深淵の獣
遡ること少し前……
「ゼェ……ハァ……インドア系の天才には……この全力疾走はきつすぎる……!」
「口を動かす前に足を動かせ」
「もう動かしてるんだよね~!」
ウェンと対峙したバートとシモンはイースの里の中を走っていた。理由?後ろから剣を持った修羅が追いかけて来てるからだけど。あ、今つららがシモンくんの髪に掠った。
「どうする。このままだと二人とも死ぬ」
「囮にならないかいシモンくん?」
「なるならお前」
馬鹿な事言ってないでどうしようか。向こうの方がスピードが速いからこのままだと捕まってしまう。……あの魔道具の出番かな。できれば使いたくなかったけど。
「シモンくん。この天才から最高の提案があるのだが……」
走りながら作戦を伝えようとしたその時、建物の影から雪だるまが数体現れ、つららを飛ばしてきた。あ、これ死ん……
「っ!」
つららが数センチにまで迫った時、並走してたシモンくんが天才の腕を引っ張ってくれたおかげでつららは頬を掠める程度に終わった。急いで薬品を取り出し、雪だるまへと当てて、溶かす。
「助かったよシモンくん」
「いい。それで提案は……!?」
その瞬間、天才たちの足元が凍らされた。凍らされた足を動かそうともがくが、地面に縫い付けられたように動かない。しまったねぇ……雪だるまに気を取られすぎた。
「鬼ごっこはしまいやな。結界も復活したしもう逃げられへんで」
ウェン・トーテムが一歩ずつ、だけど確実に近づいてくる。手に持った剣は日の光を反射して光り輝いている。その剣を何に使おうとしているのかは一目瞭然だった。
(このままだと頭と体が別れることになりそうだねぇ……仕方ない)
幸い手は凍らされていないので、ウェン・トーテムから見えないようにとある魔道具を起動させる。
「一つだけ話をさせてもらえないかい?ウェン・トーテムくん」
「なんや?命乞いか?」
「いや違うよ。……天才はねアレを見つけた時、それは興奮したものさ。まさか地下深くにあんなものが眠っているなんてね」
ウェン・トーテムが『何の話だ?』という目で見てくるけどそれでいい。目的は魔道具が起動するまでの時間稼ぎだ。
「氷漬けにされていたそれはこの天才が研究しても、何千年前に生きていた生物か分からなかった。もしかしたら人間という種が誕生するずっと前に生きていたのかもしれない。だけど一つだけ確かなことは分かってるんだ」
「さっきからなんの話を……」
「アレに理性なんてものはない。ただ目につくものを破壊しつくす暴力装置であること……それがこの場所に蘇ったとしたら?」
「!」
地面が大きく揺れる。――ようやく魔道具が発動したみたいだ。
ロン毛の眼鏡が何か意味深なことを言いだしたと思ったら、突如地面が揺れだした。なにかしたと思って急いで斬ろうとしたけど、目に入ってきたものを見て、手を止めてしまった。
復活した結界の外に巨大な魔法陣が出現する。直径15mはあろうかという大きさの魔法陣を余すことなく使いながらそれは現れた。
灰色のつるつると光った皮膚を持ち、全体的に人間と同じような形をしている。だが……頭は魚のような形状をしており、目が飛び出ていることで瞬きをしないそれは見る者の不気味さは煽るのには十分だった。首の左右にはエラがついていて、手足からは長く伸び切った鋭利な爪と水かきが付いている。魔法陣がなくなりその姿を完全に現したそいつはしわがれ、唸るような声を上げる。
『キシィヤャャャャァァァァア!!』
「なんや……あれは……」
あまりに巨大な体躯と忌避感を催す姿にウェンは呆然とする。
「さぁな。アレは俺たちにも分からん。だが、俺たちはアレを”深棲獣”と呼んでいる」
深棲獣……自分は魔力感知を覚えていないというのに一目見た瞬間、アレから発される不気味な空気を感じ、本能が逃げろと叫ぶ。聖騎士統括として培った経験がアレと戦うべきでないと結論を出す。
だが……震える手を強引に押さえつけて止める。自分はエル教聖騎士統括。魔物、戦争……あらゆる力から民を守る盾とならなくてはならない。このイースの里に居るアゼ人たちも立派なカロン王国の国民である。ならば、自分は聖騎士統括として与えられた役目をまっとうする!
「アレはあんさんらの仕業か」
「そうだね、これが深棲獣を転移させるために使った魔道具」
ウェンがバートとの距離を急速に縮める。そして、魔道具を持っている左手にむかって剣を振るう。バートの手を切断して原因である魔道具を奪取しようとした。だが……
「そしてこっちの魔道具は……」
バートの反対の手には別の魔道具が握られていた。その魔道具は深棲獣を呼び出した魔道具と似たような形をしているが、色と細部の部品が違うことが見て取れる。
「天才たちを結界の外まで転移させる魔道具だよ」
「!」
それだけ言い残すとバートとシモンの姿が一瞬にして消える。
チッ……逃げられた。いや、そんなことを気にしている場合じゃない。あの化け物をどうにかせんと……――イースの里が崩壊する。
ウェンは深棲獣に向かって走り出す。深棲獣は現れてからいままで咆哮をあげ続けていたが、ピタリと咆哮をやめる。そして、咆哮の代わりに現れたのはでかい魔法陣であった。
「あれは……」
ウェンは一瞬、さっきみたいな転移の魔法陣かと思ったが、すぐに違うと判断する。なぜならあの魔法陣の紋様に見覚えがあったから……”基本魔法”の六属性それぞれの頂点に君臨する【最上級魔法】。百年に一人扱える者がいればいい方だとされる発動難易度と災害のごとき威力を発揮する……それがいま目の前で発動されようとしていた。理性を持たない深棲獣は今一番目につきやすいものへと狙いを定める……自信と同じくらいの高さを持つ蔵書塔【トナコ】へと。
「くそがぁ……!」
ウェンは進む足をさらに加速し、結界の外へと出る。そして、【吹雪】を全力で発動させイースの里を守るよう氷の壁を生成する。それと同時に最上級魔法……”トルエリアル”が発動された。
魔法陣から放たれた水の量は桁違いと呼ぶにふさわしい量であった。木々をなぎ倒しながら森を侵食していく津波はイースの里を飲み込もうとしていた。結界を守るように出した氷の防壁が圧倒的質量のまえに砕かれていく。ウェンは壊れたそばから治したり、新たに氷の壁を生成しながらなんとか津波を防ぐ。
何分防ぎ続けただろうか?いや、もしかしたら数秒しか経ってないのかもしれない。だがウェンにとって長く感じられた時間は終わりを迎える。津波の勢いは衰え、やがて収まった。
「っ……はぁ…はぁっ……」
(一発でワイの魔力の半分を持ってかれた……これが”トルエリアル”……)
息を切らしながら深棲獣を見上げる。災害のごとき魔法を見せた深棲獣を改めて化け物だと感じる。
(これ、モタモタしてると……――取り返しのつかないことになる)
◇◇◇
「ははは、すごいなぁ!」
【トナコ】からでも見える深棲獣の姿にナイラは手を叩いて笑っていた。
「深棲獣が動いているところは初めて見たんだけど、まさかこれほどの力があったとはね。まさに災害と呼ぶにふさわしい」
興奮冷めやらぬまま、じっくりと深棲獣を見つめるナイラ。バートから氷山の地下深くで氷の中で眠っていた深棲獣を初めて見た時、ナイラはそれはそれは興味を惹かれたものだ。なんだこの化け物は?なぜ氷山の中に?いったいいつの時代にこの化け物は地上を闊歩していたのだろう!好奇心を爆発させたナイラは深棲獣のことを調べに調べ上げたが、結果は何一つ分からなかった。ゆえに今復活し、地上を踏み荒らす深棲獣に興味が尽きないでいる。
「見ている場合ですか。早く逃げますよ、私たちも巻き込まれます」
窓に張り付いているボクを呆れた顔で見てくるオド。うーん、まだ見ていたいんだけど、オドの言うことも確かなんだよねー。仕方ない、誰かに見つかるのも面倒だ。気になった本はもう大体見つけたしね。
「行こっかオド」
「はい」
ナイラとオドは急いで【トナコ】から離れようとした。……二人に向かってくる風の刃と水の矢がなければの話だが。
「!? 伏せてくださいナイラ様!」
「!」
ボクをかばうように陣取ったオドが取り出した鎌で迫りくる魔法をはじいてくれた。いやー、あぶなかった。
「……キミは誰だい?」
「別に、ただの一般アゼ人だナー」
魔法が飛んできた方を見ると、そこには少し瘦せていて、特徴的な語尾をしているアゼ人の青年がそこに居た。その青年は親の仇でも見るかのような険しい顔をしてこちらを睨みつけていた。
「君がこの騒動の主犯か?」
「んー……主犯かどうかは議論の余地があると思うな」
だって、襲撃しようって言いだしたのはボクじゃなくて【ヒュドラ】が勝手に決めて行動したからね。ボクはそれに乗っかっただけだし。まぁ、【ヒュドラ】も革命軍の仲間だから、必然的にリーダーであるボクに責任があるのかもしれないけど。
「まぁ、倒すことにかわりはない。それよりカロン王国の歴史に関する資料と魔女に関する本、それと神獣に関する本の写しを渡すんだナー」
「……何の話かな?」
「【トナコ】に居といて、本に目的がないとは言わせないんだナー。それに今言った本たちの位置が少しだけずれていたことから動かしたことは明白。そんな大量の本を読んでる時間なんてないに等しい……なら写しがあると予想できるんだナー」
……すごいねこの青年。青年が言ったことは正しくて、提示した本はすべて魔法で紙に写して持っている。
カリスは【トナコ】に入った瞬間から違和感をもっていた。慣れ親しんだものが自分の記憶と一致しない感覚に陥ったカリスは原因を探ると本の位置がずれていたことに気が付いた。そんなとき、窓の外を見ているナイラたちを見つけ、今に至るのだが……カリスのしたことは並大抵のことではない。ナイラたちは写し終わった後、本を元の位置に戻していた。普通なら気づかないはずの小さなずれにカリスが気づけたのは【トナコ】にある本の位置をすべて覚えていたからである。
ナイラは口に手を当て、少し考えると
「ねぇキミ、――ボクたちと一緒に来ないかい?」
そう言い放った……
【最上級魔法】・・・各属性の頂点に位置する魔法。六属性一つずつに最上級魔法が一個存在します。最上級魔法は街を一個壊滅させるほどの威力があるので、それを防ぎぎったウェンは結構すごいです。




