目覚めし獣を水底へ還す その一
「なによ……あれ……」
突如、膨大な魔力を持つ深棲獣が現れたことにカレンは呆然とした。その巨躯の肉体は少し動くだけでもまわりに甚大な被害を出し、ズシンッという音を鳴らす。その姿にカレンは人間として本能的な恐怖を覚えた。
カレンが深棲獣に気を取られていることをシャンは見逃さなかった。突きつけられた杖を弾き、再び虫状態へと変化する。
「!? しまっ!」
「ベストタイミングだぜェェェェッ!オレの最高の肉体ィィィィ!」
ここで疑似太陽を生み出すために”ウォルヒータ”を解除したことがあだとなった。虫状態となったシャンはそのまま深棲獣の方へと飛んでいく。完全に不意を突かれたカレンは魔法を放つことも陽炎を生成することも間に合わなかった。
(あの化け物は十中八九あいつの仲間たちが呼び出したもの……てことはアレを操っているということかしら?……いや、あいつさっき『オレの最高の肉体』とか……まさか!?)
カレンは最悪の想像をしてしまう。深棲獣ほどの大きさともなれば、当然口もはるかに大きいものとなっている。それは数多の人間を寄生するために口に入り込んだシャンからすればでかい弱点をぶら下げているようなものだった。
カレンは自身の想像を現実のものにしないためにすぐさまシャンを追おうとする。しかし、状況は二転三転する。
深棲獣がでかい魔法陣を生み出した。
「あれは……”トルエリアル”!?」
魔法陣からどのような魔法を行使しようとしているのか読み取ったカレンは、最上級魔法を使おうとしていることに驚愕する。発動することができれば歴史に名を残すと言っていいほどの魔法が今、目の前で発動されようとしていた。
深棲獣が”トルエリアル”をイースの里むけて発動させた瞬間、巨大な氷の壁が出現する。現れた氷の壁は圧倒的質量の津波から里を守っていた。幾重にも重ねられた氷の壁が粉砕されていくが、そのたびに新たな氷の壁が生み出され津波を防ぐ。
「ウェンさんの【吹雪】ね! 助かったわ!」
壁を生み出したウェンにカレンは感謝する。やがて魔法の発動が終わり、里を飲み込もうとした津波は収まる。
(だけど、今のであの虫の姿を見失った……。一旦ウェンさんと合流するべきね……)
”トルエリアル”によってシャンの姿を見失ったカレンはウェンの姿を探す。魔力感知を発動させると、ウェンの位置はすぐに分かった。
「ウェンさん!」
「はぁっ……はっ……! カレンちゃんか無事やったか!」
魔力を感知した場所へ行くと、そこには浅い呼吸をしながら地面に片膝をついているウェンの姿があった。最上級魔法とは本来発動されたら終わりの魔法なのだ。それを防ぎきるために混合魔法を無茶な運用をしたウェンの体は悲鳴をあげていた。
「大丈夫ですか!」
「まぁな……といっても今ので魔力の半分もってかれたわ。次あの魔法使われても防げるのはあと一回だけや」
そう話すウェンの顔は深刻そのものであった。最上級魔法を使ったというのに深棲獣は疲れなんてないようピンピンしているのだから……
やっとだ、やっとこの日が来た! この魔物を初めて見た時から操れる時を! この魔物にも人間と同じように脳みそがあると解析したバートとかいう奴、様様だな!
自身の魔法を防がれたことに怒りを持ったのか咆哮をあげ続ける口から侵入し、肉体を通して深棲獣の脳へと到達する。人間のものと比べれば遥かに巨大な脳みそ、その前頭葉部分へと巻き髭の触手を絡みつける。全ての準備が整ったシャンは寄生を開始する……
ククク……すげぇ……力が溢れる……
寄生したことによって、シャンのもとへと深棲獣の力が流れ込んでくる。人間の体では感じることはないパワーと魔力に、全能感と高揚感が溢れ出す。
『フハハハハハ! オレは今! 世界で最強になったんだぁーーーーーーッ!!』
深棲獣……もといシャンの口から出たその叫びはイースの里周辺に轟いた。
ただ暴れるだけの化け物が理性を持ったら? その答えが今目の前で起きようとしていた。深棲獣に寄生したシャンが里の結界に向かって、その剛腕の先にある鋭いかぎ爪を振り下ろす。
『あっはははは! ぶっ壊れろぉ!』
結界はバキンッといった音をたて、大きなひびが入る。幸い完璧には破壊されていないようだが、つぎ同じ場所にあの爪を振り下ろされたら、崩れ去るだろうということは火を見るよりも明らかだった。
「なんて馬鹿力してんのよ!」
たしかに結界にひびを入れる程、深棲獣の攻撃の威力はすさまじい。だが、一番の理由はイースの里を守る結界は攻撃から守るというよりも見つからないことを重視した結界であるということだ。意識を誘導するという特殊な力を持つ代わりに、王都マクラの結界よりも脆いものとなっている。
「こうなったら……!」
ウェンが【吹雪】を使おうとしたとき、カレンが止めに入る。
「待ってください! また”トルエリアル”がきた時、防げるのはウェンさんのデュアルだけです! 魔力は温存しておいてください!」
「じゃあ、どないするんや? このままやったら普通に殴られ続けるだけで結界は壊されてしまうで?」
そんなことをしている間にも深棲獣が二回目の攻撃をくり出そうとする。
もはや迷ってる時間はないというとき、その巨体の頭上から誰かが落ちてくる。身に纏うのはメイド服、女性にしては大きい体格を持つ、無表情の女性が深棲獣目掛けて落ちてきた。
「メイド流格闘術”茨撃ち”!」
右腕を鞭のようにしなやかに振り抜かれたリリーの裏拳は顔の眉間部分へと当たる。しかし……
(――硬い!)
深棲獣の全身の皮膚には硬い鱗が存在する。リリーの拳は鱗によって阻まれ、ダメージを与えることはなかった。
『あ゛あ? 誰だ?』
今の一発でリリーの存在に気が付いた深棲獣は攻撃の標的をリリーへと変更する。空中で身動きの取れないリリーは、いま振り下ろされているかぎ爪を躱すことはできないはずだった。
突如、深棲獣の顔の前を何かが通り過ぎたかに思うと、落ちていくリリーを受け止め、かぎ爪から守った。
『まったく、一体なんだあの魔物は?』
「怪我はないですかリリーさん?」
「助かりましたリファさま、マオさん」
リリーを助けたのはリファに乗ったマオであった。
いやー……ほんとは来たくなかったんだけどね。だって急にあんな大怪獣が出てきたかと思ったら津波を出してきたからね? 手伝いに行こうにも、そんなやつの目の前に私がいったら踏み潰されて死ぬわと思ってたら、リリーさんが来てあの怪獣のところまで乗せていって欲しいって言われたから仕方ない。
(見過ごしたら後でモヤモヤしそうだし……あぁ!もう!ほんと自分の性分って損するほうだわ……)
ちなみにライハさんはあのキモイ肉のおっさんを倒すのに魔力切れでダウンしている。といってもリファに乗れるのは最大で二人だから私とリリーさんでいっぱいだったけど。
リリーとマオを乗せたリファは深棲獣の顔のまわりを蠅のように飛び回り翻弄する。深棲獣は鬱陶しそうに腕を振り回してリファを落そうとするが、空を縦横無尽に飛び回るリファを捉えることに苦戦していた。
『この雑魚どもが……!』
「ウェンさーん! カレーン! この怪獣一体なーにー!」
深棲獣を翻弄してる間にマオは二人に状況を説明してもらうよう大声で意思疎通を図る。
「そいつは襲撃者たちが呼び出した魔物よ! 寄生するデュアルを持った奴がそいつを操ってるわ!」
出てきた瞬間はずっと『壊す壊す壊す……』って頭おかしくなりそうになるほど、ぶつぶつ呟いてたんだけど、急に人の言語を話せるようになったのは寄生されたからってことね。にしても寄生とか……コワ……
最低限の情報で状況をお互い把握し、この化け物をどう倒すか考えようとしたとき……
「てやあああああああぁぁ!!」
――戦場に年相応の少女の甲高い声が響き渡った。




