薫風の章 七 玲凛奪還
玲凛サイド
蚩尤が助けに来ました
蚩尤の背に庇われながら、玲凛は目の前の広い背中を見詰めていた。
離れていても熱気が伝わる。
湯気が出そうな程に熱い大きな背中。
どうしようもない安心感が玲凛を包んだ。
「ほう」
文城の低い声が聞こえた。
蚩尤の背中越しに、興味深げに口元を上げた文城の姿があった。
「まさか貴殿が出てくるとはな。楊操」
耳慣れない名前に、玲凛はそっと蚩尤を見上げた。
端正な横顔は、文城に視線を向けたまま、眉一つ動いていなかった。
顔見知りだったのだろうかと考え、直ぐに思いなおした。
皆で作戦を立てている時、蚩尤は文城の噂さえ知らない様子だった。
ならば、文城が一方的に蚩尤を知っていたということか。
そう言えば、と玲凛は思い出す。
(松侶も蚩尤を知っていたわ。大物って言ってた)
余程名の知られた剣士なのかもしれない、と目の前の偉丈夫を見上げる。
外の喧騒とは対照的に、文城の邸は静寂に包まれていた。
文城は蚩尤の壊した戸のほうへ、ちらりと視線を投げた。
「二十人はいたはずだが、貴殿が相手では一たまりもなかったか」
さしたる感慨もない風に文城が呟いた。
護衛を失い、窮地に陥っているにも関わらず、文城の様子には、焦燥も恐怖も微塵も感じられなかった。
玲凛には、それが不気味に思えた。
「この四年間、貴殿は一体何をしていた」
「答える義務はない」
「あると思うがな」
挑戦的な文城の視線に、蚩尤はそれきり口を閉ざした。
代わりに大刀の柄におもむろに手を伸ばす。
「まあ、良い」
文城は小さく笑うと、ゆっくりと長椅子から立ち上がった。
「冥途への送り人が貴殿なら、悪くない」
「只の莫迦ではなかったようだな」
「武人としての誇りで言ったのではない。天の意思だと思うからだ、因果と言っても良い」
「聞き飽きた言葉だな。この身は血塗られていてな。因果を一々相手にしていては、人生幾つあっても足りん」
蚩尤に押され、玲凛は吐き出し窓から外によろめき出た。
蚩尤の横顔が「逃げろ」と言っていた。
「良い王を見つけたようだな」
「……何のことだ」
「邑を妖獣に襲わせる。王以外誰がこんな策が打てる? 上が仰命拝紋などとくだらない策を言い出す筈だ。天杖はとうに王の手に渡っていたのだな」
「私は王じゃないわ」
玲凛の訴えに文城は薄く笑った。
泰然自若とした文城の肩に、例えようのない深い闇が纏わりついているように思えた。
粘りつくような闇。
それは文城の身体の内から発せられる腐臭のようで、背筋に悪寒が走った。
その時、閃光が窓を白く染めた。
まばゆい光は、文城の半面を照らし、もう半面を黒く染めた。
仮面のような黒白の顔。それは文城の内面を映し出しているように、玲凛には思えた。
空には、大きな火の粉が花のように煌いていた。
「今のが作戦成功の合図かな」
返事を期待するでもない風に、文城が呟いた。
押し黙る二人を交互に見詰めて、文城は満足げに頷いた。
そして、柄に手をかけた。
呼応するように、蚩尤も腰を落とし抜刀の構えを取る。
瞬間。空気の密度が一気に上昇した。
目に捉えれそうなほどの殺気が立ち上る。吸込むと、喉を火傷するのではないかと危ぶむほど高まった殺気。
雷鳴が、轟いた。
部屋が青白く発光するのと同時に、二人の男が床を踏み締めた。
閃光の煌き。
勝負は、一瞬でついた。
力技で玲凛救出成功です




