまだ攻撃をする機会は深棲獣には残っている。自身の目の前にある”疑似太陽”がなければの話だが。
『っ!』
次々と自身のまわりにカレンとマオの陽炎が生成される。深棲獣に寄生する前のシャンが苦しめれらた魔法である”炎の精”。だが、深棲獣にはこの魔法について考える時間は山ほどあった。
(恐らくこの分身は炎を人に見せかけてるだけの魔法……。分身どもは炎による攻撃しか出来ねぇだろうし、それに……)
『オラぁっ!』
深棲獣が腕を一振りすると風が吹き荒れ、煽られた陽炎たちの半分は耐え切れず消えてしまう。
「チィ……」
陽炎の中の一人のマオから舌打ちをした音が聞こえる。意識を研ぎ澄ましていた深棲獣はその音を聞き逃さなかった。
『そこかァ!』
声が聞こえた方へ手のひらを下に押し潰すように地面へと叩きつける。分身はただの炎であるためできないことがあると深棲獣の頭の中でシャンは考察した。実体がないゆえに物を持つことも出来なければ、声帯もないため喋ることも出来ない。つまり分身の中に声を発する者がいればそいつが本物だと。
ずばり、シャンの考察は的中している。
「――暑さにやられて幻覚でも見た?」
だが、声に関することと相手の心理の意表を突くことに関しては人一倍上手い奴がいた。
叩きつけた手のひらに人を潰した感触はなく、代わりに耳元からマオの声が聞こえる。
(ぶっつけ本番だけど、うまくいった!)
マオは自身の混合魔法の原理について考えたことがある。魔女たちや公爵家のみんなから色々な意見と度重なる実験によって分かったことがあった。
音とは空気の振動だ。物体の振動が波となり鼓膜を揺らすことで音が聞こえるという仕組み。私の混合魔法【声帯模写】は実は声帯を変化させて声を変えているわけではない。【声帯模写】は私の声で震わせる空気の波を模写したい波に魔法で変化させているデュアルだった。
この真実に気づいた私は自身のデュアルの汎用性に気づいた。それが今さっきやった私のいる場所から別の場所へ声を発させる芸当だ。分身のいる場所で私の声の波を模写して流し、本物の私はカレンと一緒にあの魔物の後ろにいる。
さて、一杯食わせたとはいえ残りの私たちだけじゃ防戦一方のまま。まぁ、魔導人形たちが攻撃する準備が整うまでの時間を稼げばいいんだけど……やられっぱなしっていうのも癪だ。
「【声帯模写】の他の使い方も見せてあげる」
私は息を大きく吸い込み、肺に空気を貯める。狙いは……あの魔物の鼓膜!
「”ぶち破れえええええええええええ!!!!”」
自分の声を深棲獣の耳の中へと転送させたマオ。普通の人間ならば、耳元どころか鼓膜のすぐそこで大声を聞いたら鼓膜が破れるかもしれない。しかし相手は深棲獣……鱗だけでなく鼓膜も硬いのか、人間が発せられる音の大きさでは鼓膜を破ることなんて到底できない。
だが、声の波こと振動を操ることができるマオは別だ。自身の声の振動を可能な限り増幅させた先の一撃はもはや音響兵器のような轟音を響き渡らせた。
『がぁっ……!?』
深棲獣は突如、耳に走った痛みに顔を歪める。耳に手を当ててみると、ぬらりとした紫色の血が手を染める。
(なんだ!? 何をされた!!)
なにが起きたか理解していない深棲獣は今の攻撃について考えようとしたとき、ある事実に気づく。
(音が……聞こえない!?)
自身が無音の世界にいることに気がつくと、歪んでいた顔をさらに歪ませる深棲獣。戦闘中に耳による音の情報を拾えないということはかなりのハンデになってしまう。実力では圧倒している者たちにいいようにされている現状に苛立ちを隠せないでいた。
「はっはー! 一矢報いてやったわ!」
「格好はついてないけど」
深棲獣の鼓膜をぶち破った張本人はというと、いまカレンにお姫様抱っこされて移動している。声の大きさを増幅させると魔力の燃費がいい【声帯模写】といえど、それなりに魔力は使うようで私の魔力量だと一発で魔力切れになってしまう。これでも魔女たちと練習してるから魔力量は少し増えたんだけどなぁ……
ちなみになんでお姫様抱っこ?って聞いたら、やりたかったからと返された。ツッコむ気力もないからそのままスルーしたけど。
「! 見なさいマオ。来るわよ……例の魔法が」
「!」
深棲獣の方を見て何かに気づいたカレンが私に見るよう促す。視線を深棲獣の方へ向けるとそこには……現れた時に津波を引き起こした、あの馬鹿でかい魔法陣が浮かんでいた……
「絶対に防いでよ――ウェンさん」
◇◇◇
もはやこれ以上の手傷を負うことは危険だと判断した深棲獣ことシャンは、イースの里ごとまとめて私たちを消し去るため、”トルエリアル”の準備を始める。シャンは自身が最上級魔法を使う日が来るなんてと興奮しながら魔法陣を完成させていく。
「はぁ、ついに来るんか……責任重大やな」
そう零すのはエル教聖騎士統括ことウェン・トーテム。結界を背にしながら完成されていく魔法陣を見て緊張な面持ちとなりながら【吹雪】を発動させる。
「『俺の盾が届く範囲は、誰も傷つくことはない』だっけ?」
氷の壁を何重にも重ねながら、むかし子供のころに見た絵本のセリフを思い浮かべる。絵本では竜の攻撃から戦士が仲間を守るときに言ったセリフなのだが、懐かしいなと思いながらも、今の状況と似ているとウェンは感じていた。
「ここで空想を現実にすんのもありやな」
深棲獣が展開している魔法陣がついに完成する。それは淡い光を放ち始めたかに思うと次の瞬間、強く光り、魔法が発動される。
「――来な」
『”トルエリアル”!!』
圧倒的な水量の暴力と触れた物を凍てつかせる氷壁がぶつかり合う。最初に放たれた時より魔力を多く籠められていたのか”トルエリアル”の方が少し優勢で、湖の水をまるごとぶつけたような水量に幾重にも重ねた氷の壁は次々と壊されていき、厚みはもはや最初と比べて半分ほどしかなくなっていた。
右手で地面を触れながら、ウェンは大量の汗を噴き出させる。地面を伝い氷壁に冷気を送り続けていることで魔力がゴリゴリに減っていくのを感じる。
「こっんの……聖騎士統括を舐めるなああああああああああ!!」
ウェンの持論は信念や戦いに賭ける気持ちも必要だとは思っている。だが、それは勝敗の結果には一切結びつかないという考えだ。勝敗を決めるのは実力と運だけ、そこに気持ちが入る隙はない。だからこうして叫ぶことは珍しいことなのだ。
氷の壁が逆に津波の方を飲み込み始める。水が触れた瞬間から凍らされていき一つの氷山を形成していく。
「は……、ふ……、きっっつ……魔力切れとか、久々に、なったわ……」
美しかった森は津波に流され、でかい氷の山が立つ。だが、イースの里の近くだけは不自然なほどに綺麗なままで、結界は”トルエリアル”が発動される前と同じ状態だ。
「あとは頼むで、ほんま……」
そう言い残し魔力が切れた体を土の上へと投げ出し、ウェンは意識を落とした。
いちばん破壊力のある”トルエリアル”も乗り切り、魔導人形たちの陣形もそろそろ完成する。あとは魔力弾の一斉掃射でゲームセット。勝利が見えた私たちの目に飛び込んできたのは……
――再び”トルエリアル”を発動させようと、魔法陣を展開している深棲獣の姿だった。
一体いつから連続で使用できないと思っていたのか、”トルエリアル”を二つ同時並行で発動できないと決めつけていたのか。そんな風なことを伝えているように深棲獣の目は細められ、私たちを見下す。
もう、私たちに”トルエリアル”を防ぐ手段はない……このまま”トルエリアル”は発動され、魔導人形もイースの里も私たちも飲み込まれておわり……
……とか考えてんでしょ?




