目覚めし獣を水底へ還す その二
威勢のいい声と共に現れたのは空を飛ぶナトちゃんだった。背中に翼を生やして、深棲獣へと勢いよく迫ったかに思うと、その頬に悪鬼の拳を叩きつける。
「~~~~~っ!! いたいですっ!!」
ダメージを負ったのは深棲獣……ではなくナトちゃんの方だった。ナトちゃんの拳は鱗によって遮られ、硬い鱗を思いっきり殴った拳に反動がきたみたい。
『蚊がもう一匹ィ!』
殴られたことでナトちゃんの存在に気づいた深棲獣が剛腕を振ってくる。痛めた拳に気を取られたナトちゃんは間一髪で躱すが、腕を振った風圧で吹き飛ばされてしまう。
「ナトさんっ!」
私の後ろから焦燥にかられた声が聞こえた。ただ腕を振っただけでナトちゃんを吹っ飛ばすとかちょっとした魔法じゃん……
「わぁぁぁぁぁ~~!……着地!」
地面の方へと吹き飛ばされたナトは空中で一回転し着地する。
「ナトだいじょうぶ!?」
「カレンさま! はい!ナトはまだまだ元気いっぱいです!」
「ナトちゃんやん。北門はだいじょうぶなん?」
「はい!もう全員倒してしまいました! ウェンさんのおかげでほとんど残っていませんでしたし!」
ナトちゃんが落ちたのはカレン達がいるすぐ近くだったようだ。元気に話をしてるし、なんともなさそうでよかった。
「マオさんすみません、降ります」
「え?」
どういうことか聞こうと思い、振り向いたときすでにリリーさんはすでにリファの背中から飛び降りていた。
いや地面まで十メートルくらいあるんだけど!?
スカートを押さえながら落ちていったリリーさんはカレン達がいる場所へ完璧な着地をする。えぇ……ナトちゃんは魔物化してるからともかく、十メートル以上から落下してなんともないリリーさんはなに?
「ナトさん!怪我はありませんか!?」
「リリーさん!! 大丈夫ですよ!」
「そうですか、本当によかったです……」
ナトの姿を見て怪我がないことを見て取れたリリーは、いつもの無表情をくずして安堵の表情を浮かべる。
「ほんとにリリーさんは、ナトちゃんのこと大好きだよね……」
『戦闘中に余計なことを考えてる暇はないぞ。見て見ろ』
「うん?」
リファにつられ深棲獣の方に顔を向けると、なにやら魔法を使おうとしていた。さっきの津波を出した魔法陣と違いでかくはない。ただ今度は数がおかしかった。空を埋め尽くさんと多数の魔法陣が出現していた。
『めんどくせぇ、なら……里の結界ごと消えちまいな!』
魔法陣から水の矢や水の刃が降り注ぐ。膨大な魔力からくり出される、圧倒的な物量は死の雨と呼ぶにふさわしいものだった。
「! みんなーッ! 回避ィーッ!」
「「「「!!」」」」
その光景を見た私は地上のみんなに向かって避けるよう叫ぶ。私の号令が聞こえたのか四人は落ちてくる死の雨に気づき、回避行動をとる。
だが、流石に魔法の数が多すぎるのか、回避しきれないものは魔法で相殺したり防御している。リファもこの物量に回避することで手一杯だった。
「チィッ、なんやこの物量!」
ウェンは水刃を剣で受け流しながら悪態をつく。再び”トルエリアル”を使われたときのために魔力の温存をしないといけないウェンは剣で弾くほかない。だが、一発一発の威力が重く、深棲獣の魔法を弾くたびに剣が嫌な音をたてる。
(このままやと先に剣の方が折れるな……)
一方で死の雨に苦戦していたのはウェンだけでなくカレンもだった。
カレンは普通の人よりは身体能力は高いとはいえ、他の三人と比べると劣ってしまう。なので必然的に躱しきれない魔法の量も多く、迫りくる死の雨を相殺するほかないのだが、カレンのよく使う”炎”の魔法は”水”の魔法と相性が悪い。
「くっ!」
自身の近くに水の矢が着弾する。その余波によってカレンは吹き飛ばされ、体勢をくずしてしまう。
「!? しまっ!」
そこへ不幸にもカレンのもとに水刃が飛んでくる。死ぬ可能性が頭をよぎった時、カレンをかっさらう存在がいた。
「ナイスよ! マオ!リファ!」
「お褒めに預かり光栄ですよっと」
マオとリファのおかげで命の危機を乗り越えたカレンはリファの背中、マオの後ろへとまたがる。だが、まだ死の雨は止んでいない。しかもこの魔法の連続攻撃の範囲には結界も含まれている。多数の水の魔法を浴びた結界のひびは大きくなっていく。死の雨を止めないと、結界が壊されるのは時間の問題だった。
「リファさん、あの魔物に魔法が届くまで近づくことができますか?」
死の雨を止めさせるためとはいえ、あの中をかいくぐれって、カレンも無茶言うなー。まぁ、それしか方法思いつかないけどさ。
『……ギリギリだが、いけるだろう』
「行けるって」
「なら頼みます!」
リファはカレンからの依頼を聞き届けると鳴き声を上げ、深棲獣へと突っ込んでいく。時には水球を躱し、時には水の矢を躱していくリファ。近づくにつれ、魔法の密度が上がっていくのか、リファに攻撃が掠ることもあった。それでも私たちに一切の攻撃が当たっていないのはリファが意識して飛んでくれているからだろう。
飛び始めて数十秒、私たちの魔法がギリギリ届くまでの距離に来ることができた。すっご……私たちもリファの頑張りにちゃんと応えないとね。
私は魔導銃をカレンは杖を深棲獣へと向け、魔法を放つ。
「「”ロスヒータ”!」」
次の瞬間、深棲獣の顔で炎の爆発が起きる。顔面という急所を中級魔法×2の攻撃を喰らえば、流石のあの魔物も痛みを感じたのか、手で顔を覆い、よろける。痛みによって魔法を使う集中が切れたのか、空に浮かぶ多数の魔法陣は消滅し、死の雨は止んだ。
『がぁ……っ! クソどもがぁぁ……!』
「”ロスヒータ”を二つ同時に喰らってよろけるだけなんて……」
「でも魔法で攻撃していくしかないんじゃない? 物理攻撃はあの鱗が邪魔だし」
「そうしかないわね」
図体はでかくて攻撃は当てやすいんだけど、いかんせんあの硬すぎる鱗が邪魔すぎる……。それに膨大な魔力からくり出される魔法に結界にひびを入れる程の馬鹿力。全ての能力が高水準……シンプルイズベストって言葉がふさわしい魔物だわ。ほんとに厄介すぎる……
そんな深棲獣が再び動き出し、その巨体の腕を振り上げる。さっきのお礼参りで私たちを狙っているのかと思ったけど、そうじゃなかった。
深棲獣の視線の先、それは死の雨によってひびが大きくなったイースの里の結界だった。
「あいつまさか!?」
そう、深棲獣ことシャンの狙いはイースの里の結界だった。顔を攻撃された腹いせにマオたちが守ろうとしている、イースの里を破壊しつくしてやろうと考えたのである。
深棲獣の剛腕は結界へと一直線に振り下ろされる。だが、それを阻止せんとした者が一人いた。
「”メイド流格闘術”【散水流し】」
空中へと飛び上がったリリーは手のひらで深棲獣の剛腕を受け止める。そのまま結界に当たらぬよう受け流そうとするが……
(重いっ!!)
攻撃を受け止めた衝撃や巨体の腕の重量に、歯を食いしばるリリー。それでもみんなを守るためリリーはさらに力を振り絞る。
「ハァァァァァァァッ!!」
リリーの筋力によって剛腕は結界の脇の地面へと受け流される。ピンチを救ったことにホッとするリリーだったが、その一瞬の隙が近づいてくるもう片方の剛腕に気づく時間を奪った。
「!?」
ブォン!と蠅を叩くように振るわれた剛腕によってリリーは地面へと叩き落とされた。
「リリーさん!?」
あまりの光景に私は思わず声を上げてしまった。私の脳内にリリーさんが死んだかもしれないという思考が浮かび上がる。
すぐさま安否を確認しようとリリーさんが落ちた場所へ向かおうとしたとき、後ろから落ち着いた声が聞こえる。
「マオ、リリーなら大丈夫よ」
「だいじょうぶって、そんなわけないでしょ!」
結界を一発で壊しかねない威力だよ!? 普通の人なら肉体の形すら保てない。たとえ鍛えているリリーさんといえど、人間であることに変わりない。そんなことカレンだと分かっているはずでしょ?
「マオはリリーの体や実力について、あまり知らなかったわね」
たしかにリリーさんがまともに戦っているところを私は見たことがない。でも、リリーさんの体といわれても見た目は人間の女性そのまんまで、魔法の腕前も普通くらい。混合魔法自体はそもそも持っていないらしい。これはリリーさん本人が教えてくれた。
『いったいなんの話?』と聞こうとしたとき、カレンがさらに言葉を紡ぐ。
「私は幼少期からリリーと何回も手合わせをしたことがあるわ。でも――――私が勝率一割以上になったことはないわ」
私は多分、今日一番驚いた顔をした。
~~~~~
「中々に効きますね……」
深棲獣にはたき落とされたリリーの体には小さな傷やメイド服に穴が開いた部分があるが、大きなけがらしきものは見当たらない。多分この光景を見た人は異常だと思うだろうが、当の本人は服の汚れを払ったり、骨が折れてないかの確認など体を動かしている。
「さて、お返しといきたいところですが……あの鱗が邪魔ですね」
深棲獣にあの硬い鱗がある限り”メイド流格闘術”の武術では、あの防御を貫通できないとリリーは一回目の攻撃で思い知らされた。
ならばどうするかと考えたリリーは、一息深呼吸をする。
「ではこちらでいきましょうか。”メイド流格闘術”あらため…………”冥渡流格闘術”で」




