目覚めし獣を水底へ還す その三
そもそも”メイド流格闘術”とは昔、サンライト公爵家の使用人のうちの一人が作った武術である。戦闘力が高いサンライト公爵家の人間は荒事に巻き込まれることが多い傾向だったため、その時代に使用人の中でも特に強いと名を轟かせた一人が護身用として他の使用人たちに教えたことが始まりだった。そこから瞬く間に広がっていき、今では貴族の家の使用人なら一人は修めているほどに有名な武術となった。
そう、”メイド流格闘術”とはあくまで護身用に作られた武術なのである。ゆえに投げ技や受け流す類の技が多く、相手や魔物を殺すための武術ではない。
では、”冥渡流格闘術”とは一体なんなのか? それは”メイド流格闘術”の元になった武術であり――――相手を殺すための武術だ。
風を一身に感じながら走り抜けるリリー。その狙いは深棲獣の右足首。一瞬にして間合いを詰めたリリーは拳を叩きつけようとする。足首にも、もちろんあの鱗がびっしりと付いている。人の拳を叩きつけたとしても、逆に叩きつけた側の拳が砕けるのが目に見えている。だが、リリーはそんなこと知らないように一切の迷いはなかった。
「”冥渡流格闘術”……【穿壊】!」
鱗とリリーの拳が激突する。負けたのはリリーの拳…………ではなく深棲獣の鱗だった。
『ギシャアアァァァァッ!?』
深棲獣が痛みに悶えるような声を上げながら膝をつく。リリーさんの殴った右足首を見てみると、鱗がボロボロに剥がれ落ちていた。
「すごっ、あの防御を貫通するなんて……」
「”冥渡流格闘術”……さすがにリリーも本気のようね」
私が感心したような声を漏らすとカレンが気になることを呟いた。さっきも深棲獣の攻撃を受け流すときに”メイド流格闘術”ってのを使ってたはずなんだけど……なんか別物っぽい?
それになんか深棲獣の様子がおかしいっていうか……痛がりすぎてない? 大げさっていうか……足首を殴られただけで膝をついて絶叫するなんて、あの魔物にしてはおかしい気がする。
マオの違和感は合っている。”冥渡流格闘術”の真髄は相手の神経を直接攻撃することにある。どんな動物にも神経は存在する。体の筋肉を動かしたり、痛みを感じるのも全て神経である。神経は骨や肉、皮によって守られているが、それを直接攻撃されればどうだろうか? それはもうこの世の終わりのような痛みを感じることだろう。”冥渡流格闘術”は接触した部分から肉体内部へと衝撃を響かせ、神経へと直接攻撃する武術である。
このあまりに危険で凶悪な武術は修めようと鍛錬した者が何人もいたのだが、その過程で事故が多発したため、今では”メイド流格闘術”をマスターした者のみが修めることができる武術となっている。
「ていうか、ほんとに無事だったんだリリーさん」
「当たり前よ、なにせリリーは獣人の”先祖返り”なんだから」
「”先祖返り”?」
長い年月を経て失われたものが、子孫に突如現れる現象のことである”先祖返り”。リリーの先祖はクマの獣人であり、それはそれは強かったらしい。カロン王国へとやってきたリリーさんの先祖の獣人は人間の男と結婚し、子を授かったんだけど、カロン王国と獣王国は長年敵対関係だから、カロン王国内に獣人の数は圧倒的に少ない。周りには人間しかいないなか、授かった子の相手が人間となるのは必然だった。そうして獣人としての血が代々薄まっていく中、生まれたのがリリーさん。
リリーさんは先祖の獣人の力を色濃く受け継いでて、見た目は人間だけど、普通の成人男性の十倍以上の筋力を持ってるらしい。なんでも今の獣人たちより力が強いとか。でも、あの馬鹿力に怪我一つないのは流石に肉体強度が高すぎない?
「なんにせよあの魔物に”冥渡流格闘術”は有効な武術ということが分かったわ。このままリリーの援護をするわよ!」
「りょーかい!」
◇◇◇
自身の技が深棲獣に対して有効だと気づいたリリーの行動は早かった。膝をついた右足から登り、深棲獣の体を駆けあがる。狙うは急所……脳のある頭か心臓のある胸……どちらかといえば頭である。深棲獣の鱗は凸凹があるため、リリーにとっては登るための手すりや踏み台となった。
だが、自身に脅威が迫っていることを見逃すような相手ではなかった。さっきの一撃でリリーへの警戒度を上げた深棲獣は、自身の体を登ってくるリリーに対し振り払おうとする。しかし、リリーの筋力がそれを許さず、深棲獣の体へとしがみつく。リリーのいる地点は腹の部分であり頭まではまだ距離がある。
いつまでも離れないリリーにいい加減うっとおしくなったのか深棲獣はその人一人をギリギリ握りつぶせそうな手でリリーのことを掴もうとする。
「「『”ムーヴフィン”!』」」
リリーへと伸ばされた手は、重ねたことでより風速を増した暴風によって押し返される。深棲獣は一瞬、グリフォンたちがいる方を睨みつけるが、今は一時の怒りで行動してる暇はない。
横薙ぎに振るった剛腕で風を起こし、グリフォンたちへ牽制をする。マオたちの邪魔をしながら別の腕がリリーへと迫ろうとしたその時
『~~~ッ!? なんだ!?』
急に膝をついたほうとは別の足に激痛を感じた。足に力を入れることができず、両足の膝を折ってしまう。なにが起きたか分かってない深棲獣は、おそるおそる力が入らなくなった方の足を見ると、腱を斬られ紫色の血を流す自身の足と折れた剣を持ったウェンの姿があった。
「べつに魔力を温存しとるだけで、攻撃できひんわけやないでワイは」
深棲獣の意識がウェンに向いたことをリリーは見逃さなかった。一瞬の隙をついて足場にした鱗を蹴り上げ、跳躍を繰り返す。一気に距離を稼ぐことに成功したリリーは深棲獣の首元らへんまでに来ることができた。狙いの頭まではもう少しである。
目的の頭までの最短距離が見えたリリーは再び跳躍する。足が宙に浮いた瞬間、背後から水の槍が迫る。槍の先端は太陽の光に照らされ、より鋭利なものに見えるそれがリリーを貫かんとしたその時、何者かが割って入る。
「ぐうぅぅぅぅっ!!」
両腕をクロスし、水の槍を止めたナト。守られたリリーは悪鬼の翼の影になって見えにくいが、ナトの腕から決して少なくない血が流れ落ちているのが目に入る。思わず目を見開いて、ナトに向かって叫ぼうとしたが、ナトの行動の方が早かった。
ナトは自身の右足を悪鬼のものに変容させ、リリーに向かって伸ばす。その意図を完全に理解したリリーは下唇を噛みながら、ナトの右足へ両足をのせる。
「行ってください! リリーさん!」
ナトは右足を上へと全力で振り抜く。乗っていたリリーは上空へと勢いよく飛びあがる。グングンと加速していき、上昇が止まる頃にはリリーの目の前に深棲獣の眉間が目の前にあった。
全員で繋いだ今の状況……失敗することなど絶対にできないという緊張感の中、リリーはただ目の前の敵を見据える。
「お覚悟を……”冥渡流格闘術”【奈落】!」
円を描くように空中で一回転しながら振り下ろされたかかと落としは眉間へと命中する。リリーの常人離れした筋力からくり出される”冥渡流格闘術”の技の威力は、深棲獣に白目をむかせ体をのけぞらせる。誰もがこのまま深棲獣が倒れ、地に伏すと思った。
だが、そうはならなかった。
深棲獣は倒れそうになる体をとどめ、グルんと目を動かしリリーのことを見る。そして宙に浮いているリリーへと腕を伸ばし、キャッチする。
「なっ!?」
『惜しかったなぁっ! もうちょっとで死ぬところだったぜぇ!』
深棲獣が持つ、鱗と巨大な頭蓋骨が生死を分けた。リリーの技は衝撃を殺され、深棲獣の脳を機能停止させるまでには届かなかった。それでも少なくないダメージを脳に負ったのか深棲獣はフラフラしている。
深棲獣に捕まったリリーは手のひらの拘束から逃れようと力を込める。だが、そんなことはさせまいと深棲獣は握る力を強める。
「ぐッ……!」
締め付けが強くなったのを感じリリーは苦悶の表情を浮かべる。いくらリリーが人並外れた力を持っているとはいえ、単純な力勝負では深棲獣には勝てない。
「リリーッ!!」
マオの後ろから悲鳴に似たカレンの叫びが聞こえる。だが、マオの耳にその叫びは入らなかった。
(まずい、まずい、マズイ! このままだとリリーさんが! なにか助け出す手立てを、あの掴んでいる手に向かってリファとカレンと一緒にブチ当てる? いや、それじゃ無理。さっき私たちが力を合わせた魔法でも腕を押し返すぐらいしかできなかった。とてもじゃないけど私たちだけじゃ手を放させるほどの威力を出せない!)
私は焦燥に駆られるなか、思考をフル回転させる。もちろん大切な仲間ということもあるが、リリーさんは深棲獣にもっとも深手を負わせられる、この場で一番生き残らないといけない人だ。絶対に死なせてはいけないというのに、助け出す方法がなに一つ思いつかない。そんなことを考えている間にも深棲獣はリリーさんを握りつぶすため握力を強めていく。時間は待ってはくれない。戦場で生と死を分けるのは早く判断し行動したかどうかである。無駄な抵抗と分かっていても、それでも一縷の望みに賭け、私たちは魔法を放とうとする。
この危機的な状況、誰もが深棲獣とリリーの方へと目を向けていた。ゆえに誰も気が付かなかった。この場所へ近づいてくる者たちの存在を。
深棲獣が握る力を最大限にしようとしたとき――――光の線が走った。
光の線は深棲獣の鱗を貫き、リリーを掴んでいる手首へと突き刺さる。その線は深棲獣の巨体と比べれば細いものだったが、段々と数が増えていく。数本……、十数本……、数十本と増えていき、痛みに耐えきれなくなったのか、深棲獣はリリーのことを放す。宙へと投げ出されたリリーは飛んでいたナトちゃんによって助けられる。
リリーさんを助けた光の線……それは私たち、特に私にとって見覚えのあるものだった。リファとは別で違う、私にとっての『相棒』が使う技……
「マスタ~、魔導人形一同、イースの里の危機にただいま参上☆」
――――空を飛んで現れるは機械の翼を生やしたミニスカメイドの集団。
作者の頭はあまりよくありません……。なんかおかしいと感じても、暖かい目で見守ってください(言い訳)。
ちなみにリリーの先祖である獣人は超強いです。カロン王国に来たのも獣王国に自分の相手になる獣人がいないっていう理由ですし。




